第461部分
「……まあ、後はついでに歌の指導でもしてあげようとも思ってたけど、やっぱりやめておく事にするわ」
すると、当人にしては珍しい類の言動ではあるものの、その「感謝」自体は本物である事を感じ取った……からなのかは不明だが、それを聞いたフィーは一度は胸に秘めておくつもりだったと思われる、自身のかつての行動の予定を明かすも、実際にはそれを行わない事を選んだ旨を口にする。
「え? それはまたどうして?」
いや、どうせ実行しないのであれば、それらの情報をわざわざ明かす必要などは無い筈なのだが、それを聞いたアイシスはそんな事を指摘するのではなく、そこでは語られなかったその選択に到った理由を素直に尋ねる。
尤も、その情報を告げられたタイミングによっては、その理由を「自身に才能が無いからなのか」と邪推してしまう事でその胸中は不安で満たされる事になり、同じ質問をするにしても今回の様に軽い調子で尋ねるなどという事はとても出来なかったであろうが、今回は既に自身の歌を認める様な言動を聞いていた、いや直接的には言っていない気はするが「技術よりも大切な云々」の下りをそう受け取っていた事もあり、少なくともその胸中が不安に占められる様な事にはなってはいなかった。
とはいえ、その下りは逆に言えば技術は不足している事を意味している為、それを聞いていただけでは結局の所聞いていないよりはマシという程度の不安に苛まれる事になっていた可能性は否めなかったのだが、その後の問答によりフィーの性格をある程度は把握していた事と、それらの情報が本来はわざわざ明かす必要などは無いものであるという事をしっかりと理解出来ていた事により、少なくとも自身が不安になる様な事をわざわざ口にする事は無い筈だ、という推測が立っていた事で、アイシスは不要な不安を抱かずに済んでいたのであった。
「こうして話してみたら、アンタの性格だと実際にそうしたら逆効果になるだろうと分かったからよ。もし実際にあれこれと技術面の指摘をしたら、歌う時にそっちばかりを気にして折角の長所まで潰れてしまいそうだもの」
尤も、それらの根拠は言ってしまえば全て自身の推測に過ぎない為、多少の不安が残っていた事は否めかったのだが、その質問を受けたフィーが意外な程あっさりと答えたその内容は、その不安が杞憂であった事を示すものだった。
「あー、確かにそうかもしれないわね。あれ? でもそれなら、そもそもそうするつもりだった事自体を黙ってれば良かったんじゃない? 何でわざわざ……」
という訳で、その事への若干の安堵を覚えつつも、その仮定の状況を想像したアイシスは実際にそうかもしれないと同意を示すが、その瞬間に新たな疑問が発生すると、それを言語化する事に苦労しながらもそう尋ね返す。
「別の方法でなら指導……いえ助言は出来ると思ったからよ。まあ、今思えば言うまでもない事だった気もするけど、折角だから先達として伝えておく事にするわね」
しかし、それは至極当然の疑問であるとはいえ、折角口にしてくれた相手に対しての言葉としては少々辛辣というか、それこそ「わざわざ」口に出す様なものではなかったのだが、当のフィーはそんな事を気にしていないのか、その旨を指摘する事も特に勿体振る事も無く素直にその質問への答えを返す。
が、その助言とやらは口に出し辛いものだったのか、そこまで言った所で何故か一度フィーの言葉は止まってしまうも、アイシスは続きを急かす事も無くただ大人しくその続きを待つ事を選ぶ。
「……という訳で、アンタはこれからも今まで通りに心を込めて歌っていなさい。そうすれば、必要な技術は勝手に後から付いて来るでしょう。それでも何か技術的な壁にぶつかったと思ったらアタシを呼びなさい。まあ、此処に居る間の話にはなるけれど、それを越える手伝い位はしてあげられると思うわ」
すると、その選択が端から正解だったのか、或いはその意図を汲んで仕方なくそうしたのかは不明だが、程無くして口を開いたフィーは先の言葉通りにアイシスに向けてそう助言すると、それでも技術的な問題が発生した際には自身を呼べば助けになれるだろう、という旨を口にする。
「……それは助かるけれど、何で初対面の私にそこまでしてくれるの?」
しかし、その助言そのものも、その後に続けられたそれに従っていても尚発生した問題に対しての助力の約束も、当人からすれば望外の有難いものであったにもかかわらず、それを聞いたアイシスは直ぐに礼を言えなかったどころか、暫しの沈黙の後に開かれたその口から零れたのは、一応は助かる旨を告げこそしたもののその胸中で生じた疑問、より厳密に言えばそれを解決する為の質問だった。




