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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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外伝4 メイス

 メイスは護衛を伴ってグレン雑貨店へと早足で向かう。連絡を受けてから、直ぐに商会本部を出発する羽目になってしまった。湧き上がる怒りを抑えることができそうにない。ステラには確実に制裁を与えなければならない。いや、メイス自身も父から相応の罰を受けることだろう。それほどまでに、最悪の事態をステラは引き起こした。


「あの糞餓鬼がッ。多少頭は回ると思っていたが、所詮子供は子供か! くそっ!」

「メイス様、一体何があったんです?」

「あの馬鹿が、オーソン一家に品物を流してしまったのだ!」

「そ、そりゃ、恐れを知らないことで」


 部下が顔を青褪めさせる。裏切りを働き、それが露呈してしまった場合、大抵は悲惨な結末が待っている。たとえ許されたとしても、五体満足ではいられまい。


「親父が二度と歩けなくしてやれとさ!」


 メイスは爪を噛む。ストック商会が独占して裏に流し始めたばかりの例の治療薬。それを、ステラがオーソン一家に流したという報告がはいった。ルロイは怒り狂い、メイスを怒鳴りつけて落とし前をつけてこいと言い放った。落とし前とは、今後、二度とオーソン一家とは取引しないという誓約をさせること。それに否と言ったならば、暴力を用いて無理矢理にでも是といわせる。それがこの街のルール。力と金が全てなのだ。


(魔法が使えるからと粋がっているのだろうが、世の中を知らなさ過ぎる。魔術師を無効化する手段など腐るほどあるのだ!)


「メイス様、餓鬼はいつも通り雑貨店にいやがるみたいです!」

「店の護衛は?」

「いつもの面子だけです」

「分かった、お前達は逃げられないように周囲を固めろ。警備として配置している者にも伝えろ!」

「はっ!」


 特に警戒はなく、オーソン一家の人間もいないらしい。最悪なのは、オーソン一家に匿われることであった。そうなれば、メイスは完全に面子を潰され、組織での地位、立場を失っていた。ルロイは血縁だからといって容赦するような人間ではない。それに、奴のお気に入りは力に優れるガルドなのだ。メイスは利益を生み出すから副会長を任されているに過ぎない。妾の息子、しかも二男であれば当然の扱いなのだろうが、納得いくわけがない。あのような馬鹿の下につくなど冗談じゃない。

 裏では、『金庫番』などと陰口を叩かれているのも知っている。金を稼ぎだしていられるのも、ルロイやガルドの武力があってこそ。一人では何もできないと見下されている。だからこそ、メイスはステラの機嫌を取り、組織に最高の利益をもたらそうとしていた。


(それを、それをあの餓鬼ッ。俺の計画がこれでご破算だ!)


 メイスが怒りに任せて店の扉を蹴破ると、ぎょっとした様子のマリーたちの姿がはいる。そして、優雅に珈琲を飲んでいるステラの姿。


「ステラッ!!」

「……いきなり扉を壊すなんて、正気なのかしら。頭は大丈夫?」

「その言葉そっくり返してやる! お前、自分が何をしたか、分かっているんだろうな! 言っておくが、冗談では済まないぞ?」

「勿論よ。……扉の弁償については後にするとして、とりあえず、奥で話をしましょうか。一応、営業中だからね」

「ふざけるなッ!」

「メイス。もとはといえば、貴方が失態を繰り返したせいなのよ?」

「……なにを言っている?」

「もう忘れたのかしら。貴方は最初にこの店に護衛を寄越した。その護衛は酒に酔いつぶれて私の店には盗人が入った。これが一度目。次に、パルプド組合から意趣返しのための襲撃があった。貴方が寄越した頼りになる連中とやらは糞の役にもたたなかった。これが二度目。そして、オーソン一家から誘いを受けた日。貴方は武闘派であるというガルドを寄越した。そいつは、私に喧嘩を売り、任務を全く果たす事ができなかった。そして、貴方は今、店の扉を破壊した。4回も過ちを見逃すほど、私は甘くないのよ」


