第22話 これからの世界
第22話です。今回は戦闘後の休憩回です。シリアスな場面などはない...と思うのでご安心ください。
玉座の間に、静寂が戻っていた。
崩れた天井から差し込む光が、舞い落ちる塵を照らす。
王は倒れ伏し、もはや抵抗の意思も力もない。
――戦闘は、終わった。
怜は、ゆっくりと立ち上がり、殴りつけた右手を脱力する。
張り詰めていた空気が、ようやく“ただの空気”に戻る。
「…………」
怜は、振り返らなかった。
振り返れば、
何かを壊してしまいそうな気がしていた。
背後には、莉奈がいる。
それは分かっている。
でも――
自分が“呼ばれる資格”があるのか、分からなかった。
「……」
沈黙が続く。
その沈黙の中で、莉奈は必死に息を整えていた。
喉が、痛い。
心臓が、うるさい。
声を出そうとしても、震えだけが先に来る。
(……言わなきゃ)
目の前にいる背中。
あの時、教室で消えたはずの背中。
何度も夢に見た。
何度も、後悔した。
(生きてた……)
(それだけで……)
喉が、震える。
「……っ」
かすれた音が、零れた。
怜の肩が、わずかに揺れる。
「……」
もう一度、息を吸う。
「……怜……」
名前だった。
はっきりとした、確かな声。
その瞬間。
怜の中で、何かが完全に“戻った”。
ゆっくりと、振り返る。
仮面の奥から見える目は、もう冷たくない。
戦う者の目でも、裁く者の目でもない。
ただ――
人の目だった。
「……声、出たのか」
そう言った声は、驚くほど柔らかい。
莉奈は、涙が溢れるのも構わず、頷いた。
「……うん」 「……やっと……呼べた……」
足が、前に出る。
震えながら、一歩ずつ。
「生きてたんだね……」 「……一人で……こんなになるまで……」
怜は、何も言わない。
言い訳もしない。
ただ、頭を下げた。
「……悪かった」
それだけだった。
でも、その一言に、
今まで積もり積もっていた時間が、すべて詰まっていた。
莉奈は、首を横に振る。
「違う……」 「……戻ってきてくれた」
それでいい、と。
瓦礫の中で、二人は向き合う。
王宮の中心。
物語の中心。
復讐から始まった道は、
この瞬間、帰る場所を思い出した。
怜は、静かに仮面に手をかける。
だが――外さない。
「……まだ、終わってない」 「全部片付いたら……ちゃんと話す」
莉奈は、涙を拭いながら、笑った。
「……待つよ」 「今度は、ちゃんと」
怜は、ほんの少しだけ口元を緩めた。
瓦礫の隙間から差し込む夕暮れの光が、玉座の間を赤く染めていた。
王はすでに連行され、この場に残っているのは、怜と莉奈だけ。
怜は、しばらく黙ったまま立っていた。
そして――ゆっくりと、仮面に手をかける。
「……見せるよ」
その声は、穏やかだった。
眼帯。
マスク。
一つずつ外されるそれらの下から現れたのは、かつての面影を残しつつも、明らかに変わってしまった顔。
赤黒く変色した左目。
サイコロのような瞳。
白く染まった髪。
莉奈は、息を呑んだ。
驚きはした。
怖くないと言えば嘘になる。
それでも――目を逸らさなかった。
「……それが、あなたが歩いてきた道なんだね」
怜は、わずかに目を見開く。
「……引かないのか」
「引かないよ」
即答だった。
「だって……それでも、あなたはあなたでしょ」
その言葉に、怜の肩から、張り詰めていたものが抜け落ちる。
「俺は……もう、逃げない」
静かに、しかし確かに。
「王も、神も、国も……全部終わらせる」 「それが、俺が選んだ正しさだから」
莉奈は、ゆっくり頷いた。
「……うん」 「なら、私は見届ける」
その時――
「やっと見つけた」
壊れた扉の向こうから、声がした。
振り返ると、そこには旅を共にしてきた三人――
ミア、リーナ、エルナが立っていた。
