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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第二十六話 成長

 ストック商会本部。西区の各通りを管理する者達が集められ会合が行なわれている。先日壊滅したパルプド組合の所属だった者もいる。顔には不満がありありと浮かんでいるが、反抗する意志は既に折れている。組合長をはじめ、主だった幹部連中は殺されてしまい、従わない連中には制裁が加えられている。もともと、ごろつきの寄り合い所帯みたいなものであり、求心力を失えばあっと言う間に崩壊する。

 ちなみに、旧組合の店舗、施設には商会の人間が早速送られている。金勘定しかできないと言われていたメイスだが、今までの経験、人脈を活かしてさっさと組合地域を制圧してしまったのだった。商会後継者最有力だったガルドは覇気がなく、めっきり大人しい。


「――伝達事項は以上、詳細は後程書面を送るので良く確認するように。なお、オーソン一家との揉め事が発生した場合は、必ず私まで報告しろ。彼らと抗争する羽目にでもなれば、パルプド組合とは比較にならない争いとなる。いずれことを構える可能性はあるが、偶発的な事態は絶対に避けろ」

「……しかし、それはあまりにも弱腰すぎやしませんか、会長」

「先代のときは何も言わなかった割には、えらく反抗的じゃないか。貴様の顔は覚えておくぞ」


 メイスが異議を唱えた男を睨みつける。男はガルドを推していたため、メイスが会長になったことを喜んでいない。


「何が覚えておくだ。金庫番が偉そうにしやがって」

「まったくだ。大体、てめぇが先代会長を殺しやがったんじゃねぇのか? いずれにせよ、アンタ以外聞いてねぇ、遺言なんて俺は納得できねぇな」

「事態は収まったんだ、もう一度正式な会長を選ぶべきだ! そうだろう、皆!」


 退屈だった会合が面白い流れになってきたので、ステラは思わず楽しくなってきた。今、ステラは会議室の片隅で椅子に座って静かにしている。相談役には就任しているが、まだ顔見せは行なっていない。行なうつもりもない。だが、会議自体には興味があったので出席してみた。名目は、お抱え魔術師だ。


「――だ、そうだが、ガルド会長補佐。彼らに何か言ってやったらどうだ? 言わなければならないことがあるだろう」

「…………」

「ガルド。私の言葉に逆らうのか? それは、彼女への反逆につながる行為ではないか?」

「……てめぇら、会長に逆らうのはやめろ。親父は確かにメイスを指名した。それは確かだ。この俺が保証する」

「でもガルド兄貴! 俺は納得いきませんぜ。金庫番にこんなにでかくなった商会を纏められるわけがねぇ! アンタが跡を継ぐべきだ!」

「…………」


 ガルドは疲れきった表情でこちらを窺ってくる。従わせろと目で合図する。


「黙ってろ。まだ抑えたばかりの地盤は全然固まってねぇ。身内で争っている場合じゃねぇのはてめぇも分かってるだろう。いいか? 妙な真似をしたら、俺が直々に制裁を加える。古参だろうが容赦しねぇから、そのつもりでいろ!」

「あ、兄貴」


 担ぐつもりだった神輿から厳しい言葉を投げつけられた男は意気消沈し、肩を落として座る。


「ガルド会長補佐、本当に助かるよ」

「……ちっ」

「先ほどのガルドの言葉にもあったが、今は身内で争っているときではない。だから、今までの発言は聞かなかったことにする。ストック商会は新しく生まれ変わったんだ。全員、それを胸に刻んで働くように!」

「……分かりました」

「今やるべきことは、西区の地盤を固める事。とにかく戦力を蓄えろ。全力で金を稼げ。いいな。力が通じるのは個人と個人の戦いだけだ。この地獄で生きぬきたかったら、頭も使え!」

「はっ!」

「解散!」


 メイスが号令すると、一同が起立し頭を下げた。ステラは小さく拍手をしてやった。修羅場を潜り抜けたせいか、中々威厳というものが身についている。所有物の成長は実に喜ばしい事だ。

 



 ステラ、メイス、ガルドだけが残された会議室。ステラは笑みを浮かべて話しかける。


「中々の仕切りだったじゃない。感心したわよ、メイス」

「褒めてもらって光栄だ。……言葉遣いは、改めた方が良いのか? 君が不満なら、今すぐに変えるつもりだが」


 メイスが心配そうに窺ってくる。


「いつも通りでいいわよ。貴方も会長なんだし、面子があるでしょう。小娘相手にへりくだっているようじゃ、軽く見られるわ。貴方の今の仕事は西区と商会を無事に治める事よ」

