5話
ところ変わって、彼方ギルド鍛冶町本部。
本棚が並ぶ一階の、カウンター内。明かりの少ない屋内で静かに読書にふける一人の乙女。
椅子に座って、背筋を正しひたすら本へと視線を落としているだけ。
たったそれだけで名画が描けそうなほど完成された美そのもの。
腰まで届く艶やかな黒髪が椅子から零れ落ち、シミひとつない絹のような肢体が執事服の袖口からわずかに覗く。
露出は少ないながら見る者の情欲を煽る不思議な妖艶さが、彼女にはあった。
「やっほー! 白星さんが会いに来たぞー!」
そこへ、神秘的ですらあった雰囲気をぶち破る姦しい声。
ガラガラと豪快に引き戸を開き、全身の躍動をほしいままにする乙女。
時間にして4時間強。一心に読書のみへ意識を集中させていた受付嬢瑠璃は、その大きな声にわずかに身体を揺らす。
しかし表情には一切出さず、事務的な鉄面皮のまま、退屈そうに本を畳むと彼女へ向き直った。
「……相変わらずですね。白星様、ギルド長は今新宮様を連れて協会に行っていますよ」
視線を向けた先にいたのは、瑠璃に勝らずとも劣らない美少女だった。
白銀色のロングスカートメイルで身を覆い、静謐な印象を抱かせる佇まい。
快活な笑みを見せる顔は幼さを残しながらもキリっと整っており、短く揃えられた銀色の頭髪は太陽のように燦々と輝いている。
身長は瑠璃よりわずかに低いが、纏う風格は一線を画する。
突然現れた、超巨大ギルドのギルド長。
それでも瑠璃はまったく臆することなく、椅子から立ち上がることすらせずに淡々と投げかけた。
対する白星も、気にしている様子はない。
彼女は今や立場ある存在にはなっているが、根っからの戦屋だ。
いちいちこの程度で無礼だなんだと声を立てるほどでもない。だが……。
「黄昏姫……。アナタだけ? 他の子たちは?」
「今は私だけです。他のメンバーは、何やら巨人襲撃の兆しありとかで、北へ調査に行きました。それから……」
そこで瑠璃は一度言葉を区切り、元々切れ長の瞳をさらに細めると。
「私のことを黄昏姫と呼ぶのはおやめくださいと、何度も申しております」
初めて席を立った瑠璃は、白星への敵意を隠しもせずに言葉を紡ぐ。
彼女たちの間にはそれはもう犬猿の仲というのがよくあてはまるほど深い因縁があるのだ。
……ちなみに、黄昏姫というのは瑠璃の俗称である。
ひとたび舞台に上がれば数々の男を魅了し、同性であろうと恋する絶世の美女。
だというのに、当の本人はいつも興味なさげに遠い目で読書にふけっている。
彼女の夜明け色の瞳が黄昏時の夕焼けに見えることから、鍛冶町中の人々からそう呼ばれていた。
何より、彼女はどんな偉丈夫にも美少年にも靡かないというのが大きいのだろう。
「そっか。新宮クンの引き入れは今日だったんだ。じゃあしばらく戻ってこないかな」
しかし、当の白星は彼女の敵意などどこ吹く風。
受け止めるどころか気づいてもいない。彼女の興味は専ら聖蓮のことのみだ。
「まぁいいや。噂の新宮クンに、預けてほしいものがあるんだよ」
言いながら白星は、背負っていた長柄の得物をカウンターにドサッと置く。
その行動に瑠璃は眉をひそめるが、いつものことだ。
「これは?」
「幻霊仮想接続器。異能変換機の原形になったダンジョンの遺物ね。だけど……」
「薙刀、ですか」
得物を包んでいた布を剥ぐと、内から現れたのは見事な薙刀であった。
紅塗の柄は艶が満遍なく輝き、縁の金装飾が煌めく。刀身は白銀色の光沢を惜しげもなく晒し、わずかに反った刃は必断の切れ味を想起させた。しかし……。
「そ、第八迷宮からは何故かやたらと薙刀が出土する。でもこんなでっかい武器まともに扱える人間はほとんどいないし、そもそもSBCは適性がFAC以上に厳しい。強度は高いから私が使ってもいいんだけど……」
「こんな爪楊枝では、貴女が振るえば粉々でしょうね」
瑠璃の言葉に、白星は腕を組んで困ったようにうなずく。
薙刀の強度は圧巻の一言。しかし彼女の膂力は、ダンジョンの遺物すらも遥かに凌駕している。
まともな武具を装備できたことがほとんどないのだ。FACを使用している彼女は、まさに鬼神のごとき怪力を発揮する。
冒険者は皆怪物たちと戦うことに精一杯で、修練に励む時間などない。
薙刀のように扱いの難しい武器では、力任せに振るう程度しかできないものが大多数だ。
もちろんそれでも怪物を倒すには十分だが、それではこの幻霊仮想接続器の真価を発揮できているとはとても言えない。
「でも、噂の新宮クンなら。このじゃじゃ馬もとんでもない武器に昇華させられるかもしれない。まぁ検証のひとつだね。FACだけじゃなくSBCにも早いうちから触れてほしいんだ」
SBCは、FACとは根本的に異なる。
FACは怪物たちの細胞や血液を人体に流し込み同調させることで、彼らの異能を扱う器具だ。そのため、安全性は保障されていないし、適性の診断が必要。
対してSBCは、人体を仮想の霊体へ徐々に変質させていくことで、人間ではなく怪物の一種として力を行使する超常の兵器である。
ゆえに危険性はFACよりも圧倒的に高く、人間が鬼に変幻して町を襲うこともありうる。
これはダンジョンの出土品や特定の聖地、遺跡でしか存在せず、その構造や製法は未だに謎に包まれたままだ。
もしそれすらも加工可能なのであれば、新宮ハヤトの技術者としての価値は跳ね上がる。
「なるほど、承知しました。……しかし意外ですね。貴女は人財確保に余念がない人だ。新宮様を不要と判断したからギルド長に預けられたのかと思っていましたが……?」
瑠璃は薙刀をカウンターの奥に仕舞いながら、視線も合わせず投げかける。
対する白星も、腕を組んだ姿勢のままそっぽを向いて答えた。
「うちも一枚岩じゃないっていうか、人を集めすぎて私のワンマンじゃなくなってきたんだよねぇ。新宮クンみたいに本当に価値ある人間は、私の傍に置かないことにしたんだ。その点、聖蓮なら安心だし。彼の安全面においてもね」
超大規模ギルドを治める長として、思うところがあるのだろう。
元々は彼女の実力におんぶにだっこのギルドだったが、いつの間にか国内でも最大手の組織になった。
当然有能な人財も豊富に揃ってはいるが、人が多ければそれだけしがらみも増えるというもの。
新宮ハヤトを預かるには厳しい立場であると判断したのだ。
「聖蓮に直接伝えたいこともあったんだけど……。まぁそれは今度でいいかな」
白星は額に手を当てて考え込むが、彼女のこれはいつもただのポーズだ。
物事は即断する性質であるため、既に結論は出している。考えているフリは、単に間を稼ぎたいだけだ。
「今日の夜は新宮クンの入団祝いでしょ? その席に私も参加……」
「お断りします!」
「ちぇ」
「天凪ギルドの長ともあろうお人が一介の団員のために出席したなんて、それこそ裏があると勘ぐられるでしょ」
「だよねー」
白星はガクッと肩を落とし、普段にも増して小さな背中を見せつつ「ほんじゃまたー」と言って退出した。




