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6話

 関東結界都市、東京湾沿岸。結界都市の中心に聳える、地上20階建ての超巨大建造物。


 かつての東京都に聳えていたそれに比べれば遥かに劣るものの、現在の裏の世界においては象徴的なほど巨大な人工物だ。


「ちょ、待ってくださいよ聖蓮さん! んな!? 馬鹿力すぎる!! ちょ待てやコラァ!!」


 その地下2階部分。広々とした屋内にある階段を黙々と下る神河(かが)聖蓮(せいれん)と、彼の片腕を全力で引っ張りながらキャラ崩壊全開で吠える新宮ハヤト。


 地上1階に存在する冒険者協会で無事にライセンスを取得したハヤトだったが、一安心したのも束の間。

 突然地下へ向かって歩みを進めだした聖蓮に引きずられるまま、こうして下ってきてしまっている。


 ハヤトは額から大量の脂汗を流し、両腕に全体重をかけて聖蓮を引き止めようとしていた。

 その表情と剣幕は、彼の肩を外してでもここへ留まらせようとしている。


 それもそのはず。この先には……。


「自分がどこに向かってるかわかってるんですか!? 人類不可侵領域、第八迷宮ですよッ!!!」


 今にも聖蓮に殴り掛からんという形相で吠えるハヤト。


 そう。彼らが向かっているのは紛れもなく人外魔境。世界で八番目に発見された迷宮である。


 迷宮、あるいはダンジョンと呼ばれるその領域は、地下の奥底から無尽蔵に怪物・怪異を生み出し人類を苛む病魔の結晶だ。


 およそどの神話群にも存在しなかったはずの未知。


 実際には地下など存在せず、ただ下に向かっているだけの異空間で構成されている。


 そのため、ダンジョンの内側は地球上とはまったく異なる環境になっていることすらあるのだ。


 そこからあふれ出す怪物たちは、日本神話にも登場しなかった未知のバケモノも多い。予測不能、解析不能の暴威。それがダンジョンだ。


 そもそも関東結界都市の冒険者協会は、この迷宮に蓋をするために建てられている。


「そんなに騒がなくてもわかっているさ。地下2階までは天凪ギルドが完全制圧しているから、そもそも怪物は生まれない。奴らが出るのはこの先。第3階層からだ」


 耳元で叫び散らかすハヤトに対して、聖蓮は実に冷静に現状を述べる。


 しかしそんなことはハヤトも知っている。天凪ギルドがどれほど多大な功績をあげているかなど、今更教鞭を取られる筋合いもない。問題は……。


「貴方はダンジョンに入るには軽装すぎる! まともな戦闘用のFACも持たずに、どうやって怪物たちと戦うって言うんですか!!」


 ハヤトはその目で、見たことがあった。


 ダンジョンから脱走した鬼が、家屋を薙ぎ倒し人々を喰らっていた瞬間を。


 強靭な肉体に獰猛な性格。自身の死すらも顧みずひたすら人間を襲うことのみを至上とする彼らには、生身の人間が対抗することなどできはしない。


 生半可な抵抗はむしろ彼らを喜ばせるだけ。銃火器すらまともに通用しないような相手に、そのちんけな刃物一本で戦おうというのだ。

 自ら死にに行くような行為を、容認するわけにはいかなかった。


 それでも……。


「……勘違いしてるようだから言っておくよ、ハヤト。鬼や悪魔は確かに怖い。だけど彼らには明確な弱点が存在する」


 第2階層最後の階段を降り、薄暗い大扉の目の前。


 左腕をハヤトにホールドされている聖蓮は、片手で重厚な扉を開きながら口にした。


「奴らは、()()()()()


 大扉が半分ほど開き、奥から光が見えた瞬間。


 ドゴオオオオオオオオオオオンンンンンンン!!!!!!!!!


 強烈な踏み込みで爆音を撒き散らす、赤黒い肌の巨人。額からまっすぐ二本の角が伸び、成人男性二人分ほどの長身を屈めて低姿勢から突進を仕掛けていた鬼。


 それを見た途端、ハヤトの背筋を悪寒が駆け抜ける。

 避けられない。防御できない。


 その直感が全身を走り、額から搔いていた脂汗すら上塗りするほど滂沱の冷や汗。


 一瞬、激突を前に反射的に目を閉じたハヤト。


 しかし、待てど暮らせどそれは訪れない。

 身体を粉砕する激痛も、骨を抱き折る衝撃も、死を眼前にした恐怖すら。


 恐る恐る、目を開く。


「なっ!?」


 そのとき彼が見たのは、もはや目を閉じることなどできないほどの衝動。


「そう。鬼も悪魔も、殺せば死ぬんだ」


 そこにあったものは、聖蓮に左手の指をへし折られ、そのまま関節を極められたことで横転し頭部を大扉に激突させた鬼の死骸だった。


 陥没した頭蓋骨からはだくだくと血潮が流れ出し、衝撃に耐えられず飛び出した目玉がハヤトのスニーカーに当たってコロリと跳ねる。


 人間の膂力など一笑に付す、赤い巨人の絶対的な突進力。


 だが聖蓮は、鬼が彼らを粉砕するよりも早く、前面に出ていた左手の指を抱き取り外側に向けて捻じり折ったのだ。


 指から肘、肘から肩、肩から全身を一挙動で同時に極め、彼奴の突進力をそのまま攻撃に転じた。


 ハヤトには信じられないことだったが、このとき聖蓮はFACすら起動していない。


 素の身体能力と対応力のみで、銃火器すら避けるという絶大な暴威を絶命させたのだ。


「いいかい、ハヤト。とりわけコイツみたいな人型の怪物は、人の理合いが通用する。だから熟練すれば、奇跡に頼らなくたって殺せるんだ」


 殺しても死なないような、人知の及ばぬ怪物たちが無数に存在する裏の世界で。


 いくら恐ろしく強大なバケモノであろうと、理合いが通じるのならば殺せると、聖蓮は誰に憚ることもなく断言する。


 そしてそれは、天凪白星のような超越した個人にしか成せぬものではない。

 人類が抗い続ける限り、いつかは誰もが手にするだろう。戦うための力を。


 それこそが彼の理想。人類すべてが、持ちうる力のすべてを持って怪物たちを打ち滅ぼす。


「……だけど現状、こんなことができるのは僕くらいのものさ。だから君には知ってほしいんだ」


 謙遜などない。実際、FACも用いず、ましてや素手で鬼を打倒することのできる人間などほとんど存在しないのだ。


 ……むしろ聖蓮の存在そのものが奇跡の結晶とも言える。


 だが彼の理想は、奇跡などというまやかしであってはならない。


「怪物たちと戦って時代を繋ぐのは、僕たち戦屋の仕事だ。その時代を使ってこの世を覆すのが、君たち技術者なんだ。だから見ていてよ。戦屋がどうやって怪物たちを倒すのか」


 彼の背中が、雄弁と物語っていた。


 聖蓮は、聖蓮の世代で世界を救うことなどできないのだと。


 だからこそハヤトという人財に求めた。一人の天才が創り出した薄氷の時代ではなく、全人類が総力を結集した盤石の時代を。


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