「……ああ。分かった」

「宜しくね。……ところでガルド。私に何か言いたい事があるならどうぞ。遠慮なく言いなさい」

「特にねぇよ。俺はあの時に死んだのさ。もうどうなろうと知ったことかよ。放っておいてくれ」

「中々面白い発言だけど、死体を所有物にする趣味はないのよ。ガルド、こちらを向きなさい。――向け」


 投げやりになっているガルドの顎を掴んで、無理矢理に視線を合わせる。怯えがありありと見える。今まで散々暴れ回っていた大の男が、ステラ相手に身体を震わせている。中々面白い光景だ。


「な、何をしやがる。俺は、ア、アンタの命令には逆らってねぇぞ」

「知ってるわ。でも、言われたことしかできない無能は必要ないの。いつまでもそうやってふて腐れているなら、去勢した後で始末するから覚悟しておくようにね」


 ステラが口の端を釣り上げると、ひいっと叫んで股間を押さえるガルド。本気で潰されると心配したのかもしれない。


「……これからの方針はどうするつもりだ、ステラ。現状維持を目指すなら、そういう根回しを行なっていくが」

「南区に進出する準備だけは整えておきなさい。制御できない連中は邪魔なだけ。いずれオーソン一家と共同で介入しても良いでしょう」


 南区は、麻薬常習者がたむろしている。街を浄化するならば、ここの掃除は避けては通れない。状況を見ながら介入するか、南区の勢力に肩入れするかを決めれば良い。いっそのこと燃やしてしまっても良いぐらいだ。綺麗さっぱり灰燼として、新しく造りなおす。


「しかし、そこまではグレッグスも黙ってはいないぞ。俺たちが手に負えなくなると判断したら、間違いなく潰しにくる」

「ならグレッグスにも介入させなさい。南を静かにさせる利点を訴えてね。焦らず、少しずつ根回しを行なうように」

「分かった。慎重に行なおう」


 メイスは眼鏡をあげた後頷いた。


「いい返事ね。まぁ、グレッグスは、そのうち苦しい立場に追い込まれるわ。その時にどう動くかはメイス、貴方次第よ」

「それは、どういうことだ?」

「どっちつかずの立場なんて、そのうち許されなくなる。あれが旗色を示したときが最大の好機。メイス、貴方がこの街の支配者になれるかもしれないということよ。中々素敵な話でしょう」


 ヴァレル、ティピカの話によると、近いうちに大規模な戦いが繰り広げられる。星教会と帝国軍との間でだ。中立などという誤魔化しは、次は通用しないだろう。グレッグスはどちらにつくかを強制的に迫られる。確率は五分五分だ。そのとき、メイスは逆に就いてその勢力を後ろ盾に、ジョージア家に攻勢を掛ければよい。かつてのグレッグスのように混乱に乗じて支配権を奪い取る。


「わ、私がこのピーベリーの支配者に? それは、話が飛躍しすぎではないか?」

「そうでもないわ。まぁ、貴方がなりたければの話よ。西区の頭で満足なら、グレッグスの機嫌を取り続ければ良い。とはいえ、それはそれでリスクがある。賭けに負けたとき、一蓮托生にならないよう適度な距離を取らないとねぇ。貴方が言ったように、頭を必死に働かせると良いわ」


 ステラは薄く笑う。権力を持つという事は、それだけ狙われるということだ。維持するのにも労力がかかる。だからステラは、メイスから提案された副会長の椅子を蹴った。いざというときに逃げられるようにだ。


「……わ、私にできるだろうか。そんな重大な判断を、この私が」

「そんなに青くならないでも平気よ。困ったら相談役に相談すればいいだけでしょう? 貴方の主はこの私。助けを求められたら、ちゃんと応えてあげる」


 ステラは青褪めるメイスの肩を優しく叩く。


「あ、ああ。本当に頼りにしている。今の私があるのは、君のおかげだ」

「ふふっ、お互い様よ。貴方のおかげで、私はお金を稼ぐことができている。停滞は好まないけれど、無駄な騒乱も嫌いなのよ」

 



 メイスと分かれると、一人出口へと向かう。お抱え魔術師と告げられているので、特に本部の人間にも怪しくは思われていない。歳若い魔術師はいないこともないからだ。偉そうな態度には無言で眉を顰められるのだが。

