はじまりの朝。
お、おひさしぶりです。
男の名前は無かった。
「おめぇも行くか?」ボロボロの格好をした男に馬車を指差され、なんとはなしにそれに乗る。
「ひでぇもんだ。」やせ細った身体を抱え込みながら乗り合いの奴らの話しを聞く。
「俺らの王様も負けちまった。シゼルハンの【魔法使い】も負けたらしい。」
「そりゃ本当か。やったのは『黒の術師』か。」
「何だ、そりゃあ。【魔法使い】なんて本当に居るのか。」
「居るからこうなってんだろ。」
男達は木で簡易に組まれた馬車の間から外を眺めた。
そこには、荒れ果てた大地しかなかった。
「人の戦に【魔法使い】が介入してからややこしくなった。奴らが本気になりゃ、どこの王だってオダブツよ。」
「奴らは俺達たぁ違うところで戦ってるらしい。」
「なんだそれ。」
「さぁな。あいつらにはあいつらの領土争いがあるって話しだ。」
「『絶対領域』」そこで少年の声がする。
「は?何でぇ坊主。」男の一人が少年を見る。見ればまだ歳若い金の髪にうす灰色の瞳をしたすす汚れていなければ美しい少年だった。
「【魔法使い】が争う場所だよ。普通は俺達なんかの上の方でまったく見えないところで戦ってるらしい。」
「何だよそりゃ。」
「ホントさ。俺の所属してた部隊は専属術師がいたからな。奴らの陣に【魔法使い】が現れるってんで、てんやわんやさ。」
「ああ、俺も聞いたことがある。【魔法使い】は俺達の世界には手出しできないって。」
「その『絶対領域』が破れたから、不毛な大地になってんだろ。迷惑な話しだ。」
「んだそりゃぁ!こっちは戦で必死だってのによ。たまんねぇぜ。」
「【魔法使い】なんていなきゃいいのにな。」
「無理だ。あれは自然発生するからな。お前、自分の子供がそうだったらどうする。」
「う~ぁあ、わかんねぇ、そんなこと考えたこともねぇ。」
「『黒の術師』がいる。」少年がくすりと笑う。
「何だそれ。」
「【魔法使い】の絶対に勝てない存在だよ。『黒の術師』なら魔法使いをどうにかできる。」
「そいつぁ、どこにいるんだ!?」
「今はゴルンヘルムの城にいるらしい。」
少年はいつの間にか消えていた。
男はよくわからなかった。
よくわからなかったが、【魔法使い】の所為で自分の居場所が無くなり、それを倒せる存在がいるということはわかった。
では、そいつをさらに倒せる存在はいるのだろうか。
「『黒の術師』なんて必要ないと思わない?俺達で【魔法使い】を倒せば良い。」少年が言う。
「坊主、やめとけ。めったなことを言うな。俺らは村のもんだが、中には士官してる奴もいるはずだ。」
「王様たちは【魔法使い】を使って、何を争っているんだと思う?」
「そりゃぁ、お前、……」
少年が美しく笑う。
「【魔法使い】なんてものは、もともと無かったものなんだよ。だから殺さなくちゃ。」
その笑顔にうすら寒いものを見た男達は、次々に口をつぐみ、あるいは話題を変えていった。
男は少年をずっと見ていた。それに気づいた少年が男に近づく。
「あなた、何も無いね。空っぽだ。」灰色の目がすべてを見透かしていると思った。
「なら、僕がもらってもいいよね?」耳元で囁かれた声は甘く、ともすれば色香すら臭うほどだ。男はまだそんな感覚が自分にあったのかと驚く。
「ふふふ、いいね。次の町で降りるよ。」少年は男の指にするりと指先を絡ませ、身を寄せて来た。汗ばんだ香りが鼻孔をくすぐり、寄り添う体温が男のやせ細った身体に伝わる。
次の町で男は少年を抱いた。
そこから男の記憶は曖昧で、そして夢の中にいるかのようにくすんだ世界を眺めている。
まるで自分が建物の中にいて、窓から外を眺めているように。
「………またか。」男は軽く頭を振った。それで、それまでの奇妙な感覚ーまるで自分の視界が自分のものではないような感覚は消えた。時々あるのだ、こういうことが。
「アルバティ様、準備が整いました。」次の間から声がする。
「…ああそうか、」そこで男はくすりと笑う。
「今はアルバティだったな。」金色の髪をさらりとかきあげ、入り口へ向かう。
入り口には昨日来たばかりの新しい小性が立っている。誰も恐れて近づかないので、王の小性を使うしかないのだ。
先日の少年はどうなったかは知らないが、名前が欲しいと告げたらそのようになった。
王とのゲームはまだ終わっていない。そして、今日でチェックメイトだ。
男は恐れる人々の中を足早に通り過ぎた。
「あのう………、お客様、非常に申し上げにくいのですが……。」トラリスの首都ディベインの中央区のメリサのある宿。
店の主人は戸惑っていた。
タタタタタタ、タタタタタタ、タタタタタタタタ、その機械が発する音が声を遮る。
「ん〜……何です……かぁ〜……」目の前には少女。そして、その手元に機械と部屋の中に散乱した布。
「その深夜に音がその、他のお客様のご迷惑になりますので………」主人はその有様を見て、一歩退く。
「あ!そうか。忘れてた。『消音』するの。」少女はそう言うと手を一振り。
ゴオ、と音がして床にちらばった布が舞い上がり、見事に整えられて揃えて畳まれていく。机の上に出していた機械を仕舞い、一息つくと、
「はい、おしまい。どうにか間に合いましたね……。」少女は主人を見てー正確にはその後ろ、ドアの後ろに立っている人物に向かって顔を上げた。
「アリッサ・ハルスワーズ様ですか。お迎えにあがりました。」生真面目そうな顔をした男が言う。
「だ…」誰の、という少女の声は遮られた。
「だーかーら、悪かったってば!!忘れてたわけじゃなくてね!?」その声を聞いた瞬間、少女は部屋を飛び出した。
一旦ここで切ります。




