4話
時刻はもうすぐ正午になろうかという頃。どうやら相当話し込んでいたらしい。
来るとき閉まっていた長屋の店も今は開店し、いくつもの工房がカンカンと小気味よい金属音を鳴り響かせている。
石造りの通りにはまばらながら人が行きかい、本来の活気を見せてくれていた。
春のうららかな晴天が照らす中、二人は関東結界都市の中央に聳える巨大な建造物へ向かって歩いている。
「あれって、第八迷宮ですよね。なぜあんなところに向かっているんですか?」
「そうか、君はこの辺の地理もあまり詳しくはないんだな」
ずんずんと歩みを進めていく聖蓮の後ろを追いながら質問を投げかけるハヤト。
彼はこの裏の世界に来てからずっと隠れつつ生活していた。
当然、拠点周辺以外の地理には明るくない。
「君もギルドの一員になったからね、冒険者登録をしに行くのさ。そもそも異能変換機の所持にも本来はライセンスが必要だし」
冒険者とは、冒険者協会という非政府組織が管理している戦闘集団のことである。
冒険者協会の管理下に入ることで、FACという兵器を所持することを認められたり、迷宮への立ち入り許可が出たり、怪物たちの死骸を加工する権利を得たりという特権が与えられる。
ただし、有事の際は最前線で戦うことを求められるなどのデメリットも存在していた。
そして、その下にいくつも存在するのがギルドという集団だ。
彼らは個々に結束し、それぞれの思想のために結集している。
聖蓮やハヤトの所属する彼方ギルドもそのうちのひとつであった。
当然国家所属の軍属も存在するが、現状戦闘力という面では冒険者協会が圧倒的にリードしている状況にあり、国家も彼らの活動を容認せずにはいられない。
……ちなみにこれは余談だが、FAC製作業者としてライセンスを取るよりも、冒険者ライセンスを取る方が遥かに簡単であるため、多くの業者はFAC製作用の本来のライセンスを所持していないことがほとんどである。
いや、そもそも政府組織が満足に機能していないため、ライセンス非所持のモグリの業者も無数に存在している。
「そっか、FACって俺が使える範囲でも一般的な人間の3倍は怪力になれるから、普通に凶器なんだ」
誰でも使用可能な適性を問わないFACでも、一般人とは比較にならない身体能力を得ることができる。
表の世界からこちらへやってきたハヤトは、むしろそういった規制に理解が早い。
表の世界で言うのなら、FACは間違いなく銃刀法で取り締まりを受ける対象だ。
「ま、ライセンスって言ってもちょっと役所にお金払うくらいだけどね。そもそも冒険者を取り締まれるような強力な軍人がいないんだ。国防のために、強いやつから先に死んでいくのが今の世の中だから」
聖蓮は、普通の世間話かのようにそれを語る。
しかし、それは尋常なことではない。
軍人の殉職率は9割を超え、冒険者ですら7割の人間が怪物たちに食い殺されている。
人類がどれだけ文明を取り戻そうと奔走しても、強力な悪神や羅刹が出現されるだけで文明そのものをリセットされかねない。
裏の世界は今、それほどまでに追い詰められている。
「……そういう聖蓮さんは、普通の刀しか装備してないみたいですけど。それFACじゃないですよね」
だが、ハヤトも最近慣れてきた。
いちいちこの程度の雑談に一喜一憂するほどこの世を憂いてはいない。
むしろ彼の興味は、聖蓮個人に注がれていた。
「ん? あぁ、そうだね。これは普通の日本刀だよ。服の内側にFACは仕込んでるけど」
言いながら聖蓮は、羽織っていた純白のジャケットをバサッと開く。
その布地には、幾重にも刻まれた幾何学模様が張り巡らされていた。
どうやらジャケットそのものがFACらしい。
しかしそこで、ハヤトの疑問はさらに募る。
「……失礼ですけど、聖蓮さんの適性はなんなんですか?」
これでもハヤトは、等価交換の使い手だ。物の価値は見ただけである程度看破できる。
その彼に言わせてみれば、彼の装備はギルドの長としてはあまりに貧弱だ。
多少は高価そうだがFACですらない普通の刀剣。刻まれた術の密度こそ高いものの、身体強化以上の特殊能力はなさそうなジャケット型FAC。
彼の身に着けているものに、武器らしい武器がない。
もちろん戦闘用ではなく街中で使用する日常使いのFACなのだろうが、それでもハヤトの身の安全を保障すると豪語するには心もとない。だが……。
「悪いけど、こんな往来の真ん中じゃ僕の適性は言えないな。これでもギルド長だからね、手札をそう簡単には晒せないんだ」
聖蓮はハヤトへと向き直ると、ごく真剣な表情で語った。
その言葉には、単に秘密主義なだけではない責任と自信が見え隠れしている。
「まぁ安心してよハヤト。僕、これでも結構強いから。純粋な殴り合いなら白星とだって引き分けられるくらいだしね」
タハハと笑いながら、ジャケットを正して再び歩き出す聖蓮。
その姿を見て、ハヤトはふと思った。
(ものの価値はわかるけど、人の価値はまだはっきりとはわからない。だけどこの人からは、何か特別なものを感じる)
聖蓮の足の運び。腕の揺れ。
そして最初に感じた、あの霊峰のような圧倒的存在感。
きっと彼の言葉は嘘ではないのだ。たとえ徒手空拳だとしても、並び立つ者のいないほど無類の強さを発揮するのだろう。
それほどまでに完成された身体であると、ハヤトの目は評価していた。
「あ。そういえば度々名前が出るその白星って、誰なんです?」
「おや、白星の名前を知らないとは。ちょっと勉強不足が過ぎるねハヤトくん」
純粋な疑問を投げかけたハヤトに対し、聖蓮は冗談めかしたように芝居がかった口調で小言を言う。
「国内五大ギルドと呼ばれるギルドの中で、ここ関東結界都市を中心に活動する、迷宮攻略を主目的にした超大規模ギルド。天凪ギルド。その若き頭首が、天凪白星だよ」
その言葉を聞いて、ハヤトもハッとした。
白星という名は馴染みがないが、天凪という姓はよく耳にしていた。
大量の武具を各鍛冶工場に発注しては、すぐに使い潰して廃材にしてしまうという。
一部では鍛冶師の敵とまで揶揄されているが、彼女が一振りするだけでどんな名刀も壊れてしまうほどの怪力を有するのだとか。
代わりに、その一撃で如何なる化生をも打ち破る。まさに太陽そのものであるかのような女傑であると。
(そんなビッグネームと友好があるどころか、顎で使って俺のこと調査させるとか……。じゃあこの人は何もんなんだよ……?)
疑問は深まるばかりだ。
しかしそれを解決するよりも先に、二人は目的地へ到着してしまった。