 本部から出ると、手下を連れたベックが出迎える。えらそうに指を鳴らして散開させると、手下たちが整列して通路のようなものを作らせる。


「お疲れ様です、ステラ様!」

「ご苦労様、ベック。……ところで、そいつらは?」


 頭が悪そうな連中がこちらに視線をむけてくる。実に邪魔臭い。


「メイス会長から、護衛を増員しろと指示がありまして。こいつらは俺の直属ということになっています。へへっ、いわゆるベック連隊ってやつで」

「ベ、ベック連隊?」

「ええ、ガルド連隊に倣ってみたんです。装備もそろえたし、中々やりそうでしょう? 今は訓練がてら農作業も一緒にやっていまして。へへ、結構良い感じに育ってますぜ」


 ベックの手下。20人ものベックもどき。ベックはステラの所有物。つまりベックの手下も、ステラの所有物。ベックが21人。ステラは思わず立ちくらみを覚えた。ベック、ベック2号、ベック3号が慌てて駆け寄ってくる。


「だ、大丈夫ですか!?」

「いますぐ医者を!」

「まずは薬だろうが馬鹿野郎! さっさととってこい!」

「へい! で、なんの薬がいいんですかね?」

「知るか馬鹿野郎! 適当に見繕ってもってこい! 全部飲めばどれか効くだろう!」


 これ以上馬鹿な会話を聞いていたら、本当に死んでしまう。額を押さえながら姿勢を直し、気にしないように告げる。


「……もう大丈夫よ。ちょっと先が思いやられただけ。ええ、大丈夫大丈夫」


 ベック連隊を視界に入れないようにして言葉を絞り出す。まさかとは思うが、更に増員するのではないだろうか。こんな連中が千人も集まり、雑貨店の前でたむろするようになったとしたら。考えただけで拷問である。メイスに言って、余計なことはするなと釘を刺さなければなるまい。


「ほ、本当ですか? あれでしたら、家まで担いでいきますが!」

「心から遠慮しておくわ。……とにかく、人を率いるようになったのなら、しっかりと教育しなさい。部下の不始末は、貴方の責任となる。それをしっかりと肝に銘じておきなさい」

「は、はい。勿論です!」

「ならいいわ。さ、帰りましょう。目障り――暑苦しいから少し離れて歩きなさい」

「はっ! 野郎共、ステラ様がお帰りだ! 散開して、しっかり守りぬくぞ!」

『うす!』

「声がちいせぇ! もっと気合いれていくぞ!」

『うす!!』


 大声で命令するベック。指揮などしたことないくせに、本当に偉そうだ。肉壁と雑用係が増えたということでとりあえずは納得しておく。給金も商会から支払われるのだろう。あまりでかい顔をするようならば、また躾る必要がある。この男はすぐに調子にのり、余計なことをしでかすからだ。


「あの、ステラ様。ちょっと聞いてもいいですかね?」

「何?」

「ステラ様は、これからどうなさるんで?」

「質問が曖昧よ。それに、私は自分のことを語るのは好きではないと言わなかったかしら?」

「す、すみません! えっと、ですから、これから何をされるのかと思いまして」

「質問が全然変わってないじゃない。本当に、貴方はベックね」

「へへっ、ありがとうございます」

「別に褒めてないわよ」


 ステラは呆れた。だが、今の会話はちょっとだけ面白かったので答えてやることにした。


「まず、肉体と魔力の鍛錬は続行。面白い人間がいれば収集する。店と住居は改築して、防御力を向上させる。近隣の村落にも出向いて、暮らしを観察してみたい。後は、マリーの食堂が順調なら、隣の町に支店を出すのも考えているわ。それに自分の畑も持ちたいの。裏庭みたいな小さなものじゃなくて、もっと大規模なものを」


 何が起ころうとも、食料さえあればなんとかなる。自給自足できる体制を目指していきたいものだ。


「ちょっと忙しすぎませんかね。金ならあるんだから、買えばいいんじゃないんですか?」

「物がなければ、いくら金があっても意味を為さないのよ。少しは考えなさい」

「そ、そういうことですか。すげぇよく分かりました!」


 大声で返事をするが、果たして理解しているのか。


「もう少し大きな視点から見ると、西区の安定維持ね。そして混沌としている南区に干渉してリスクの芽を摘む。メイスが領主にでもなれば、色々とやりやすくなるんだけど。さて、どうなるかしらねぇ」

「メイス会長が、領主に? どうしてそんなことができるんで?」

「自分で考えなさい」


 ステラが一蹴すると、ベックは腕組みをして悩みだす。ベックの部下達も。馬鹿が感染しそうなので、あまり近づかないでもらいたいところだ。


(それはさておき、メイスにグレッグスを蹴り落す度胸があるかどうか。……流石に少し難しいか)


 メイスに人を惹き付ける力はない。だが、交渉には長けている。金儲けもできる。ならば、強引に上に据えるのも一つの手だ。失敗しても商会が潰れるくらいである。適当な人間を後継に据えてオーソン一家の下で再生させれば良い。メイスは死んだ事にして匿っても良い。

