血の交わり。
『えげつねぇ』の理由はまたどっかで書きます。
だんだんウリセスさんも待てができなくなってきました。
風は自由に舞う。
それは鋭く、切なく、寂しく、暖かく。そっと、寄り添って。
いつしか開かれた場所へ来ていた。
いくつかの廊下を抜けて、踊り場のような場所を通り過ぎ、お城のバルコニーのようにせり出している部分。
何のために、とは思ったけれど、進めばその理由がわかった。
「綺麗…」月が真上に来るのだ。いや、真正面というべきか。
まるで、月と対話をしているかのように、この場所だけ舞台のように淡く光っている。
「こんばんは」
「!」背後から聞こえた声に思わず振り返る。もちろん、『ごめんねカウンター(改)』は通常通り働いている。
「驚かせてしまったかな。」
きました。ひさしぶりの、美形、キラキラです。
白く淡く光る全身。まるで月の光を集めたみたいに、人が発光している。いやこれはーーーーー
「精霊?」こんな美形はめったに見かけない。テオ級の、質量。今の私には、この人がものすごく強いのだということが、肌に感じられる。
長い髪は一つにまとめてある。どこかしらおどけたような顔は、美しいけれども愛嬌がある。女性のようになよなよしているのではなく、男性的な彫りの深い顔。唇は分厚く、ゆるくカーブを描いている。
暗いのであまりわからないが、おそらく、緑色をベースにしているのだと思う。
「風の精霊王?」つぶやく声すら風に紛れてしまいそう。
「初めまして『黒の術師』、聞いてはいたがこんな可愛らしいお嬢さんだとは、ね。」そう言って笑った顔は破壊力がすごいです。外見の歳は30代くらい。
「歴代の王がなしえなかった歌を完成させてくれてありがとう。ヒロキの奴が明日帰るなどと言うからな。急いで戻ってきた。」そう言われると、ずいぶんひどいことをしているのかもしれない。必要なものだけもらったら、とっとと去るー初代はこうやって今まで来たのだろうか?
「あの歌は…」結局まだ滋利さんから聞いていないので歌の意味するところはわからない。
「六代目の名を聞いてもよろしいか?」風の精霊王が目の前に立つ。
「失礼いたしました、六代目『黒の術師』リオです。」テオから聞いた話だと、フルネームはよほどのことが無い限り言わない方がいいようだ。特に、精霊のような存在には。それを逆契約されかねないから、とのことだったけれど。
「リオ。あの歌は我らにとって戒めのようなもの。特別な武器や防具ではないのだよ。」王様はそう言うとまたふっと笑った。そして私の肩を引き寄せる。
「戒め、ですか。」憲法みたいなものだろうか。肩に自然とかけられた衣はマントのようだった。確かにこの場所では寒いだろうけれど、黒の術を使えばそれほど寒くないのだ。私の視線の意味に気づいた王が、くすりと笑う。
「力におぼれるものは、何も得られぬ。」それはまるで詩のように静かにささやかれたのだが、今の私には何故だか理解できるような気がした。
黒の術師としての力を取り戻した時、まるで自分自身ではないような気がした。だから、極力普段はこの力を意識しないでいるのだけど。そう思う私と、自らの力とその力をどこまで使えるのか、どう使えばいいのか、そして、
どうすれば勝てるのか。
そう、計算している自分もいた。
自分の力不足で失った過去を、まるで塗り替えるように。まるでそれが何かの免罪符になるとでも思ってるかのように、自分の力を過信している自分が、確かにいるのだ。
だから、ウリセスにも術を相殺された。
『黒の術師』は最強なのに。
「そなたは無防備すぎるな。まるで、小さき子のようだ。」ふっと笑うと王は私の顔をのぞき込む。
「あ…の…」何だろうこの体制。はたから見ると、至近距離で抱き合ってるように見えるんじゃ…。
「闇色をまとう者はすべてに塗り替えられることはない。その色が染まることはない。」王様の目はとても澄んでいる。淡いグリーンが私を見透かしている。だから、動けない。
「世界は広いぞ、リオ。もっとこの世界を知るのだな。」ふわりと王は笑うと、私の額にキスをした。
「!」何これ。思わず、一歩下がると、王は腰を少しかがめた。これは…
「な、なんで笑うんですかっ!!」初対面のイケメンーしかも歳が近いと思われるーに笑われるようなことをした覚えはない。
「……だから、無防備だと言っている。未だ小さき術師よ…我らは我らのみのために存在し、契約とは一つの愛にすぎぬ。……間違えるな。」最後に低く言われた瞬間、薄いグリーンがまた私を射貫く。
「………ええ。精霊の愛故のもたらされた幸。契約はただ、それだけ。私は人があなた方を使役する存在だとは考えていない。そもそも、使うだの使われるだのという上下関係がおかしい。少なくとも、私はそう考えています。」この人は私に警告しているのだ。滋利さんを得たからといってむやみに使えるものではないのだと。そして、使ってほしくないのだと。
「よかろう。……では、結界を解くか。」え?