 ステラは優しく笑った。だが、目は敵意で充満している。メイスは一瞬だけ怯むが、すぐに腰の魔術師殺しのナイフを握り締める。


「だから商会を裏切って、オーソン一家に尻尾を振りやがったのか? ああっ!?」

「それを説明しようとしているんじゃない。それと、似合わない虚勢は張らない方が良いわよ? 似合わないから」

「お前、俺を舐めてるのか! 子供だからって、手荒な真似をしないと思っていたら大きな間違いだぞ!」


 メイスとて、やるときはやる。舐められてはこの世界は終わりだ。人を殺めたこともある。


「一々声が大きいわ。……ところで、ガルドの様子はどうかしら。あの馬鹿、どうしてる?」

「……言っている意味が分からねぇんだよ! ガルドの馬鹿野郎がなんだってんだ!」


 メイスの頭が混乱する。会話で時間を稼ぎ、密かに詠唱でもしようとしているのだろうか。この餓鬼は何をしでかすか分からない恐ろしさがある。それだけは認めている。だからこそ、今回のような事態になったのだが。


「最近、殊勝な態度を取っていないかしら? 当分は反省しているように命じたのだけど」

「……反省、だと?」

「ええ。そこらへんも含めて説明してあげるわ。貴方には利益しかない話よ。荒事は、その後でも問題ないでしょう」


 周囲はメイスの手勢で囲み、ステラも特に反抗する様子はない。制裁を与えるのは変わらないが、話を聞くぐらいなら問題はない。


「……分かった。詳しく聞かせてもらおうか。だが、命乞いは聞かない」


 メイスはナイフから手を放し頷いた。メイスの目的は、例の治療薬の独占維持だ。それが成るのであれば越したことはない。裏切りの件については絶対に制裁を受けてもらうが。咎めなしでは父は許さないだろう。

 


 奥にあるステラの部屋へと案内される。質素な部屋で、いわゆる少女らしいものは一切なかった。生活に必要な物、そして衣服が掛けられているくらいか。クレバーと呼ばれている鳥が、メイスの動きを気持ち悪いくらいに凝視してくる。居心地が悪くなり、眼鏡を弄ってから視線を逸らす。


「乙女の部屋をそんなに凝視するのはどうなのかしら。失礼じゃなくて?」

「……今はそんな冗談に付き合っていられる気分ではないのでね。今すぐ、本題に入ってもらおうか」


 ステラがベッドに腰掛けるのを見て、メイスも床へと座る。いつでもナイフを抜ける態勢を取りながら。


「まず、ガルドの馬鹿だけど。あれは私のものになったから、二度とあなたに失礼な態度は取らないと思うわ。私の命令に背いた瞬間死ぬからね」

「……は?」

「貴方の馬鹿なお兄さんよ。私に殺されるのが嫌だっていうから、仕方なく所有物にしたの。色々聞いたのだけど、貴方、商会での立場は結構微妙みたいじゃない」

「ガルドは、商会きっての武闘派だぞ! それを、従わせたと? ふざけたことを言うな!」


 ガルドは自尊心が強い乱暴者だ。それがステラの言いなりになるなど、到底信じられるような話ではない。


「武闘派っていうのは、馬鹿者というのと同義なのかしら。とにかく、不愉快だけれどあれはもう私の犬よ」

「ば、馬鹿な。そんなこと、信じられない」


 メイスは目を見開く。だが、確かに最近のガルドの様子はおかしかった。今回の件も、奴の耳にはいれば必ずメイスを貶めに来ていたはずだ。それが、商会の自室に閉じこもったまま出てこようとはしなかった。なにかの病気かと思っていたが、まさか。


