面倒な人
食事や入浴が終わり、寮部屋に戻るとまた窓の外で使い魔の猫が待っていた。
あれ?連絡は七日に一回程度のはずなのに…そう思いつつアンテを部屋に招き入れると、ロザリーが待ってましたとばかりに猫を抱き上げ撫でまわす。その様子を見ながらネコマルさんを待つとやがて声が聞こえて来る。
《――お嬢様、聞こえますか?》
《良く聞こえるわ、どうしたの?急ぎ案件?》
《――急ぎではないですが、オデュッセイ家の事がいくつか分かりましたのでご報告を。それと王子の件とかですね》
《うん、ジルベール殿下なら取り合えず知り合い程度にはなれたと思うよ。でも今日は変なのに絡まれて軽傷受けちゃったけど、もう大丈夫みたい》
《――それに関してはこちらでも確認しています。ガイラス公子は大分面倒な方の様なのでお嬢様はあまり関わらない方が懸命です》
《はは、そうありたいわね。それよりロザリーがどうしたの?》
《――お嬢様が一緒におられるロザリア嬢がジルベール殿下の婚約者候補という事を御存知でしょうか?》
《え!?そうなの?》
《――あと同クラスのメティス・キオーネ嬢も候補の一人になっている様です》
《あっ、なるほど~そういうことか……ロザリーの様子を見るに、あまり乗る気ではないのかもね》
彼女の殿下に対する態度を見る限り、何かあるとは思っていたが婚約者とは。
《――まあ、一般的な貴族の結婚は親の意向や政治的な事で決まりますから、こればかりは何とも言えないですね。ただ、ちょっと気になる情報もあります》
《それは?》
《――ロザリア嬢の両親と弟は金髪なのですが、彼女はお分かりの通り黒髪ですので昔から愛人の子とか魔族の子などの色々な噂はあるようです。それにこの国では黒髪は不吉とされているみたいですし》
《そうなんだ……でも本当にそうなら王家との婚約なんてありえないと思うんだけど》
《――ええ、仰る通り人族の貴族は体面気にする事を考えると、出生については確認が取れているのでしょう》
《という事は彼女と殿下の婚姻を歓迎していない勢力が襲ったと考えるのが普通だけど……答えはそんな単純な理由じゃない様な気がするわねえ》
《――とりあえずお嬢様は第二王子の情報だけ考えて、貴族間の争いに首を突っ込まない事をお勧めします。危険を感じる事案が起きた場合は必ずわたしを呼んでください。それともう一つおまけで王子の友人でもあるレイソード子息は我が国に隣接するアナンケ辺境伯領のご子息だそうですよ。》
《え?レイが? なるほど、だからあんな場所で出会ったんだ》
アナンケ辺境伯と言えば、大戦時に国境を挟んで父であるガデライン将軍と対峙して唯一最後まで突破を許さなかった名将と聞き及んでいる。
《――取り合えず今分かっている事柄はこんな感じです。それでは本日の連絡は終わりですので、そろそろ連絡終了させて頂きます》
《はいな、ありがとうね》
「ああん、時間切れ、また消えちゃった」
私の返事と共にまたアンテが煙の様に消えてしまって、ロザリーが残念がっているのを横目で見てベッドに寝転がり目を瞑る。
ロザリーを襲う謎の男、王位継承権に関わりを持つ者達の動き、初回にしてはかなり濃厚な一日だったな。
――明日はどのような事が起こるのかと構えていたが、意外にも何事も起こらず割と平和に一ヶ月ほど過ぎた、そんなある日の出来事――
薬学の授業が終わり、教室で復習がてらにノートへ書き込みをしていると、珍しく二人の女子が声をかけて来た。
「あ、あの、ペルディータさん、もしよろしければここの所を教えていただけないかしら…」
オズオズと聞いて来たのは同じクラスのマリーカ嬢とアンナ嬢だった。二人共同じ薬学を学んでいる生徒でどうやら胃腸薬の基礎工程の部分らしけど、なんで私に聞きに来たんだろうと思いつつ笑顔を返す。
「いいですよ、私で分かる事ならいくらでも聞いてくださいな」
「本当?ありがとう。えっと、これなんだけど」
出して来たノートに腹痛薬の調合過程が書かれているけど、一部間違っているようなので指摘してみた。
「うん、これはサンヨの葉をお湯で煮立てないで、水に入れて十日ほど漬けとくと出来ますね。そうしないと成分が飛んじゃって、効果が出ないと思います」
「そっか、だから試作品を却下されたのかあ、先生ヒントも教えてくれないから助かりました」
「あのあの、わたしはこれなんですが」
マリーカ嬢を押しのける様にアンナ嬢も食い気味で聞いてくる。見てみると彼女は目の薬の調合の様だけど、根本的に使う植物が間違っていた。
「えっと、カミルの芽は歯痛用だから目に使ったら危険です。フルーベの実を使った方が良いですよ」
「そっか~、メイドに試してもらわなくってよかった~」
え!?こわ!怖いわこの娘、今後学園で事故が起こらない事を祈りたい。あとは多少フォローしておかないと危険だわね。
「えーまず生成する前に植物名をリストにして常に先生にチェックしてもらった方が、”評価”上がると思います」
「わかったわ、そうする!ありがとう。ペルディータさんって魔族なのに優しい~」
ハハハハと乾いた笑いで満足しながら自席に戻って行く二人を見送り、ホッとしていると窓際のメティスが声をかけて来た。
「頼りにされてますわね」
「そうですかねえ、私なんかに聞かなくても先生に直接聞いた方が確実だと思うんですが」
「分かってないですわ、授業中あれだけ先生に質問攻めして、研究熱心な姿勢を見せれば皆そう思いますわ。それにわたくしもそうでしたが、ここ一ヶ月でこれまで皆が持っていた魔族に対して持っていた印象がだいぶ薄らいだ気がしますわ」
「喜んで良いのか分かりませんが、そんなものですか」
「そうですとも。 あら?招かざるお客さんがお見えだわ」
彼女の言葉につられて教室の入り口を見ると、教室に乱入して私の名前を呼ぶ輩が現れた。
「おい、ペルディータ!ペルディータはいるか!!」
それはついさっき呼ばれるまで忘れていたガイラス公子殿だった。あの社交辞令を本気で受け取り、毎度剣術授業で私の事を探していたのだろうか。
「何か御用ですか?」
椅子に座り直し、面倒くさそうに答えるとズカズカと私の元にやって来て憤慨した顔で文句を言って来た。
「お前、なんで剣術授業に出てないんだよ俺との勝負をすっぽかして!」
「え?そもそも私は薬学専攻で剣術は取ってないですよ?それに機会があったらと言ったじゃないですか」
「は?なに~じゃあ、最初から騙すつもりだったのか!」
「騙すも何も、勝手に勘違いされても困るのですが……」
「ま、まあいい、二学期中に王家主催の学園剣舞大会がある。貴様はそれに出るのだ!いや絶対出ろ」
「だから私は…」
勘違いした上に、訳の分からない大会に出ろとか無茶苦茶ですねこの人。
「剣舞大会は授業は関係ないからな!それがお前の言う”機会”だ、いいか、絶対だぞ!」
好き勝手な事を言うだけ言い放って、教室から出て行く彼の姿を見て大きく溜息が出た。なんであんなのと関わっちゃったんだろうと。
入れ替わる様に、殿下とレイ、少し遅れてロザリーが授業から帰って来た。憮然として出て行ったガイラス公子が去った方向を見ながら皆一様に私の所へ同じ質問をしてくるのである。
「「何があった?」」




