第17話 決意
第17話です。今回はいつもより少し長いです。
是非最後まで見ていってください。
昨日の夜。
焚き火は小さく、
揺れる炎は、必要以上に影を伸ばしていた。
女――
名を、まだ聞いていない。
彼女は少し離れた場所で、
ミアと静かに話している。
笑顔は、
まだぎこちない。
俺は、
焚き火の前で剣を磨きながら、
それを横目に見ていた。
——違う。
分かっている。
分かっているはずなのに。
炎が揺れるたび、
彼女の横顔が——
記憶の中の妹と、重なる。
「……」
手が、
止まった。
胸の奥に、
鈍い痛みが走る。
——妹。
名前を呼べば、
もう返ってこない存在。
断魂の森に捨てられる前、
最後に思い出した顔。
泣いていたのか、
怒っていたのか。
それすら、
もう曖昧だ。
「……」
女が、
ふとこちらを見る。
視線が合い、
すぐに逸らされる。
その仕草が——
決定的だった。
守られようとしない目。
自分を後回しにする目。
あの日の、
妹と同じだった。
——だから。
「……助けたい」
その感情が、
胸に浮かぶ。
同時に。
「……違う」
冷たい声が、
頭の中で響く。
——助けても、
救われない。
——俺は、
そうやって何度も失った。
——情をかけるな。
——守れなかった時、
また、壊れる。
焚き火の中で、
薪が弾ける。
赤黒い左目が、
じくりと疼いた。
「……憎悪……」
王への憎しみ。
世界への怒り。
何もかもを奪った運命への呪い。
それは、
今も消えていない。
むしろ——
生々しい。
だが。
女が、
ミアに微笑む。
小さく。
それでも、
確かに。
「……」
胸が、
締め付けられる。
——助けたい。
——失わせたくない。
——“今度こそ”。
その感情が、
憎悪と、
同じ重さで存在していることに——
気付いてしまった。
「……くそ……」
剣を置き、
顔を伏せる。
選べない。
守りたいと思うほど、
失う未来が、
頭をよぎる。
だが。
何もしなければ、
確実に失う。
それも、
分かっている。
「……」
右腕が、
まだ少し重い。
治癒の代償。
——誰かを救いたいと願った証。
皮肉だ。
あれほど憎悪だけで生きてきたのに。
今は——
それだけでは、
進めない。
「……俺は……」
独り言が、
夜に溶ける。
妹を守れなかった自分。
王を殺した自分。
復讐だけで生き延びた自分。
——そして。
今、
目の前で誰かを失おうとしている自分。
どれを、
選ぶ?
焚き火が、
静かに揺れた。
まだ、
答えは出ない。
だが。
逃げられない場所に、
もう立っていることだけは——
確かだった。
そして、現在。
「……あの」
焚き火の向こうから、
女の声がした。
振り返ると、
彼女は一歩だけ前に出て、
胸の前で手を組んでいる。
「……助けてくれて、
ありがとうございました」
少し、
震えている。
「私の名前は……
リーナといいます」
その名前を聞いた瞬間。
胸の奥で、
何かが――
はっきりと、軋んだ。
「……そうか」
それだけ答える。
声は、
思ったよりも低かった。
ミアが、
リーナの様子を気にしながら、
俺を見る。
「……レイ、
さっきの話……」
リーナは、
深く息を吸い込んだ。
「……妹が、
攫われました」
来た。
覚悟していた言葉。
「獣人の子供は……
高く売れるって……」
唇を噛み、
視線を落とす。
「身代金を要求されて……
でも、
お金がなくて……」
声が、
細くなる。
「……だから、
冒険者に……」
無理をした理由。
無謀な依頼。
坑道の奥。
全てが、一本の線で繋がる。
「妹は……
まだ、生きてるって……
言われました」
その言葉が、
胸に刺さる。
“まだ”。
——かつて、
俺も聞いた言葉だ。
「……妹は……
どんな子だ」
自分でも、
驚くほど静かな声だった。
リーナは少しだけ考え——
小さく笑った。
「……強がりで……
でも、泣き虫で……」
——同じだ。
決定的に。
「……私がいないと、
すぐ……」
そこで、
言葉が途切れる。
もう耐えられなかった。
坑道を出たあと、三人は街へ戻った。
だが怜の心は、すでに別の場所に向いていた。
ラドリス子爵家。
その名前が、頭から離れない。
妹。
誘拐。
貴族。
それはあまりにも、過去の自分と重なっていた。
街の灯りが遠くに見える。
だが主人公の歩みは止まる。
「……行く」
短い言葉。
ミアはすぐ理解した。
「助けに……?」
怜は頷く。
「……え?」
「身代金だろうが、
攫った奴だろうが——」
