第二十話 求道
運動を終えて瀕死となったステラは、西区を観察しながら帰路へつく。途中、そこそこ繁盛している雑貨店へよって。グレン雑貨店とは違い、品揃えが豊富だ。農具、工具、保存食、野菜の苗やら種、技術書などが多種多様、更には家畜の類まで台帳を使って販売している。自前の農場から工場を経営しているらしく、客の要望に沿った注文も受け付けているとか。実に素晴らしい。裏で麻薬を販売していなければ。外でたむろしている中毒と思われる人間がふらふらとやってきて金を渡すと、枯れ草の入った袋を手渡している。白昼堂々と販売していることから、ストック商会お墨付きなのだろう。それ以上のことは首を突っ込むと危険なので止めておく。
(稼ぎの大半は、最終的にはジョージア家がもっていくのかしら。まぁ、どうでもいいことか)
麻薬になど全く興味がないので、ステラはその場を離れようとした。すると、奇妙な本が本棚に差し込まれている事に気付いた。自己主張するように、少しだけ飛び出ている。大きさが異なるからそう見えるのだが。
「何かしら、これ」
特徴的な人物が描かれた書物を手にとって見る。女性の騎士なのだろうが、目には奇妙な光が描かれており、全体的に凄まじく美化されている。こんな見目麗しい人間がいたら是非お目にかかりたいものだ。値段は分からないが、造り自体はかなり良い。題名は擦れてしまってよく分からない。棚を見回してみたが、似たような書物は他にはない。古本として買い取ったものなのだろうか。適当にぺらぺらと捲ってみると、どうやら戦記か伝記の類であるらしい。人間離れした英雄が大暴れして最後には勝利を勝ち取るまでの記録。完全に嘘偽りのない実話であると謳っている。どうにも荒唐無稽な気もするが、ところどころ気になるところがある。特に、挿絵として挟まれている白カラスの旗印に目を惹かれた。
『ご主人、それ買うじゃん?』
「そうねぇ。私は必要ないけれど。貴方は欲しいの?」
『俺っちも旗印になりたいじゃん! ご主人の軍隊の象徴になりたいじゃん! 参考のために買って帰ろうじゃん!』
「私が軍隊を持ったら考えてあげるわね。まずないでしょうけど」
赤いオウムの旗印。実にさまにならない。むしろ、グレン雑貨店の看板として書いたほうがフレンドリー感が増しそうである。でも顔が馬鹿っぽいので逆効果かもしれない。後でライアにでも相談してみようと考えながら、ステラは本を購入する事にした。古いし状態も悪いので、銀貨一枚で良いといわれた。状態が悪いのになぜ銀貨を要求するのか。ふっかけられているのは分かるが、クレバーの今までの働きを考えれば安いものだ。交渉する時間がもったいないのでそのまま購入する。
「これは貴方にあげるわ。今までの働きに報いてね。好きなように扱って構わない」
先ほどの一件は大減点だが、それを差し引いても余りある働きをしているのは確か。褒美をあげるのは主の大事な役割の一つ。
『マジで!? やったじゃん! 俺っち超ハッピーじゃん! 宝物にするじゃん!』
本をクレバーにプレゼントしてやると、喜び勇んで脚で掴み取った。どうやって読むのかは分からないが、喜んでいるのだから良いだろう。恐らくライアかベックあたりを捕まえて一緒に読むのであろうが。ステラは特に書かれている文章に興味はない。脚色された歴史に価値を見出せないのだ。
(真実のみを記した歴史書などこの世にはないでしょうけど。なにせ、見る角度を変えればいくらでも解釈は変わるもの)
クレバーの喜びの舞を見るのも飽きたので、ステラは自分の店へと戻ることにした。いつのまにか昼は過ぎていたらしく、いつもはそこそこ混んでいる店も今日は空いている。ちなみに役立たずの上級ごろつきたちには店の手伝いも行なわせることにした。勿論メイスの許可はとっている。現在の夜間警備はヴァレルとベックだけ。それでも効果は十分なようで、睨みを利かせるだけでごろつきどもは身体を小さくしてしまった。静かになって良い事である。
「おかえり。遅かったじゃんか」
「ちょっと頑張りすぎたかしらね。着替えたら昼食を取って、魔法の訓練に取りかかるわ。やることは変わらないけど、時間が押しているから早くしないと」
「へへ、そう慌てるなって。実はね、マリーさんにお願いしてお弁当を作ってもらったんだ。今日は、西区を流れる川にいってお昼にしようじゃん」
「それは何故?」
