土壌の定め。
長かった。そしてまた長くなった。
次の日、ハレ・バラドへ向かうための列車に乗り込む。
驚いたことに、土のトンネルの中をトロッコのような乗り物に乗っていく。まるでテーマパークのアトラクションのようだ。埃防止のためカバーが上からかかっており、スキー場のゴンドラのような感じだ。
大きさは様々で、トンネルのサイズーつまり道路の広さによって乗り物の大きさも変わる。最初は二人乗りだったのに、街に行くにつれ四人乗り、六人乗り、そして12人乗りが一般的のようだ。主要の城の最下層へ行く乗り物は一つの車両が20人ほど座れるようになっていた。まるで人間の世界のようだと思いながら聞くと、大地の精霊の力が落ちているのだという。
大地の精霊は太古から人間に一番近しい距離にいたためこの乗り物も人間との交流があった証なのだそうだ。だから、私のような人間が混ざっていても、特に不思議がられないが少し視線を感じる。
ハレ・バラドの最下層についたとたん、物々しい人だかりに囲まれた。
鎧を着けているそれは、まるで人間のようだがーーーこれは。
「『黒の術師』とお見受けする。しばらく、投獄させていただく。」
大地の精霊さんたちは、非常に憎々しい顔をしてこちらを見ております。
いやん、何ですこの完全アウェー。そして、今まで案内してくれていたヴァルさんまで顔を引きつらせる。そうか、知らなかったか。黒い髪隠してないのにな。
そして、お兄さんたち、ものすごおおおく、
暑苦しい。
これか。初代が言っていたのは、これなのか。
まるでボディビルダーのごときすばらしき肉体美の方々ばかりです。そして、おっさん率高い。
「理由は?」一番手前のおじさんに聞く。まぁ、私もおばさんなんだけど。
「焦土と化した地に身に覚えは?」おじさんの視線がレーザーのようです。射貫きます私を。
ああ、そういえばそうでしたね。
「暇………。」牢屋の中でも微妙に牢屋というには綺麗すぎる四畳半に押し込められています。ここ、本当に牢屋なんだろうか。椅子と机しか無い。
さしずめ、取調室のようなものか。連行されてからだいたい30分。何だろうねこれ。逃げようと思えば逃げられる。『黒の術』も封じられてはいない。
「ほんと、何なんだろうね?」リュックの滋利さんもあくびをしているくらいだ。暇なのだ。
人が耐えられる沈黙はどのくらいだったか。暇なので頭の中に埋められた『黒の術』に目を通す。いろんな意味で無敵すぎて、嫌になる。
「壊す技、か…」そう。初代が言った通り、『黒の術』はほぼ攻撃技しか存在しない。
使い手に寄るのかもしれないが、非常に使えない。壊すだけでは何も生み出せないからだ。
それからうとうととしていたら部屋にいくつかの気配を感じ、目を開く。
男は三人。中心の男がおそらく重要人物。
「いい気なものだな。」見下される、視線。なるほど、ここは戦場か。なら、初代を見習うか。
「名乗れ。」高圧的に、ゆっくりと鋭く発音する。あくまで、こちらの優位性を見せつけるように、そして、ゆっくり微笑む。
側の男たちが目を見張り、すぐ憤怒したのがわかる。押し殺していても、それは押さえきれていない。
「『黒の術師』、貴様はこれより裁かれる。我らが大地を汚した代償を、その身で支払ってもらう。」中心の男はそれだけ言うと私に近づく。
「寄るな。下衆。」立ち上がり、机と椅子を部屋の隅まで吹き飛ばす。男はびくともしない。そうだろう、それだけの身体を持っていて。
