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第2話 街、仕事、男の値打ち

街までは半日かかった。




森を抜け、街道に出た。

轍が深く刻まれた土の道だった。

荷馬車が何台かすれ違い、行商らしい男たちが

龍司とハーゲンを一瞥して通り過ぎた。




視線は警戒でも好意でもなく、

ただの確認だった。旅人が歩いている、

それだけの話だという目だ。




龍司はその目が嫌いじゃなかった。




街の名はレムハルト。ハーゲンが教えた。

城壁はなく、代わりに丸太を並べた柵が

周囲を囲んでいた。




門番が二人いて、顔だけ見て通した。

ギルドがあり、市場があり、鍛冶屋があり、

酒場が三軒あった。




石畳の道が中心部だけ整備されていて、

外れに行くほど土に戻った。




人が多かった。




龍司は人混みが得意ではなかった。

前世でも、混んだ場所より

人気のない山道の方が性に合っていた。




ただ今は好き嫌いを

言っている場合ではないので、黙って歩いた。




「工具屋はあるか」と龍司はハーゲンに聞いた。




「鍛冶屋で頼め」




「金がない」




「仕事を取れ」




それだけだった。




龍司は市場を一周した。

何が売られていて、何が足りていなくて、

どこで金が動いているかを見た。




整備士の視点で見ると、街は機械に似ている。

どこかが動いていれば、どこかに摩耗がある。

摩耗しているところに、仕事がある。




荷馬車の車軸が目に入った。




市場の端に止まっていた荷馬車で、

荷を下ろした後らしく御者が一人、

荷台にもたれて休んでいた。




車軸の一本が、わずかに歪んでいた。

走れないほどではないが、

このまま使えば軸受けが削れる。

百キロも走らないうちにがたが来る。




龍司は御者に声をかけた。




この世界の言葉は、転生の際に

脳へ直接流し込まれたかのように使えた。

理屈は分からない。ただ使えた。

それだけで十分だった。




「その車軸、曲がっている」




御者は顔を上げた。

四十代の男で、日焼けして目が細い。

龍司を上から下まで見た。




「何だお前」




「修理屋だ。正確には、今から修理屋になる」




「今から?」




「そうだ」




御者は少し黙って、

それから荷馬車の下を覗き込んだ。

車軸を見た。また龍司を見た。




「どこで直す」




「鍛冶屋を借りる。

 工具代と材料代は別で出してもらう。

 工賃は直った後で決めていい」




「直らなかったら?」




「直る」




断言した。根拠は二十年の手だ。

それ以外にない。




御者はしばらく顎を触っていたが、

やがて「わかった」と言った。



街の鍛冶屋は、

市場から二本路地を入ったところにあった。

鉄を打つ音が遠くから聞こえていた。

龍司はその音で場所を見つけた。




機械の異音を耳で追うのと同じ要領だ。

音の質で、炉の温度と職人の手の加減まで

ある程度わかった。悪くない。

丁寧な仕事をしている音だった。




扉を開けると、熱気が顔を打った。




炉が赤く燃えていた。

職人が一人、鉄を打っていた。

五十がらみの男で、体が横に広く、

腕が太かった。龍司を見て、手を止めなかった。




「何だ」




「炉と工具を少し借りたい。

 荷馬車の車軸修理に使う」




「金はあるか」




「仕事が終わったら払う」




職人は鉄を置き、龍司の手を見た。




整備士の手だ。油が染み込んだ皺、

変形した関節、指の付け根の硬さ。




それを職人の目で見れば、

この男が手を使ってきたことは分かる。

何をしてきたかまでは分からないにしても、

素人の手ではないことは分かる。




「工具は自分で選べ」と職人は言った。




「壊したら弁償しろ」




「壊さない」




龍司は工具棚を見た。

前世と比べれば原始的だったが、

必要なものは揃っていた。鏨、やすり、

金槌、焼き入れ用の水槽。




