前日の夜
本日の薬学授業が終わり、各人授業で使った機材の片づけをしているとレグナント先生が思い出したかのように皆を呼び止めた。
「そうそう忘れる所だったわ、剣魔科の方で来週東の森でフィールドワークの授業が予定されてるんだけど、任意で参加したい子がいたら先生に事前連絡を頂戴。詳細はこのプリントに書いてあるから」
そう言われ、配られた紙をざっと見ると森で一泊して仲間同士での協調性を育てるカリキュラムらしいが、薬学科の生徒も希望があれば参加できますよと書いてある。
先生が仰るには収穫期に冒険者になりたての人間が薬草取りと称してごっそり摘んで行ってしまう為、薬科的にはあまり魅力的な所ではないらしい。そんな話を聞いて”ないな”と思いつつ教科書にプリントを挟んで寮への帰路についた。
夕食、お風呂といつものルーティンを終えて、自室に戻りベッドに寝そべり借りて来た植物の本をしばらく読んでいると、どこかへ行っていたロザリーが戻って来るなり、おもむろに私のお尻に抱き着いて来る。
――ばふっ
「ちょっと、重いんですけど」
「ねえ、ペル……お願いがあるんだけど」
「うん、断る」
人の抗議を無視して話を進めるから私もにべもなくそう答えると、何故か憤慨してお尻をぺちぺち叩いて文句を言って来た。
「もう、まだ何も言ってないでしょ~」
「だいたいお尻に話しかけてる時点で大した話じゃないの?」
「だって、スベスベしていて気持ちがいいんだもん……痛った!?」
そう言いながら顔を埋めてグリグリ頬ずりをしてくる彼女の頬を視覚的に見えていない尻尾でぺちぺち軽く叩くと驚いてキョロキョロ見回している。
「もう、変な事言わないでちょうだい。で、本当になんなの?」
渋々体を起こしてロザリーの方に向かい座り直すと、彼女はおねだりする子供の様に上目遣いでこちらの機嫌を伺う様に口を開く。
「うん、今度さあ剣魔科の授業の一環でフィールドワークがあるのよ。ペルにあたし達のグループに参加して欲しいの」
「なんで?」
「だって、あたしのグループって殿下とレイさんの三人しかいないから」
彼女の言葉に眉間に手を当てて、大きく溜息をつく。
「……あのね、時と場合に寄っては、そういう断片的な情報の出し方って相手を不快にさせるからやめなさい」
「ごめん、ちゃんと言う。今度のフィールドワークの授業は最大四人で東の森に出向いて一日その場でキャンプするんだけど、森の探索で薬学の生徒も希望があれば参加していいって事になってるの。聞いてない?」
「そんな話……あ、そうそう、参加希望がどうとかのプリントを貰った気がする」
サイドテーブルの上の教科書に挟んだ紙を取り出してロザリーに見せると、ウンウンと頷きながら”これ”と言いつつ指を指す。
「なるほど、でもそう言う事だったら同じ婚約者候補のメティスさんにお願いする方がいいんじゃない?」
「あ~彼女はダメよ、友人二人に泣きつかれてすでに参加表明してるし、あちらにはサージさんもいるから……って、なんで婚約者候補って知ってるの!?」
「え?そりゃ学園生活してれば自然と耳に入って来るでしょ」
実際は早い段階でネコマルさんに教えてもらったけど、学校の噂として結構耳に入ることが多かったのはたしかだから嘘ではない。
「ですよねぇ、、それで、どうなの?参加してくれるの??」
「んんー、正直あんまり興味ないんだけど……」
そう言いかけるとロザリーは何故か手を合わせて涙目になりながらジッと見つめて来る。
「あ~、分かりました、参加するからそんな目で見ないで」
「ありがとう!!心の友よ!やっぱりペルは優しい~」
感謝の言葉を述べながら胸に抱きついて来る彼女に”調子に乗るな”とおでこを小突くとエヘヘと笑う顔を見てちょっと対応が甘いかなと思いつつ、前から気になっていた事を聞いてみた。
「ねえ、前にも似たような事聞いたけど貴方何故そんなに殿下を避ける様な行動を取ってるの?」
「……」
私の言葉に笑顔は消え、真剣な眼差しで少し考え込んでから意を決した様に語り出した。
「前に治癒魔法について口止めした事があったわよね?これから話す事はそれに繋がる事なんだけど…」
しばらく黙って彼女の話を聞いていると分かった事がいくつかある。キオーネ侯爵家の令嬢が候補に挙がっているのにも関わらず自分が追加で候補になったのは、伯爵家の潤沢な資金が動いたのではないかという後ろめたさがある事と、秘匿している治癒魔法が殿下を通して王家に発覚し調べられると思ってる事が避けている理由だと言う。
「実際、その一つの懸念材料がジルベール殿下に対して積極的に関わらない様にしてるんだけどね」
「……魔法に関してはわかったけど、少なくともロザリーの御父上はあなたの為に色々動いてくれているんだから多少は答えてあげるべきな気がするわね、まあ他に好きな相手がいるなら仕方ないけど」
「す、好きって!そんな相手はまだいないわよ!そ、それに殿下がどう考えてるかわからないし…」
顔に真っ赤にして抗議してる彼女の告白を慮って少し考える。
「……取り合えず、今回のフィールドワークには出てあげるけど条件を付けます」
「え?条件??」
「参加中はなるべく殿下と行動してください。それが出来ないなら私は参加しません!」
「はあ???なんでよ、さっき参加するって……」
「殿下の気持ちが知りたいならちゃんとお話しするしかないでしょ?機会を増やせば相手がロザリーの事をどう考えてるか見えてくると思うの」
「そりゃまあそうだけどね……わかった、がんばってみる」
「うん、がんばりましょう」
どちらにしても現場では彼女とは別行動だし、こうして逃げ道を塞げば否応なく向き合うしかないだろうと思う。取り合えず上手く二人になる環境を作る為にもレイに協力して貰わねば。そんな事を思いながら彼女を見ると難しい顔をして考え込んでいた。
「ねえ、治癒魔法って最初から”勉強してました”って公開した方が無理して隠すより良かったんじゃないかしら?」
「そうね、後天的に手に入れている人もいるのだからそれでもよかったんだけど……思いついたのは魔力試験の後だったのよ~」
そう言いながら胸に顔を埋めてグリグリしているルームメイトに呆れつつ頭をよしよしと撫でた。
妙な力を持って生まれた私が言えた義理ではないけど、このマージナルという国は異世界から召喚した勇者だの、聖魔法を極めた聖女だのと国としての基盤を奇跡の力に依存しすぎではないだろうか?だからこそ内外に歪みが発生して、ロザリーの様な力を持った個人に負担がかかってしまっている。
私個人的にも今後ジルベール殿下がこの国の在り方をどう捉えていくのか興味が尽きない。もっとも、留学を進めたお父様やベクタールのおじ様の狙いもそこに在るのだろう。
いろいろ考えながら抱きついているロザリーの綺麗な黒髪をいじっていると、不意に部屋のドアが開いた。
――ガチャ!
『クロノス嬢、オデュッセイ嬢、今何時だと思ってます?他の部屋からバタバタと五月蠅いと苦情が来ています。就寝時間はとっくに過ぎてますよ!!』
いきなり現れたカルデナ寮母に怒られた上に、ベッドの上でロザリーを抱いている姿を見られ慌てて寮長に正座しながら向き直し、二人で青い顔して頭を下げ謝罪した。
「「も、申し訳ありません!!!」」