はしっ、という小さな空気の音がして、次に聞こえたのは、
「リオッ!」突如現れたウリセスが私に向かって走ってくる。
「温いな。水の。……私でなければリオは死んでいたかもしれぬぞ。」王はウリセスに言う。
「結界?」
「少々、二人で話したかったのでな。」また面白そうに王が笑う。
つまり、さっきまでここには私たちだけで、ウリセスはもしかして結界の外にはじかれていたのだろうか。
ウリセスだけではなく、王の側近やら騎士っぽいー精霊に騎士があるのかは知らないー人たちがわらわらと現れ、バルコニーは埋め尽くされる。
「何やってんですか!あんたは!!」怒号が飛び交っている。もしかしなくても怒られているのは先ほどまで私と一緒にいた精霊王。
「リオ!」ぐい、とひっぱられ腕の中に収まるーああ、ウリセスだ。見上げる顔はひどくーーーー
怖いんですが。
「えーと…術は使っていたよ…?」ごめんねカウンターは標準装備だったし。そんなに怒らなくてもいいんじゃないかと思うのですが。でもいいわけするのが恐ろしくて言えない。
そのまま、別室へ連れ去られました。
「リオは危機感が足りない。」ああ、わかってますとも、ここで「危機感?」なんてお約束な台詞は言いませんよ。三十路越えてますからね。何を言わんとしているのかはわかるのですが。
「……ごめんなさい。」謝るのは非常に不愉快ではあったけど。ウリセスが心配してくれているのは確かだし、と無理矢理納得させました。だって、顔が、顔が怖いんだよ!美形は怒ると迫力増すよね。
「……わかっていない。」少しだけ険の消えた顔はまだ不満げだ。これ以上どうしろというの。
ソファーに腰掛ける私を見下ろし、ウリセスは言いました。
「そうか…、鎖をつければいいのか。」
はい?私の顔に疑問は出ていたのだろう、視線でわかったようだ。
「アリッサが言っていた。…人間同士では時にあいてを縛り合うのだと。」
「それ違います!」大声になった。何てことを言うんだアリッサ、確かにお互いを縛り付けているような関係もあるかもしれない。でもそれは、一般常識ではない。少なくとも私が知る人間の。
しかし、大声で答えたのがますます怪しかったのか、ウリセスの視線が痛い。というか、紳士なウリセスはどこへ行ったカムバック!