車軸を正確に直すには、歪みの程度を測って、

熱して、矯正して、冷やす。

その手順はここの工具で踏める。




御者に車軸を外させた。




外した車軸を持って炉の前に立った。

熱気が体に来た。

龍司はそれが嫌いじゃなかった。

前世でも溶接や熱処理は好きな作業だった。




金属が熱で素直になる感触が、性に合っていた。




歪みの程度を目と指で確かめた。




二ミリ弱、外側に逃げている。

これを真っ直ぐに戻す。炉で赤らめて、

アンビルの上で叩く。力任せに叩けば逆に歪む。




熱の入り方を読んで、当てる角度を選んで、

一打ずつ確かめながら戻す。




炉に車軸を入れた。




火が舐めた。鉄が色を変え始めた。

橙から赤へ、赤から白へ向かう手前で

引き上げた。アンビルに置いて、金槌を取った。




最初の一打。




感触が来た。柔らかく、素直に動いた。

これだ、という感触だった。前世も異世界も、

金属が熱を持った時の感触は変わらなかった。

鉄は鉄だ。




十数打で、ほぼ戻った。




もう一度炉に入れ、温度を整えて、もう数打。

やすりで表面を均した。水槽で冷やした。

手に取って、目の高さで回転させながら見た。




真っ直ぐだった。




鍛冶屋の職人が、いつの間にか横に来ていた。

黙って車軸を見ていた。

何も言わなかった。




龍司も何も言わなかった。




職人が戻っていった。それで十分だった。




車軸を御者に渡した。

御者が取り付けて、荷馬車を少し動かして

確かめた。満足そうな顔をして、

財布を取り出した。




「いくらだ」




「工具代と材料代を先に払ってくれ。

 工賃はその後でいい」




御者は鍛冶屋の職人に払い、

それから龍司に金貨を二枚出した。




「これで足りるか」




「十分だ」




「腕がいいな」




「仕事だから」




それだけ言って、龍司は受け取った。




ハーゲンが少し離れた場所で壁にもたれていた。

龍司が歩み寄ると、

ハーゲンは壁から背を離した。

二人で歩き始めた。




しばらく無言だった。




「手が覚えてるか」とハーゲンが言った。




龍司は少し間を置いた。

「覚えてる」




「そうか」




それだけだった。




龍司はその言葉を噛んだ。

ハーゲンが何を言いたかったのかは、

考えれば分かった。




前世の記憶があるのか、

それとも体だけが知っているのか。




答えは両方だ。

頭で覚えていて、手でも覚えている。

その二つが今の自分の全財産だった。




その日の夜、二人は酒場で食事を取った。




安い店だった。木の椅子と木の卓が並んで、

煤けた天井に蝋燭がぶら下がっていた。

麦の粥と黒パンと、薄い肉のスープが出た。

酒は麦酒で、苦みが浅くて酸味が強かった。




龍司はそれを飲みながら、

今日稼いだ金の計算をした。




工具を買う。最低限の道具一式。それと消耗品。

残りで食い物と宿を数日分確保する。

その間にもう何件か仕事を取る。




車軸の修理だけでなく、農具でも武具でも、

壊れているものなら何でも直す。




それを繰り返して、資金を積む。




湖畔に戻る時には、

木材を買える程度の金を持って帰る。




最初の小屋を建てる材料費だ。

設計は頭の中にある。

湖畔で見た地形を思い出しながら、

龍司はスープを飲んだ。




岩盤の庇を後壁として使う。

南向きに壁を三面立てて、屋根を張る。

床は石を並べて土間にする。




炉は奥の岩盤寄りに据える。

煙突は岩盤に沿って上へ抜く。

窓を一つ、湖の方向に開ける。




最初の小屋はそれだけでいい。





余計なものは要らない。炉と屋根と窓があれば、

人間は生きられる。それが確保できてから、

次を考える。




ハーゲンは無言で黒パンを食っていた。




「お前はどうするつもりだ」と龍司は聞いた。




「どうとは」




「この街に留まるか、俺と戻るか」




ハーゲンは少し考えた。