「な、何故って。いい天気だし」
「腹立たしいほどいい天気ね。思わず立ちくらみを起こしそう。こんな晴れた日には、家に篭ってたほうがいいわよねぇ。だから行かないわ」
ステラが皮肉気味に笑い髪を弄ると、ライアがえーっと叫ぶ。
「ヴァレルさんにも了解を貰ったんだからさ、今日は一緒に川にいこうよ! 夕食の食材はそこで調達するつもりなんだ。ちょっと見たけど、結構いそうだったし」
「何がいるのかしら?」
「何って、川といったら魚だよ! 店にあった古い釣竿を有効活用したほうが良いと思ってさ。クレバーと相談して決めたんだ!」
『ウケケ! ご主人、もう少し太陽に当ったほうがいいじゃん。俺っち、良かれと思って!』
この鳥は実に余計なことを企てる。ライアと組むようになってからは更に頻度が上がっている。
「……貴方たちが私を思ってくれる気持ちは、本当に心の底から嬉しいのだけれど。生憎、私は魔法の訓練が――」
面倒だから嫌だとは言わないでおいた。楽しそうな人間に冷や水をかけるほど冷酷ではない。彼女の活発な行動は見ていて飽きない。だが、クレバーと組ませると相乗効果でステラが疲れる方向に向かっている気がするのは何故だろうか。悪い結果はでていないのだが。そこがベックとの違いか。
「明日は多分雨だから、そのときにやればいいじゃん! さ、お弁当と水を持って出発しよう! 釣竿と魚篭はヴァレルさんよろしく!」
「ああ、任せておけ。ベックがもうすぐ休憩から帰ってくるから、店のことは心配ないだろう。何かあったら、使いを寄越すようにマリーにも言っておく」
「ベックで大丈夫とはとても思えないのだけれど」
「なに、ちょっと激励してやったら更にやる気になっていたぞ。腰も大分よくなったみたいだしな」
「それで何かをやらかすのがベックがベックである所以よ」
ステラはそう告げた後、一旦着替えるために自室へと戻る。素早く着替えると、マリーから渡された弁当袋と水筒を持つ。釣りなど一度もしたことがない。今も昔も。父はそんなことは教えてくれなかったし、母はそれどころではなかった。人生で一度くらい試してみるのも悪くはないと判断し、ステラはライアの提案を承諾することにした。
マリーが作ってくれた弁当を強引に腹に流し込んだ後、二人並んで釣りを行なう。
無為な時間が10分経過する。自分はなんのために人間になったのかなど、哲学的なことを考えそうになったとき。
「お、釣れたじゃん! 今日は幸先いいなぁ!」
ライアが勢い良く魚を釣り上げる。
『ライアっち凄いじゃん! 今晩はご馳走じゃん!』
「へへっ! マリーさんも喜ぶぞ! 魚料理楽しみだなぁ。ヴァレルさんが来てから、珍しい料理も食べられるし」
『ヴァレルっちもマリっちも料理上手いじゃん。二人合わせて俺っち大満足じゃん』
「お、またきた!」
ライアは順調に釣果を重ねていく。クレバーも時折暇をつぶすように急降下を行なって魚を捕らえている。ステラの釣竿は全く反応しない。何故かは分からないが、妙な敗北感が湧いて来る気がしてならない。もしかすると、自分は負けず嫌いなのだろうか。川のせせらぎを睨みつけ、魚影に殺気を向ける。びくっと反応すると、魚は散ってしまった。威嚇して硬直させるという作戦は失敗だった。良く考えると、硬直させるのではなく釣り上げるのが目的だ。大失敗である。
ヴァレルの素振りの音が、ぶん、ぶんと空しく響く。彼は暇を持て余して鍛錬を行なっていた。俺が本気をだしたら、川の魚がいなくなるなど大言壮語を吐いていた。更に、素手で十分なんだと熊のようなことも言っていた。
「…………」
「あー、それにしてもお日様と水の冷たさが気持ちいいなぁ。もっと暑くなれば、川で泳げるかもよ」
素足を川に浸しながら、ライアが無邪気に笑う。
「貴方は、よく川で遊んだの?」
「川じゃなくて海だったけど。たくさん泳いだり、釣りをしたりしたかな。小さな船で、海に出たりして。父様と母様、館の皆でよく行ったよ。皆の漁の様子を見て、父様が俺も負けていられないって、張り切っちゃって。本当、潮風が気持ちよかったなぁ」
懐かしそうなライア。これはステラの推測だが、彼女の育ちはかなり良いはずだ。貧民は館になど縁はない。没落した貴族の家柄か、海があるという話から帝国の遠征に巻き込まれたのか。いずれ聞いてみようとは思う。だが、それは今ではないだろう。ステラとしては納得いかない事柄がある。