「鎖をつけよう。見えない鎖を。」声が怖いですよウリセスさん。
何故だか知らないが、本気で警告が響いている。総動員で黒の術を探さなくては。ごめんねカウンターはこの間防がれているし、できるだけ傷つけないタイプのやつで…。
「ひっ!」気づかれないよう足を動かしてソファーという逃げ場のない場所から立ち去ろうとしたが、無理だった。立ち上がった瞬間腕を取られてそのままウリセスの膝の上に座り込む形になる。
小説ならラブロマンスに大喜びしたけれど、今はどう考えてもそんな雰囲気じゃない。むしろ身の危険。
(落ち着け私。)全然落ち着けない。服の下から伝わる体温が、妙に生々しい上に、片手に両手を封じられた。
「ウ、ウウ、ウリセス!?あの、と、とにかく落ち着かないと。」術を探す間に時間を稼ごう。
「落ち着いている。…落ち着いてないのはリオだが?」
うがああああっ。耳元でささやかれたー!な、生暖かいよ!何これ何これ何これー。
破壊級のボイスでまずいでしょう、このまま小説王道そんな馬鹿な。
「て、手!」ウリセスの片手が私の足をなでてますよー!いやもう、スカートでなくて本当に良かった!まずいよ。内股になるよ。いろいろほんとうに、当たってるからーーー!
「ここに……印を」その手が左胸を触る。ぎゃー、セクハラです、いやもう、何だろこれ。もう何かの夢?私の欲求不満の夢なの?誰かそうだと言って−。
「リオが本当に嫌なら抗えばいい。」その言葉にすとん、と冷や水を浴びた気分になる。
「……ずるい。」その通りだ。この部屋を壊してでも彼から逃げることはできるのに、それをしないのは私の意思だ。
「だから、甘いのだ。」
「そんなこと!ウリセスにそんなことできるわけないじゃない…!」
「だから私を常に側に置けばいい。」そう言うと彼は私の顔をのぞき込み、額に口づける。そして私の両手は解放された。
ようやくおしおきが終わったようなので、のろのろと彼の上から退こうとするが、動かない。
「ウリセス…?」振り返ると予想外の顔があった。
「やはり、だめだ。」まるで捨てられた子犬のような顔をしているウリセスが弱々しく言った。そして彼は自分の人差し指を噛んだ。
「ウリセス!?何やってるの?」差し出された指には血がぷっくらとあふれてきていた。あわててぬぐうものも無いので口にする。意外と芳醇な香り。何といえばいいのか、ふくよかなワインみたいな。色は赤。あの時、かばってくれた時もその赤に衝撃を受けたものだけど。まぁ、彼は人間でもあるから、赤色なんだろうか。よくわからないけれど。
しばらく吸っていると、彼が指を引いたので口から出す。その指をおもむろに舐める仕草が強烈に刺激的だとは言わないけれど、目を離せなかった。その一瞬で傷は癒えていた。便利な。
「で、何なの?」静かな水のようなその瞳をいつも通りの理知的な顔に戻っている事に安心しながら、聞く。
「鎖だ。誓いのためどこにいても水場であれば私はリオの居場所がわかるが、血の交わりはもう少し深くなる。」
「血を舐めただけだよ?」
「意図的に施したものはそれだけ意味がある。」相変わらずわからないことを言うけれど、そのまま理由を聞いていくと、どうやら、私はGPSを付けられたようですよ。
GPSなつかしい響き。
よもや自らが発信器になるとは思ってもみなかったけれど。
ウリセスがどこにいても何をしていても私の位置はわかり、それどころか望めば遠隔に飛ぶこともできるらしい。ただし、非常に高度な技なので飛距離により力の消費が激しいから、最終手段だと言っていた。ふらふらとどこかへ行く私には鎖が必要ーだから、『鎖』と。
お、恐ろしい、1滴飲んだだけなのに。精霊の血って売れるんだろうかーいえいえ、売りませんけどね?
本物の鎖を想像していた私にとっては少しほっとしたけれど。
知らないうちに私がどんどん書き換えられていく。
恋人を持つってこういうもとなんだろうか。でも、全然『キャッ(ハート)あなた色に染めて』って感じがしない。現実はこんなものだろうか。
でもとりあえず。
「心配してくれて、ありがとうね。」耳をたれているワンコを抱きしめてみた。
何故かぐるぐると耐えているうなり声のようなものが聞こえてきたけれども。
翌朝、私たちは次の土地へと旅だった。何故か、初代が私をじろじろ見てー多分、GPSがばれたんだろうー『えげつねぇ。』と嫌な顔をしていたけれど。




