契約とひとまずの安息。
「ミリリエンヌです。ミリーと。」ふわふわした髪をきっちりまとめて、シックなドレスを身にまとった女性。どちらかといえば、可愛いという表現が合いそうなけれどもしっかり大人の女性。目元はゆるくたれている。唇はぷっくりと分厚い。
「はじめまして。リオです。」ミリーは私を見るとしばらく観察していたが、パチン、と扇を閉じると震えだした。
「か。」一体どうしたのかと、のぞき込むとその顔は満面の笑みで。
「か?」
「可愛いーーーーーーーーーーー!!!!」あれ?
何故か、豊満な胸に顔を押しつぶされた私です。
こんにちは。杉崎璃桜、異世界96日目の朝、ハレ・パラドに来ています。
正確にはハレ・パラドの輝ける宮殿内の玉音の間、というところです。
窒息しそうな私を助けてくれたのは、ヴァルさんでした。
「うちの子にいつでもなっていいから!」あれ?
清楚な美人ーただし大人のむっちり肉のついた美人ーは、そんなことを言いました。
「すまん…その、妻は、可愛いものに目がなくて……」そう言いながらも、鼻の下伸ばしていたら、全然フォローになっていませんよ、ヴァルさん。
そう、目の前の人はヴァルさんの奥さんなのでした。
私はヴァルさんの奥さんと契約することになったのだそうです。
ミリーさんは抱きしめながら私の耳元で『力のある言葉』を伝えました。
それが、彼女と私をつなぐ糸となるのだそうです。
まだこちらを見てキラキラしているのは、何でしょうね、珍獣と思われているのでしょうか。ひとまず第一印象が良いということは良いことです。そこでふと、一つ聞いてみたいことがあったので、ヴァルさんを追い出し、女子会となりました。
「なぁに〜話って。」ミリーさんはいそいそとお茶を用意しーこの人はそんな立場ではないはずなんだが、何故か自分でやりたがったー私と向き合う。
「あの、旦那様に秘密ってありますか。」そう。これ。
「あるような、ないような?」ミリーさんは一瞬きょとん、とした後私を見て笑う。恥ずかしい。こんなこと初対面の精霊にも聞いたらおかしいんじゃないだろうか。それでもミリーさんはいやがることなく私に答えてくれた。
「あの…、こ、こ、恋人に言えないようなことっていう…か…」うわー、『恋人』だって。何この単語、強烈すぎる。発音するだけですごいエネルギー必要。
「あるでしょ。」あっさり、答えが来た。
「ありますか。」
「そりゃ、聖人君子じゃないんだからねぇ、恋人に言えないようなこと一つや二つや三つや四つ…。」そこで、ミリーさんはこほん、と咳払いすると、
「それが最終的に『裏切り』と自分が思うかどうかよね。あるいは、『裏切り』になるのか。相手がそう感じるのは彼の主観で私の主観ではないわ。」
「その…、恥ずかしながら私はこういうことに疎くて…。」
「それに、嘘をつくのが苦手?なら暗示をかければいいわ。『今は言えない事実』として。」ウリセスには打ち明けたい。もちろん初代にも。だけど、あの二人からどう見られるのか、それが怖い。
「詭弁じゃないでしょうか。」
「そうね。…リオ。私が今回ついた嘘はね。『子供たちをよろしくね』よ。」
「え?」
そこからミリーさんは話し出した。当初、王に招かれるにあたり、本当のことを夫に話そうかとも一瞬だけ考えた。けれど、ヴァルさんが腹芸を不得手としていることを知っていたミリーさんは何も言わず、留守中の彼のことだけが心配だったが、そのために『子供たちをよろしく』という言葉で彼を縛ったのだという。
少なくとも、子供のためにヴァルさんが生きねばならなくなるからだ。
「嘘のための嘘はだめだけど、真実のための嘘は、ついてもいいんじゃないかしら?」ミリーさんは軽くウィンクする。何だろう、今まで会った精霊の中でなんというか一番、
「ミリーさぁぁぁあああんっ」思わず泣きついてしまった。
詳細はもちろん言えないけれど、悩みを打ち明ける相手がいるって、いい。
そういえば、私はウリセスと普通の会話をしたことがなかった。
「ふふ…黒の術師、というからどんなすごい人間かとビクビクしていたのだけど…あの子たちを見ればあなたがどんないい人間なのかって、すぐわかったわ。それで、リオはどうしたいの?」
