三代目の遺産。
うっかりほんとに長くなってしまいましたが。脇役ほど楽しいです。
何の変哲もない宿が、いきなり戦の場になるとは誰が考えただろう。
「『伽藍』!」迷っている暇は無かった。
「『沈黙』『混沌』『魅了』」デウスと名乗った男は指先の小さな赤い石を割りながら言葉を紡ぐ。
(黒の術!)確かに、黒の術は犠牲を使えば使用可能だ。けれど本当のところの犠牲というのは私にはまだよくわかっていなかった。今の私は教科書の式をすべて覚えているような状態で、決して応用が利くわけじゃない。
くたり、と倒れ込む私を男は抱き留める。
「こんな女の子がね…」デウスはそう言うと私を抱えた。
(声が出ない。)沈黙で声は発声できなくなり、混沌で私の中にある『術式』がウィルスに侵されたようになっている。だからそれをひっぱってきて使うのが無理。そして、魅了ーーー
「『黒の術師』手荒な真似をして申し訳ございません。ですが、私にはあなたがこの店に入った瞬間から、ずっとーーーー」そう言って私の髪を梳く。
「黒が見えていましたよ。」優しく笑う目は私と同じ色。
(あなたは、だれ)声に出さなくても私の顔に出ていたのだろう、男は私の手に口づけた。
「初めまして、六代目、私は三代目『黒の術師』間宮芳成の息子にあたります。三代目からの遺産を預かっています。受け取っていただけますか?」
その泉は森の奥にあった。
デウスは私を抱えながらその森まで行き、小さく何かつぶやいた。それが古代語であるというのは私が受け継いだ知識からわかったけれど、一瞬だったから何を言ったのかはわからなかった。
彼の外見はどう見ても日本人には見えない。綺麗すぎるのだ。だからといって、ハーフのようにも見えにくい。いったいどうして息子などということになるのだろう。今までのキラキラシリーズたちよりは華やかではないものの、静かな美しさを持つ青年を見上げて思う。それとも、これも魅了されているからだろうか?
「詳しい説明は後で。私の『黒の術』にはあなたと違い限界がある。」そう言うと私をかかえたままその小さな泉へ入っていく。
泉の下には小さな陣が書いてある。淡く水色に光るそれがまるで待っていたかのように私たちを包んでいる。
「時が来たり。『継続』『挿入』『定着』」デウスはそう言うとまた小さく指を動かす。どうやらまた赤い宝石が粉々になったようだった。私はお姫様だっこのまま水につかっている。身体の自由はきかず、意識的に『黒の術』を使おうとすると頭にもやがかかったようになる。だから、言う通りにしていた。
光が収まるとデウスは泉から上がり、また来た道を戻る。小さく古代語をつぶやいた後彼が一歩踏み出した瞬間、
「エレ・アグア!」よく知った声が走る。
「っ危ないですね。彼女にっ、当たりますよ−!」デウスはそう言ってひょい、と軽々と除ける。
え、ウリセスさん、除けられてますよ。
「あなたにかけた術は解けています。彼を説得してくださいませんか?」デウスは私をそっと下ろすと、とん、と背中を押す。
「ウリセス!」見ないでも声でどのくらい必死かわかっていた私には当然のことながらやはり必死な顔をしているウリセスが目に入る。
「リオ!」はい、お約束。がしぃ、と抱きしめられます。てか、冷たい。水が冷たい。そして濡れるよ。
「何者だ。」ああ、どうしましょうこの人。怒ってますよ。何でこんなにかけつけるのが早いーああ、私GPSつけられたんでしたっけ。ええと、とにかく今はーーー
「へくしっ!」くしゃみが出ました。だって寒い。冷たいんですよ泉の水って。女の子は身体を冷やしちゃだめなのに、水につかるってどーゆーこと。
「寒い!宿に戻ります!」深夜に変な精神的疲労と肉体的疲労は勘弁してください。
有無を言わせず二人を宿に連れて帰ることになりました。
風呂文化が無い地域なので、ウリセスに頼んで一瞬で適温で洗浄してもらい、保温と保湿を行った後着替えてひとまずはほっとする。風呂文化は世界に広げたいんだがこれは日本人特有のものだろうか。きっと某漫画のように世界共通認識として通用する部分はあるはず。いつかアドイ・ナユでも広めたい。広く市民へ。
それはともかく、デウスに詳しく話しを聞くことになった。
この世界での地図の位置づけは、それほど高価なものではなく、簡易なものから複雑なものまで、大都市の書店などで買い求めることができる。今のところ大きく戦争で領土が変わった国は無いので、ここ何十年かはそれほど変化が無いらしい。
その中であの地図は三代目が自ら出向いた土地を記したもので、その土地にそれぞれ陣があり、なんと地図を使うことで『移動』できてしまうのだという。つまり『転移』系の黒の術だ。
来ましたよ、どこでも○ア!
誰もがほしいと思う、移動手段。ファンタジーでのお約束。通常は貴族様しか使えないという、アレです。
しかもこの地図、引き継いだ私が訪れた土地も移動範囲として更新されているらしい。何というアイテム!
