3話
聖蓮の瞳が、力強くハヤトを射抜く。
しかし、そこに宿っていたのは威圧感などではない。
ハヤトに対する期待と羨望、そして好奇。
表情には一切出さないが、聖蓮はこのとき年甲斐もなく浮かれていた。
ハヤトの額へ置いた手がわずかに熱く滾っているのも、きっと気のせいではない。
「これは、異能変換機。通称FACと呼ばれる装置。鬼や悪魔といったバケモノたちの扱う異能を、人間でも行使できるように変換する機械さ」
言いながら聖蓮は、腕輪のような機材を取り出した。
内側には無数の幾何学模様、外側には短いケーブルのようなものが伸びた、黒く武骨な機械。
ハヤトも、数度目にしたことがある。
これを着けた者は怪物たちのような怪力を発揮し、人知を超えた魔法を行使し、神々のような奇跡を扱う。
表の世界には存在しなかった、まったく新しい科学の結晶だ。
「だけどこれには適性がある。怪物たちの細胞、死体、身体構造をそのまま使用しているし、それを血液中に連結する必要があるからだ。ほとんどの人間は、人以外の種族に適性を示さない。君もそうだね?」
「……使おうとしたことはありますが、止められました。適性外のFACを使おうとすれば、大けがでは済まないと」
人類が唯一怪物たちに対抗しうる超常の兵器だが、誰でも自由に扱えるというわけではない。
人種への適性持ちのために開発されたFACも存在するが、単純な身体強化以外扱うことはできない。
もし自分の適性以外のFACを無理に使用しようとすれば、悪魔や鬼の力に身体を蝕まれ、最悪の場合死体すら残らず消滅することになる。
適性は遺伝や才能が95%。後天的に適性を得る方法は一般的に知られていない。
超常の奇跡を扱うにも資格が必要ということだ。
「だけど、君にはこんなもの必要ないんだ」
しかし、聖蓮はFACなど興味もなさそうに放り投げる。
彼の注目はただただ、ハヤトの双眸にだけ注がれていた。
「だって、君はその身ひとつに神の奇跡を宿しているんだから」
「……」
もはや、驚きもしなかった。
新宮ハヤトという人物の、現在置かれている状況。やってきたこと、経験したこと。すべてを、この人には知られているのだ。
そんな確信が、彼の胸中を埋めていた。
「白星の報告だ。君は組織から逃れたのち、すぐに鍛冶町へ移動。それから廃品回収業者を経営し始めた」
聖蓮の言葉にも、一切懐疑など含まれていない。
下調べは万全。そういうことなのだろう。
「だが不思議なことに、君の拠点に運び込まれた廃品は、どこかに移動した形跡も廃棄された形跡もない。本来であれば来訪者の追跡もある程度で取りやめにするが、それを不思議に思った僕が白星にお願いしたんだ。君が、何をしているのか」
ハヤトはただただ、彼の言葉を黙って受け入れる。
無言は肯定の証だ。遮るのも無粋というもの。
「すると驚くべき調査結果を僕に知らせたよ。曰く、野菜から果物を生み出した。曰く、石の廃材からベニヤ板を生み出した。曰く、伐採された霊木から剣を生み出した……とね」
タハハと快活に笑いながら、聖蓮の語調はどんどんと軽快になっていく。
銀色の瞳には喜色が宿り、頬ははち切れんばかりに吊り上がっていた。
「白星の言葉を疑ったことなんて一度もないけど、流石にあのときばかりは理解を拒んだものだよ。だってさ」
そこで一度言葉を区切ると、聖蓮は再びハヤトの手を取った。
「それはつまり、君の能力の証明。君の力は、物体に一定の価値を割り当て、それと同等の価値を持つものへと変換する力だ。物体の構造ではなく、価値を基準に構造体へ干渉する力なんて、僕も初めて聞いたよ」
これは聖蓮の勝手な推測に過ぎない。
しかし、彼の声音には何にも憚ることのない確信が宿っていた。
「……正解です。俺の力は等価交換。それも、ゴミを寄せ集めて価値を上げることもできる。理論上は、天文学的な量の資材を投入すればどんなものだって生み出せる……はずです」
今まで無言で聖蓮の言葉を肯定していたハヤトだったが、このときばかりははっきりと自分の口で是を示した。
最後が少し自信なさげなのはかっこつかないなと苦笑したが、実際に彼の能力ならば不可能ではないだろう。
聖蓮は彼の言葉を噛みしめ、一度深呼吸した。
これほどの興奮を覚えたのは、いったいいつ以来だろうか。
「君みたいにその身ひとつに異能を宿した人間のことを、天からの贈り物を受けた人。天人と言う。適性が人種ならこの国では労働力以上の価値はないが、天人なら別だ。だけど君の力、生まれつきってわけでもないだろう?」
「もちろんです。表の世界にいたときは、こんな力なかった。等価交換に目覚めたのはこっちに来てからです」
やはりか、とひとこと呟きながら、聖蓮はぐっとハヤトの手を握りしめる。
「表から召喚された人間にはよくあることらしいんだ。そこで、僕らからの提案さ」
聖蓮は握った手を自分の方へと引き寄せながら、ずいっと顔を近づけた。
対してハヤトはすっと顔を逸らすが、思わぬ聖蓮の怪力に引き止められてしまう。
「ただでさえ表の情報を持っている人間は人さらいに狙われやすい。それも、天人ならなおさら。僕から提示できる条件は、君の身の安全の保障。そしてFACの提供。代わりに要求するのは、既存の手法に寄らない新たなFACの開発だ」
燦々と輝く彼の銀瞳が、ハヤトの眼前で美しく煌めいていた。
「どうだい? 僕ら彼方ギルドの一員になってくれないかな?」
まっすぐに、聖蓮の瞳は訴えかけている。
悪い話ではない。お世辞にもハヤト自身の戦闘能力は高いとは言えないのだ。
こんな世界で、どんな危険が待っているかもわからない。
……実際ハヤトは、100人単位の人間の死を眼前にして日が浅い。危機感も相応に募っていた。
だが、自分の能力の価値と彼の提示した条件は果たして釣り合っていると言えるのだろうか?
ハヤトは意外にも冷静に、彼の言葉を反芻していた。それでも……。
「わかりました。俺はあなたについていきます!」
何か、直感のようなものが語っていたのだ。
聖蓮にならば、任せてもいいと。それを無視するなど、ハヤトにはできなかった。




