戦闘。
影が動く。
「エレ・アグア!」ウリセスを中心に洪水が廊下を覆い尽くす。
「!!」侵入者らしき者たちがその水に流され一気に集められる。
「エル・ブリッド・ヴェイス。」そして計5人の黒装束の侵入者たちは凍り漬けられる。
「表情があるぞ。」ヒロキは物珍しそうにそれを見ていた。床に縫い止められ支柱となった人の目の部分は動いている。つまり、身体が凍っていないのである。
「ええ。氷と身体の間に薄い膜があります。膜は氷を防いでいますが、時間と共に溶けて行きます。」ウリセスは淡々と言う。
「えげつねぇなぁ。じわじわと凍傷になって、全身行く前にショックで死ぬんじゃないのか。」ヒロキは苦笑した。
「リオの前では使いませんよ。」そう言うとウリセスは右手を出す。その上には5つの赤い玉。パチンコ玉よりさらに小さいそれが手の上に浮かんでいる。
「何だそれ。」
「侵入者の血です。これで、どこの誰の者かーはわかります。重要な証言ができる者もおりません。この中には。」
「成る程?先に血を得たわけか。しかし、なら何故さっさと殺らないんだ?」
「技を試す機会が無かったもので。それにーーー」ウリセスは一つの支柱を見て、指先を鳴らした。
悲鳴が上がった。大きな声ではなく、ただ、精霊にはわかっただろう、身を割かれる断末魔が。
「水の者がおりました。」一つの支柱の膜が崩れたらしく、一人が動かなくなった。そして、ウリセスは右手を振る。支柱はその場から消えた。
「ワンコはワンコでも肉食だったワケね。ああ嫌だ、そういうとこだけアイツに似てて。」そんなことを言うわりにヒロキには笑みが浮かんでいる。
「?」
「フェルメール。お前の父親だ。」
「!」
「本当に夢が無い【魔法使い】でな。あいつほど合理的でデリカシーの無い男が何故水の精霊王を落とせたのかが未だに不明だ。当代きっての炎の使い手で、あいつとの戦いは長丁場になるから嫌だったんだ。」
「あなたと、そのー」父という言葉が使い慣れていないため、ウリセスは躊躇する。
「同士というか。あいつが俺に勝手に同情しただけだ。馬鹿な奴だよ全く。」そう言うと今度は本当に目を閉じてそのまま何も言わなくなった。ウリセスはその隣に腰掛け、ヒロキに毛布をかけてやる。しばらくその顔を眺めた後、自分も壁にもたれかかり目を閉じた。
空気が澄んでいる。
ということは、精霊たちが一段落した証拠だ。
アリッサは窓から外を眺め、久しぶりの故郷にしみじみと見入っていた。
「何だいこれは。」だから、部屋に誰が入ってきたのかさえ気づかずさらにその人物が自分の近くに来るまで動けなかった。
「エフロン。」彼と自分の接点を話すと長いので省略するが、昔旅をしたことがある。まだ、ウリセスの元へ行く前の話だ。エフロンは部屋に並べられた衣類をつかむとしげしげと眺めている。
「虫干しですよ。たまには風を通さないと。」アリッサはそう言って手前の衣類から片付け始める。
「これはすべて『黒の術師』の?」
「はい。リオ様のものです。」アリッサはそこでふと手を止めた。
「ああ、やっとこちらを見た。君の仕事熱心なのは良いけど、久しぶりなんだから僕の相手もしてくれないか。」
「エフロン…様」アリッサはエフロンを呼び捨てていたことを思い出した。
「はっ。やめてくれ。君にそんな言葉遣いをされると背筋が寒くなるよ。アリッサ、君は今水の管理者のところにいるのだね。」エフロンはそう言うとアリッサの前に立つ。
「何か?」
「もう一度君に振り向いてもらうには、どうしたらいいんだろうね?」エフロンは目を細めてアリッサを見る。
「……それは……」アリッサは困っていた。エフロンからは彼の身分を知る前から何度となくアリッサにアプローチがあったのだが、アリッサがエフロンのことを何とも思っていなかったのでヨアキム直伝の『上手なかわしかた』で遠回しにお断りしてきたのだが、何度目かになるこの戯れのようなやりとりが、まさか直球で来るとは思わなかった。
「君に誓いたい。」エフロンは真剣な目で告げる。アリッサもとうとうまじめに受け止めるしかなくなった。
「やめてください。何度も申し上げましたが私はーー」
「身分が違うというのならば理由にならない。」
「あなたに興味がありません、エフロン。」
「では、ビジネスの相手としては?」
「え?」
「あらゆる地方のあらゆる布という布を扱ってみたいとは思わない?」
「!」
「契約しようアリッサ。君に仕事を。そしてその対価として、定期的に私と過ごしてくれないか。」
「私はーーー…」
「実はすでに君の雇い主と、六代目『黒の術師』には許可を得ている。」そう言ってエフロンは紙を取り出す。
「!なっ…」それは契約書だった。あとは本人の意思だけだが、この場合雇い主ーウリセスからのオファーならばアリッサが断れるはずもない。
「君は嘘つきだからな。私はその嘘を崩そうと思う。精霊の長い時間を使って、ね?」エフロンは歯を見せて笑うと、契約書を仕舞った。
「聞いていません。」アリッサは憮然と答える。ウリセスにしてみれば風の領域からの定期的な情報も欲しかったし、何よりエフロンがアリッサを想っていることは周知の事実だったため、二つ返事だった。リオに関してはただ、アリッサが喜ぶのではないかと、深く考えずに了承したのだった。
「うん、ごめんね遅くなって。試練の直前にまとまったから書類ができあがったのが今だったんだ。心苦しいけれど本人確認が最後になってしまってね。」エフロンは棒読みで答える。
「わかりました。内容の詳細を確認させてください。」アリッサは納得いかない心のまま、ため息をつきそうになるのをこらえた。
「では、少し時間をよろしいかな?お茶を用意させてある。」エフロンは輝くような笑顔でアリッサを誘った。こうして、戦いの火蓋は切られた。
そして。
「初代ーーーーーっ」激しくドアが蹴られた音と共に駆け出して来た人物を受け止めたのはウリセスだった。
「リオ!」
「初代!この子直したいんだけどっ」そう言ってリオが抱えていたのは黒猫だった。傷だらけの。
「俺に治癒を聞くかおまえ。」ヒロキはそう言うとのっそりと起き上がり、猫を見て。
「無理だな。」即答した。
リオが抱えていたのは部屋の中にいた猫だった。
「ウリセスは!?」
「…リオ、この方は…。」ウリセスが猫を凝視する。
「何!?」
「初代の風の精霊王だ。」
「は?」
「だから無理だと言ったんだ。そんな未確認。」ヒロキがつまらなさそうにつぶやいた。
早く進めたい…。




