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極星から零れた少女  作者: 七沢またり


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第十九話 苦手

 ヴァレルがやってきてから10日が過ぎた。危惧された嵐が訪れることはなかった。近くにいるのは間違いなさそうなので、気は抜けないが。ついでに、アポールが一家総出で仕返しにくるかと思っていたがそういう気配もない。あったといえば、パルプド組合からのお礼参りか。例のこそ泥の一件を根にもってのことのようだが、ヴァレルの活躍により見事に撃退された。メイスが派遣してきた連中と負傷中のベックは案の定役に立たなかった。


「結局、捕まえた奴らはどうなったんだ?」

「二度と戦えなくしてから返したみたいね。落とし前をつけたとかなんとか」

「まぁ、それは仕方ないだろう。とはいえ、生きているだけ幸運と思ってもらいたいところだ」


 皆殺しでも良いぐらいだが、あの様ではまともに生きていくのは難しいか。死ぬより辛いかもしれない。とはいえ、組合からの2度の手出しの件は絶対に忘れない。いずれ、相応の報いを食らわせるとしよう。


「私は殺せと伝えたんだけどね。自称強硬派のメイスも、ルロイに釘を刺されて怖気づいたみたい。本当に情けないわねぇ」

「アイツも会長には逆らえないんだろうさ。いずれ商会を継ごうと考えているなら、あまり反発している訳にはいかんさ」

「今のままじゃ絶対に無理よ。あれは口だけ達者で、本気で実行しようとすると怯む性質があるみたい。このままじゃ、武闘派と評判のガルドとやらが後を継ぐでしょうね」


 商会二位の、ガルド・ストック。メイスの腹違いの兄に当る人物。メイスとは犬猿の仲との評判だが、父であるルロイからは頼りにされているとか。メイスもそれなりに仕事は任せられているのだが、いまいち評判が芳しくない。荒事関連に弱いというのが定評だ。ルロイもメイスの本質を見抜いているのだろう。荒っぽい連中を率いて、この商会を維持していくのは難しいと判断しているに違いない。ステラも大体同意見だが、要は使い方だ。国や都市を治めるわけじゃないのだから、メイスでも十分に役割を果たすに違いない。

 そうヴァレルに話すと、口笛をひゅうと軽く吹き鳴らしてくる。


「ははは、その歳で人物鑑定か? 全く、末恐ろしい女だな」

「ちなみに、貴方は合格よ。良い買い物ができたと思っているわ」

「お褒めに預かり光栄だ」

「それに、ベックの鍛錬もやってくれるとか?」

「暇なときに少しな。あいつが多少使えるようになれば、俺も楽になるだろうから無駄にはならんさ」

「まぁ、貴方が勝手にやる分には止めないけれど。意外と物好きなのね」

「役立たずと分かっていながら、使い続けるお前もだろう」

「ふふっ、私のはちょっとした気紛れよ。そういうのって、大事にしていきたいじゃない」




 街自体は暴力と金が飛び回り非常に騒がしいが、そこそこに平穏な日々は過ぎていく。ステラの周辺ではという意味だが。

 ムンドノーヴォ大陸では、異教徒を大陸からたたき出せと星教会が日々檄を飛ばしている。近くの教会直轄領では、大陸中から最精鋭を掻き集めているという噂がある。近々大反攻計画が実行されるだの眉唾物のものまで聞く事ができる。

 一方の帝国遠征軍もその版図を広げようと近隣領主たちの調略を行なっているだの、更なる遠征軍が大陸北部を急襲するつもりだの、ピーベリーのジョージア家がいよいよ帝国に従属するらしいなどなど、真偽不明の噂や流言が頻繁に飛び回っている。どうも両軍の密偵が何人も街に入りこんでいるらしく、自軍に有利になるような諜報活動を積極的に展開しているようだ。


 これらは全て聞いた話なので、どれが真実かは定かではない。この街の現在の状況は、『大陸のゴミ捨て場』の異名に相応しく人間の往来が非常に混沌としているのだ。誰が本来の住人で、誰が余所者なのか把握できている人間など一人もいない。


