第二十四話 騒嵐
パルプド組合殲滅から一ヶ月。夏もいよいよ盛りを迎え、気温が著しく上昇している。それに伴い、星屑の涙の売れ行きはうなぎ上りである。金は順調に入ってくるが、以前に増して騒がしく実に迷惑な話だ。もとはといえば生活費の確保のためであり、事業拡大を目指すためではなかった。正直のところ、そろそろ止めてもよいとさえ思っている。商会はメイスが掌握に成功した。そして、そのメイスはステラの所有物。
だが、マリーの必死の増産願いを無碍にするのも可哀相なので、ステラは魔力の訓練の一環として星屑の涙作成を続けている。
メイスからの“例の治療薬”増産の依頼は当然一蹴した。理由を問い質すと、星教会とホルシード帝国の両方に取り入るための資金を、掻き集めようと企んでいた。ステラは命令していないので、自己判断によるもの。まだ報告する段階ではないと思っていたらしいが、街の支配者であるグレッグスの耳に入れば当然タダでは済まない。人を率いる立場の人間として、考えが甘いし浅い。
いずれ街の覇権を取るための布石なのは理解できるが、あまりにも気が早すぎる。まだ足元すら固めていないのに、高望みしていては必ず破滅する。「余計な真似をして失敗したら、どうなるか分かっているわよね?」と強い口調で念を押すと、顔を青褪めさせていた。どれだけ危険な行為をしようとしていたか、嫌というほど認識したようだ。商会相談役としての面目躍如である。
罰として希少な珈琲の入手を命じ、メイスの背中を蹴飛ばして追い出してやった。最近は身体の調子がすこぶる良い。食事健康法が効果を発揮し始めている。
「ふぅ。それにしても珈琲が美味しいわ。やっぱり挽き立ては違うわねぇ。香りが違うもの」
「ああ、本当に美味しいよな! これさ、ギンギンに冷やしてみたんだけど、夏にピッタリだよ! 売れ行きも伸びてるし!」
グビグビとライア特製珈琲を一気飲みしている。よくこんなに甘い物を一気に飲めると感心する。
「……貴方のそれと一緒にしないでくれるかしら。子供の舌と思われるのは心外よ」
「心外も何も、私より年下じゃないか!」
「いいから静かにしなさい。暑苦しいわ」
「なんだよもう! そんな熱い珈琲飲んでるくせに!」
暴れるライアを放って、珈琲の香りをゆっくりと楽しむ。朝食後の一杯は格別である。マリーの淹れ方は実に素晴らしい。
と、そのマリーが改まってこちらへとやってきた。いつもならば直ぐに開店の準備に取りかかるというのに。
「あの、ステラさん。ちょっと宜しいでしょうか」
「なにかしら。お願いなら遠慮せずに言いなさい。無茶な物以外は、何でも叶えてあげるわ。貴方の働きには感心しているの。例えるならばベック三十人分ね」
『ウケケ、マリっちの料理の腕はベック百人分じゃん!』
「それは間違いないわ。いや、千人でもいいかもしれないわね」
「いつも思うけど、たとえが酷すぎるじゃん。アイツが聞いたら泣くんじゃないかな」
ライアが同情しているが、その必要はない。同情するとつけあがるので、厳しく躾けるのが丁度良い。
「褒めていただき、本当にありがとうございます。それで、この店の右隣の家がずっと空き家なのはご存知でしょうか?」
「全く知らないわ。興味がないから」
「なんで知らないんだよ。おかしいじゃん」
「私には友達はいないし、頼れる人もいない。身体が弱かったから、ほとんど外には出れなかったし。たまに出れば借金取りやごろつきに絡まれる。本当素敵な界隈よねぇ。そんな中で知り合いなんてできるわけないでしょう」
近所の住民からは、泥水やゴミを浴びせられたこともある。彼らには特に借金などはしていないのにだ。弱者は、更に弱い人間を虐げたくなるのだ。だが、今ではそんなことはしてこない。ステラの背後に商会の力があると分かった瞬間、愛想よく振舞っている。人間とはそういうものだ。
(……屑どもばかりね。根こそぎ掃除してもいいけど、この店に悪評が立つかしら?)