「行ったことのない場所もいけるの?」旅行し放題じゃないか、そんなの。
「それは無理です。」はい、そうですか。あっさりと答えが返ってきました。
土の精霊の力を借りれば地脈を通って知らない土地でも行けるらしいが、黒の術ではそこまでは無理らしい。ふと、そこで一つの土地が気になる。
「オルパディル。」土地の名前の下に×がついている。
「それは、どうやら四代目に陣を壊されたようで、最も、こちらからも行けなくなりましたが、向こうからも来ることができなくなりましたから、その土地に関してはこの道筋が無い方が良かったのかもしれません。」黒の術をもってしても、『移動』や『転移』はかなり高度で危険と力を消費する。それを軽々やる初代がすでに人間離れしすぎているのだけど、この地図はあくまで緊急用であり通常の人間が使うものではないということ、黒の術師であっても消費力が生半可ではないため必ず護衛をつけなければ使用してはならないこと、などが説明された。
おおよそ無敵のような黒の術にも制限はある。たとえばこれを使用するのはゲームでいうところのダンジョンから抜け出す方法ー敵に負けてどうしようもなくなり町へ戻るーのようなアイテムにも思えるが、実際のところは『逃走』はほぼ不可能だ現実的には。
そんな魔法のようなものがあるのなら、誰でも使うだろうし、勝敗がなかなかつかない。
まして四代目の前でこれを使う隙など無いだろう。では何のために三代目は私にこれを残したのか。
隅々まで見ていくと、地図に必要な部分が見えてきた。
「あ。これ。」そう言って指さした先。
『土の洞窟』『火の橋立』『光の箱庭』『闇の海』
「これってもしかしなくても。」三代目も同じ道を通ったんだろうか。だけど、今光っている円があるのは『土』だけだ。
「私が黒の術師に託されたのはこの地図を渡すこと。そして、この地の黒の術を封じること。」そう言ってまたデウスは血色の宝石を取り出した。それを一つ、割る。ぱきん、と小さく響く音がして、宝石が割れる。指先で簡単に割れるものなのか。
「ああ、これは父の『血』を結晶としたものです。軽くて割れやすいのですが、黒の術師に関わりある者しか使えません。」
「『血』ぃ!?」ちょっと退いた。ああ、たしか、どこかで、黒の術師の身体も残らず灰にしたと、言っていなかっただろうか。
「これでようやく安心してこの地から離れられます。今まで、仕入れに行くにも苦労していたんですよ…。」そう言ってデウスは笑う。今までと違い柔らかい笑みだった。
「地図、もらって、いいの?」今更そんなことを聞く。
「問題ありません。私には無用で使えないものですし、そのおかげでこの地にある黒の関係の遺産を隠さなくてはならなくなりましたし。まぁ、幸い、母方の家に転送できたので良かったのですが。」デウスの態度からして、よほど要らないものだったのだろう。まるで、粗大ゴミを出したかのような態度だ。
黒の術、粗大ゴミ扱いだ、いいのか初代。
「心配なさらないでください。私の血にはそもそも術式で黒の術が使えないようにー何というのでしたっけ、イデンシレヴェルで書き換えられているーらしいですよ、父が言うには。」
「えーと、三代目って、どんな人だったんですかね…。」息子も大概変だなと思うけれど、その親は一体どんな人だったんだろう。
「何、普通の人でしたよ。異種族婚だったので、相当反対され、駆け落ちみたいになったらしいですが、今は母が実家の家を継いで父の墓標を弔っています。」………。あれ?
「あの、ええと、よくわからないのですが、三代目は亡くなっていて……奥様は?」生きている?
そこで、デウスはようやく気づいた、とでもいうように目をみはり、
「ああ、すみません。言い忘れていましたね。私の母はプリムオルフという、父に言わせると、ハイ・エルフというらしいのですが、長寿妖精主でして。今も故郷で存命です。」
嗚呼、ファンタジーここに来たれり。
とりあえず、妖精さんの世界へ行ってもいいですか?え?いずれ行く?
「はい。精霊の加護を得る課程で、『光の箱庭』というのがありますでしょう。そこが、母の故郷になります。そして私の。ですので、一足先に私はそちらへ帰還しております。どうぞ、道中お気を付けて。」
そう言って、言いたいことは終わったのか、持っていた赤い宝石を一つ、壊すと。
そこは、夜道のまっただ中でした。
何ですかこれタヌキに化かされたとかいうやつですか、いや狸ではなくて妖精もどきだが。
いやあんな、現実的というか生々しい生活をしている妖精がいてたまるか、というか。
私の些細な夢が、崩壊する音を聞きました。
妖精って、できれば、綺麗なお姉さんか、可愛い女の子が良かったなぁあああ。
そして夜は明けて行ったのでした。
プリムオルフ、アルフヘイムではないけど。少しもじってみました。最上級の、第一の、という意味と組み合わせてみました。発音はカタカナ表記ではない感じで。a/oな感じで。リとオの発音がaに近い感じで。いや、どうでもいいんですけど、そういうところが楽しい。




