弐ノ話
黒の中は、水の中にいるような感覚がした。動きづらいし、足はどこにもつかない。でも、息はできるし、目を開いてもしょぼしょぼしない。わたしは水の中を泳ぐみたいにして上へと上がっていった。
いきなり周りが明るくなる。顔が黒い空間から出たためだった。
まだ黒い空間の中にあった手を出して、空間の表面に置く。今度は、手は黒い空間の中に入ることはなく、しっかりと手を受け止めていた。
「よっこらせ。」
年齢に合わない言葉を吐きながら、私は大理石のように滑らかな黒い空間の上に上がった。足踏みをする度に円状に波打つ表面を見つめる。
なぜこの空間は入ったり、上に立ったりする事が出来るのだろう…。この世界でのわたしの一番の疑問かもしれない。と、少し思った。
「あ。早く行かなきゃ。」
忘れてた…訳じゃないけど。
先を急ごうと、自分の行先を見上げる。わたしの足元に広がる黒を囲むように、真っ白な壁が高くそびえていた。わたしのちょうど正面には、壁にはまっているようにして二本の柱が間隔を空けてたち、ちょうどその中点を一本の線が縦断している、簡素な門があった。わたしがそこへ駆け寄ると、音もなく門が奥へと開き始める。ゆっくりとした動きに待ちかねたわたしは、自分が通れるくらいの隙間ができると、門を駆け抜けていった。
門の向こうはただっ広い野原が広がっていた。先の方には、私が今さっき走り抜けた門と同じ、それよりも大きい門があり、壁は左右に果てしなく続いていた。背後の門から正面の門まで蛇行しながら伸びる飛び石を私は駆け足で辿った。途中、左手に、塔のてっぺんだけを切り取って置いたような、私の背丈より少し大きい小屋が目をかすめる。ふと、最初にここへ来たときに、これは何だって聞いた事を思い出した。しかし、こちら側の人も、よく知っているわけではないようで、「さぁ、なんだろうね。」なんて言われてしまった。
門の前に来ると先ほどと同じように門が開いていく。見上げると、空まで続いているんじゃないかと思うほど大きい。実際、この門のてっぺんを、私は見たことが無い。
見上げていた顔を戻すと、目に痛いくらいに汚れも、傷も無い真っ白な門に手を当てる。この門は手を当てないと開いてくれない。勿論、手を当てたら“門のほうから”開いてくれる。(自力であけるのは、きっと誰も出来ないだろう)今度も、私は門が開ききる前に駆け抜けた。
「お、いたいた。」
門の向こう側には鳥居がある。丁度、私がここに来るために使った神社にあった鳥居と、同じようなものだった。そして、そこに私の目的の人たちはいた。いつも通り三人で、私のことを待ってくれている。
「お~いっ。」
いち早く私に気付き、そう言って手を振ってきたのは志乃だった。肩の上で切りそろえられている黒髪が揺れていた。大和撫子って言うのかな。そんなしとやかな雰囲気が漂っているように見える。羨ましい・・・なァ。
志乃の横で話していた二人の少年も志乃の声でこちらに気が付いて手を上げて挨拶をしてくれる。左脇の髪を長くたらしているのが優一。それと対象になるように右脇の髪を垂らしているのが辰夫だ。私も手を振って返し、三人に走り寄る。
「ごめん。待った?」
「ううん。大丈夫だよ。」
志乃が笑って返してくれる。よかった。少し安心…。
「今来たばっかっだったしね。」
「?、なんかあったの?」
辰夫の不機嫌そうな口調に私は首を傾げる。辰夫は言いたくなさそうなので、優一と志乃を見ると、優一が説明してくれた。
「また親父様に言われたんだって。」
「言われた…?…あ。」
優一の言っている事が分かってちょっと申し訳なくなる。こちらの世界にも沢山の人たちが住んでいる。(種族も沢山あるようだが)そして、こちらの世界の人達は、私のような“外界から来た人間”を嫌っているようなのだ。だから私と皆が仲良くすることを、好ましく思っていないようで。以前にも辰夫が「親父がうるさいんだ。」と文句を言っていた。しかし、完全に外界からの人間を遮断することはどうやら出来ないようなのだ。代わりに外界からの人間が出入りできる区域は決まっていて、今まで通ってきた白く大きい壁で区切られている。私が皆と会えるのはこの区域の中だけ。これは昔からの決まりとなっているらしい。この決まりを破ったら、それに関わった者全てがとても恐ろしい目に合わされるのだと言う。
「大人達は頭が固いんだ。深影は大人達が言うような嫌な奴らとは違うって、何度言っても聞きゃしない。」
辰夫はうんざりしたように言うのをみて、なだめるように志乃が言った。
「仕方ないよ。辰夫の父様一族の長だもん。私だって母様と父様から怒られたし。特別扱いしたら大人達がきっとすごく怒るんだよ。」
皆は、私とは大分違った習慣があって、理解できないこともあるけど。多分志乃の言っていることは正しいんだと思う。辰夫もそう思っているのか、ぶすくれてたけど何も言わなかった。
自分がこちら側の人間だったら。と、思ったことが幾度かあった。こう言う時ほど、自分が外の人間であることを歯がゆく感じる。私がここに来なければ良いのだ。分かってはいても、皆の為に、それが出来るほど、私は大人ではなく、そのことが一層、自分の情けなさを実感させた。
「…ねえ、そろそろ行かない?」
沈黙の中、優一がそう言うと、皆笑った。
「ああ!そうだな。」
「今日もとっておきの場所。連れていくね!」
「やった!ここって面白い所沢山あるよね。」
辰夫を先頭に私たちは歩き出す。いつものように笑い話をしながら、私は小さくごめんねと呟いた。
大変遅くなり、申し訳ありません。一時期パソコンが使えなくなっていました…。しかしパソコンが復活しても更新は遅いです。すみませんっ。なるべく早く更新できるよう頑張りますので、見捨てないでいただけると嬉しいです。
それでは、今回も読んでいただきありがとうございました!