色々と思い出すと感情が昂ぶってきた。敢えて放置してあるドミニクもろとも叩き潰しにいくかと一瞬思うが、考え直す。商会はそういった連中から搾取している訳で、潰してしまったら稼ぎが減ってしまう。ドミニクについても、殺せば楽にしてやるのと同じだ。生かさず殺さず苦しみを与えて置く方が罰になる。いずれ、メイスに命じて利子を釣り上げさせる。働けど働けど全く減らない借金を抱えるというのはどういう気持ちだろうか。
ステラは落ち着く為に深呼吸する。既に過ぎたことであり、自分を嵌めた連中への復讐は済んだ。これ以上関わるのは時間の無駄だ。あとは放置しておけば勝手に苦しむ。
「……それで? 隣がどうかしたの?」
気分を落ち着かせた後、ステラは先を促した。
「はい。かなり前から空き家のようなのですが、管理しているのが実はストック商会なんです。ですから、少し改築して食堂を開いたらどうかと思うんです。雑貨店の売上は好調ですし。何より、店の前で飲んだり食べたりをされる方が非常に多いので。その……」
「ああ、なるほど。ごろつき共が邪魔くさいのね。確かに、相変わらずたむろっているし」
星屑の涙依存症に陥った愚かな連中のことである。金を落すから蹴り出すことはしないが、存在が邪魔なのは間違いない。
「……遠方からこられた方や、一般のお客様から店に入りにくいと苦情がありまして」
「でも、酒場でも売っているんでしょう? この店の客を少なくするために卸しているのだから」
「はい。ですが、この雑貨店で買いたいというお客様も多いんです。本家はやはりこちらだという方も多くて。それと、在庫の木筒にライアちゃんが細工を施してくれているんです。その細工が本当に良くできていて、結構な評判なんですよ」
嬉しそうに語るマリー。
「マ、マリーさん! そのことは言うなって言ったじゃんか!」
「いいじゃない。とても素晴らしい技術だと思うわ」
「あ、あんなのは遊びだよ遊び!」
初耳である。ライアは、顔を赤くしている。
「……ライア、貴方そんな技術を持ってたの?」
「い、いや。……母様から教わってたんだ。昔あったどっかの王国で流行した模様なんだって。綺麗だったから、遊びがてら覚えただけだよ」
「……後で見せるように。私が知らないことはあってはならないのよ」
ステラは指をライアの額に突きつける。
「わ、分かったからそんなに怒らないでよ」
冷や汗を流すライア。何が怖いのか一歩後ずさりしている。
「別に怒ってないわ。意外な一面を知ることができたのだもの。本当に嬉しくて心から笑っているだけよ」
「絶対に嘘だ。ステラは怒ると笑うんだ。満面の笑みを浮かべたときが一番危ないって、クレバーからちゃんと聞いたし!」
「へぇ?」
『うげげ! やっぱり超怖いじゃん! これが満面の笑みじゃん! 鬼魔女じゃん!』
クレバーは慌しく逃げ出した。
「分かった。今度、ちゃんと教えるよ。だって、その、一応、友達みたいなもんだよね。俺たちって。だから、もう友達がいないなんて言わないでいいよ。なんか寂しいじゃん!」
ライアが照れくさそうに頭を掻いている。思ったことを率直に話す事ができるのは、ライアの長所だろう。
ステラは考える。川で釣りをしたり、水で遊んだり、一緒に食事をしたり、くだらない話をしたり。主従関係というには相応しくない。例えるならそれが妥当な表現なのかもしれない。
「そうね、ライア。貴方は私のものであり、大事な友達のようなものよ。だから、貴方が抱える秘密を洗いざらい全部話しなさい。今すぐにね」
「い、嫌だよ!」
「ふふっ、ただの冗談よ。そんなに脅えなくても大丈夫よ。嘘をつかれるのは好きじゃないからね」
ステラは珈琲を口に含み、何の話をしていたか思い出した。話が完全に逸れている。
「ああ、愉快な話を聞いたせいで、話題が変わってしまったじゃない。反省しなさい、ライア」