(この街が戦場になる可能性は今の所低いかしらね。グレッグスは戦うよりも強者に尻尾を振るタイプに見えたし。それがいつまで通用するかは知らないけれど)


 いずれにせよ、戦に巻き込まれそうになったら逃げるだけだ。介入する意志などまるでない。するだけの力もない。こんな年齢で死にたくもない。

 そんな事を考えつつ、ステラはようやく居間へと到着した。目元を擦り、周囲の状況の把握に努める。寝起きは行動が非常に緩慢なのだ。これは体質なので仕方がない。


「……おはよう」

「おはようございます、ステラさん。もうお食事はできていますよ」

「遅いから先に食べちゃってるよ」

「……見れば分かるわ」


 テーブルではライア、警備明けのヴァレルとベック、そして抜け駆けしたクレバーが朝食を食べている。パン、野菜と小魚のスープ、切り分けられた林檎、そしてステラとライアにだけミルクの入ったグラスが置かれている。

 最近の食事は、健康に良いものを主体として献立が組み立てられている。マリーとヴァレルが話し合い、更に一緒に料理をしているというのだから面白い。予想通りエプロンは似合っていなかった。しかし、健康に良いからといって、発酵させた臭い豆やら、魚やらを出されるのは気が滅入る。口の中がねばねばするし、後味が最悪だ。一番辛いのが、牛肉ににんにくのすりおろしをべっとりとつけたもの。あれは食欲が湧くどころか、臭いで吐き気を催しそうになった。元々肉は好きではないが、にんにくつきで食欲減退が倍増してしまった。今日はいらないと逃げ出そうとしたところ、好き嫌いせずに食べないと健康体にはなれないと説教されてしまった。余計なお世話である。


「ステラさん、どうぞ」


 マリーがわざわざ温めなおしてくれたスープを配ってくれる。気配りができる女で実に素晴らしい。


「ありがとう、マリー。……ああ、またミルクがあるのね」

「やはり、お嫌いですか?」

「いえ、そういうわけじゃないけれど。ただ、積極的に摂取したいとは思わないだけね。今日はちょっと気分が乗らないから珈琲を――」


 お願いと言おうとすると、ライアに「ちょーっと待った!」と遮られる。


「ミルクは身体に良いってこの前話したばかりじゃん。どうして珈琲を飲もうとするんだよ。珈琲じゃ健康になれないじゃん」

「甘すぎるからよ。それに、本当に健康に良いかという証明がなされていないもの。貴方が健康になったら飲んであげるわ」


 鼻を鳴らしてミルクを横に押しのけると、ライアにもとの位置に戻されてしまった。


「大丈夫だよ。死んだ父様が、毎日飲むと背は大きくなるし、骨は太くなるって言ってたんだ。だから、間違いないって。第一、俺は至って健康じゃん! 奴隷だった頃は全然飲めなくて本当に辛かったよ!」


 ライアが自信満々に言い放ち、自分のミルクを一気飲みする。その父様とやらのことを詳しく聞いてみたいが、今はそういう空気ではないらしい。ステラはヴァレルにミルクを飲めと目で合図するが、ニヤリと笑われてしまった。ならばクレバーはと思ったが、視線をあからさまに逸らしている。肝心なときに使えない鳥である。


「…………分かったわ。一応毒ではないものね。市場でも普通に売られているくらいだから、毒ではないのでしょう。毒じゃないならすぐに死にはしない。それは先人が証明してくれているみたいだし」

「当たり前だろ!」

「…………はぁ」


 ステラは鼻を摘み、ミルクを一気に喉へ流し込んだ。別に死ぬ程嫌いという訳ではないのだ。ただ、朝から甘ったるい液体を飲むのが正直苦手なだけで。だから、嫌なものはとっとと片付けることにした。ライアもステラの身体のことを気遣って、わざわざミルクを朝食に出すように手配してくれたのだから。余計なお世話とはそんなに思ってはいない。