「しばらくはついていく」




「なぜだ」




「暇だ」




龍司は麦酒を飲んだ。




「邪魔はするなよ」




「する気はない」




それで決まった。特に契約も握手もなかった。

ただそういうことになった。それで十分だった。



翌日から、龍司は修理の仕事を続けた。




レムハルトは小さな街だったが、

壊れているものには困らなかった。

農具が多かった。




鍬の柄が折れている、鎌の刃が欠けている、

鉄製の水桶に穴が空いている。そういう仕事だ。

地味で、目立たなくて、

しかし確実に金になった。




龍司はそれが向いていた。




派手な仕事は好みではなかった。

前世でも、新品の車を売る仕事より、

壊れたバイクを直す仕事の方が性に合っていた。




何かが正しく動くようになる感触が好きだった。




音が変わる、動きが変わる、

持ち主の顔が変わる。それだけで十分だった。




三日目に、ギルドの受付が声をかけてきた。




ギルドは街の中心部にある建物で、

冒険者の依頼受付と情報交換が

主な機能らしかった。




龍司はそこを素通りしていたが、

受付の女が仕事の評判を聞いたらしく、

外で龍司を呼び止めた。




「修理の仕事をしている方ですか」




「そうだ」




「ギルドに登録すれば、依頼を紹介できます。

 修理屋としての登録もできますよ」




龍司は少し考えた。




登録することで何が変わるか。

依頼が来やすくなる。信用が付く。

街での活動がやりやすくなる。




デメリットは登録料と、ギルドへの上納分だ。

ただ、今の段階では信用の方が

金より価値がある。





「登録する」




「では書類を」




「文字は読めるか確かめてくれ」




受付は一瞬戸惑ったが、簡単な書類を出した。

龍司は読んだ。この世界の文字も、

言語と一緒に転生時に脳に入っていた。読めた。




書類を書いて、登録料を払って、

ギルドカードを受け取った。




それだけの話だった。




五日で、龍司は予定より多く稼いだ。




評判というのは、小さな街では早く広まる。

修理の仕事は一件が終わると次の紹介が来た。

農具から始まって、荷馬車の部品、

武具の手入れ、水車の軸受けの交換まで来た。




水車の仕事は半日かかったが、

それだけ金になった。




ハーゲンは毎日どこかへ消えて、夜戻ってきた。

どこで何をしているか聞かなかった。

聞く必要がなかった。戻ってくるということは、

まだここにいる理由があるということだ。




六日目の夜、龍司は宿の部屋で金を数えた。




木材を買える。基礎の石材も買える。

工具一式も揃えられる。それでもまだ残る。




洞窟に戻る準備が整った。




翌朝、ハーゲンに言った。




「戻る」




「分かった」




「木材を一緒に運んでもらいたい。馬を借りる」




「借りられるか」




「金はある」




ハーゲンは頷いた。




馬を一頭借りて、荷を括り付けた。




木材は街の木工所で買った。

杉に近い針葉樹で、乾燥が済んでいた。

軽くて加工しやすい。最初の小屋に使う分だけ

買った。それ以上は今の自分には運べない。




石材は街道沿いの河原で調達する予定だった。

ハーゲンがそこを知っていた。




工具は一式揃えた。

のこぎり、鑿、金槌、手斧。それと鉄釘。




この世界では釘は高くなかった。

鍛冶屋が量産できる単純な形状だから、

需要の割に安い。龍司はそれを多めに買った。




市場で食料も補充した。

乾燥豆、塩漬けの肉、干した果実、麦粉。

それと蒸留酒を一瓶買った。




ハーゲンが瓶を見た。




「飲む気か」




「飲む。ちゃんとした場所で飲む」




「洞窟か」




「湖畔だ」




ハーゲンは何も言わなかった。




街道から森へ入り、半日かけて洞窟に戻った。

洞窟はそのままだった。

出る前に消した焚き火の跡が残っていた。

野生動物が入った様子はない。




龍司は荷を下ろし、馬を木に繋いだ。




