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黒い影


――熱い吐息が顔に掛かる。


(そんなに顔を近づけなくても起きるよ……)


 そう思いながら人の気配を感じ、薄目を開けると黒髪の少女の唇が顔前に迫って来ていた。唇同士が触れる直前に私の髪に隠れていた蜘蛛の使い魔キュローが飛び出し猫パンチならぬ蜘蛛パンチを鼻先に決めると彼女は飛び上がる様に驚き、顔を引っ込めた。


(ん?誰?)


 彼女の行動を追っていると、少し慌てた様子で距離を取りつつ顔を赤らめながらこちらをチラチラ見ながら様子を伺っていたが、落ち着いて来たのか散らかっているベッド周りを片付けを始めたのを見ると、どうやら彼女は寮母から聞いていたルームメイトのようだ。


 しばらく彼女を観察してたが、こちらに害を与える為に寄って来たわけでもなさそうなので、いい加減起きて挨拶しようと体を動かしかけた時、ザワっと妙な気配を感じる。


 その気配のする窓際に目を凝らすと風で揺れるカーテンの裏側に黒い影が浮かんでいるのを確認出来た。それは確かに人であり黒いフードとマスクの隙間から見えるその視線は明らかに彼女を狙っている様に見える。


 窓の隙間から流れる風に顔を上げるも、不意に現れた不審者の存在に気が付いた彼女は慌てて声を上げ逃げようと体を動かしたと同時に、影の男は素早く飛び出し口を押えナイフを首に当て一瞬で拘束されてしまう。


「きっ!?」


「静かに。首に息を吸う穴を作られたくなかったら大人しく来てもらおう」

 そう男は言いつつ持っていた縄で彼女の腕を手際よく縛り上げようとした時、ベッドの上で男をジッと見ている私と目が合い、思わず動きを止めた。



「なんだ…貴様は」

 余程自分の能力に自信があったのか、私の存在にまったく気づかなかった自分自身への羞恥と怒りの入り混じった複雑な顔でこちらを睨む。


「こんばんは、ここは乙女の部屋ですのでその彼女を放して頂いて、貴方の様な無粋な殿方は出て行って頂けませんか?」

 静かにそう言うと、最初こそは焦りの表情を見せていたが、思い直したのか彼女の首にナイフの背をヒタヒタと当ててニヤリを笑う。


「お嬢さん、この状況が理解出来ないのか?お前こそ大人し……  ぐぁ!?」


――ガツン!!


 男は突然鈍器のような物で後頭部を殴られ衝撃で前のめりに倒れ込むと、その拍子に人質にされていた彼女は解放され素早く手を引きこちらに寄せて確保した。


「き、貴様いったい……」

 思わぬ方向から不意打ちを食らった男は足元に落ちた分厚い本に気が付きこちらを睨んだ。


「あまり入学初日から騒ぎは起こしたくないんですが、まだ来るなら容赦はしません」

 警戒する男の視線を受けながら少女を自分の後ろへ誘導しガードするように自分が一歩前に出た次の瞬間、男が動く。


(来る!!)


 男はシュッと持っていたナイフを私ではなく後ろの彼女に投げつけ、それを防ぐために左に姿勢を動かすと同時に反対側から回り込む様に体の姿勢を低くし、私のわき腹を狙って隠し持っていたナイフで突撃して来た……が


「!?」


 投げられたナイフは咄嗟に手で掴み、腹部を狙ったナイフは右肘と右膝の上下で挟んで勢いを止めた。その時、伸ばした相手の右腕に刻まれた黒い蛇の入れ墨が目に入り、その怪しげな模様がこちらへと動いた気がして慌てて顔面目掛けて左足で蹴りをかます。



――ドカッ!!!


「ぐっはぁ!!」


 男は予想外の反撃に、もんどり打って後ろへ吹っ飛んで行きそのまま壁に叩きつけられると堪らず声を上げた。しかし気絶するかと思ったが意外にも男はヨロヨロと立ち上がりこちらを睨んで来る。


(浅かった?……)

 そう思いながら奪い取ったナイフをクルリと回し構えると、赤くなった鼻から血を流した男は後ろ手にこちらへ何か小さな玉を放り投げて来た瞬間、閃光が部屋中を走り咄嗟に腕で目を庇う。


――カッ!!