「大地が属する者とも思えぬ仕打ち、書状は無事届いたのか?届いていれば私の扱いも違っているはずだが。ーあの書状には、『黒の術』が施してある。ならば、確実に王主に届いているはず。これは、貴様らの独断であると、判断しても良いか。」目線は外さない、小娘だと侮らせずに、あくまで私は『黒の術師』であるということを、印象付けなければならない。
「ーーーーそうだ。」男は意外にも素直に答えた。
「では、私がここから出るのに何の問題もないな。メルテを焼いたのは私だ。その件に関しては水界で処理されている。」そう言って私は男に向かって踏み出す。男は私に向かって腕を持ち上げた。
「いいのか?」私は聞く。男の目には押し込めた熱がある。
「私は、私を止める者に対し容赦はしない。お前が退けば死人は出ずに済む。」本当に、やめてほしいのだけど。
「何を!」ついに両隣の男たちが声を上げた。
「『黙』『縛』」音に乗せずともできたけれど、男たちを黙らせ、その場で動けないようにする。もちろん、効果は限定されている。赤茶色の焼けた肌、戦士のようにも騎士のようにも見える。
おかしいのだ。男は、あまりに落ち着きすぎている。そう、憤怒するのも演技のように。
その違和感は近づけばさらに増した。
目が、曇っていないのだ。
私を取り囲む兵士たちは、ただ単純な憎悪と職務に忠実なだけだった。けれどこの男は違う。何かが違う。
「ーー好きで焼いたわけじゃない。」男の隣を通り過ぎる時につぶやく。
部屋からはあっさり出た。そして廊下を通り、外に出た、と思ったらそこは中庭だった。
しまった。
中庭には、兵士たちがいて。
「『個別対象保護膜』『反射』」向かってくる兵士たちにむけてつぶやく。
予想通り、彼らは襲ってきた。けれども。
「うあ!!」私に触れるか触れないかの瞬間に吹き飛ばされる。でも怪我はしてないはず。クッション、各人にもれなくつけてるからね。『黒の術で』シリコン状のクッションみたいな。多少はぶつかるかもしれないけど、軽減できるはず。
男たちの目が攻撃から恐れ、そして戸惑いに変わるのは早かった。きっと初代はこういう時も微笑んでいるんだろう、あの腹黒い笑みで。
「そこまで。」低い声は回廊の先から。
彼を見た瞬間、ぞわりと身体が震えた。深く、どこまでも重い瞳は深い緑。
「お初にお目にかかる。『黒の術師』私はーーー」病的にまで白い顔、砂のような髪。なのに神聖で近寄りがたい。
「六代目、『黒の術師』リオです。大地の王よ。兵士に対する非礼お詫び申し上げます。」遮って、膝をつく。フィギュアスケートでよくやっている観客に対するあれ。略式だがこの世界でも礼として通用するらしい。
「こちらが述べねばならないことを、先に言われてしまったな…」静かに話す人ーの両隣には先ほど部屋にいた男と、数人の男たちが、支えるようにいる。
病気だ。
この人ーいや、この精霊さん病気。身体を取り囲む空気が澱んでいるのが見える。もしかしてこの現象は普通の人には見えないのかもしれないが、私にはまるでノイズがかったように人にまとわりつく何かーまるで生き霊のようなものが見える。他に漏れず、美しい人なのだが。
リュックからひょこり、と顔を出すのは滋利さん。
『大地が宿命。リオ必要。』空間にこだまするのは滋利さんの声。
「なるほど?」だから今回は私一人なわけですか、初代?