「今日は休む。明日から始める」




「何を」




「まず河原で石を集める。

 それから湖畔へ運ぶ。基礎の石だ」




ハーゲンは頷いた。




その夜、洞窟の焚き火の前で、

龍司は蒸留酒の瓶を開けた。




コップに注いだ。飲んだ。




強かった。




麦を蒸留したもので、

前世のウイスキーに近かったが、

もっと荒削りだった。香りが浅く、辛みが強く、

後から甘みが来た。




悪くなかった。




龍司はそれを飲みながら、焚き火を見た。

ハーゲンも黙って飲んでいた。




前世で酒を飲む時間は、いつも隙間だった。

仕事が終わって、家に帰って、

疲れた体で座って、テレビを点けて一人で飲む。




それが楽しくなかったわけではない。

ただ、どこか後ろめたかった。




自分の時間を使っているという感覚より、

時間の切れ端を拾っているという感覚の方が

強かった。




今は違う。




今のこれは、自分で選んだ酒だ。




稼いだ金で買って、自分の火の前で飲んでいる。

誰かの都合で中断されない。

誰かの目を気にしない。

ただ飲みたいから飲んでいる。

それだけだが、それが全部だった。




「美味いか」とハーゲンが言った。




「まあまあだ」




「そうか」




「もっといいのを仕込む気でいる」




「酒を作るのか」




「いずれな」




ハーゲンは少し黙った。




「大変だぞ」




「知ってる」




知っていた。

蒸留酒を作るには設備と発酵の知識が要る。

原料を安定して確保する必要がある。




前世で趣味の蒸留酒の知識を多少持っていたが、

それをこの世界で形にするには時間がかかる。




だが時間はある。




前世では時間がなかった。

趣味に使える時間が、どこかへ消えていた。

稼いでも稼いでも、使える時間が増えなかった。




時間は金で買えると言うが、

金がない時は金のために時間を使い、

金ができた頃には体が言うことを

聞かなくなっていた。




今は違う。




時間は全部自分のものだ。




湖畔の小屋が建てば、そこで設備を作る。

炉があれば蒸留器は作れる。発酵槽は木でいい。

原料はこの世界でも麦か果実か何かで

代替できる。



一年か二年かかるかもしれないが、

それだけの話だ。




龍司はもう一口飲んだ。




火が燃えていた。




翌朝から作業を始めた。




まず河原へ行った。

街道を少し戻ったところに、川が流れていた。

川幅は十メートルほどで、浅く、

底に丸い石が敷き詰まっていた。




基礎に使える石を選んで、

馬の背に括り付けて運んだ。




一日三往復した。




石は重い。馬が運べる量には限界がある。

それを三日続けて、基礎に必要な量を確保した。




腰に来た。




前世の四十三歳の体とは違うはずだが、

それでも重いものを運ぶのは重い。




ハーゲンも黙って手を貸した。




龍司が言わなくても、必要な時に動いた。

余計なことは言わなかった。手を貸す量が、

必要以上でも必要以下でもなかった。




四日目から、湖畔での作業を始めた。




岩盤の下に立った。




ここに建てる。




岩盤が後壁になる。

その手前に基礎石を並べて、三方に柱を立てる。

南面を前に向けて、湖が見える。




屋根は傾斜をつけて岩盤に乗せる。

雨は岩盤の裏へ流れる。




地面を均した。




手斧で小石を除け、硬い地面を出した。

水平を確かめた。水平器はないので、

桶に水を張って代わりにした。水の面は正直だ。




基礎石を並べ始めた。




石を置き、水平を確かめ、

ずれていれば下に小石を噛ませて調整する。

単純な作業だが、ここが甘いと後の全てが狂う。




龍司はこの種の作業が嫌いではなかった。




基礎に時間をかけることの価値を、

整備士として知っていた。

エンジンの芯がずれていれば、

どれだけ上物を調整しても真っ直ぐ走らない。




三日かかった。




基礎が揃った時、