「ところで、さっきから私は一向に釣れないのだけれど。私が嫌いな物は、退屈と停滞なの。これを解決する方法を速やかに教えることを命じるわ」
「あはは! そんなこと俺に言われてもなぁ。もっと肩の力を抜いて、楽になることが肝心かな。ほら、そんなに糸を左右に揺らしたら、魚が脅えて逃げちゃうよ」
「……なるほど」
時には動かないことも大事な選択肢であると言いたいようだ。ステラはとにかく動く。動けば何かしら反応がある。それがよいのだ。成功しようが失敗しようが、停滞とは無縁だ。だが、こう釣れないと流石に飽きる。そろそろ一匹ぐらい釣りたい。アポール風にいうと、主としての面子とやらに傷がつく。どうってことはないが、クレバーやベックに馬鹿にされる事を想像すると、苛々してくる。
「あのさ。俺が言うのもなんだけど、ステラは急ぎ過ぎなんじゃないかな」
「何のことかしら」
ライアが笑みを消して、真面目な顔で話しかけてくる。
「いや、だから、もっとゆっくり歩いてもいいんじゃないかなぁとか」
「だから、釣りを通じて貴方の考えを私に伝えようとしたのね。一つ教えてあげるわ。そういうのを、お節介というのよ」
ステラが指摘すると、ライアが鼻の頭を掻く。
「分かってるんだけど、見てられなくて。だって、ちゃんと結果は出てるのに、更に上を求めようとするから」
「ふふっ、私は人生の求道者だからね。簡単に満足はできないのよ」
「きゅ、求道者って。ミルクが嫌いなくせによく言うよ」
「嫌いなんじゃなくて、苦手なだけ」
「同じだよ」
暫く沈黙が流れる。照りつける日光が本当に眩しい。これで少しくらいは日焼けすることになれば、死体の顔色からは卒業なのだが。だが、毎朝外に出ているのにそうならないということは、期待できそうにない。そういう体質なのだろうか。なんとなく髪を弄ろうとしたその時――。
「あ、食いついたみたいだよ」
「…………」
「えーと、引かないの?」
「――ちょっと、竿の引きが強すぎるのだけど。どうすればいいのかしら?」
「えーと、引っ張って、緩めてを繰り返して魚を疲れさせるんだ。それで、隙を見て一気に引き上げるといいよ!」
「わ、私の力でそんなことが、で、できると、おもって?」
言葉を区切りながら大きく息を吐き、吸い込む。
それほど大きくはない川。そこに棲む魚の大きさもたかが知れている。それなのに、一気に引き上げられない。舌打ちしてクレバーを見ると、『頑張るじゃん』などと呑気に水に浸かりながら羽を振っている。使えない鳥である。仕方がないので、ライアの言葉に従い魚との勝負を始める。負けてはいられない。
「中々、強敵ね」
「す、凄い名勝負っぽく見えるよ。……魚相手に、そんな必死な顔している人初めて見た」
「余計なことは言わなくていいのよ。――今よッ!」
ステラが雷光の気合とともに、稲光を発したつもりで竿を引き上げた。――手ごたえ十分。針に喰らいついた哀れな魚が河原の砂利の上でのたうちまわっている。大きさはステラの細い腕程度で大したことはない。だが、何にせよ勝った。糸を持ち、魚をライアに見せてやる。
「……お見事! ちょっと小さいけど、十分に食べられるよ。ね、初めて釣った感想はどう?」
「中々面白い勝負だったわ。今後の人生に活かしていくとしましょう」
「またえらく大げさな。もっと素直に喜んだらいいのに」
ライアがこれみよがしに呆れている。だが構ってはいられない。
「さぁ、まだまだ釣るわよ。時間はまだまだある。貴方には負けないわ」
「なんか、やる気に溢れてるじゃん。さっきと大違いだ」
ライアがちょっとだけ驚いている。
『ご主人は興味でたことには超真剣に、興味ないことは超適当にやるじゃん。昔からそうだったじゃん』
クレバーの言葉を無視し、ステラは糸へ意識を集中させる。なるほど、無理に魚群へ放り投げるからいけないのだ。喰らいつかせるのを冷静に待てば良い。実際に経験するとなるほどと思う。
「まるで真剣勝負のような集中力だ。この迫力、やはり魔女が化けているのでは――」
ぼそっと呟いたらしいが、完全に聞こえている。
「うるさいわよヴァレル」
「すまんすまん。いやなんだ。しかし、今日は暑いな」
ヴァレルは首を振り、汗をわざとらしく拭った。同時に、魚が針に喰らいついた。手首にスナップを利かせ、今度は一閃で引き上げる。
「……い、今のはすごい。熟練の釣り師みたいだったよ」
