欲望と絶望の中の希望。
空。
世界すべてが空のようだ。
「……ここは……」
どうやらウリセスに移動させられた先は、屋上のようだった。城の一部にこんな場所があったなんて知らなかった。すべては空に埋め尽くされ、360度が青だ。
抱えられたとわかったのは、身体を降ろされてから。
「リオ…こちらへ。」そのまま、細い道を通って、いくつかの階段を下がり、また上がる。
一つ一つは段数が少ないが、妙に迷路じみている。
「どこへ行くの?」それに応える声は無く、とにかく大きな背中を追った。
狭いらせん階段の途中に、小さな小さな扉があり、ウリセスがかがんでようやく入れるくらいの扉を私もくぐる。
「…!」水、緑、石。小さな、楽園。
どういうわけか、ここは温室の中のようだった。というのも、随分古く石畳には苔が生えていた。そこを進んで行くと、小さなベンチがある。ウリセスはそこに座った。
「ここで、私は育った。」
「!」
「両親が犯した罪は決して軽いものではなく、生まれたばかりの私はキメラとしてここへ封じられた。今でこそ自由に出入りできるが、物心ついて、精霊たる自覚が出て、それから何十年もここに居た。」
「自我を持つ精霊は少数だ。精霊界にせよ人間界にせよ、個として存在することはとても難しい。リオは未だわからないかもしれないが…。」
「いいえ、わかるわ。」あの時。街を焼いた時のあまたの精霊の悲鳴を忘れることなどできない。
怨嗟の声が聴こえなかったわかりに、無数の叫びが聴こえた。
あれは、つまり無数の精霊達のエネルギーの塊。
「だからこうして、人としてリオと会話ができるーこれがどれほど嬉しいことか、わかるか?」
「……ウリセス。」
「私とて、個の無い質量の一部に過ぎなかったのかもしれない。不思議なものだな。欲というのは次から次に出て来る。」
「……精霊は、欲は無いの?」
「………、人間とは違うモノだ。私の、浅ましい声を聞いたのだろう?」
「………うん。聞いたよ。」聴こえた。
確かに、聴こえた。
「愛しいと、思うのは精霊としておかしいの?」
「いや。私が間違っていたことに気づいたのだ。」
「?」
「私は、ここに封じられたわけではない。ーーーーーー守られていたのだ。単なる質量として消え去ってしまわないように。」
「それは…」
「それが、母の核を受け継いでわかった。それが、両親の愛だと気づくのに今の今までかかってしまった。」
「いいんじゃないの。今、気づいたならそれで。」
「この温かい想いを、リオにも感じている。」
「!」話が戻った。
「いや、温かいだけではないなーーもっと強い望みも。」青い瞳が強い光を放っている。
それは、聴かなかった『黒』。
「リオが欲しい。」
痛い。
「そんなこと言って、知らないよ。」声が振えた。
「リオ、こちらを見て。」ダメだ。もう逸らせない。
胸が痛い。
「私はっ……」応えられるわけがない。
好きだ。
だけど、
「私はっ……」涙が、こぼれる。
応えられない。
好きなのに。
だって、帰るのに。
帰りたいのに。
こんなにも、帰りたいのに、どうして、目の前の人が手に入るなら、欲しいと願ってしまう。
「………好き。好きだけど、ダメ。」
「リオ!?」
「言えない。ごめん。ごめんなさい!!」今度こそ、ぬくもりを手放した。
「リオッ…」
嗚呼。
どうしろっていうの。
大好きだよ。
どうしてこんなに好きなの。何にも知らないのに。
どこをどう走ったのか、わからない。
でも、また空が見える。
憎いくらいに、青い、あの人の瞳。
「何でっ……何でぇ………っ」
馬鹿みたいに、声を上げて泣いた。
どこを見ても、青しかない。
青が私を見下ろしている。
「選べるわけ、ないじゃない…。」そんなに簡単に選べるなら、最初に選んでいる。
別れると、決まっているのに。
何で、好きになっちゃったんだろう。
「誰か…助けてよ……」助けて、なんて言っても何も変わらないことくらい知っていたのだけど。だって、それが私たちの世界でしょう。簡単に助けてくれるものがあれば、誰だってそれに縋るものだ。
「馬鹿みたい…」自嘲ぎみに笑う。何を悲劇のヒロインに浸っているのだ。恥ずかしい。
「そう、悲観に暮れるもんでもないぞ。」
「!?」思わず振り返る。
黒。
「お前が望むなら、方法はある。全く、六代目は手がかかるな?」いつもの小馬鹿にしたような笑みは消えて、ぽん、と頭に手を置かれる。
「し…師匠にっ…似たんです…」涙でぐちゃぐちゃぐちゃなのに、さらに泣かすようなことを言わないで欲しい。
「ほら、ひとまず鼻水ふけ。」
「うっ…ぐ…」
「ああ、恋の指南は別料金な。」
「………はぁ!?金取るんですか!?」
「当たり前だ。世の中そんなに甘くはないぞ。弟子。」
「い、いやいやいや、そこは違いますよね!?」
「まぁ、何だ。大船に乗ったつもりで居なさい。フ、ふふふ、ふはははははははは!」
何だろう、とても不安なんですが。これ、デジャヴ?
その船が泥でないことを祈りたいと思います。
初代に抱き込まれていた私は、ウリセスが初代と会話していることに気づかなかったのでした。
そう、精霊術で。




