第4話 限界点
まだ続けられそうではあります。最低2日に1回のペースで頑張ります。
断魂の森は、進めば進むほど静かになっていった。
鳥の声も、虫の羽音もない。
代わりに、耳鳴りのような無音が、頭の奥に張り付いてくる。
「……この森、気持ち悪いな」
独り言ですら、すぐに飲み込まれる。
どれくらい歩いたのか分からない。
方向感覚はとうに失われ、
足の感覚も、重さしか残っていなかった。
そのときだった。
木々の根が絡み合う斜面の奥に、
暗い裂け目が見えた。
「洞窟……?」
近づくと、ひんやりとした空気が流れ出てくる。
雨風は防げそうだし、
なにより、外よりは落ち着けそうだった。
「少しだけ……休もう」
俺は、洞窟の中へ足を踏み入れた。
中は思ったより広く、
天井から水滴が落ちる音が、規則正しく響いている。
壁に背を預け、座り込んだ瞬間、
体中の力が抜けた。
「……生きてる」
それだけで、少しだけ救われた気がした。
だが——
鼻を突く、微かな臭いに気づく。
鉄のような、
腐った肉のような、
生臭い匂い。
「……?」
目を凝らすと、
洞窟の奥、闇の向こうに、
いくつもの赤い光が浮かんでいた。
——目だ。
背筋が、凍りつく。
ぬちゃ、ぬちゃ、と。
何かが動く音が、四方から響き始める。
「……巣か」
遅すぎる理解だった。
洞窟の壁や天井、
影の中から、
異形の魔物たちが姿を現す。
数が、多い。
一体や二体じゃない。
逃げ道を塞ぐように、
洞窟の入口側にも影が蠢いた。
——完全に、囲まれている。
俺は、震える手で立ち上がった。
魔力はない。
武器もない。
あるのは、
【サイコロ】と【マリオネット】という、
誰にも期待されなかったスキルだけ。
「……最悪だ」
魔物たちが、一斉に動き出す。
洞窟全体が、
狩り場として、目を覚ました。
逃げ場はなかった。
洞窟の壁に背を打ちつけられ、
俺は何度目か分からない衝撃に、息を詰まらせた。
視界が揺れる。
立ち上がろうとしても、足に力が入らない。
魔物たちは、すぐには止めを刺さなかった。
近づいては離れ、
触れては退き、
まるで——
壊れ具合を確かめるように、俺を追い詰めていく。
「……く、そ……」
声は、ほとんど音にならなかった。
痛みが、遅れて、まとめてやってくる。
どこが痛いのかも分からない。
ただ、全身が「限界だ」と叫んでいる。
それでも、魔物は止まらない。
洞窟の空気が、
じわじわと重く、濁っていくのが分かった。
——瘴気。
吸い込むたびに、頭が霞み、
思考が削られていく。
「……こんな、ところで……」
思い浮かんだのは、
あの魔法陣の教室でも、
王国の兵士でもなかった。
——幼馴染の顔。
何もできなかった自分。
捨てられた現実。
胸の奥で、
黒い感情が膨れ上がる。
悔しさ。
怒り。
どうしようもない、憎悪。
「……ふざ、けるな……」
痛みで、
恐怖で、
瘴気で、
——もう、抱えきれない。
意識が遠のき、
視界が暗くなりかけた、その瞬間。
無機質な声が、頭の奥に直接響いた。
《覚醒条件を検知》
《条件一:限界値に等しい苦痛 ――確認》
《条件二:抱えきれない憎悪 ――確認》
《条件三:致死量の瘴気 ――確認》
《スキル【サイコロ】覚醒プロセスを開始します》
「……は?」
何が起きているのか、理解できない。
だが、続く言葉で、全てが変わった。
《スキル名を再定義》
《【サイコロ】→【DIECEROLL】》
《効果:確率干渉・結果強制》
《警告:使用者の生存は保証されません》
洞窟の闇の中で、
何かが、回った感覚がした。
目に見えないはずのサイコロが、
世界そのものを巻き込んで、転がる。
魔物たちが、一瞬だけ動きを止めた。
——次に出る目が、
生かすか、殺すか。
俺は、歯を食いしばった。
「……生きる」
それは願いでも、命令でもなかった。
世界に対する、反抗だった。
洞窟の空気が、張り詰めたまま凍りついていた。
魔物たちは動かない。
いや、動けないのかもしれない。
俺の意識の奥で、
何かが転がる音がした。
——コロ、コロ、コロ。
目に見えないはずのそれは、
世界の法則そのものを床にして、回っている。
《DIECEROLL:起動》
無機質な声が、続けて響く。
《初回使用につき、出目補正を適用》
《補正内容:生存確率最大化》
「……生存、確率?」
理解する前に、
サイコロは止まった。
——カチリ。
その瞬間、
洞窟の中の“何か”が、決定された。
魔物の一体が、
突然、崩れ落ちた。
攻撃を受けたわけでもない。
触れてもいない。
ただ、
存在を維持できなくなったように、
影のように薄れ、消えた。
それを合図に、
洞窟全体が、異常を起こす。
天井から、小石が落ちる。
壁に走る、細い亀裂。
「……え?」
魔物たちが、ざわめいた。
次の瞬間。
洞窟の奥に溜まっていた瘴気が、
一方向にだけ、流れ始めた。
俺から、離れる方向へ。
まるで、
「ここにいると不利になる」
と、世界が判断したかのように。
魔物たちは、本能的に後退した。
だが、退いた先で——
天井が、落ちた。
轟音。
視界を覆う土煙。
俺のいる場所だけを避けるように、
洞窟の一部が崩れ、
魔物の群れを分断する。
「……偶然、か?」
そんなはずがない。
《出目確定》
《結果:局所的生存ルート生成》
《副次効果:敵対存在の確率的不利化》
声を聞いた瞬間、
俺は、はっきり理解した。
——これは、攻撃じゃない。
——防御ですらない。
「生き残るために、世界を歪めた」だけだ。
洞窟の奥から、
魔物の気配が遠ざかっていく。
追ってこない。
いや、
追えないのだ。
俺は、崩れた壁にもたれかかり、
その場に座り込んだ。
心臓が、うるさいほど鳴っている。
《警告》
無機質な声が、最後に告げた。
《DIECEROLLは、使用者の意思ではなく》
《“最も可能性の高い生存結果”を優先します》
《次回使用時、補正は保証されません》
「……つまり」
俺は、乾いた笑いを漏らした。
「次は、死ぬかもしれないってことか」
返事はない。
ただ、
洞窟の奥に残った静寂だけが、
それを肯定していた。
——それでも。
俺は、生きている。
サイコロは、
確かに“当たり”を出した。
いかがだったでしょうか。面白いと思った方はこれからも応援をよろしくお願いします。