「国民には、全部話してきたよ」 「王が何をしてきたか」 「あなたが、どうしてここに立っているのか」
「……混乱はしてるけど」 「嘘だって言う人はいなかった」
怜は、静かに頭を下げた。
「……ありがとう」
三人は何も言わず、ただ笑った。
そして――
その空気の中で、莉奈が一歩、前に出る。
指先が、わずかに震えている。
「……ねえ」
怜が振り向く。
「ずっと、言わなきゃって思ってた」
声は、まだ完全に落ち着いてはいない。
それでも、逃げなかった。
「言わずにいたら……」 「あなたは、またどこかへ行ってしまいそうで」
一度、息を吸う。
「……私は、あなたが好き」
言い切ったあと、彼女は一歩も引かなかった。
逃げ道を用意しない、覚悟の告白だった。
怜が言葉を探している、そのわずかな沈黙。
「…………」
――その空気を、別の温度が切り裂いた。
「……へえ」
最初に声を出したのは、ミアだった。
尻尾が、ぴたりと止まっている。
笑顔はあるが、目が笑っていない。
「ずいぶん……はっきり言うんだね」
莉奈は、その視線を真正面から受け止める。
「うん」 「言わなかったら、後悔するから」
その瞬間。
「……ちょっと待って」
今度はリーナが前に出た。
腕を組み、主人公を見上げる。
「それ、独占宣言?」 「私たち、結構長いこと一緒に旅してたんだけど」
声は落ち着いている。
だが、言葉の端々に、確かな棘がある。
「命も、背中も……」 「何回も預けてきたよね?」
「…………」
怜が口を開こうとした瞬間。
「――はい、決まり」
エルナが、静かに割り込んだ。
いつも通り穏やかな笑み。
だが、その目は冷静すぎるほど冷静だった。
「先に言った者勝ち、みたいな流れ」 「……ちょっと、納得できないかな」
莉奈は、さすがに面食らったように瞬きをする。
「え……?」
ミアが、尻尾をばさりと振る。
「だってさ」 「この人、私たちがどんな場所にいたか知ってる?」
怜を見る。
「森で」 「血まみれで」 「それでも前に進んでた」
「……それを、見てきたのは」 「今さら来た人じゃない」
空気が、ぴりつく。
怜は、思わず頭を抱えた。
「……お前ら」
だが、止まらない。
リーナが、少しだけ頬を赤くして言う。
「別に、奪うとかじゃない」 「でも……」
「何も思ってないって言われる方が、傷つく」
エルナが、ため息をつく。
「公平に言うなら」 「選ぶのは、この人」
全員の視線が、一斉に怜の方へ向く。
莉奈も、少し不安そうに、それでも目を逸らさずに見ている。
「……あのな」
怜は、観念したように言った。
「俺は……」 「まだ、何かを決められる立場じゃない」
正直な言葉だった。
「守りたいものは増えた」 「失いたくないって思える人も……」
一瞬、莉奈を見る。
「……戻ってきた過去も」
そして、三人を見る。
「でも」 「誰かを軽く扱うつもりは、ない」
沈黙。
ミアが、ふいっと顔を逸らす。
「……ずるい」
小さな声だった。
「ほんとに」
リーナが肩をすくめる。
「ま、そういう人だから」 「好きになったんだけど」
エルナは、少しだけ微笑った。
「……長い旅になりそうね」
莉奈は、その様子を見て、少し緊張を解いた。
「……あの」 「敵じゃない、から」
ミアがちらりと見る。
「分かってる」 「……でも、譲る気はない」
火花は散っている。
だが、刃は向いていない。
怜は、深く息を吐いた。
(……ややこしくなったな)
それでも。
この騒がしさが、
どこか懐かしく、温かいと感じてしまった自分に、怜は小さく苦笑した。
いかがだったでしょうか。面白いと思った方は応援をよろしくお願いします。
まだまだ物語は続きます。むしろここからが本番と言いますか......まぁ、そんな感じなので、今後ともどうぞよろしくお願いします。




