第5話 強さの代償
まだまだ続きます。ここまで見てくれた人は分かっているかもしれませんが、結構長めに書くつもりですので、よろしくお願いします。
崩れた岩の陰で、
俺はしばらく動けずにいた。
体が、重い。
痛みはまだ残っているが、
さっきまでの「死が確定した感覚」は消えていた。
「……生きてる、よな」
そう呟いた瞬間、
視界の端に、淡い光が走った。
《経験値を獲得しました》
「……は?」
俺は顔を上げる。
魔物たちの気配は、ほとんど残っていない。
崩落に巻き込まれ、
あるいは瘴気の流れに押し流され、
洞窟の奥で完全に沈黙していた。
——倒した、のか?
俺が、直接手を下したわけでもないのに。
無機質な声が、続けて響く。
《レベルアップを確認》
《Lv.1 → Lv.122》
「……百、二十二?」
あまりにも現実味がなくて、
逆に笑いそうになった。
その瞬間だった。
胸の奥が、
じくりと熱を持つ。
いや、熱じゃない。
引っ張られる感覚だ。
まるで、
見えない糸が、
俺の内側から外へと伸びていくような。
《スキル【マリオネット】覚醒条件を確認》
無機質な声が、淡々と告げる。
《条件:所有者Lv100以上》
《――条件達成》
次の瞬間、
視界が一瞬だけ白く弾けた。
洞窟の闇の中に、
無数の線が浮かび上がる。
細く、淡く、
しかし確かに存在する糸。
岩に。
空気に。
魔物の残滓に。
——そして、俺自身にも。
「……糸?」
指先を動かすと、
それに呼応して、一本の糸が震えた。
《スキル名を再定義します》
声が、少しだけ低くなる。
《【マリオネット】→【万糸】》
《効果:存在間接続・操作・干渉》
《補足:魔力を必要としません》
その一文で、
背筋に電流が走った。
——魔力、不要。
この世界で、
それがどれほど異常かは、
もう嫌というほど分かっている。
試しに、
近くに転がっていた小石に意識を向ける。
糸が、繋がる。
ほんの少し、
「転がれ」と思っただけで——
小石は、音もなく動いた。
「……操った?」
いや、違う。
操作というより、
**結果を“選ばせた”**感覚に近い。
《警告》
無機質な声が、再び告げる。
《【万糸】は、使用者の精神状態に強く依存します》
《過剰な干渉は、自我の希薄化を招く可能性があります》
「……代償あり、か」
当然だろう。
こんな力が、無償なはずがない。
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
洞窟の闇の中、
無数の糸が、静かに揺れている。
魔力ゼロ。
役立たず。
捨てられた存在。
——そう呼ばれた俺は、
世界そのものに、触れる手段を手に入れてしまった。
まだ、使いこなせない。
まだ、理解も足りない。
それでも。
「……帰る」
誰に聞かせるでもなく、
俺はそう呟いた。
断魂の森の奥で、
最弱だったはずの存在が、
二つ目の“異常”として覚醒した瞬間だった。
糸が、静まっていく。
洞窟の奥に張り巡らされていた無数の線が、
まるで役目を終えたかのように、次々と霧散していった。
「……はぁ……」
一気に力が抜け、
俺はその場に膝をついた。
——使った。
確かに、使ったはずだ。
だが、
魔法を使ったあとの倦怠感とも、
スキル発動後の反動とも、何かが違う。
胸の奥が、
冷たい。
いや——
視界の左側が、妙に軽い。
「……え?」
瞬きをする。
右目は、いつも通り世界を映している。
だが、
左側だけが——何もない。
闇でも、ぼやけでもない。
情報そのものが、欠落している感覚。
「……見え、ない……?」
その瞬間だった。
《代償の徴収を開始します》
無機質なアナウンスが、
容赦なく響いた。
「——っ!」
反射的に顔を押さえる。
左目の奥が、焼けるように熱い。
痛みは一瞬だった。
だがそれは、
「すぐ治る類のもの」ではないと、本能で分かった。
《スキル【DIECEROLL】使用に伴う代償》
《スキル【万糸】覚醒に伴う代償》
《——代償部位、重複を確認》
「……重複?」
嫌な予感が、
背中を走る。
《代償:左眼機能の恒久停止》
言葉の意味を理解するより早く、
視界のバランスが崩れた。
「っ、う……!」
地面に手をつき、
必死に呼吸を整える。
左目は、
もう二度と“見る”ための器官ではない。
そう、分からされてしまった。
洞窟の壁に残っていた水たまりに、
ふと自分の姿が映る。
俺は、
恐る恐る顔を近づけた。
——そして、凍りつく。
左目が、
赤黒く変色していた。
白目も、
瞳孔も、
すべてが歪み、混ざり合い、
その中心には、
サイコロの目のような異形の瞳が刻まれている。
「……なん、だよ……それ……」
さらに。
目の下から、
細いひび割れのような線が走っていた。
それは皮膚の表面を伝い、
頬へ、
まるで涙の跡のように、ゆっくりと伸びている。
血ではない。
傷でもない。
**世界に刻まれた“代償の痕”**だった。
《警告》
《強力なスキルほど、代償は回復対象外となります》
《治癒・再生・時間逆行による修復は不可能です》
「……ああ、そうかよ」
思わず、乾いた笑いが漏れた。
この世界のスキルは、
大抵が“すぐ治る代償”を払わせる。
頭痛だとか、
一時的な衰弱だとか、
数日で戻るものばかりだ。
——でも。
「……これは、最初から戻す気ないやつだな……」
視界の半分を失い、
代わりに異形の眼を与えられる。
しかもそれは、
二つの異常なスキルが、
同じ場所を代償に指定した結果。
逃げ場は、なかった。
それでも。
俺は、
立ち上がる。
左目はもう見えない。
だが、
世界は——まだ、触れることができる。
糸は消えても、
感覚は残っている。
確率も、
干渉も、
まだ、俺の内側にある。
「……いいさ」
誰に向けるでもなく、
俺は呟いた。
「どうせ、もう戻れないなら——」
赤黒い左眼が、
洞窟の闇の中で、鈍く光る。
これは、力の証明だ。
そして同時に、
二度と普通には戻れないという烙印だった。
いかがだったでしょうか。面白いと思った方はこれからも応援をよろしくお願いします。
この文、定型化してますね……




