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殻と空。

誰かのために泣けるとは思っていなかった。


蔑む目で見られた、そのたび自分は人より劣っていると思っていた。


笑顔で笑いながらあなたはいつも私を下に見ていた。そんなこと知っていたけれど。


『なんだ、以外と固いんだな。』事に及ぶ寸前、彼からの言葉。


がっちがちになってる女なんか目もくれずに、そのままふてくされて寝てしまった。


人が一睡もできなかったのも知らずに。


軽く見られていたのはわかっていた。けれど、きっといつかわかってもらえると思っていた。


身体を繋げたところで彼が自分のものになるとも思えなかった。だから、少しの恐怖と拒絶。


そして失った。


子供だったのだと思う。

自分も彼も。


ただ、彼は手近の落としやすい女に声をかけただけ。そしてそれにひっかかったのは私。


『なんかめんどくせぇ』面と向かって言われたわけじゃないけれど、あからさまに態度を変えた彼。



『どうして信じきれなかったの?』

『どうして彼のために捨てれなかったの。』

『自分のちっぽけなプライドなんて、どうでもよかったじゃない。』






五月蝿い。



「っ!?」いきなり衝撃を受けて身体が飛び跳ねる。


「ったっ!?」それが初代によるものだとわかったのは、開かれたままのページに綴られた言葉。


いやもう、寝起きに電撃って、下手したら死にますよ。ひどくないですかこれ。


しばらくしびれて首だけあげて本を恨めしそうに見る。


『お前に変な残留思念がまとわりついていた。あの女だな。』


「?」


『死んだ女がいたろう、トリスとかいう。』


ズキリ、とどこかが痛んだ気がした。


二重スパイであった彼女。初代にあっさり殺されてしまった彼女。


『ああいう依存の強いのは残るな。』


私は彼女がどんな思いでいたかなんて知らないし、別に知りたいとも思わない。だけどさっきの夢が彼女の影響を受けているというのならそれは。


「私も彼女に成り得るってこと…」


『お前にあんな激しい思い込みは無理だろう。』そりゃそうかもしれませんけど。


思い込み?


『ああいうのはな、愛してるとか言っても依存してるだけに過ぎんよ。勝手に自滅して自滅すら喜んでいる、究極の自慰行為だ。』


今日は饒舌なんですね。


『何。俺は愛の伝道師でもあるからなぁ。』


本を閉じました。朝からこのテンション、ついていけない。





夢見が悪かったのか少しけだるい。(電撃もそのダメージに入っているかもしれないが。)


テオさんに協力を申し込まれたのは昨日のこと。でも具体的には何をすればいいのかよくわからない。ウリセスのパワーアップのお手伝い。十分強そうに見えるけれど、まだそんなことがあったのか。


とりあえず私は朝練をすることにした。


この『黒の総本』を使いこなせるようになるくらいにはならなくては。





…。…。


「駄目だ…集中できない。」いくつかの技を確認したけれど、対象があるわけでもないので中途半端だ。練習場の片隅をお借りしているのだけど、申し訳なくなってくる。(通常の部屋では危ないので、壊してもいい範囲をお借りしているのである。)

それに何より、


「何だって今見るかな………」元彼氏のことを思い出した。


それなりに、上手くつき合っていたのだ。ただ、彼にとって私は都合のいい女であり、優先すべく彼女ではなかったのだけど。


「結構……好きだったんだな………」別れてもう何ヶ月かたつ。今頃見るってことはそれなりに好きだったんだろう。そう、それなりに。


「……リオ?」うわぁ。


「ウリセス、おはようございます。」思わず構えてしまったけど、何でここに。

どうやら彼は外へ出ていたようで、しっとりと髪がしめっている。

「ああ……おはよう。少し出ていた。」でも、この水界で彼が『濡れる』なんてことあるんだろうか。私の疑問は顔に出ていたようで、そのままウリセスが言葉を続ける。

「精霊の加護の無い場所へ行っていた……父の墓標だ。」


「!ここに、あるんですか。」驚いた。私はウリセスにちかより部屋から出るよう促す。

「…ああ。母のたっての願いで、それだけはかなえられたが、随分辺鄙なところにあって、まず誰も寄り付かない。」そして何より水の精霊王を苦しめた【魔法使い】を精霊たちが許すはずもなく、加護もない濡れネズミになるような場所に放置されているのだそう。

「そうですか……」なんと言っていいのかわからない。言葉を探しているうちに思い当たったのは昨日の事だ。

「……あの、テオさんから聞いたのですが、ウリセスの封じている力があるって。」本人に何をすればいいか聞けばいいのじゃないか、そう思って聞いてみるとウリセスが目を見開いてこちらを見ている。