ようやく落ち着いて話しができるようになったのは、夜も更けた頃。
王の執務室の隣の書斎のような場所で向かい合う私の膝の上には、滋利さん。
大地の王は少しゆったりした椅子に座っている。リクライニングの椅子だ。この姿での無礼を許してほしいと言われた。そして滋利さんとも挨拶が終わったところで本題だ。
先ほどの暑苦しいおじさんは、どうも騎士団長だったらしい。うはぁ、通りで筋肉馬鹿って感じじゃなかった。今更口調を直すのも何なので初代っぽく行くことにした。
「歴代の王が受けてきた定め、私も負う覚悟はできている。」王主(土の眷属はそう呼ぶがめんどうなので王とする。)はそう滋利さんに言う。
『此度のこと、音盤にも記されておらず、『黒の術師』はその責務を全うする必要がある。』いきなりまじめな口調になった滋利さんに話を聞く。
どうも、音盤というのは、あの石版のことらしい。そしてあれは初めて知ったが世界の歴史が記されている歴史書のようなものなのだそうだ。風の精霊たちが集めた情報がこと細かに記憶されるものなのだそう。そしてそれには歴史の道しるべが示されている。しばしば、数歩先の現実も可能性として記される。
そして、歴代の王が受けてきた定めというのは。
王の寿命のことだ。
大地の王たちは寿命が短い。それは人が一番大地に接しているからとも言えるし、人だけでなく一番被害を受けるのが大地だからだ。その属性である王はたとえば今回の土壌を焼いた件で、土というすべてが汚されその『穢れ』が王の寿命を縮めるのだという。
何故他の属性は平気なのかと聞けば、どうにも一番先に誕生したのが大地の精霊だからだという。精霊王はすべての精霊王の核のような存在であり、親のようなものなのだそうだ。だから、間接的に他の属性の『穢れ』も引き受けてしまうーやっかいな属性なのだそう。
まぁ、よくわからないが、私が焼いたことが王の体調に影響していることは間違いない。
そしてそれは、音盤には記されていない事実なのだった。彼らは人より命は長いが、他の精霊よりも短命であるという。それだけに力は絶大で、契約できれば私の力になるのは間違いなかった。
滋利さんの話では私にその王の『澱』が見えるのはそれを振り払う役割があるからだと言う。ただ方法は滋利さんもわからないらしく、『黒の術師』頼りらしい。
ためしに、皆に内緒で無声音で『浄化』としてみたが、まったく効果が無かった。
ひとまずその日はその説明と、私がどうにかすることを引き受けた上で、お開きとなった。
『しょーだーーーーいーーーーー』電波を送ってみる。が、返事はなし。居留守だ。絶対居留守だ。
どうにかしてあげたい。あげたいが、全くわからない。どうしたらいいのか。
そしてこの課題をクリアしないときっと契約なんかしてもらえない。
困った。
先ほどの騎士団長ー確か名前はクローロ、クローロ=ジムスト。今は彼に当てられた部屋まで送られている最中だ。
「先ほどは失礼した。」謝罪からはじまり、王の現状の説明に入る。ここの王様はよくよく愛されているらしい。
「我らとて何もしていないわけではない。」
「というと?」先を促す。情報は多い方がいいから。
「王妃を先頭に、各側室に王への大地の力を循環させている。」簡単に言うと王の中の『澱み』をヘドロみたいに固めないために海水のように循環させているのが彼女たちの役割らしい。
ん?側室?
「そういえばー、ヴァルさんも奥さんが側室だと。」つい出た言葉にクローロは反応する。
「ローゼスダイム卿か。面識がおありで?」
「少し。」攫われたんだけどね。
「彼には申し訳ないことをした。側室という方法しか土属性の力ある女性を王宮へとどめておく方法が無かったのだ。」
「ーーーーーはい?」何ですかそれ。ちょっと待って。それってもしかして。
「王はあの通りのお身体。もとより、王妃との間にお子もいらっしゃるからな。10人ほどの側室は王の体調管理のために喚ばれたのだ。」
「それ、ヴァルさんは知って?」
「残念ながら。王の短命につき側室を増やしたという対面的にはそうなっている。」
馬鹿ですか。何ですかこの情報鎖国。
そこは言っとけ、と私じゃなくてもツッコんだんじゃないかと思います。
そうだよね、あんな身体でR18なことできないよね。見るからに薄幸の美人さんだったよ。エセルバードが華やかな毒花だとしたら、大地の王は月下美人のような儚さだよ。美人は助けないと。
「助手がほしいので、ヴァルさん、ください。」何しろこちらには時間が無いのだ。なら、土地のことを知っている精霊がほしい。そしてついでに、あのうつろな暗い顔もやめにしてもらおう。こっちが滅入るから。
またしても異世界にて探偵のようなまねごとですか。もう、他力本願すぎるって言ってもいいかな。
異世界人、頑張りすぎです。というか日本人が勤勉すぎるのかも。
こうして、大地の精霊の面倒ごとに巻き込まれたのでした。まぁ、滋利さん曰く、
身から出た錆、と言われてしまいましたけど。
ちなみに、初代が『魅了』で問題を起こした世界は、ここです。
だから来なかったんですね。




