第23話 人魔協約
はい。第23話です。今回はとある人が出てきますよ。(人なのかは分からないけど)どうぞお楽しみください。
夜更けの王城は、驚くほど静かだった。
分厚い扉の奥、王の私室に隣接する書斎。
壁一面を覆う書棚には、何百年分もの歴史書や記録が並んでいる。
怜は、王の椅子ではなく、
あえて古い木の机の前に腰を下ろしていた。
「……王になっても、勉強か」
誰に向けるでもなく、独りごちる。
目の前に広げられているのは、
王国成立史・補遺と題された、ほとんど読まれることのない書物だった。
政治、戦争、条約。
どれも必要な知識だが――正直、退屈だ。
ページをめくり、ふと、ある見出しに目が止まる。
――人魔協約(第一次)
「……人魔?」
指が、自然と文字をなぞる。
そこに書かれていたのは、意外な内容だった。
人族、獣人族、亜人族、その他の諸種族。
そして――魔族。
かつて、この世界には明確な敵味方の線引きはなかった。
人魔協約。
それは、人と魔族が互いの領域を尊重し、
争いが起きた際には協議と援助によって解決する、という条約。
魔族は知識と魔法技術を提供し、
人側は資源と土地の一部を共有する。
「……共存、してたのか」
思わず、声が漏れる。
魔王とは、
人類の敵。
討ち滅ぼすべき存在。
――そう教えられてきた。
だが、この記録に書かれている魔王は違う。
調停者。
魔族をまとめ、人側との交渉に立った存在。
「……じゃあ、なぜ……」
さらに読み進める。
ページの後半。
文字が急に荒くなり、記述が曖昧になる。
――協約は、更新されなかった
――当時の王は「魔族は脅威である」と宣言
――魔王討伐計画、極秘裏に進行
怜の手が、止まった。
「……そういうことか」
かつての王は、
条約を守らなかった。
いや――
破ったのだ。
恐怖。
権力。
あるいは、神の介入。
理由は書かれていない。
だが、結果だけは明確だった。
人魔協約は破棄され、
魔王は“敵”として討たれる存在になった。
「……歴史ってのは、勝った側が書くんだな」
ふと、思い出す。
断魂の森で聞いた噂。
魔族の瘴気。
魔王の暴虐。
それらは、本当にすべて真実だったのか。
(……違うかもしれない)
怜は、椅子にもたれかかり、天井を見上げた。
自分が倒した王。
腐っていた王権。
神に縋り、条約を破り、戦争を選んだ王。
(同じことを、俺はしない)
拳を、静かに握る。
「……魔族とも、話せるはずだ」
敵としてではなく。
討伐対象としてでもなく。
「王だからこそ……やれることがある」
力で黙らせるのは、簡単だ。
だが、それでは何も変わらない。
書物を閉じる。
その表紙に、かすれた文字で書かれていた一文が、目に入った。
――協約とは、力の均衡ではなく、信頼によって成り立つ
怜は、小さく息を吐いた。
「……信頼、か」
王として。
復讐者としてではなく。
世界を知った者として――
次に向かうべき場所が、はっきりと見え始めていた。
魔王。
魔族。
そして、人と魔の未来。
それは、新たな戦争の火種ではない。
終わらせるための一歩だった。
瘴気の雲が、静かに流れている。
黒曜石で築かれた広大な宮殿、その最奥。
玉座に座すのは、魔王。
角は高く、翼は畳まれ、
その姿は威圧的でありながら、どこか理知的だった。
「――報告を」
低く、落ち着いた声。
膝をついたのは、魔族の斥候。
人の姿に近いが、瞳の奥に赤い光を宿している。
「人間側の王国にて、大きな動きがありました」
魔王の指が、玉座の肘掛けを軽く叩く。
「続けよ」
「腐敗していた王が討たれ……」 「新たな王が即位しています」
その言葉に、玉座の間の空気が、わずかに変わった。
「……ほう」
興味を示したのは、
“王が死んだ”からではない。
「即位したのは、どの血筋だ」
斥候は、首を振る。
「いえ。王族ではありません」 「異例ですが、民と貴族双方の支持を受けているとのことです」
沈黙。
魔王は、ゆっくりと目を閉じた。
(王族ではない……?)
それは、人の国では極めて珍しい。
ましてや、戦乱と混乱の後で。
「名は」
「……名は伏せられています」 「ただ、人間側では“白髪の王”と」
その瞬間、
玉座の間にいた魔族たちが、ざわめいた。
魔王の目が、静かに開かれる。
「……白髪」
記憶の奥で、古い記録が軋む。
人魔協約。
それを破った王。
その後に始まった、長い敵対。
(このタイミングで、白髪の王……)
「その王の政策は?」
「即時、対魔族戦の凍結を宣言しています」 「軍の再編、宗教勢力の抑制も始まっているとのこと」
ざわめきが、はっきりとした困惑に変わる。
「……戦を止めた、だと?」 「人間が?」
魔王は、ゆっくりと立ち上がった。
「愚かな王なら、勝利に酔い、こちらへ刃を向ける」 「賢い王なら、力を誇示する」
一歩、玉座の前へ。
「だが――」
「何もしない王は、最も読めぬ」
魔王は、窓の外――魔界と人界の境を見据える。
「その王は……何者だ」
斥候は、一瞬、言葉を選んだ。
「……戦場での証言によれば」 「彼は、人間でありながら、神の力を拒み」 「魔族の瘴気にも侵されなかった、と」
魔王は、短く笑った。
「面白い」
それは嘲笑ではない。
純粋な興味だった。
「剣を振るう王は、いくらでもいた」 「だが、歴史を読む王は……久しい」
背後に控えていた側近が、口を開く。
「警戒すべきでしょうか」
魔王は、即答しない。
「警戒はする」 「だが――敵と決めるのは、まだ早い」
再び、玉座へ戻る。
「人魔協約を破ったのは、人間の“王”だ」 「それを是としたのは、神と歴史だ」
指先が、肘掛けをなぞる。
「もし、新たな王が……」 「その歪みを理解した上で立っているなら」
魔王は、静かに告げた。
「――この戦争は、終わるかもしれぬ」
玉座の間に、沈黙が落ちる。
誰も否定しない。
誰も肯定もしない。
ただ一つ確かなのは――
人と魔、どちらの世界も、転換点に立っているということ。
魔王は、目を閉じる。
(白髪の王……)
(貴様が、何を選ぶのか)
(この世界の未来は――それ次第だ)
瘴気の雲が、静かに流れ続けていた。
いかがだったでしょうか。面白いと思った方は応援をよろしくお願いします。
ついに魔王が出てきましたね。ここから物語がどう動くのかお楽しみに。




