第463部分
「……まあ良いわ。そう言えばあの子に修行だとか言って虫取りなんかさせられてるんだっけ? これ以上邪魔するのもなんだしアタシはそろそろお暇させて貰うけど、歌に限らず用があったら呼んでみなさい。運良く偶々近くに居て、なおかつ暇をしてたら話位は聞いてあげるわ」
ところが、その様子を見たフィーは小さく溜め息こそ吐いたものの、それを咎めたりはせずに呆れた様にそう言うと、当人が修行中である事を理由に今回は話を此処で打ち切ろう、という旨をフィロソフィア節とでも呼ぶべき言い回しでアイシスに提案する。
「え? ああ、そう言えばそうだったわ。正直すっかり忘れちゃってたけど、そういう事なら仕方が無いわね。それじゃあ……ええと、色々とありがとう」
しかし、その言い回しから真意を理解するのに苦労する……どころかそれ以前の段階で、種々の理由によりそもそも自身が修行中であった事すら失念していたアイシスは不思議そうに一度は聞き返すが、自身の右手の網の感触等から直ぐにその事を思い出すと、フィーの発言からもう一度会う事はそう難しくない事を理解した事もあり、それならば仕方が無いと自身からも一時の別れの挨拶を口にする。
が、その特殊な半生から元より殆どそういった経験が無く、此方の世界に来てからも概ね似た様な状況であった少女は、この様な一時の別れの際に口にすべき言葉が急には思い付かなかった為、結果として色々と助けられた事へのお礼の言葉を以てそれに代える事にする。
尤も、別にいつでも……とまでは言わずとも、少なくとも此処に居る間には気軽に会う事が出来るという状況を考えれば、別に挨拶の言葉についてなどそこまで拘る必要も無い筈なのだが、先述の通りにそういった本来ならば学校等で誰でも数えきれない程にするであろう経験が乏しい少女には、その辺りの塩梅を学ぶ機会も無いに等しかったのであった。
「ええ。でも次は無い……とは言わないけど、次も助けられるとは限らないから、精々自分の身は自分で守る事ね。それじゃあ、縁があったらまた会いましょう」
という訳で、その謝礼を受けたフィーも特に何かを指摘する事も無くそう答えると、相変わらずの口調ではあるもののやはり内容的には親切でしかない言葉を続けた上で、或いはその言葉からアイシスの別れへの経験の無さを察してか、無駄に話を引き伸ばす気は無いとでもいう様に別れの挨拶を告げる。
なお、意図的にそうしたのかは不明なものの、自分から「用があったら呼べ」という旨を口にしていた以上、その挨拶の言葉は状況にはそぐわないものにも思えたが、アイシスがその事を指摘する、どころかその事に気が付く間も無く、そう言って軽く手を振ったフィーの姿はそのまま見えなくなってしまった。
「……嵐の様な人、いえ妖精だったわね」
という訳で、そうして一人その場に残されたものの、眼前に居るままにしてその姿が消える、という良く考えるまでもなく非常に不可思議な光景を見せられた事もあり、仮にも「修行の邪魔をしない様に」という理由で別れを告げられたにもかかわらず、暫しの間は先程までフィーが居た辺りの虚空を見つめて立ち尽くす事しか出来なかったアイシスであったが、次第に耳に入る様になって来た、いや厳密にはずっと耳には入っていたのを意識していなかっただけなのだが蝉等の声に気が付いて我に返ると、一連の出来事についての感想を誰にともなくそう呟く。
「ああ、そう言えば訊き忘れてた――」
「きゃああ!?」
しかし、別にその為に待機していたという訳ではないものの、当然ながらそれは既に姿を消したフィーがこの場から離れたであろう事を予測しての呟きであった訳なのだが、アイシスがそう呟いた直後、急に背後から誰かの声が聞こえると、或る意味当然の反応ではあるものの、結果としてアイシスの悲鳴が森林内、延いては辺り一帯に盛大に響き渡る。
「何よ、そんなに驚く事――」
「だから! 急に後ろから話し掛けるのを止めてくれる!? 貴方もタチバナもシラユキ先生まで、何でみんなして音も無く人の背後から現れるの!?」
とはいえ、それは当人が意図したものでは、つまり別に悪戯のつもりでそうした訳ではなかったのか、その悲鳴と共に凄い速度で自身の方へと振り向いたアイシスの勢いに押された様な様子を見せながらも、その要因となったフィーはそんなに驚く事は無いだろう、という旨の言葉を口に出し掛けるが、そのあまりの驚き振りにより精神的なタガが外れたのか、珍しく非常に感情的になったアイシスはそれを大声で遮ると、その勢いのままこの世界に来て以降に抱えていた数少ない不満点についてそう魂の叫びを上げるのであった。