「リオ…」


「私に協力をと聞いたのですが、何をすれば…」


「何も。リオ、何もしなくていい。」遮られた口調は強く冷たかった。心無しか顔つきも怖い。何これ。


「でも…」


「もしも今のままの私で役不足ということなら私はリオから離れよう。リオが私を必要ないというのなら……」

「違います。そんなわけじゃ……」何、何だろう、何かとてつもなく危ないものを押してしまったような気がする。ドキドキして、うまく言葉が見つけられない。

「リオが私を殺せばいい。」




だから、何でそうなるの。



「ウリセスの馬鹿!」気づいたときには殴っていた。平手だしそんなに強くないけど、ぱあん、と音が響く。殴った後で我に帰って呆然としているウリセスの顔が目に入る。


「『束縛』!」そう。世のヒロインならここでダッシュして去るんでしょうけど、私はあいにく現実的で。


黒の触手(としか見えない)をにょろりと出してウリセスを束縛すると、部屋まで『転移』する。


「ちょっと初代!」ほぼやつあたりぎみに初代にウリセスの繭をおしつけ、部屋から出る。テオを探しに行き、事の顛末を話すと、


「あんのヘタレ出来損ないめ!」私以上に怒った彼女が何かを画策して部下に何かを告げていた。




そして。

「さぁて、覚悟はいいかしら?」テオさん、なんかもう、悪の幹部って感じですよその発言。


今日も見目麗しいテオさんはキランキラン輝いているのですが、初代のホログラムはそれをものすごく楽しそうに見ています。


「ーーーーー!」ウリセスがもごもご何か言ってるけど触手にはばまれて目しか見えない。ぐるぐる巻きにしたままただいま移動中です。


「どこへ行くんです?」テオさんに聞くと、


「うん、まぁ行けばわかる。あと、リオ、よろしくね。」などと言う。

何をよろしくされるのか、全く説明は無いのだけど、どうしたらいいかしら。それにしてもウリセスこれで力をセーブしてるって?


(かなり疲れるんだけど。)『黒の術』を使用し続けているけれどここまで抵抗が強いとは思わなかった。それも並の技ではないのに、内側からの抵抗に気を抜くと技がとけてしまいそう。


そうこうしているうちに、廊下が終わり、次の回廊へ、また次の回廊へと続いて行く。だんだんシンプルな回廊だけになって、色も白が青みがかったもの、少し年代の古そうな柱などが見えてくる。


「さて、ついた。ここよ。」後ろを振り返ると、ウリセスが目をこぼれ落ちんばかりに見開いている。何だろう。何があるって言うんだろう。その顔は絶望といより拒絶だった。この先に何があるのか。

「ここから先はリオ、あなたの出番。」テオさんはそう言うと目の前の扉を開いた。






ああ、馬鹿って言っちゃったのと叩いたのは後で謝らないとな。それから、とりあえず私に殺せ発言をしたことを謝らせないと。


「何これ。」呟いた言葉が無意味なことは私が一番わかってる。


円形の小さい部屋には、人がいた。


正確には、人みたいな精霊がいた。


天井はドーム型になっていて、床は大理石。おそらく。長い間空気が流れていなかったにも関わらずこの部屋だけは静かでそしてホコリっぽくなかった。つまり、定期的に掃除が行われているのだ。


そして中心の寝台に眠る人。



「そうか。だから来たくなかったのね。」私は触手の端をもったままウリセスを入り口付近に置くと、中心へ足を運ぶ。


寝台の横に立った。


「あなたが、ウリセスのお母さんですね。」水の精霊王っていうから、水の中にいるのかと思ったら普通にベットに寝ているのだものまるで、生きて、眠っているかのように。


けれどその身体は痛々しかった。両腕には鎖がつけられ、両足には足枷。そして、時折見える身体の中から発する光。


「これが、『魔石』」おそらく、身体の中に埋め込まれているのだろう。どうやって行ったのかは知らないが。


その指に触れると冷たいけれど柔らかく、決して死後硬直した死体ではなかった。


「!」足元が光る。何かの魔法陣だったのか。







「めんどくさい。」聞いた男の声。


「何で初代がここにいるんですか!?」気づいた時、目の前にはヒロキがいた。

「あー?だってなぁ、俺があいつ作るの協力したようなもんだしな?」いつものホログラムをさらに実体に近づけた姿はまるで生きているかのようだった。


「相変わらずね。」鈴を転がすような声が後ろから響く。勢い良く振り向くと、そこにウリセスのお母さんがいた。


これほど蒼の似合う人がいるだろうか。纏っているのは白い衣だけ。全身に刺繍をほどこしてあるそれは豪華だが、彼女はそれすらも陰の薄いものとしてしまう。それくらいに存在感があるのだ。


