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7話

 最初の鬼を容易く打倒した聖蓮は、ジャケット型の(Far)能変(Ability)換機(Converter)を起動し突貫する。


 第八迷宮第3階層。薄暗い岩だらけの空間に、スニーカーですら硬さを感じる地面。


 天井は闇に包まれて見えないが、どうやらある程度の高さはあるらしい。


 一見洞窟の内側のようだが、屋外でしか感じられないような吹き抜ける風は、温さも湿り気も覚えない。不快感のない爽やかなそれだ。


 まばらながら、至る所に鬼がいる。ハヤトは岩陰の暗闇から、わずかに顔を出して聖蓮のことを眺めていた。しかし……。


 バゴオオオオオオオオオオオオンン!!!!!


 先ほどと同じく低姿勢から突進してきた巨躯の鬼を、掌打の一撃で薙ぎ倒す聖蓮。


 全身の撓りを手の先に集中させた打撃は相手の突進などまったく意に介さず、側面から耳を叩いて脳を破壊する。


 拳ではなく掌底で眼窩骨を砕かれるなど、歴戦の鬼と言えど見たこともないだろう。


 先ほどはFACを起動せず鬼を打倒した聖蓮だが、今の彼は身体能力も反応速度も3倍以上向上している。


 第3階層に出現するような低位の鬼では相手にもならないのだろう。


「つ、強すぎる……!」


 それを遠巻きに見ていたハヤトは、もはや隠れていることすら馬鹿らしくなって大きく身を乗り出し感嘆する。


 彼が今まで見たことのある鬼は、どれも強いなどという言葉では言い表せないほど恐怖の象徴だった。


 人間を小枝のように圧し折り、野球ボールみたいにかっ飛ばす彼らの膂力は、たったそれだけでハヤトにトラウマを植え付けた。


 だというのに、アレはなんだ。


 次々と聖蓮に突進を仕掛けては薙ぎ倒される鬼。それも、4mを超えるようなバケモノだ。


 それが、一撃さえ与えることもできずに吹き飛ばされ続けている。

 本当に汎用FACしか使用していないのか疑いたくなるほど馬鹿げた戦闘能力だ。


(……第八迷宮の鬼が増えつつあるっていうのは本当みたいだ。タイミングが合ってよかった。ちょっと間引いて行こう)


 しかし、当の聖蓮はハヤトの羨望などどこ吹く風。

 のんきに考え事をしながら、流れ作業かのように鬼を縊り取っていく。刀すら抜いていないというのに、巨躯の怪物たちがまるで赤子のようだ。


 だが、流石の聖蓮と言えどFAC無しでここまでの戦闘をこなすことは難しい。


 ハヤトの注目も、彼のジャケット型FACに注がれていた。


 日本国内最高位の技師。芦原傳丸(でんまる)の手掛けた量産型汎用FAC。誰でも使用可能な点とその製法からエニヴィルという名称で親しまれる、現在国内で最も流通しているFACである。


 国力の増強という点において、傳丸を超える技師は存在しない。

 それもそのはず。彼がこのエニヴィルを開発するまで、FACは選ばれた人間の専売特許だったのだ。


 怪物たちの血に適合した人間しか使用することのできない超常兵器。

 それを、廉価版とはいえ民間人や農夫ですら扱えるレベルまで発展させた稀代の天才である。


 そのほかにも、天凪白星のFACを手掛けたり、関東結界都市が保有する守護艦型超巨大FACの設計を担当したりと、開発施工という功績があまりに多すぎる男だ。


「侮っていた……。クソッ! 価値の本質を見抜けていなかった!」


 ハヤトは聖蓮の戦いぶりを見て、自分の浅慮をただ恥じていた。

 しかしそこにあるのは、非望や落胆などでは決してない。


 自分が超えなければならないものの、高みへの羨望だった。


 エニヴィルは、人種への適性しか持たない人間でも使用可能なFAC。

 その効力は、身体能力の向上と反射神経の加速。


 ごく単純なフィジカルアップだ。


 ハヤトにとってFACとは、修羅神仏の奇跡そのものだった。

 そもそも人間の身体能力をいくら上げたところで、鬼や羅刹には劣る。


 所詮汎用FACなど怪物たちには通用しないのだと、心の奥底で侮っていたのだ。


 だが、これを聖蓮が持てばどうか。


 熟練された体術。相手の行動を読み切る先見。まるで怪物たちを誘導するかのように拳を叩きこんでいく達人芸。


 その一挙手一投足に、危なげがない。むしろ余裕すらある。


 人間の身体能力ではどれだけ技術を磨こうと彼らの膂力に押し切られてしまうこともある。


 そのパワーバランスが、身体能力の向上という一点で完全に裏返っていた。


 馬鹿げた怪力のケダモノと、適した膂力と理合いの達人。

 もはやこの程度の怪物では勝負にすらなっていない。


「聖蓮さんが俺に求めているのは、汎用FACすら超えるFAC。今戦闘技師の最前線を走り続けている相手を、追い越さなきゃいけない……!!」


 聖蓮は徹底して、鬼との力比べには出ない。

 当然、単純なぶつかり合いでは彼らのパワーに負けるからだ。


 だからこそ、相手の動きを見切り、最適な間合い。最適な術理を持って打倒している。


 刃を抜くことなく、一挙手一投足すべてが最適解。

 攻撃の踏み込みは次の攻撃の布石。なるべく最短距離で、なるべく最大効果を得られる攻撃。


 鬼の喉仏を肘鉄で玉砕し、裏拳で頭部を陥没させる。

 背後から追撃を仕掛ける鬼の下に潜り込み金的を破壊しながら、一瞬怯んだ隙を逃さず目玉につま先を叩きこんで絶命させた。


 それでも、もし彼に鬼すらも凌駕する膂力が備わっていたのなら。


(もし、それをこの手で生み出せるのなら……)


 術理すら必要ない。駆け引きも必要ない。

 聖蓮のような熟練の達人でなくとも、使用すれば鬼との勝負が成立する。


 果ては、使うだけで勝利が確約されるような。

 そんな理想の兵器を……。


(できる……かもしれない。今の俺なら。いや、創りたい! そんな夢想みたいな武器を!)


 ハヤトの目に焼き付いていたのは、返り血も一切浴びていない純白のジャケット。


 それがたなびく度に鬼が潰え、拳は歓喜する。

 聖蓮という強者の勝利を、より盤石なものへと昇華させる武器。それが汎用FAC。


 ならばハヤトが創り出すべきは、凡百のすべてを聖蓮と同じ頂へ押し上げる新兵器だ。


 ……もはや彼の胸には、第八迷宮へ来たときの恐怖など微塵もなかった。


 あるのはただただ、聖蓮という男への絶対的な信頼と、自分へ課された使命への渇望。


 すべてを試したい。すべてを手掛けたい。

 そしていつか、彼の英雄譚を飾る最高の相棒として並び立ちたい。


 そんな作り手としての魂に、冷えることのない(ほむら)が灯るのだ。


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