「!」


 光が消えゆっくりと腕を下すとすでに男の姿はなく、揺れるカーテンに近づき窓の外を眺めたが既に闇へと消えてしまっていた。小さく溜息を吐きながらナイフを掴んだ手の平から滴る血をペロペロ舐める。


(そうだった、指輪付けてた所為で中途半端な力で押えたから結構痛い…それにしてもあの入れ墨……)


 そんな事を考えていた私とは対照的に慌てた様子で黒髪の少女が寄って来た。


「あ、あなた馬鹿なの?ナイフを手で掴むなんて無茶しすぎだわ」


 そう言うと彼女はすぐさま両手を傷ついた私の手の平にかざすと青白い光が輝き始め、それと共に傷が徐々に消えて行き、終わる頃には傷跡さえ完全に消えてしまった。驚いて治った部分を見ているとその手を握り締めて頭を下げて来た。


(あら、すごい)


「えっと、助けてくれてありがとう……正直、どうなってしまうか分からなかったわ」

 本当に怖かったのであろう、握られた彼女の手は少し震えている。


「気にしないで。勝手に部屋へ入って来た無礼者を追っ払っただけだし」


「でも、手まで傷付けさせてしまって」


「ホント大丈夫ですから、それに治癒魔法まで掛けてもらったお陰で傷跡もないし問題ないです」

 そう言いつつ、彼女の目の前で手の平をクルクル回して見せると少し安堵した顔をした。


「え、うん、わかった。ところであなたの使った力って一体何?全然魔力を感じなかったんだけど、寧ろ……」

 彼女は何か言おうとして言葉を呑込む。


「あ――うん、魔法みたいな物ですよ、はい」

 思わずちょっと使ってしまった能力に不思議そうな眼差しで見て来る。魔力の流れを見る事が出来る彼女に対して思わず適当言ってしまった事にちょっと後悔した。しかし彼女は特に気にする様子もなく、こんな事を言って来る。


「……いいわ、助けてもらった恩もあるしそれ以上は聞かない。でも一つだけ交換条件を聞いてくれる?」


「交換条件?」


「あなたの力を追求しない代わりに、あたしが今使った治癒魔法は誰にも言わないでほしいの」


「え? ええ……わかったわ」

 治癒魔法なら魔法を使う国で隠す要素はないと思うけど、真剣な眼差しに気おされて頷くしかなかったが、私としても詮索されても困るので交渉成立だろう。



「それはそうとして、あなた一体誰?何であたしの部屋で寝てるの?」


「あれ?寮母さんが連絡用の手紙を送ったらしいけど、まだ確認してなかったのね」


「え?ああ、レクリエーション前に貰ったやつか……」

 顎に手を添えサイドテーブルの本を退かしながら一通の手紙を取り出し、しばらく読んでいると目を丸くして私と手紙を交互に見比べて来る。


「あなた……アルカンディアからの留学生!?じゃあ魔族!??」


「いや、まあ、そうです…えへへ」

 驚愕している彼女には仲良くとは言わなくとも敵意を持たれるのは嫌だなあと考えていると、いきなり顔を掴んで来て顔をマジマジ見られる。


「たしかに瞳は金色だし、肌は褐色で耳もエルフ程長くはないけど尖っていてそれっぽいわね」


「そ、そう?」


「でも何かあたしの考える魔族と違うわね、角も尻尾もないし……」

 グルグルと周り、見回されるとちょっと恥ずかしくなってくる。


「えっと一応ありますよ、でも皆が怖がるから視覚的に見えない様にしてますが本当はこんな感じで」

 そう言いながら指輪をちょっと外すと現れた角や羽に驚く彼女。


「!?ええ~ほんとだ、なんかすごくファンタジーだわ」


「?? は?」


「あっ、いや気にしないで、ちょっと驚いて感心しただけなんだ」


 彼女は不思議そうな顔をしつつ何かを言いかけた時、外の廊下からハンドベルの音が鳴り響いた。



――カラーン、カラーン



「食事の予鈴だわ」

 どうやら食事の時間は決まっているそうで、遅れると食事抜きな上、あの寮母さんの有難いお説教が聞けるらしい。


「でも先にあの不審者の件を報告しないと」

 私の問いかけに、部屋から出ようとしていた彼女の動きは一瞬止まってこちらを振り返ると少し困ったような顔をして頭を振った。


「ごめん、巻き込まれたあなたには申し訳ないけど、大事されるとあたし的にちょっと困るのよ……」

 そんな彼女の眉間にシワを寄せた顔を見るとそれ以上何も言えなかった。たぶん先ほどの秘密にしてくれと言われた治癒魔法が原因だろう。


「わかったわ。 ああ、そうだまだ名乗ってなかったわね、私はペルディータ、ペルディータ・クロノス」


「ありがとう。 あたしはロザリア・オデュッセイ、よろしくね」


「ええ、よろしく」


 握手をしながらそのまま彼女に引かれて付いて行く。それにしても初日からおかしなトラブルに巻き込まれ、今後の学園生活はのんびりとは行きそうにないなと感じた。




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