「……はい、これで満足したかしら。もう文句は言わせないわよ。全部飲み干したのだから」

「ミ、ミルク一杯で大げさすぎるよ」

「ははは。ステラの子供らしい一面を見る事ができて、ようやく安堵したぞ。どこぞの魔女が化けているのではと、密かに不安に思っていたんだ」


 豪快に笑うヴァレル。彼の場合は冗談ではなく本当だろう。たまに、魔水晶へ不穏な視線を感じる。そして、魔法の訓練をしているときもだ。何が目的かは分からないが、意図を持っているのは間違いない。敵対する意志はないようなので、特別警戒もしていない。警戒が必要な人間を護衛として置いておくのは本末転倒である。クレバーが目を光らせているらしいので、ステラとしては特にすることもない。


「失礼な人たちねぇ。主に向かって。いいかしら? 私は貴方達の玩具じゃないのよ」

「いや、健康に良いものを食べたいって言ったのはステラじゃん。だから協力してあげてるんだよ」


 その割にはやたらと楽しそうな表情のライア。いつもからかっているから、意趣返しのつもりだろう。


「健康に良い物を食べたいとは言ったけれど、飲みたいとは一言も言ってないわ」

「そういうのを屁理屈って言うんだよ!」

「事実だから仕方ないわ」

「好き嫌いは、宜しくないぞ。それにミルクは栄養が豊富なんだ。牛のにしろ、山羊のにしろな。苦手な奴は、砂糖を少しいれたり、温めて飲むといい。潰した果実を混ぜるのもオススメだ。こいつが中々いけるんだ」


 色々と経験豊富なヴァレルが余計なことを話し始める。ミルクのことなどどうでもよいのだ。


「だってさ、ステラ。明日は温めたミルクを出してあげるよ」

「絶対に止めなさい。食欲が失せるからね」


 考えただけで嘔吐しそうである。生温かいミルクなど、口に入れた瞬間に噴出しそうだ。考えただけで食欲が失せてきた。元からないのだが。


「どうぞ」


 またも気を利かせてくれたマリーが、珈琲を淹れてきてくれた。実に気の利く人間だ。ステラは口直しと即座に一口含む。苦味が実に心地よい。一日5杯は飲んでいるので、そろそろ店の古い在庫が切れそうだ。新しいものを手配しても良いだろう。


「そんな苦いの、良く飲む気になるよなぁ。泥水みたいな色してるし」

「分かってないわね。まず香りを楽しんだ後、舌で楽しめる。さらに眠気を飛ばす作用もある。どこぞの甘ったるい白い液体よりは十分に役に立っているわ」

「――あ、ちょっといいこと考えた! マリーさん、俺にも珈琲を頂戴! でも半分くらいでいいよ」


 ライアが空になったグラスに珈琲を要求する。彼女はとっくにミルクを飲み干している。


「あらあら、ライアちゃんが珈琲なんて珍しい。ちょっと待っててね。……はい、どうぞ」

「貴方も珈琲の美味しさにようやく目覚めたのかしら。流石は私のライアね」

「誤解されるような言い方はやめろよ! えっと、これをこうしてっと」


 半分ほど注がれた珈琲に、ミルクをどばどばと流し込んでいる。ステラは見ているだけで気分が悪くなってきた。しかもそれに砂糖を放り込んでいる。全てが台無しだ。ステラは眉を顰める。


