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聖女調査の先に

視点が変わります


――パシャパシャパシャ


 水音を立てながら複雑な地下下水道をランプの灯りと共に人影が走り抜け、一路目的の場所へと移動していた。

 黒フードの男にとって今回の依頼の失敗はこれまでの経歴に初めて黒星を付ける結果になったのは、自分の慢心から来たものだと内心舌打ちをする。


 しかし一人部屋という情報の誤りがあったとはいえ、あの場所に居たもう一人は事前のサーチに掛からなかった上、こちらの攻撃に対して何かの魔法と体術で退けて来たのは予想外ではあった。


 男はランプの灯りを頼りに複雑に入り組んだ下水道を歩き回ると、やがて小さな道へと入り込む。細く湿っぽい通路をしばらく進み続けるとやがて上へと続く梯子が見え、手慣れた感じに登り道を塞ぐ天井を腕でグイッと押し上げ登りきると、ちょうど神殿裏のお墓へと出て来た。

 ランプの灯を消し、星明かりのみを頼りに素早く墓石の間を抜けて目的の建物への消えて行く。



――コンコン


「入りなさい」

 穏やかな口調に反して、奥底にある威圧感を感じる声に対して少し躊躇(とまど)いながらドアを開けると、小さな魔石ランプが一つ暗い部屋を唯一照らし、中央にある書斎に座る金の刺繍に彩られた白い法衣を羽織る男が書き物のペンの動きを止め、黒フードの男を見つめる。その隣ではランプの光で濡れたような紅いルージュを引いた妖艶なシスターが立ち、同じように男を見つめていたが、その瞳は男を何か面白い物でも見る様な眼差しを送っていた。


 黒フードの男は彼の前まで進んで行き、片膝を着いて頭を垂れると今回の誘拐が失敗した経緯を報告した。


「……なるほど、事前の調査ではいない筈の同居人が居て邪魔されたと」


「はい」


「珍しい事もあるものですね、あなたほどの腕前の方が失敗してしまうとは」


「面目次第も御座いません」


「ふむ、まあよいでしょう状況が少し変わりました。オデュッセイの娘は第二王子の婚約者候補に選ばれてしまったのでしばらくは監視のみにしたいと思います。それに今回の件で警戒も高くなってる可能性がありますし、しばらく泳がせましょう」

 そう言いながら書斎の上に在った羊皮紙を丸めた書簡を男の前に差し出すと、男は素早く取り内容を確かめる。


「よいですか、前にも言いましたが聖魔法は国中にいる様な後天的に修行で得た者ではなく、先天的に持っており尚且つこの世界とは違う世界の記憶を持つ者にこそ本物の聖女の素質があるのです。だからこそ、綿密に調べていく必要があるのです」


「はい、心得ております」


「うむ、ではお行きなさい」


「その前にお耳に入れておいて置きたい事なのですが、私を妙な魔法で邪魔した同居人は恐らく魔の者に近い輩かと思いますので監視の際はそのあたりを注意して頂ければ幸いです」


「魔の…ですか、そういえば例の懐柔政策の一環でそんな話がありましたね」


「はい、後で思い出したのですがアルカンディア帝国からガデライン将軍の娘が学園に招待されてますので恐らくその者かと」


「そうですか、アルカンディアの……今はあまり刺激したくありませんね。南のライハンドル帝国の動きも気になりますが、我々には一刻も早く新しい勇者が必要な事は変わりません。それに最近は第二王子を押す派閥の貴族連中も障害になってくるでしょう」

 法衣の男の言葉にゆっくり頷く。



「……では私も早急に調査を再開しようと思います」


「うむ、期待してますよ」


「はっ」

 黒フードの男は一礼して消えてゆく。


彼が去ると、法衣の男は書斎の上の報告書を見て目を細めると横で黙ってやり取りを見ていたシスターが口を開く。


「ロザリア・オデュッセイ……聖魔法を懸命に隠しているようですが…フフフ、本物である事を願いたいですね。それにしても彼は少し色々焦ってる様に見えます」


「君もそう思うかね?まあ、ライバルの活躍も聞いている様だからそうなのかも知れんな」




◇◇◇




「それでは失礼いたします」


 挨拶をし、事務室を出たネコマル事、ネクマールは手続きを終えて外に出ると、すでに日は落ちかけ学園の建物が夕日の赤に染め上げられていた。


「ずいぶん時間が掛かってしまったわ」


 ぼやきつつ彼女は少し建物の影に足を踏み入れ、周りに人がないのを確認すると首に掛けていたペンダントを取り出し、手の平で少し呪文を唱える。すると白い煙と共に茶色の猫が一匹ピョンと飛び出して来た。


「さあ、アンテお嬢様のところへお行き」

 後ろ脚で耳を掻いていたアンテは”ニャー”と返事をするように一言鳴いてから寮のある建物に向かって走り去って行く姿を見送り、シルドの馬車がある待機場へと足を向けた。



 待機場へと向かう途中、体に似つかわない大荷物を担いだ挙動不審な小柄で赤茶色の髪のおさげを揺らしているメイドを見かけた。目で彼女を追っているとどうやら自分の乗るはずだった馬車が見つからないのかチョロチョロと沢山の馬車が並ぶ待機場を右往左往している。


「そこのお嬢さんはどの馬車をお探しです?」

 泣きそうな顔をした彼女に声をかけてみると、驚きつつもオドオドとしながら口を開く。


「あ、あの、オデュッセイ家の馬車を見ませんでしたか?」


「そうですね、ただ馬車と言われても似たようなのが多いから、何か特徴はないかな」

 そう優しく聞いてみると、難しい顔をして考え込み何か閃いたのか、ドヤ顔で特徴を伝えて来た。


「えっと、えっと、か、家紋!鳥の家紋が付いてます!!」


「鳥……ですか」

(……ああ、これはダメなやつですね)


 そもそも鳥を模した家紋の貴族は割と多いので情報を小出しにされたら日が暮れてしまうのを考えれば私達の馬車で送って行ってあげた方が手っ取り早いと思い、提案を持ち掛けた。


「そうだ、もしよろしければ家まで送って差し上げますよ」


「え!?で、でも~」


「お仕事まだあるのでしょう?だったら急がないと」

 正直な話、この娘に時間をかけていたら私の時間もなくなりかねないが、声をかけた手前放置も出来ないので背中を一押ししてあげると案の定動いてくれホッとする。


「そ、そうでした!お、お願いします!」

 いそいそと我が家の馬車に乗り込む彼女の後姿を見ながらふと思う。


(オデュッセイ家……はて?どこかで聞いた気がする)


 後日、お嬢様のルームメイトである事を思い出すのはもう少し後になってからだった。




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