ライアが口をぽかんと開けて褒めてくる。別に嬉しくはないが、褒められるのはなんとなく気分が良い。ふふんと腰に手を当てたあと、魚をぽいっと魚篭に放り込む。
「なるほど、力がなくてもいいってわけね。大事なのはタイミングと力の強弱か。ライア、釣りって面白いわね。静と動のギャップが趣深いわ。それに、夕食の材料を手に入れられるのだから」
反射神経と集中力の鍛錬にもなりそうだ。これは魔力と体力の強化にもつながる。実に素晴らしい。
「あ、ああ。――って、俺も負けないぞ。素人に負けていられないじゃんか」
『二人ともその意気じゃん! 皆が頑張るほど俺っちの夕食が増えるじゃん!』
最終的に、ライア10匹、ステラ7匹という釣果であった。数では負けてしまったが、得たものは大きかった。一見退屈そうに見えても、実は面白いものもある。やはり、色々とやってみないと分からない事もあるということだ。
生き急ぐのはやめろというライアの有難い言葉については、検討しておくと伝えた。充実した人生を送るためには、多少の無理も必要だと思う。物事には代償が必要なのだ。とはいえ、ライアの気持ちは主として嬉しかったので、笑顔を作ってごまかすことにする。ベックを躾けるときも、この笑顔をよく使う。
「なんだろう。ステラって、笑顔が怖いよな。意地の悪い笑みより、その作った笑顔の方がよほど怖いよ」
「貴方、相当失礼なことを言っているのに気付いているかしら?」
「あ、そっちの方が似合ってるよ。素直な気持ちが出てるって感じ。歪んでるけど」
「本当に失礼ね」
ステラは肩を竦めた後、更に口元を歪めた。
店に戻ると、ベックが星屑の涙に珈琲を混ぜて遊んでいた。何をしているのかと聞いたら、新商品の開発だとか。そんなことを頼んだ覚えはもちろんない。あまりにも勧めてくるので、全員で試飲してみる流れになってしまった。ステラは必要ないと却下したのだが、脚にすがり付いてまで嘆願してきたので仕方なく飲んでやることにした。万が一ということは絶対にないと思うが、億に一つはあるかもしれない。
「…………」
グラスに入った泡立つ琥珀色の液体を少し口に含む。珈琲の苦味と星屑の涙の酸味が絶妙な不協和音を醸し出し、泡が弾けると同時に口内に炸裂する。美味しいと喜んでいるのはベックだけ。微妙と言う評価はその他の者。言葉には出ないが、顔にはそう書いてある。あのマリーですら、顔を顰めている。ステラはいつも通り即座に吐き出した。
「ステラ様、どうですかね! これ売り出したらもっと繁盛すると思うんですけど! 名付けて星屑のベックスペシャル!」
「ベ、ベックスペシャルって」
ライアがしかめっ面をしている。飲めなくはないが、すすんで飲みたくはないという顔。不味いとはっきり言えばよいのだ。基本的に性格が善良なので、水を差すことはしたくないのだろうが。
「へへ、ライア珈琲には負けていられないぜ。そうだ、あれにも星屑の涙入れてみたらどうだ? ペックスペシャル白で売り出すってのは」
「え、や、やめたほうがいいと思うけど」
ライア珈琲はマリーの勧めで一応販売が開始されている。そんなに売れ行きは良くないが、もともと珈琲自体が売れ筋ではないから問題ない。固定客はついたようなので、このまま販売は続行する。ハマったごろつきが、通はこっちを頼むんだよと得意気な顔をしているのが非常に腹立たしかった。
「あ、ステラ様。よければ砂糖入れますか? 甘くするともっと口当たりがよくなりますぜ。ささ、どうぞ」
砂糖を勝手に注ぎ込もうとする馬鹿。ステラは片手を上げて遮る。馬鹿の言葉は本当に意味が分からない。
「……ちょっと顔をかしなさい」
「は、はい!」
褒めてもらえると思ったらしく、得意気な顔で近づいてくる。ステラは馬鹿の胸元を引き寄せると、頬を3回連続で引っ叩いておいた。全力で。ステラのものである珈琲を勝手に使用したこと、余計なことをしたこと、そしてステラに試飲させた罰である。
悲鳴をあげて蹲るが、知ったことではない。勝手なことをした場合は、多少は結果を残してもらわなければならない。今回も何も残さなかったので当然の結果といえる。
『きょ、今日はご主人気合入ってるじゃん。スナップ利いてるじゃん!』
「釣りの原理を応用したの。それに、少しは体力がついた証拠かしら」
ステラは手にふっと息を吹きかけると、ヴァレルに馬鹿を外に投げ出すように命令した。




