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8話

 ほんの一刻ほどで、第3階層に現在出現していたすべての鬼が打倒された。


 聖蓮の快進撃は凄まじく、鬼たちに一切の反撃を許さぬまま、返り血一滴浴びずに完全制圧。しばらくは新しい鬼も出現しないだろう。


 あたりには頭蓋骨を陥没させられた死骸が無数に転がるばかりで、まさに死屍累々とう様相を呈していた。


(数は多かったけど、別に特別強い個体はいなかったな。未確認の迷宮種が生まれたわけじゃなかったか)


 聖蓮は息を切らすこともなく、自分が打倒した鬼たちを並べ重ねていく。


 鬼が増えているという情報は小耳に挟んでいたが、それくらいは良くあることだ。


 だが第八迷宮はほんの少し前に天凪ギルドが長期遠征を行った後で、目立った怪物はすべて駆逐されているはずだった。


 そのため召喚を得意とする強化種が生まれたのではないかと危惧していたが、どうやら杞憂に終わったらしい。


 もしかしたらもっと下の階層にいるのかもしれないが、これだけ大規模に殲滅を行えばそうそう地上に溢れることはないだろう。


 ひとまずの危機は去った。しかし、大変なのはここからである。


「じゃ、これ全部地上まで運ぼうか」


 ごく自然に呟いた聖蓮。

 呆けたように山積みの鬼の死骸を眺めていたハヤトは、その言葉に絶句する。


 まさかとは思うが……。


「そ、それって……人力?」


「当たり前」


「ふゥ~やっぱりっすかァ~」


 ハヤトの目の前には首が痛くなるほど積み上げられた死骸。


 赤鬼は身長3~4mほどの巨人族だ。それが数十体と積み上げられているのだから、総重量はいったい何十トンになるというのか。


 それを今から、人力で地上まで運ぼうというのだ。

 FACがあるとは言え、どれだけの苦行かは想像に難くない。


(ファンタジーご都合主義的な収納アイテム的なもんないのか)


 ハヤトは改めてこれが現実なのだと実感する。そう都合よく、物体の重量を無視できるような超常的な道具があるはずもなく。


 ……いや、厳密には高価すぎるだけであるにはあるのだが。


 とはいえ、これだけ大量の資源をむざむざ放置する手はない。


「怪物の死骸は全部資源! ダンジョンは大量の怪物を解き放つと同時に、恒久的に資源を供給する場所でもある」


 慣れた手つきで死骸の両肩や腰にワイヤーを結んでいく聖蓮。

 とても古典的な方法だ。死骸を紐で繋いで、それを腕力で牽引し運ぶ。実に単純である。


 そんな苦労をしてでも、死骸をすべて運び出す利点があるのだ。


(鬼の死骸はFACの材料になるだけじゃなく、魔力と呼ばれるエネルギーが満ちている。中には魔石を持つ者もいるし、解剖して怪物たちの生態を知るきっかけにもなる。捨てられるような部位はひとつもない)


 半年間廃品回収屋として働いてきて、そのあたりの事情は熟知していた。


 とりわけ怪物の死骸は、廃品にできる部位など存在しないと言われるほど資源の塊である。


 例えば鬼の角。これは強力なFACを開発する材料になる。

 鬼が扱う妖術を媒介し、鬼火や蜃気楼といった現象を扱うための素材として重宝されていた。


 また、鬼の血肉は鬼種への適性を持つ者の身体強化を支える大切なパーツである。


 鬼の怪力を宿したFACであれば、汎用FACのそれとは一線を画す馬力を発揮することができるのだ。


 そして骨、とりわけ骨髄には魔力と呼ばれるエネルギー資源が多量に含まれており、こちらは素体(Material)魔力(Energy)変換機(Converter)にかけることで電力や動力に変換することができる。


 特に魔石と呼ばれる結晶体からは大量の魔力を取り出すことができ、現在のエネルギー資源の根幹となっていた。


 FAC製作で余った端材などもすべてMECで何らかのエネルギーとして取り出すことができるため、単に捨てる部位は存在しない。


 石油燃料やウランなどの採掘がほとんど為されていない裏の世界では、ダンジョンがもたらすエネルギー資源はとても貴重なのだ。


(人の生活を破壊した怪物たちが、今や人の生活を支えてるなんて。こんな皮肉もないな)


 ……実際、火力発電のデメリットがCO2の排出、原子力発電のデメリットが放射能であるとするのならば、魔石発電のデメリットは人の命だ。


 冒険者が命を賭して戦い、勝った者だけが魔石というエネルギー資源を持ち帰ることができる。

 敗北した者は当然、怪物たちに食われて終わり。


 そんな、目に見える無数の犠牲の上に成り立っているのが今の世界なのだ。


 ハヤトは聖蓮の隣でワイヤーを束ねていくと、腕輪型のFACを起動し肩に担ぐ。


 単純な腕力だけなら、汎用FACを使っている以上聖蓮と同等である。


 人間の身体能力を3倍程度向上させるという性能は、こうして肉体労働に移してみると嫌でも実感する。


 自分では持ち上げることすらできない巨躯のバケモノを、軽々とはいかないが引きずって運ぶことができるのだ。


 それも、ワイヤーで複数体が連結されている。

 人間の小さな身体、体重から発揮されているとは思えないほどの怪力。


 ズリズリと音を立てながら運びつつ、ハヤトは謎の優越感すら覚えていた。しかし……。


「聖蓮さん、すごいっすね」


「ん? これくらい普通だよ。慣れれば誰でもできる。まぁハヤトはFACの起動自体ほとんど経験がないんだし、むしろ初めてでそれだけ運べるのは誇ってもいいよ」


 ハヤトが額に汗を浮かべながら4体の鬼を運んでいる中、聖蓮は涼し気な顔で20体の鬼を引きずっている。


 FACの性能はほぼ同等のはず。身長も体重も、体格という点では聖蓮とハヤトはほぼ同じ。年齢だってそう離れてはいない。


 だというのに、聖蓮の怪力はいったいどこから来ているというのか。


(いや、考えてみれば、FACを使わなくたって聖蓮さんはとんでもない怪力だった……)


 そうだ、この第八迷宮に来るとき。

 ハヤトは両腕に全体重をかけて彼の歩みを止めていたというのに、聖蓮は顔色一つ変えずにずんずん進んでいった。


 身体の使い方なのか、鍛え方の違いなのか。それとも生まれつきの肉体美が成せる技なのか。


 とにかく、聖蓮とハヤトではそもそもの肉体性能に差があるのだ。


 ……実は聖蓮の使っているFACとハヤトの使っているそれとでは多少事情が違うのだが、それは今彼の知るところではない。


 二人は数度往復しながらも鬼の死骸を第2階層の大扉前まで運び出し、そこからは冒険者協会の職員へも助力を仰ぎながら資源の回収を終えた。


 鬼の討伐報酬と資源の提供でそこそこの小金を受け取った二人は、ホクホク顔で帰路に着く。


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