「お、俺のせい?」
「マリー、食堂については許可するわ。貴方の好きなようにやりなさい」
「ありがとうございます、ステラさん。実は、少しだけメイスさんとも相談していたんです。許可が出れば、直ぐに人手を派遣してくれるそうです」
メイスの派遣してくる人材などあてにならない。精々荷物もちや水汲みが限度だろう。掃除やらをやらせれば、店を破壊する可能性がある。
「あまり頼るのはやめておきなさい。第一、ごろつきじゃ接客には不向きでしょう。となると、新しい労働力が必要ねぇ」
「えっと、働き手を募集しても宜しいのでしょうか?」
ステラは少し考える。この街で募集を掛けたとして、どんな人間が集まるか考えるだけで眩暈がする。ベックもどきはこれ以上必要ない。必要ないのにいつのまにか増えている。蜜にたかる蟻のように。募集をかけたりしたら、百人ぐらいやってくるのではないだろうか。鳥肌が立つ。
「きっと役立たずの無能しか集まらないと思うわよ。不満がなければ適当な奴隷を買ってくるけれど。ライア、貴方はどう思う?」
奴隷と聞いて顔色を変えたライアに、話を振る。彼女はどうしてもあそこが苦手らしい。
「……好きにすればいいじゃん。……ここはそんなに悪い場所じゃないし」
「じゃあ適当に買ってくるわ。マリーは食堂についての話を進めて。かかった費用は事後承諾で構わないから。ライア、貴方はマリーに協力してあげるように」
「分かったよ。言われなくてもちゃんと手伝うさ!」
「ヴァレル。貴方は私と一緒に――」
「……すまないが、ちょっと腹が痛いので、今日は勘弁してもらえないだろうか」
わざとらしく腹部を押さえているヴァレル。だが、朝食は二人分平らげていた。どうも一昨日買出しに行かせてから様子がおかしい。何かあったようで、呼吸を乱しながら店へと逃げ込んできた。
「勘弁できないわねぇ。理由を話しなさい」
「……かなり厄介なことが外で待ち受けているんだ」
「もしかして、嵐が来たのかしら?」
「……そうだ。最悪なことにこの場所を見つけられてしまった。押し入ってくることはないが、完全に動きは見張られていると思う。外出すれば、確実に襲撃してくるだろう。迷惑はかけられん」
「だからといって、いつまでも篭っていられないでしょう。それに、店に突入してくるかもしれないじゃない」
「そこまで猪じゃなかったみたいでな。まだ大丈夫はなずだ。アレも根は善良だから、他人に迷惑はかけないはずだ」
「そのうち、焦れて突撃してくるんじゃない?」
「……その時は、しっかり相手をするさ」
「ああ、面倒くさい。私は全然大丈夫だから、さっさと行きましょう」
「……俺が大丈夫じゃないんだが」
「そんなことは知らないわ。それに、どんな愉快な人間なのかとても興味があるの。その方が重要よ」
ステラは渋るヴァレルを強引に連れ出し、中区へと向かった。ヴァレルは闘技場にいたころの鎧を着こみ、赤い鉢巻をまいて完全に戦闘態勢だ。背中の紅い大剣をいつでも抜き放てる構えで、警戒しながら歩いている。奇襲されるのが一番厄介だと言っていた。
ステラは邪魔くさいと思いながらも放置しておく。本当に暑い。体力の消耗を抑えるためには余計なことに気を取られている場合ではない。
幸い、心配した嵐の襲撃はなかったが、体力を非常に消耗してしまった。汗を外套の袖で拭う。今度夏仕様のものを作ってもらったほうが良さそうだ。暑すぎる。
奴隷市場に入ると、以前よりもがらんとしていた。売られている商品の数が相当少なくなっている。
「これはこれはステラ様、よくいらっしゃいました。お噂はかねがね聞いておりますよ」
「どんな噂かしら」
「色々とですよ。例えば星屑の涙、あれは本当に至高の逸品ですなぁ。私も贔屓にさせて頂いておりますよ」
「それはありがとう。ところで、商品の数がえらく少ないみたいねぇ」