左目が熱くなり、
赤黒い瞳がわずかに光を帯びた。
「全部、俺が潰す」
静かな声。
だが、迷いはなかった。
「攫われた妹を、取り戻す」
女性は驚き、慌てて首を振る。
「だ、だめ!相手は貴族よ!兵もいるし……」
だが怜の目は、もう決まっていた。
怒りだけではない。
これは、決着だった。
自分が捨てられた世界。
弱い者が踏み潰される世界。
それを見過ごすことは、もうできない。
「……案内しろ」
声は静かだったが、拒否の余地はなかった。
ミアがはっとしたように俺を見る。
「……でも……
私、何も……」
「……いい」
言葉を遮る。
「……理由は十分だ」
——“助けたい”。
その感情が、はっきりと形を持つ。
逃げない。
失う前提で、
何もしない道を選ばない。
それは——
過去の俺を否定する選択だった。
「……ミア」
「……うん」
言葉は要らなかった。
「……リーナ」
名を呼ぶ。
「お前は、
妹の居場所だけ教えろ」
「……それ以外は俺がやる」
リーナの目から涙が溢れる。
声にならない嗚咽。
「……ありがとうございます……
本当に……」
「……礼は全員生きてからだ」
夜の空気が変わった。
復讐者だった男が、
初めて“守るために”動く。
それは、
憎悪と同じ重さで生まれた——
新しい衝動。
この選択が、
どんな地獄を呼ぼうとも。
——もう、
引き返さない。
情報は思ったよりも簡単に出た。
簡単で——
だからこそ、
腐っていた。
「……この街の、
第三貴族区画……」
リーナの声は震えている。
「……子供を攫ってるのは……
ラドリス子爵家です……」
その名を聞いても、
俺の心は揺れなかった。
「……貴族、か」
ミアが息を呑む。
「……街のかなり力のある家だよ……?」
「……そうだろうな」
人身売買。
身代金。
冒険者を“使い捨て”にする仕組み。
全部、
個人じゃできない。
——貴族だからできる。
「……裏に誰がいる?」
「……商会と……
衛兵の一部……」
終わっている。
街の正義が最初から腐敗している。
「……助けを求めても、
誰も……」
リーナが、
顔を伏せる。
「……私が消えても……
きっと、
事故で片付けられて……」
——その言葉で理解した。
これは“救出”じゃない。
殲滅だ。
その日の夜。
小高い丘から貴族区画を見下ろす。
石造りの屋敷。
厚い壁。
私兵。
結界。
「……正面突破は、
無理……だよね」
ミアが小声で言う。
「……ああ」
右腕を軽く握る。
まだ、完全じゃない。
だが——
足りる。
「……中から崩す」
「……中から?」
「……貴族は、自分の安全だけは過信する」
視線を屋敷の影へ。
「……それを利用する」
潜入は静かだった。
黒糸。
音を殺し、
視線を逸らし、
眠りを与える。
私兵は一人ずつ——
“気付いた時には終わっていた”。
「……思ったより……
簡単……」
ミアの声が硬い。
「……簡単に見えるだけだ」
「?」
「……弱者を踏み潰す側は、
自分が襲われる前提で
生きていない」
その慢心が死角になる。
地下。
鍵のかかった区画。
そこに——
“商品”がいた。
檻。
鎖。
泣き声。
「……っ……」
ミアが、
歯を食いしばる。
——怒り。
それはもう憎悪と同じ形をしていた。
「……妹は?」
「……奥……
一番奥……」
リーナの指が、
震えながら示す。
一番奥の部屋。
豪奢な扉。
その前で——
俺は一度だけ立ち止まった。
「……ミア」
「……うん」
「……ここから先は綺麗じゃない」
「……分かってる」
短く、強く。
「……私、
見届ける」
——成長した。
確実に。
扉を、開ける。
中にいたのは、
男。
太った貴族。
ワイン。
笑顔だった。
だからこそ腹の底から憎悪が湧いた。
「……誰だ——」
言葉は最後まで出なかった。
万糸。
血糸が、一瞬で距離を詰める。
「……あ?」
腕。
脚。
声帯。
切らない。
——逃がさない。
「……お前が、
子供を攫った」
囁くように言う。
「……金のために。
楽しみのために」
男の目が、恐怖で歪む。
「……貴族だから、
許されると思ったか?」
左目が赤黒く光る。
「……残念だ」
ゆっくり、
告げる。
「……今日は、
“例外”だ」
この夜。
ラドリス子爵家は内側から崩壊する。
いかがだったでしょうか。面白いと思った方はこれからも応援をよろしくお願いします。
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