ああ、なんていい精霊さんなんだろう。人の愚痴なんか聞きたくないだろうに。けれどちゃんと道を示してくれる。そう私も、愚痴を言い合う傷をなめ合う行為だけをしたいわけじゃない。むしろそっちは願い下げ。
「敵を知りたいです。目的はその先にあるから。」そう、私は戦う相手を全く知らない。それでは戦いにならない。
「敵を知り、己を知れば、百戦殆うからず」(孫子)※引用
というらしいし。(初代から聞いた。)
そんなこと私が知らずとも初代は知っていそうだけれども。
一度、アドイ・ナユの黒の書庫に閉じこもる必要はあるかもしれない。
ここからでも呼び寄せて読むことはできるが、初代に何を読んでいるのかバレてしまう。まぁアドイ・ナユでもそうなのだけど。
本人に聞ければ一番いいのかもしれない。
四代目との関係を。その過去を。
でも聞いたところで素直に教えてくれるのか。
「嘘って難しい。」果たして私はこの嘘を通し抜くことができるのだろうか。
「じゃあ、こうしたら?ここから次の精霊の領域へ行くの。」ミリーさんがそんなことを言う。
「え?でも…」一瞬考えて、あの地図を出す。次の目的地は……。
『火の橋立』
炎の精霊と相性の良かった四代目。そこには何が待ち受けているのだろう。
準備もなく行って、大丈夫だろうか。
滋利さんを見るが、どこふく風だ。
私は次の日、初代へ宛て書状を出し、この地を後にすることにした。
ヴァルさん家の庭先に例の地図を広げる。
地図はまた、パタパタとひとりでに広がった。
ここより西の火山のマークの下にある『炎の橋立』と書かれた文字をなぞる。
その瞬間、私の身体はこの地から消えていた。
「行っちゃった〜。」
「行っちゃったー。」
「一緒に行きたかったなー。」
ヴァルの子供たちはそれを見送り口々にこぼす。
「うーん、一つ聞いてもいいかしら?私の子供たち。」ミリーはそれまで静かに見守っていたが、子供たちに綺麗な微笑みを見せる。
その声音に見覚えのある子供たちは、びくり、とミリーを振り返った。
「何故、リオの身体に土の紋があるのかしら?それも、小さな物が三つも。」ミリーは子供たちに笑顔のまま訪ねる。
「しらない。」ミィは静かに言う。
「リオいい子だから。」シンが言う。
「う〜〜……」カイに至っては、ただ目線をそらしてうなるだけだった。
「私が怒っているのはね?子供たち、リオに紋をつけたのはよくやった!と褒めてあげる。でもね。年頃の娘さんの裸に、どうやってあなたたち、紋を付けたのかしら?さぁ、答えなさい?」ミリーはリオと昨晩一緒に眠った。安心したのか、ぐっすり寝ていたリオの身体の違和感を感じるのは力のある精霊であるミリーであればたやすいことだった。
「リオ好きだから。風呂場でつけた。」ミィは静かに答える。ここは三人のうちの長兄である自分の役割と思っていた。
そう、三人はリオが来た日に砂埃にまみれた身体を洗われたのだがーそもそも精霊は洗う必要はないのだがーその時、太ももの後ろに紋を付けたのである。それは土の眷属が協力するときに付ける契約のようなもので、力を使う時に浮かび上がる。
普段は見えないが、できるだけ見えない位置にと配慮したつもりだった。
それが、どうやら母には気に入らなかったらしい。
「あんな場所につけて…。もう、すべて終わったら解除しないとリオの恋人に殺されるわよ。ああ、頭痛い。」ミリーはすべてを悟ってため息をついた。
契約した時にわかったのだが、水の精霊はあの、歴代珍しいキメラだ。しかも、リオの話によれば彼が恋人だという。そもそも、人間に恋する精霊も珍しいのだが、勝手に他の精霊が紋を付けたとなれば、彼の機嫌が急降下することは目に見えるようにわかる。
何せ精霊は一人の人間を複数の精霊属性で共有することは、あまり無いのだから。
独占欲が強いのも高位精霊になればなるほど高い。
となれば、おのずとその結果も見えてくる。
「とりあえず、あんたたち、もう少し使えるようになりなさい。じゃなきゃアレ外すわよ。」ミリーはこの先の自分にのしかかるやっかいごとの多くを受け入れてはいたが、どうにも他の精霊と争いたくはなかった。リオが消えた後を見つめて、また一つため息をつくのだった。