「貴方が信じなくても事実だしね。ちなみに、オーソン一家に例の治療薬を流したのは、ちょっとした協力を得るためよ。そろそろこの西区も大掃除が必要でしょう?」


 ステラが妖艶に笑う。魔女のように白い顔で、男を誘うような目で。メイスは思わず惹き込まれる。これ以上見ていたら魂を吸い取られるような気がしたが、目が離せない。


「お、大掃除? 一体なんのことだ」

「ガルドは、私のものになる見返りに、命を助けてあげた。そして、メイス。貴方が私のものになるなら、望むものをあげる」

「俺の、望むもの?」

「そうよ。貴方はルロイとガルドにいつも見下されていた。いや、商会の下っ端たちにもねぇ」

「お前は何が言いたいんだ?」


 痛いところを突かれたメイスはステラを睨みつける。認めるつもりはないが、事実でもある。


「自分の立場は貴方が一番分かっているでしょうに。そう、誰も貴方のことを認めようとしなかった。でも、貴方が相応の地位を得たなら、そんなことはなくなるわ」

「…………」

「私は貴方に機会をあげるだけ。実際に掴むのは貴方の力。それは、貴方が自分の力で得たという証明になる」

「た、ただの子供に過ぎないお前に、そんなことができる訳が」

「私ならできるわよ。私はね、貴方こそ商会を率いるのに相応しいと思っているの。ガルドなんかより、よっぽどねぇ。貴方はこの商会で一番優秀よ、メイス」


 魔女の甘美な言葉が、耳にぬるりと入り込んで脳へと流れていく。先ほどまでの怒気はとうに失せていた。今は、ただこの空気に触れていたいという欲求が心を満たす。悪魔の誘いにしか聞こえない言葉が、メイスには神のお告げのように聞こえてくる。


「さぁ、私の手を取りなさい、メイス・ストック。貴方にはそれだけの能力がある。ストック商会を影ながら支えてきたのは誰でもない貴方。でも、そろそろ表舞台に出てきても良い頃でしょう?」


 ステラが白い手を差し出してくる。蜜に誘われた虫のように、メイスはふらふらと身体を揺らしながら、その手を取ってしまった。


「正しい選択をしたわね、メイス。さぁ、計画の詰めを話し合いましょうか。これからの劇は貴方が主役よ。存分に踊りなさい」


 



 ――三日後の夜。西区のパルプド組合本部、事務所、組合長と幹部たちの住居を、ストック商会及びオーソン一家の連合が一斉に襲撃した。襲撃部隊を率いるのは商会からはガルド、一家からはアポールだ。傭兵を掻き集めた為に戦力は拡充されており、完全に不意を突かれたパルプド組合の構成員は為す統べなく叩き潰されていく。そして、組合の拠点は見せしめのために徹底的に破壊される。彼らが縄張りとしていた地区は封鎖され、まだ抵抗する者には容赦のない制裁が与えられた。いつものような生温い抗争ではなく、徹底的に殲滅するという証のために。


「死ねッ!!」

「ぎゃああああああああああ!!」


 血飛沫を上げて倒れ伏せる男たち。得物を持った一家の構成員が生き残りを取り囲む。


「ま、待て。なんだってんだ畜生!」

「若の命令だ。他の下っ端はどうでもいいが、幹部連中は殺す」

「オ、オーソン一家が、どうして西区に手を出してくるんだ!? こんなこと、グレッグス卿が許しはしねぇぞ!」


 生き残りの男の恫喝を、アポールは嘲り笑う。


「根回し済みだよ馬鹿野郎が。グレッグスがどうやってあの地位を得たか考えて見やがれ! 結構な金を渡してやったら、あの髭野郎ご機嫌に大笑いしてやがったぜ!」

「あのクソ貴族がッ! なら、てめぇだけでも道連れにしてやる!」


 一家の構成員を振り払い、アポール目掛けて突進してくる。その手には血塗られたナイフが握られている。


「この野郎っ!! 若、危険ですのでお下がりを!」

「へっ、木っ端三下が俺様を舐めるんじゃねぇぞ!!」


 アポールがこの日のために購入した弩で組合幹部を射ぬく。腹部を貫かれた男は悶絶する。すぐに部下に手渡し、次の矢を番えさせる。


「へへっ、こいつはいいや。高い金を出した甲斐があるってもんだぜ。お前もそう思うだろう? おい」


 アポールは再び手渡された弩を構えると、血反吐を吐く男の頭目掛けて発射した。


「若。他も順調なようです。組合の下っ端共は混乱して、右往左往してますぜ」

「当たり前だ。そのために奇襲なんて姑息な真似してんだからよ。俺はそんなに納得してねぇがな。……被害は少なく、稼ぎは大きく。あの魔女の座右の銘だそうだぜ?」

「そ、そうなんですか」

「おう。本当に恐ろしい女だぜ」

「若! 捕まえた馬鹿共はどうしますか?」

「大人しくしてるやつは放っておけ。元気が良い奴は二度と反抗できないように少し可愛がってやれ。ついでに、腕に一家の紋章も刻んでおけよ。新しい兄弟になるんだからな」

「へい!」




 パルプド組合殲滅作戦は夜通しで行われた。襲撃後、我先にと逃げ出した組合長だったが、中区への裏路地で拘束されてしまった。隠し財産や麻薬栽培所などの在り処を吐かせるために散々甚振られた後、メイスの手によって処刑台へと掛けられた。首には縄が括りつけられている。