龍司はそれを見下ろして少しだけ満足した。




誰かに見せるためではない。




ただ、正確に並んだ石の列が、

これから立ち上がるものの約束に見えた。




柱を立て始めた。




買ってきた木材を寸法通りに切った。

のこぎりの感触がこの世界の木に馴染むまで

少し時間がかかったが、すぐに慣れた。




木は木だ。繊維の向きがある。節がある。

それを読んで切れば、前世と同じだった。




柱を四本立てた。




基礎石の上に乗せ、釘で固定した。

ぐらつかないかを確かめた。

ぐらついた一本は、石の調整からやり直した。

面倒だったが、妥協する場所ではなかった。




横木を渡した。

桁を組んだ。

屋根の骨格を作った。




三角の屋根ではなく、片流れにした。

岩盤に向かって傾斜する形だ。

雨の処理がしやすく、材料も少なくて済む。




龍司に建築の専門的な知識はなかったが、

整備士として構造を読む目はあった。

荷重がどこにかかり、どこが弱くなりやすいか。

それを考えながら組んだ。




ハーゲンは高所の作業を手伝った。




背が高く、腕のリーチがある。

龍司が指示した場所に木を当て、

釘を打つ位置を支えた。無駄口は叩かなかった。




作業中の二人は必要な言葉しか交わさなかった。 

それが作業の密度を上げた。




屋根板を張った。




薄く割った板を鱗状に重ねていく。

雨仕舞いの基本だ。下から順に張り、

上の板が下の板の継ぎ目を覆う。

単純だが手間がかかる。一枚ずつ釘で留めた。




三日かかった。




途中で降り始めた雨が、屋根を打った。

屋根の下に立った。水が入らなかった。




それだけのことだが、

龍司はその感触を体で受け取った。

雨音が屋根板を叩く音が、頭の上に来た。

中は乾いていた。




壁は後でいい。

今は屋根と骨格があれば、作業ができる。




壁を張った。




板を縦に並べて釘で留めた。

隙間を麻くずと泥で塞いだ。




精度は低いが、風雨を凌ぐには十分だ。

本格的な壁は、材料が揃ってからやり直す。

今は動ける拠点があることの方が先だ。




炉を作った。




石を積んだ。砂と泥を混ぜた目地で固めた。

煙道を岩盤に沿って上へ向けた。

岩盤に穴を掘るわけにはいかないので、

煙道は岩盤の縁をかすめて外へ抜ける形にした。




火を入れた。




炉に薪を積んで、火打石で火を起こした。

煙が上がり、煙道へ流れた。

室内に煙が漏れなかった。




龍司は炉の前に座った。




最初の火だ、と思った。

この場所で燃える、最初の火だ。




壁はまだ粗い。床は土間のままだ。

窓はまだ開けていない。家と呼ぶには早い。




ただの小屋だ。




しかし炉がある。屋根がある。壁がある。

人間が生きる場所の骨格は、ここにある。




龍司は蒸留酒の瓶を取り出した。

コップに注いだ。炉の火を見ながら飲んだ。




前世で夢見ていたものに、

これが近かったかどうか分からない。




夢はいつも漠然としていた。

自分の場所が欲しいという欲望は持っていたが、

それが具体的にどういう形かまでは

考える余裕がなかった。




考える前に、時間が生活に食われた。




今はある。




粗末で、小さくて、まだ何も整っていないが、

ここは自分の炉だ。

自分で積んで、自分で火を入れた炉だ。




誰かに許可を取らなかった。

誰かに頼まなかった。

自分の手と自分の判断だけで、ここまで来た。




それだけで、今日は十分だった。




ハーゲンが外から入ってきた。

炉を見た。




「火が入ったか」




「ああ」




「いい場所だ」




「そうだろう」




ハーゲンも座って、

龍司が差し出したコップを受け取った。




二人で炉を見た。




火が燃えていた。

湖の方から風が来て、壁の隙間を鳴らした。

夜が来ていた。遠くで何かの鳥が鳴いた。

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