第15話 坑道の敵と懐かしい姿
第15話です。
ここに書くこともあまり無くなってきました。
ていうかもうないです。
魔物は想定よりも強かった。
数も多く、連携して襲いかかってくる。
ミアは必死に応戦する。
攻撃を防ぎ、避け、反撃する。
だが、坑道の奥へ進んだ瞬間、空気が変わった。
湿り気を帯びた冷気。
鉄と血の、混じった匂い。
「……ここ、
おかしい」
ミアが、小さく呟く。
《獣感知》が、明確な反応を示している。
「……一体。
さっきのより……
ずっと、大きい」
「位置は」
「……正面。
でも……」
言葉が、
詰まる。
「……他にも、
反応が……ある」
嫌な沈黙。
俺は、
一歩前に出て——
すぐに止まった。
「……見えた」
坑道が、
大きく開けた空間。
その中央に、
それはいた。
岩と肉が、
無理やり繋ぎ合わされたような体。
四肢は太く、
爪は鉱石のように硬い。
重い足音。
圧倒的な存在感。
姿を現したのは、巨大な魔物だった。
坑道の主――そう呼ぶにふさわしい威圧。
——準王級
Bランク依頼の想定を、
明らかに超えている。
魔物は想定よりも強かった。
数も多く、連携して襲いかかってくる。
「……強い」
ミアの声が、
震える。
だが。
問題は、
それだけじゃなかった。
魔物の——
背後。
「……人?」
ミアの声が震える。
崩れた岩壁のそばに、女性が倒れていた。
全身傷だらけで、
鎧は割れ、
服は血に染まり、
呼吸も浅く、
動いていない。
髪が床に広がっている。
「……生きてる?」
「……微弱だけど……
反応、ある」
《獣感知》が、
辛うじて命を捉えている。
——まだ、
死んでいない。
魔物が、
こちらに顔を向けた。
重い足音。
坑道が、
わずかに揺れる。
「……レイ」
ミアが、
俺を見上げる。
恐怖。
迷い。
焦り。
全部、
混ざった目。
「……どうする?」
問いは短い。
だが重い。
助けるか。
退くか。
戦うか。
怜の視線は、魔物と女性を交互に捉える。
この状況で、判断を誤れば、全てを失う。
万糸が、静かに脈打つ。
「……まず、
距離を取る」
声は、
落ち着いていた。
「魔物の注意は、
俺が引く」
「……え?」
「お前は、
女を確認しろ」
ミアの目が、
大きく開く。
「……でも——」
「無理だと思ったら、
すぐ戻れ」
少し、
柔らかく言う。
「……命優先だ」
ミアは、
一瞬だけ唇を噛み——
強く頷いた。
「……分かった」
魔物が、
咆哮する。
音が、
坑道全体に反響し、岩が落ち、
DICEROLLの存在が意識の奥で主張を始める。
「……来る!」
ミアが、
横へ走る。
巨大な魔物は、ゆっくりとこちらを見下ろしていた。
坑道の奥に溜まった瘴気が、呼吸のたびに肺を刺す。
——いい。
その間に。
ミアは、
倒れている女の元へ。
膝をつき、
震える手で肩に触れる。
「……生きてる……!」
血だらけだが、
呼吸はある。
だが——
「……この人、
もう……限界……」
その声が、
震える。
選択の時間は、
残されていない。
魔物は、
もう一歩踏み出した。
坑道の奥で、
三つの命が交差する。
——ここから先は、
引き返せない。
怜は動かない。
万糸も、まだ解放しない。
ミアは歯を食いしばりながら剣を構えている。
助けたい。
だが、目の前の存在は明らかに格が違った。
「……どうする?」
問いかけは小さく、だが重い。
主人公は魔物の動きを観察する。
攻撃範囲、癖、間合い。
勝てるかどうかではなく、失うものは何かを考えていた。
背後の女性が微かにうめき声を上げる。
その声が胸の奥をかき乱した。
――見捨てる、という選択肢。
それは理性としては正しい。
だが、心が拒絶している。
その時、魔物が一歩踏み出した。
坑道の床が悲鳴を上げる。
「……レイ!」
ミアの声。
倒れている女を庇うように、
彼女は身を低くしていた。
——間に合わない。
そう判断した瞬間、
俺はもう迷っていなかった。
「……下がれ、ミア」
声は、
はっきりと。
次の瞬間。
万糸、解放。
空間が、
歪む。
見えないはずの糸が、
空気を裂いて広がった。
血糸。
黒糸。
坑道の闇に、
無数の線が浮かぶ。
魔物の突進が、
一瞬、止まった。
「……っ!?」
驚いたのは、
ミアだけじゃない。
魔物自身も、
本能的に“危険”を理解した。
だが——
遅い。
血糸が、
岩のような外皮を裂く。
黒糸が、
関節に絡みつき、
動きを鈍らせる。
完全ではない。
それでも、
十分だった。
だが。
俺の視線は、
魔物ではなく——
女に向いていた。
崩れた岩の影。
血に濡れた顔。
その横顔を見た瞬間、
胸の奥が、強く締め付けられる。
「……」
——似ている。
信じられないほど。
幼い頃、
手を引いて歩いた——
妹に。
そして。
妹を失った日。
その少し前に、
両親も失っている。
残ったのは、
空っぽの家と、
消えない憎悪だけだった。
「……また、
失うのか」
小さく、
呟いた。
(そんなのは嫌だ。)
(もう二度と大切なものを奪われたくはない。)
(ならどうする?)
心の中で自分に問う。
(そんなこと決まっている。)
「俺が、助ける。」
その瞬間。
《DICEROLL:条件検知》
無機質な声が、
頭に響く。
《新規出目追加条件を確認》
魔物が、
再び動こうとする。
だが、
俺の中で——
何かが、確実に変わっていた。
憎いから殺す。
それだけじゃない。
「……救いたい」
その想いが、
確かにあった。
それも——
憎悪と、同じくらい重く。
《条件達成》
《追加出目:〈治癒〉》
《発現理由:誰かを救いたいという意思が、
所有者の憎悪と同等に達したため》
視界が一瞬だけ白く染まる。
左目が熱を持つ。
サイコロ状の瞳が、
静かに回転し——
止まった。
〈治癒〉
「……行け」
小さく、だが確かな声で命じる。
糸が変質した。
血糸でも、黒糸でもない。
柔らかく、淡い光を帯びた糸。
それが、女の体を包み込む。
裂けた皮膚。
乱れた呼吸。
——ゆっくりと、
戻っていく。
「……!」
ミアが、
息を呑む。
「……回復、
してる……?」
完全じゃない。
だが。
生きるための最低限は、
確実に繋ぎ止めた。
魔物が、
最後の咆哮を上げる。
「……終わりだ」
声は静かだった。
万糸が一斉に締まる。
崩れる巨体。
坑道に静寂が戻る。
俺は、女の前に膝をついた。
呼吸は安定している。
「……大丈夫だ」
誰に言ったのか分からない。
妹か。
ミアか。
それとも——
自分自身か。
ミアが、
そっと近づく。
「……レイ」
「……怖かったか」
「……ううん」
首を振る。
「……ありがとう」
その言葉が、
胸に沁みた。
憎悪は、
消えていない。
復讐も、
終わっていない。
だが。
それと同じ重さで、
誰かを救いたいと思えた。
それだけで。
俺は、
少しだけ前に進めた気がした。
いかがだったでしょうか。面白いと思った方はこれからも応援をよろしくお願いします。
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