「――ま、待てメイス。金、金ならやる。まだ、他にも隠しているんだ」

「ほう、そうなのですか? まぁ、後のことは他の幹部を適当に拷問して喋らせますよ。必要な情報は大体手に入れましたしね」


 メイスが薄く笑う。哀れな組合長は血だらけの顔を歪めて、命乞いを続ける。


「く、組合は商会の傘下に入る。俺がいれば、他の連中も言う事を聞く。だ、だから許してくれ! 命だけは!」

「組合の資産、構成員、縄張りはそっくり頂くつもりです。しかし、何事にもけじめ、見せしめという奴は必要でして。貴方の死によって、パルプド組合は完全に消滅するというわけです。これは避けて通れませんね」

「や、やめてくれ。そうだ、ル、ルロイが、奴がこんな真似を許す訳がない。今回の件はお前の暴走だろう? 誰か、ルロイを呼んでくれ! 頼む!」


 泣き叫ぶ組合長。メイスは鼻を鳴らして嘲りを浮かべる。


「そういう温い馴れ合いはもう不要でしてね。外を御覧なさい。星教会と帝国が大陸の覇権を巡り血みどろの戦いをしているではありませんか。この激動の世界で生き抜くには、少しは彼らを見習う必要があるとは思いませんか?」

「だ、黙れッ若造が! いいからルロイを呼べっ! あいつなら、話が通じるはずだ!」

「貴方が父とどういう関係なのかは知りませんが、私には全く関係ない事ですよ。では、そろそろ別れのときのようですねぇ。シスターメロウ、後はよろしくお願いしますよ」

「ええ、お任せを。哀れな罪人が少しでも救われるように祈りましょう。空を御覧なさい。貴方に慈悲を与えるかのように星が瞬いていますよ」

「ははは、この男にはもったいないほどの夜空ですね」

「はい。星神は誰にでも許しを与える慈悲深いお方なのですよ」

「だ、黙れ! いいから俺を降ろせ! 貴様、それでも聖職者か!」

「ええ、勿論です。ささ、私も眠いですし、とっととお祈りをすませましょうか。屑相手に全部唱えるのは面倒なので、適当に省略していきますね」


 星教会から呼び寄せたシスターが、祝詞を唱え始める。組合を上回る多額の寄付を与えたため、シスターも特に異を唱える事はない。これは西区の支配者がストック商会になったという儀式なのだ。教会本部に多額の資金を送れば、それだけシスターの評価もあがる。その代わり、星教会で禁じられている麻薬栽培を見て見ない振りをさせる。持ちつもたれつの関係である。


 組合長の必死の命乞いと、感情の篭っていないどうでもよさそうな口調の祝詞が交差する。そして、メイスが合図すると組合長の身体が縄により持ち上げられた。絞首刑だ。勝利の歓声があがり、一気に場が騒然となった。見せしめとして、暫くの間この状態で放置されることとなる。


(くくっ、全てが順調だ。そして、私には最後の仕事が残っている。私が表舞台にでるための、総仕上げだ)




 ストック商会本部。深夜だというのに松明の明かりで煌々と照らされ、構成員が往来して非常に騒がしい。そして、本来商会を率いる立場であるルロイは、会長室に強引に押し込まれて監禁されていた。彼は今回の殲滅作戦について何も聞かされていなかった。