「ははっ、お気づきになられましたか。実は、先日帝国から大量の買いが入りまして。性別、年齢問わず、全部買いたいと。帝国領ヴェルダン州に全員運ばれていきましたよ。今いるのは、その後に入荷してきた者たちです。売れ残ったらまたそっちに流すつもりです」
ホルシード帝国が遠征により占領した地域がヴェルダン州である。そこを橋頭堡として、大陸南東部に支配地域を広げている。星教会の軍隊を何度も跳ね返し、むしろ占領地域を延ばしている。戦はまだまだ終わりそうにない。
「そんなに奴隷を集めて何をするのかしら。ヴェルダン州にだって人は一杯いるんでしょう?」
帝国側についた領主たちも多いらしい。大陸南東部は、星教会に対しての信仰心がそれほど強くない地域なのだ。領主達の独立志向も強く、支配を強化しようとする教会への反発も強いとかなんとか。ヴァレルがそんなことを語っていた。
「噂によると、帝国本土につれて帰っているらしいですよ。労働力としてでしょうかね。運ぶ手間をかけてまですることかと思いますが。ま、私としては売れればどうでも良いのですがね!」
「確かにそうね。それで、今日の売り物はどんなのがあるの?」
「若い女と子供が何人かですね。成人してる男連中は全部ヴェルダン州に送ろうと思っています。何せ、相場の倍で買ってくれるものですから。へへっ、ぼろ儲けですよ」
子供はいらないということらしい。至急の労働力確保が目的なのだろうか。それにしては、相場の倍というのは中々に太っ腹である。何か裏があるのかもしれないが、どうでもよいことではある。今のステラには全く関係がない。
「それじゃあ三人買うわ。人選は任せる」
「は、はぁ。本当に宜しいのですか?」
戸惑う奴隷商人に、ステラは条件を告げる。
「ええ。ただし、人の言葉を理解するのが最低条件よ。動物を調教している時間はないの。暑くて選ぶのが億劫だから宜しく」
ステラは奴隷商人に任せた。ぱっと見渡した限り、目を惹く者はいない。全員目が死んでいて興味が湧かない。それに今回は労働力が目的である。マリーに教育などは全て任せる予定だ。全てに構っていられるほどステラに時間はない。その中から面白そうな人間がでてくれれば、話をしてみればよい。
「お待たせしました。こいつらでいかがでしょうか」
奴隷商人は若い女と、少年二人を提示してきた。女はとくに見栄えが良いわけでもなく、典型的な村娘といった感じか。少年二人は大人しく特筆すべきこともない。皆俯いており、自分の運命を嘆いているようだった。
「私はステラ。貴方達を買おうと思っている。これから新装開店する食堂で貴方達には働いてもらう。働きに応じて給金は支払うし、10年たったら解放してあげても良い。私の話に納得できるならば頷きなさい。嫌なら首を横に振りなさい。無理に買おうとは思っていないからねぇ」
歳若い少女が偉そうに喋ったことで、女と少年たちは面食らったようだ。だが、暫し考えた後、彼らは頷いた。十分に恵まれた条件だと判断したのかもしれない。言葉のほとんどが嘘かもしれないが、断っても状況は改善されない。他の大陸に連れて行かれるぐらいならと割り切ったのだろう。
「商談は成立ね。ヴァレル、代金を支払いなさい。さぁ行きましょうか。貴方たちの新しい家にね」
ヴァレルを先導させ、ステラは女と少年を連れて西区を目指す。――と、突然ヴァレルが足を止めた。そして、背中の大剣に手をかける。
「ふふ、ようやく嵐が来たのかしら? 待ちくたびれちゃったじゃない」
ステラは抑えきれない好奇心を顔に表しながら声をかける。どんな愉快な人間なのだろうか。
「……ああ。もうやるしかないな。お前達は巻き込まれないよう、ここを動かないでくれ。」
「分かったわ。もし、本当に困ったなら呼びなさい。貴方は私のものだから、ちゃんと助けてあげるわ」
