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第472部分

 だが、そうして主に修行に戻る事を理由に、両者共に納得の上で再度フィーと別れたにもかかわらず、一人その場に残された、いや実際にはそうであるかは最早誰にも分からないのだが外見上はそうなったアイシスは修行、つまり昆虫採集に戻る事も無くただその場に立ち尽くしていた。


 とはいえ、それは別にアイシスの修行に、延いては魔法の習得に対する情熱が冷めてしまったという訳ではなく、この世界に来て以来、どころかその生涯でも最も姦しい……というと本人には失礼かもしれないが、少なくともタチバナやシラユキとは全く異なり声を抑えようとか、語数を少なくしようだとかは考えていなそうなフィーの話を聞いていた時との落差の所為か、急に世界が妙に静かになった様に、或いはまるで異世界にでも迷い込んだかの様な感覚を覚えたアイシスには、先ずはその感覚を消化する為の時間が必要だったのである。


「……さて、気を取り直して次は……何を探そうかしら?」


 尤も、実際には更なる異世界に迷い込んだなどという事は無いのは勿論、静かになった様に感じたのも直近の状況と比較しての話であり、実際には未だ森の中には葉擦れ等の環境音から、先程と同じ種類らしき蝉のそれに限らず様々な生物の鳴き声が響き渡っていた為、その音により概ね我に返ったアイシスはそう呟いてその概ねを完全にする事を試みると、周囲を見渡しながらそう自らに問い掛ける。


 が、そうして周囲を見渡した結果目に入った幻想的な光景に、いや実際にはそれは別に魔法等の何かしらの「幻想的な」力によるものではなく、単に樹冠により日差しが遮られて薄暗い森林の中に、その隙間から漏れ出た光が帯の様に差し込んでいるというだけのものではあるのだが、まあ当人としてはそう感じた事で目を奪われたアイシスは、再度その状態のまま暫しその場に立ち尽くすのであった。


「……まあ、折角森の中に入って来た訳だし、折角だから何か森の虫を見付けたいわよね」


 とはいえ、先述の通り修行への、そしてかつて憧れた事の一つである昆虫採集への情熱が冷めた訳ではない、どころかその幻想的な光景の中でそれが出来る事により更にそれが燃え上がって来たアイシスは再度蝉の声により我に返ると、一時的に中断されていた思考を再開し先の自身の質問に対してそう答える。


 尤も、同年代の同性と比較すれば多くの場合は圧倒的にそうであると言えるとはいえ、絶対的には別に昆虫の生態にそこまで詳しいという訳でもないアイシスには、「森の虫を見付けたい」と言ってもどの様な種類がそれに当たるのか、などという事はごく一部しか分からなかったが、別にそこまで昆虫の生息地を厳密に分ける必要がある場面でもない為、当人にしても自身の知識不足をそこまで気にしてはいなかった。


「……でも、森の虫と言えばやっぱりカブトムシとかクワガタだと思うけど、まだそういうのを捕まえるには流石にちょっと早いわよね」


 というよりも、当人としてもその「ごく一部」を指して「森の虫」と呼んだという方が正確であったのだが、一応の方針を決めて歩き出したのは良いものの、近くにあった木の幹を軽く眺めたアイシスはそこで早々に立ち止まると、その自身が定めた方針に対してそう自ら指摘する。


 尤も、その指摘は自身が抱くイメージというか、当人としては半ば常識に近い漠然とした知識からのものであったものの、実際には当人がかつて暮らしていた国に於いてもカブトムシは兎も角、クワガタであれば極めて南方の地方を措いても早い所では晩春位には活動を始める事も珍しくはなかったのだが、先述の通り昆虫の事に特別詳しい訳ではない少女には永久に知る由も無い話だった。


「……あら? 何かしらこの……何とも言えない匂いは」


 ともあれ、そうは思いつつも一定の暖かさではあるが故にもう出て来ているかもしれないという仄かな期待と、この世界ならではの特殊なそれを含む自身が探しているものとはまた別の、何かしら捕獲するに値する昆虫が見付かるかもしれないというまた別の期待を抱きながらも、またフィーの世話にならぬ様にと周囲への警戒も忘れない様に意識しながら周囲の木々を見て回っていたアイシスは、ふと自身の嗅覚に届いた嗅ぎ慣れない匂いに気が付くと、何に配慮しているのかその匂いをそう表現しながらその発生源を探し始める。


 とはいえ、森林内という、少なくとも平野や屋内よりは五感への様々な刺激が多い環境でもふと気付く程度には、その独特な匂いというものは中々に存在感のあるものであった為、その発生源の探索にもそう長い時間は掛からなかったが、そうしてその匂いの発生源へと辿り着いたアイシスは目下の目的を果たした感動に浸るよりも、その結果自身が目にする事になった光景に言葉を失っていた。

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