 メイスが部下を伴い会長室に入ると、青筋を浮かべたルロイが怒鳴り声を上げる。立ち上がることはできない。監視役により、剣を突きつけられている。


「メイスッ!! これは一体どういうことだ! お前、自分が何をしているのか分かっているのか!?」

「勿論ですよ、ルロイ会長。オーソン一家と共同で西区の大掃除を行なっているだけです。貴方が長年放置してきたゴミを一斉に片付けているのですよ」

「まさか、パルプド組合とやりあっているのか!? しかもオーソン一家の協力を仰ぐとは! 貴様正気か!」

「もちろん正気ですよ。彼らの実働隊は実によくやってくれています。もう間もなく終わるでしょうね」

「東の連中を介入させるとはなんと愚かな真似を! 今すぐ止めさせろ!」

「ははは、これはおかしい。どうして止めなければならないのです?」

「後で利権を持っていかれるからに決まっている! 少しは頭を働かせたらどうだ!」

「くく、ところがそういうことにはならないのですよ。頭を使わない貴方には理解できないでしょうがね」


 嘲り笑うメイス。ルロイはそれを憎々しげに睨みつける。


「どんな裏取引をしたかは知らんが、お前のしていることは全くの無駄なのだ」

「ほう?」

「お前には教えていないが、西区では決定的な争いを避けるという裏協定があるのだ。知っているのは、私と組合の頭、それと僅かな幹部のみ。この拮抗状態を維持する事で、我々は長きに渡り共に利益を享受してきた。今更それを動かす必要はないのだ!」

「ははは、何を温いことを。そんな様だから、この西区をいつまでも制する事ができなかったのですよ。こんなちっぽけな縄張りだけで満足するなど、冗談じゃない」


 メイスが唾を吐くと、怒りを堪えきれなくなったルロイが叫ぶ。


「貴様、私の恩を忘れたのか! ここまで育ててやったのは誰だと思っているんだ! 妾の子の分際で、ですぎた真似を! 今すぐに拘束を解け!」


 メイスは怒りで目を細める。疎んじられていたのはこれが理由だと改めて分かったからだ。結局、どれだけ働いても妾の子という立場からは抜け出せなかった。今まで一度たりとも息子として扱ってもらったことなどない。ならば、こちらも父として扱う必要はないだろう。だが、最後に一応聞いてみる。そう、これが最後の質問だ。


「確かに私は貴方の息子だ。ですから、まだ貴方を生かしているのですよ。さて、最後に一度だけ聞きます。引退する気はありませんか? 大人しく引退するのであれば、死ぬまで面倒を見て差し上げますよ」

「馬鹿なことを。誰が引退などするか! 貴様にこの地位をくれてやるほど老いぼれてはいない!」

「まぁ、そう言うでしょうね。ええ、そう言うと思っていましたよ」

「金勘定しかできない金庫番に、この責任ある地位が務まると思うか! 次の後継者はとっくにガルドと決まっておるわ! お前が私を殺しても、すぐにガルドが仇を討ってくれるだろう! そう、貴様はおしまいだ!」


 ルロイが猛々しく吠える。流石に商会を治めていただけあって威圧感がある。以前だったら、メイスは震え上っていただろう怒気。だが、今は特になにも感じない。恐ろしいとも思わない。もっと恐ろしい人物、いや、魔女を見つけてしまったのだから。