「はは、それはありがたい話だ。ま、そうならないように気をつけるがな。それじゃあ、いってくる」
ヴァレルの視線の先、金髪ツインテールの若い女が道を遮るように立っている。顔は怒りに満ち溢れ、今にもとびかからんばかりだ。得物は腰につけた二本の剣だろうか。防具は白銀の軽鎧。容姿端麗な剣士と言って良いだろう。
(……ん? 確か、前に闘技場で見かけたような)
ステラが記憶を辿っていると、二人の会話が聞こえてくる。
「ここで会ったが百年目」
「一昨日会っただろうが」
「う、うるさいですわ! グダグダ言わずに、さっさとその大剣を渡しなさい! 今すぐに!」
「本当にしつこい女だな。この大剣はお前には渡せないと言っているだろう。何度言わせるんだ。第一、これはお袋が正式に俺に寄越した物だぞ」
「お黙りなさい! どうせ良い様に言いくるめたに違いありませんわ! 母さんは実に立派な方ですが、間抜けなお人良しなところもありますからね!」
「お前に言われちゃ、お袋も泣くだろうよ」
「それに、その真紅の大剣はアート家の名誉の象徴! 受け継ぐのはこの私が最も相応しいのですわ! ……それに、その後ろの者達は一体なんなんですの!!」
「ああ、こいつらか。さっき奴隷市場で買った――」
「ど、ど、ど、奴隷ですってッ!? 誇りあるアート家の人間が、女子供を買って慰み者にしようなどと!! 恥を知りなさい!! それに加えて老若男女見境ないなんて、この野獣! 外道! 魔物! 魔王!」
「待てティピカ。お前は何かとんでもない勘違いをしている。深呼吸して、落ち着いて話を聞け。話を聞くようにと、師匠にも言われただろう?」
「うるさい! この上は問答無用ですわッ!! その首、私が叩き落してくれますわ!!」
「お、おい!」
「アート家の恥さらしッ! 覚悟!!」
ティピカが一喝すると、腰の二つの剣を抜き放ち、ヴァレルに襲い掛かる。かなりの速さだ。その勢いのまま繰り出されていく剣撃は止まることを知らず、ヴァレルは大剣で受け止めるのが精一杯という有様。女の身でありながら、相当の遣い手らしい。とはいえ、あの巨大な大剣で捌いているだけでも十分におかしいのではあるが。そんなことを考えている間にも、甲高い剣音がつづけざまに響く。
「だから、俺の話を聞け!!」
「声を聞くだけで耳が腐りますわ!! この変態ッ!! いたいけな少年少女にまで手を伸ばすなんて、おぞましい!!」
繰り出された鋭い剣撃を受け流し、ヴァレルはようやく攻撃を行う。
「この分からず屋の猪が!!」
「グッ!!」
横から蹴りを入れ、強引にティピカの身体を引き離す。ティピカは少しだけ怯んだが、怒りで我を忘れているようだ。全く効いていないといった様子で笑う。歯を剥き出しにして。
「その顔は止めろと言っただろう。お袋が悲しむぞ」
「うるさい! 貴方の下劣な行いのほうがよっぽど悲しませているというのに! 遊びはおしまいですわ。せめて苦しまぬよう、最強の一撃で葬って差し上げますわ!」
ティピカは双剣を下手に構え直すと、再びヴァレルへと肉薄する。
「本当に話を聴かない女だ!!」
ヴァレルも今度は大剣を正面に構えて迎え撃つ態勢だ。そして、激突した。
ティピカは身体を双剣を繰り出したかと思うと、目にも止まらぬ突きを放った。その連撃はヴァレルの防御を交し、重厚な鎧を傷つけていく。そして、気迫の篭った声と同時に、交差させたとどめの一撃が繰り出された。
「以前の失敗が何も改善されていない。だから、人の話はしっかり聞けと、何度も言っていただろう」
「ぐ、ぐ、こ、こんな馬鹿な。この私が、また、負けるなんて、ありえないです、わ」
ティピカの腹部に、大剣の柄の部分が突き刺さっている。殺さないようにヴァレルは手加減をしたのだろう。ティピカの刃はすんでのところで止まっていた。
「終わったか?」