 出来る限りステラは前にでないつもりだ。今も懇願されている副会長就任の件を受ければ、権限は強化されやれることも増える。だがリスクが高くなる。不意の死だけは絶対に避けたい。そのためにヴァレルやティピカなどの腕利きを所有しているのだ。

 オーソン一家はいずれアポールが継ぐだろう。あれは馬鹿だが、どうもステラに興味があるらしくやたらとちょっかいをかけてくる。種の候補としてはありえないが、交友関係をもっておくのは悪くない。顔も面白い。

 それに今回の一件で自信をつけたらしく、妙な余裕まで持ち始めた。本当に馬鹿な男なのだが、メイスにはない人を惹き付ける何かがあるようだ。だからこそ、オーソン一家の長もアポールを後継者候補から外さなかったのだろう。


(何しろ、公衆の前で失禁したくせに青痣ですまされるくらいだものねぇ。将来性を見込まれているのか、ただの親馬鹿かのどちらかよね)


「とにかく、これから更に忙しくなるわ。時間を無駄にしないように心がけなさい」

「へ、へい。できるだけ気をつけます」

「……貴方が時間を浪費している間にも、世界は動いているのよ。大陸の情勢には注意を払うように。戦場がどこになるか、情報を把握しておかないと、簡単に津波に巻き込まれて死ぬ。そのためにも商人同士の交流は重要となる。いざとなれば街から退避することも考える。その際の物資の隠し場所や人員の避難経路と避難場所。それも早急に考えなければならないわ。何か情報を入手したら、すぐに連絡しなさい」


 本当にやる事が多い。自分のことだけではなく、所有物についても考えなければ。集めただけで満足はしていられない。ステラが死ぬまで成長と拡大は続く。停滞することは絶対にない。それから先のことは知らない。後の人間が考えれば宜しい。動いて動いて動き回る。それは死ぬまで変わらない。


「分かりました! しかし、本当にステラ様はすごいっすね。俺は馬鹿だからとてもそこまでは考えが回りません」


 ステラはその諦めの言葉を聞いて、目を吊り上げた。


「そうやって諦めているから貴方はベックなのよ。考えられないなら、どうすれば考えられるようになるのかを調べなさい。知識がないならば、ある人間に教えを請いなさい。馬鹿だという自覚があるなら、そこから抜け出すように努めなさい。何もやらずに喚いているだけの屑の泣き言なんて聞きたくないの」

「う、ううっ。わ、わかってはいるんですが」

「分かっているなら実行しろ。貴方はそこで雁首そろえている馬鹿二十人の頭になった。前と同じ馬鹿をやっていることは許されないわよ。お前の指示一つでそいつらは容易く死ぬの。権力を持つという事は責任を持つことでもある。分からない事があったら、一刻も早く誰かに聞きなさい。ねぇ、理解したの? 理解できるようにしてあげましょうか?」


 ステラはうろたえるベックの胸元を掴みあげる。圧迫するほどの力は到底だせないが、射殺すような視線でにらみ付けると、ベックは涙目になりながら頷いた。


「わ、わ、分かりました!」


 ステラはまだ解放せずに、話を続ける。


「何故私が街や大陸の動静に気を向けるか分かる? いつ何が降りかかってくるか分からないから、先を予測して手を打つの。もちろん間違えることもある。でも、何もしないよりはマシでしょう」

「でも、今はそんなに荒れてはいないような……」

「今の安定はただのまやかしよ。外を見れば、この街の状態が砂上の楼閣だってことに気付くわ」

「ま、まやかし」

「私は寿命を全うしたい。安全な場所を維持したい。だから、積極的に動いてそうなるようにする。死に際に泣き言を漏らすなんてのは嫌。貴方もそうでしょう?」

「は、はい!」

「なら成長しなさい。貴方も私と同じ人間よ。ならきっと成長できるはずよ。私は毎日精一杯努力している。貴方にも少しくらいは期待させてもらってもいいでしょう?」


 柄にもなく喋りすぎた。ステラは手を離すと、返事を待たずに振り返り先に進み始めた。これで多少なりとも成長すれば儲けもの。果たしてどうなるだろうか。人間そう簡単に変わることはできない。だが、変わる人間も一応いる。たまには期待したっていいだろう。夢を持つというのは、人間にとって必要なことらしいから。


「よし、明日から死ぬ気で頑張るぞ! てめぇら、分かったな! ステラ様のために、立派に成長しようじゃねぇか!」

『うす!!』


 今日からではないところが実にベックらしい。人間、そう簡単に変われれば苦労はない。


ベック連隊員募集中! 

明るく楽しくやりがいのある職場です。貴方も成長してみませんか?




というのは大嘘です。

書籍作業に入るので、感想返信などが遅くなりそうです。



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