「……食材を遊びに使うのはいただけないわね」

「遊びじゃないって。これをぐるぐる混ぜて、出来上がりっと! へへ、名付けてライア珈琲じゃん!」


 ライアが早速その見るに耐えない液体を口に含む。納得のいくできだったようで、満面の笑みを浮かべる。


「やっぱり美味しい! ほら、ベックも飲んでみろよ!」

「うるせぇ餓鬼だな! そんなものが美味い訳が……」

「いいからいいから!」

「しかたねぇ奴だな。……って、う、美味いっ! 苦味と甘味が絶妙に調和されてて美味い! ステラ様、これ、本当に美味いですぜ」

「貴方の舌を信用するほど間抜けじゃないのよ。塩と砂糖の違いが分かるのかも怪しいわ」

「そ、そんな。俺だって、流石にそこまで間抜けじゃ」

「鍛錬初日に腰を負傷した間抜けは黙ってなさい」


 ベックががっくりと落ち込んだ。そこまでの間抜けなので仕方がない。


「なんだ、そんなに美味いのか? どれどれ、俺にも飲ませてくれ。やはり、何事も経験してみないとな」

「凄いわライアちゃん」


 ヴァレルとマリーもそれに群がる。ステラは馬鹿馬鹿しいとそっぽを向いた。


「ほら、ステラも飲んでみろって。色々知りたいって言ってたじゃないか」

「……見ただけで想像できるものをわざわざ試したいとは思わないわ」

「ミルクが飲みにくいっていうから、飲みやすくなる方法を考えたんだ。さぁ、ぐいっといってみなって!」


 また押し付けられた。本当にいらない。しかし、一度言い出すとライアはしつこいのだ。色々と面倒くさくなってきたので、仕方なく口に含む。ミルクよりはマシだが、珈琲の特徴である苦味や香りがあらかた消し飛んでいる。それに甘い。だが、ミルクよりはマシか。どちらかを選ばないと死ぬと言われれば、渋々こちらを選ぶ。


「ど、どう?」

「……飲めなくはない。飲めなくはね」

「美味しいの?」

「ミルクよりはマシという程度にはね。……マリー、明日からはこれに砂糖を抜いたものを出しなさい。これで納得したかしら、ライア」

「へへ、やったじゃん!」

『やったな、ライアっち! 大成功じゃん!』

「ありがとうクレバー! へへっ、なんか嬉しいじゃんか!」


 ご機嫌にクレバーとハイタッチしているライア。実に愉快な人間と鳥である。ステラはちびちびとライア珈琲を飲みながら、ようやく朝食にありつき始めた。

 



 朝食後、ステラは動きやすい服装に素早く着替える。今までは、朝食前に散歩、そして食後に再び歩くのが恒例であった。

 最近は少しだけ体力がついたような気がするので、朝の散歩を止め、朝食後に軽く走ることにしている。コースは西区、ストック商会の縄張り内のみだ。外に行くほど馬鹿ではない。疲れたら歩き、少し回復したら走る。とにかく身体を動かす事に慣れさせないと、とてもではないが60まで生きられそうにない。肉体の強化は急務なのだ。


 午後は当然魔法の訓練。降りかかる火の粉を振り払うには、魔水晶を更に効率よく扱う必要がある。クレバーの話によると、どうも、この数十年の間で戦闘における魔法の地位は低下しているようだが。治癒術や生活に役立つような魔法が貴族たちに重宝されているとか。これでは便利な家具代わりといった有様だ。

 現状では、強力な攻撃魔法を使えるような人間は数少なく、いたとしても戦闘の矢面に立つことはなくなっている。なんでも“魔術師殺し”の道具や武器が大量に出回ったせいで、魔力を収束させることが妨害されるとかなんとか。やりずらい世の中になったものだ。


(この魔水晶には関係ないでしょうけれど。溜めてあるものを使うだけだからね。勿論油断はしない)


 指を鳴らしてクレバーを呼び寄せると、ステラはさっさと店を出た。五分走っただけで汗だくの呼吸困難に陥るが、気合を入れて再び立ち上がる。ヴァレルの助言によると、苦しくなってからが本番らしい。実績のある人間の言葉なので、早速採用することにした。


『ご、ご主人、顔色がやばいじゃん。熟したトマトみたいじゃん』


 いつもは死人の顔色と呼ばれていたが、今日は新しい表現に変わっていた。血の巡りが良くなっているのか。


「ほ、本当に、これでいいのかしら。なんというか、生命力を削っている様な、気がしてならないのだけれど」

『やっぱり、もうちょっとペースを落としたほうがいいじゃん。そんなに慌てると、きっとすっ転ぶじゃん』

「……もう少し、頑張ってみるわ」


 ――30分走った後、ステラはふらふらになった挙句、顔面から地面にすっ転んだ。『ふぎゃっ』という猫が踏まれたときのような声とともに。


『トマトが潰れたじゃん! その顔面白すぎじゃん!』

「…………」

『ウケケケ! は、腹が捩れて死にそうじゃん! 助けてほしいじゃん! ウケケケケ――』


 クレバーは思いっきり噴出した後、人間離れした速度で立ち上がったステラに掴まり、思いっきり首を絞められたのだった。猫が踏まれたときの声が、延々と木霊した。

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