様子を窺おうとしたヴァレルの腕を、ティピカが力強く捕らえる。まだ戦闘不能になっていなかったようだ。濁った瞳で、ヴァレルの首筋に噛み付こうとしている。
「やはりまだかッ!!」
「あははははははッ!! この変態野郎が! てめぇの喉噛み千切ってやる!!」
「や、やめろッ! 正気に戻れ、ティピカ!!」
「死ね死ね死ねッッ!!」
慌てたヴァレルが、必死に引き剥がそうとするが上手くいかない。ティピカの歯がヴァレルの首に突き刺さる。赤い血が滴り落ちる。このままだと、肉を抉られ動脈を噛み切られて出血死してしまう。
(……こんなことでヴァレルを失うなんて馬鹿馬鹿しい。見ていて面白かったけど、そろそろ手助けしようかしら)
一歩踏み出そうとしたとき、ティピカの身体が静止する。首から顔が離れていく。みぞおちに、ヴァレルの拳が深々と突き刺さっている。先ほどと同じ部位。これは相当効きそうだ。
「グ、グゲッ――」
獣のように悶絶したティピカは、吐瀉物を撒き散らしながら白目を剥いて気絶した。いくら見栄えの良い女といえども、こうなってしまっては見る影がない。
「お見事だったわ。中々面白い勝負が見れてとても満足よ」
ステラがハンカチを手渡すと、ヴァレルが礼を言って首の血を拭う。筋肉が防御してくれたらしく、そんなに傷は深くなさそうだ。
「ふぅ。今日はいつにも増してひどかったな」
「ふふ、ちょっと危なかったんじゃない? 珍しく慌ててたみたいだけど」
「こいつはキレると、ああなるんだ。猪に狼やら虎を混ぜたような感じにな。こいつの顔に惹かれてちょっかいを出した馬鹿を何人も再起不能にしている。賊を壊滅させたことも山ほどあるな。そんなヤバい女に、これを持たせたらどうなると思う。哀れな犠牲者が何人もでるだろうよ」
きっと世界は賑やかになる。この状態のまま街に放ってやれば、相当面白そうだ。西区には来てほしくないので、グレッグスのいる北区に放ってやろう。
「でも、とっても面白くなりそう。一度試してみたらどう?」
「勘弁してくれ。そう思うのはお前だけだ。全く、これが最後だったらいいんだがな」
「どういうこと?」
「……これで何度目の襲撃だと思う。30回だぞ、30回。その度に俺は死ぬ程疲労し、こいつの介抱をする羽目になる。骨折り損もいいところだ」
ヴァレルが疲れきった顔で溜息を吐く。
「それが嫌なら二度と戦えない身体にしてしまえばいいのよ。でも、貴方はそれをしない」
「こいつは家族だからな。本当に馬鹿な妹だが、可愛い事に変わりはない。性格が合わなくても、家族というのはそういうものだ」
「まさか惚気を聴かされるとはね。とにかく、私は見世物にされるのは大嫌い。貴方がそれを担ぎなさい」
いつの間にか周囲には見物人が集まっている。殺し合いは日常茶飯事だが、とにかく人の不幸と血を見るのが大好きな連中だ。殺せやら、俺に寄越せだのと騒ぎ立てるが、ヴァレルに睨みつけられるとそそくさと身を隠す。
「悪いが、連れ帰って構わないか?」
「面白そうだしいいわよ。ただし、店で暴れたら容赦しないけれど。この猪は貴方がしっかりと見張るように。それが飼い主の責任よ」
「……ああ、分かった」
ヴァレルはやれやれと嘆息すると、ティピカの身体を苦もなく持ち上げた。
実に面白そうな人間だ。普段の言葉遣いといい、キレたときの変貌といい素晴らしい逸材である。が、頭のできはひどく残念なようだ。そして、一番の問題は会話ができるかどうかである。いくら面白くて強そうでも、頭が悪い人間が増えるのは正直困る。
(……もしかして、こういった人間しかこれから手にはいらないんじゃ。そして、最後には私が面倒を掛けられるという)
慌てて首を左右に振る。そういう星のめぐり合わせにある、などという与太話は認めない。人生は自分の力で切り開くのだ。ひしひしと湧き上がる嫌な予感を振り払い、ステラは早足ですすみ始めた。