「ああ、ガルド兄さんですか? 今ごろはパルプド組合の残党殲滅に励んでいると思いますよ。私の指示に忠実に従ってね」

「な、何を言って」

「貴方も知っての通り、私は荒事が苦手だ。ですから、力を借りたのですよ。私の手勢だけでは、流石に数が少ないですから」

「ガルドが貴様の命令を聞くはずがない!」

「くくっ、現に野良犬のように走り回っていますよ? ステラの命令にはガルドは決して逆らえない。逆らえば死ぬのですからね。いまでは、あれはただの犬だ」

「――ス、ステラ? ステラとはあのグレンの娘のことか? あいつが何かやったというのか? まさか、貴様ら、魔法で操られているのか!?」

「私は操られてなどいませんよ。犬として強制されているのは間抜けなガルドだけ。私は自分の意志でここにいる」


 確かに切っ掛けはステラだった。だが、決断したのはメイスだ。犬の身分に落ちたのはガルドだけ。


「よいかメイス、私の話を落ち着いて聞け。貴様は小娘に騙されているのだ。心配はいらん。魔術師殺しで、貴様に掛けられた術を打ち破ってやる。だから――」

「彼女に魔術師殺しの如き玩具は効きませんよ。それよりも、彼女から伝言を頼まれていましてねぇ。『間抜けな腰抜けの娘に嵌められた気分はどう?』だそうです」


 その言葉を聞くと、ルロイは血が出るほど唇を噛み締める。全てが、ステラの企みだと気付いたからだ。


「この馬鹿共めが、あんな小娘にたばかられおって! ええい、どけ、このままにはしておけん。私が行って直接ガルドの目を覚まさせてやる! お前の始末はその後だ!」


 監視の剣を振り払い、立ち上がって部屋を出て行こうとするルロイ。メイスは早足で近づくと、毒を塗ったナイフを無防備な背中に深々と突き立てた。


「――うぐッ。メ、メイス?」

「本当に残念ですよ。残念ですが、仕方ありません」

「お、お前、実の、父を」

「ははは、親が子を売る時代じゃありませんか。子が親を殺すのも珍しい事ではないでしょう。貴方が育てた商会についてはご安心を。私と兄がしっかりと盛り立てていきますので。何、いずれは、街の大半を牛耳ってみせますよ。貴方は墓の下からそれを眺めていると良い」

「――ば、馬鹿が。貴様も、り、利用されているだけだというのに。いずれ、む、報いを」

「くくっ、それは恐ろしい。ですから、私の代わりに全ての罪を背負っていってください。さぁ、今楽にしてあげますよ、お父さん」


 メイスはナイフを引き抜き、改めて延髄に突き刺して止めをさした。倒れて動かなくなったルロイを冷たく見下ろした後、部下に命じて偽装工作を行なわせる。――物語はこうだ。パルプド組合との会合中、敵が騙しうちを仕掛けてきた。ルロイは勇敢に戦ったが、敢え無い最後を遂げた。メイスは見事に父の仇を取り、組合を壊滅させた。会長には仇を討ったメイスが継ぎ、ガルドは引き続きその補佐を行なう。兄弟円満に商会を治めていくという訳だ。

 当然、誰もが嘘と思うだろうが、そんなことはどうでもよい。パルプド組合はこの街から消滅し、西区はストック商会が支配する。そして、新たな会長にはメイスがおさまる。それだけが重要なことだ。


(全ての計画は完璧に実行された。そうだ、たった一晩で全てが変わった。私の望んでいた物は手に入った。ははは、何もかもが完璧だ)


 会長室で、メイスは口元を抑えて一人哄笑する。魔女に魂を売り渡すだけで、あらゆる屈辱から解放され、望む物が手に入った。己の決断は間違っていなかった。メイスは両膝をつき、身体を震わせながら笑い続けた。




 翌朝。西区での戦闘終了後に、ストック商会とオーソン一家との間で一つの協定が結ばれた。西はストック商会、東はオーソン一家が支配することをお互いに認める。お互いに余計な干渉は行なわない。揉め事が発生した場合は、街の流儀に従うこととする。つまり、一応は友好関係を結んだが、特に何かを協力し合う訳ではないということ。ステラの例の治療薬については今後、商会が7、一家が3という割合で受け持つこととなった。これは今回の協力への謝礼ということになる。十分すぎるほどの見返りとなるだろう。


 そして、すべてが順調に終わったことを、雑貨店でくつろいでいたステラに報告にいく。さぞ楽しみにしているかと思ったら、ステラはどうでもよさそうに「あっそう」と頷いただけだった。だが、ルロイの死に様を詳しく説明すると、表情を変える。


「ふふっ、それはおめでとう、メイス。私は貴方を心から祝福するわ。これで、貴方も同じになったわね」

「……私が貴方と、同じ?」


 メイスは意図が分からず、眉を顰めて問い返す。


「そう、同じよ。私も貴方も親を失った。私は小さな復讐と大掃除を成し遂げ、貴方は地位と権力を手に入れた。ああ、本当に喜ばしいわ。本当におめでとう、メイス・ストック会長。……ところで、美味しい珈琲をマリーが淹れてくれたの。一緒にいかがかしら?」


 ステラは心底嬉しそうに口元を歪めていた。メイスはようやく気が付いた。自分も復讐の対象だったということに。父ルロイは両親の仇として殺され、兄ガルドは自尊心と将来を完全に奪われた。そして、メイスには同じ立場を味わわせる。以前聞いたが、ステラは心中に巻き込まれる寸前だったという。その意趣返しとして、逆にメイスにルロイの命を奪わせたのだ。


「ああ、珈琲が美味しいわね。今日はいつもより苦味が効いているみたい」


 戦慄するメイスを横目に、ステラは満足げに珈琲を飲み始めた。

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