「こんにちは、のちの『黒の術師』私はアセンブラ。アセンブラ・ネーターよ。人風に言うのなら。」ぞくりとする瞳が私を見る。


「リオです。」かろうじてそれだけ言えた。それくらいに、この人は近寄りがたい。怖い、のとは少し違う。とにかく何か全く違うものであることを私の本能が感じ取るのだ。怖いとうより、近寄りがたい、そう恐れ多い、というあの感じによく似ている。


「あーなんつうか、お前の息子がな。あのまんまじゃ駄目なんだわ。」


「成功したようね。」


「まぁな。俺は天才だからな。当たり前。」


「ヒロキ、フェルメールは?」


「あいつは単に【魔法使い】だからな。墓ん中だよ。まぁ、お前を待ってるかもしれねーが。」


「なら答えは一つだわ。」


「いいのか?もう、戻れねぇぞ。」初代は珍しく、非常に珍しく気を遣っているみたいだった。


「『黒の術師』らしからぬ発言ね。元より承知の上でしょうに。」


「まぁな。あのウスノロもどうにか器として成ったからな。今ならまぁどうにかなるだろう。リオ。」初代はそう言って私の手を取る。あ、実体だ。初代の実体ははじめてかも。そしてそのままアセンブラの胸に、


「ちょっ!?」手、手が、ずぶずぶと彼女の胸に入っていくのですが!!いや何このホラー!


アセンブラさんを見ると少し苦しげだ。何、これ何、これ。とてつもなくまた嫌な予感しかしないんですけど!


そのうち指先にこつり、と固い何かが触れる。


「…それ、を…」アセンブラさんが私を見る。


「えっ!?」いいの?これ、取ってもいいの?私は指先にある固いものを握りしめる。小さなつるりとした石のようだ。大きさは小さな飴玉くらい。


「抜け。」初代の声。そのまま腕をひく。ずるりと手が出て来て、それは水に濡れている。


アセンブラさんが後ろへ倒れる。初代がそれを受け止めた。


「こ、これ…」こぶしを開くと中にあるのは美しい水晶。透明だ。まるで、生まれたてのそれは水に濡れキラキラ輝いている。


「それを…あの児に…」はっとなる。アセンブラさんが消えかかっている。何、嫌、何これ。


「リオ。見ていろ。これが、彼女とフェルメールの全てだ。」目を逸らすのは許さないとばかりに初代が私を射抜く。


「初代の、馬鹿。」やってられないとばかりに、にらみ返す。アセンブラさんは私をじっと見ている。


「ウリセスに!絶対、渡すので。間違いなく。何か、何か…!!伝えること無いんですか!?」くやしくて水晶を握りしめる。そしてアセンブラさんの顔に耳を近づける。


「ーーーーーー」


言葉を聞いた時すでに胸まで消えかかっていた。もう一度彼女を見ると彼女はそれは嬉しそうに笑った。それは、決して近寄りがたい彼女ではなく、どこにでもいるような、とても人間くさい顔をしていた。



涙は流れない。だって、今知り合ったばかりの人だもの。居たのか居なかったのかすら忘れそうになるくらい一瞬のことだったもの。だけど。


「初代の、馬鹿。」手に傷がついてもかまわないくらいに水晶を握りしめる。


「お前は、まだ知らん。」随分、長いことそこへ座り込んでいた初代の、うつむいた頭がぽつりと言った。


まるでその声が泣いているようだったから、私はしばらく初代を見ないでいた。






ぐるぐる巻きにされたウリセスが、何もかもわかったように静かな瞳で私を見ることが辛かった。

だから触手はそのままにした。だって私も耐えられないもの、今何かを言われたら。


目の前まで行き、手の平の中のものを見せる。その綺麗な瞳が一度、まぶたを伏せる。


「…謝らないわ。」私はそれを指先でつまんで、彼の額へ当てる。


ずるり。


また、彼の肉体へ指が陥没していく。目は逸らさない。こんなの、二度とやるか。


指を抜くと、そこは少し赤くなっていた。彼がハーフだからだろうか。


「生まれて来てくれて…ありがとう。幸せに。」棒読みで言った。わかっただろう、誰がこの言葉を言ったのか。


そして、もう一つ。


「ごめんなさい……」赤くなった額に、唇を押し当てた。




贖罪の意味も込めて。


触手をそのままに、私は部屋を出た。テオの顔をまともに見れなかった。





だって私は単純に、喜んでしまったのだ。


ああ、これでウリセスがパワーアップすれば、私は帰れるかもしれないと。


私はやはり異分子でしかない。ここは、私にとってゲームの延長上でしかない。痛いのに、悲しいのに、それでも喜んでしまう自分が、醜い自分が居る事に耐えられそうになかった今は。


『黒の術師』上等ではないか。こんな醜い私が初代の後というのは、本当に滑稽で笑えて来る。


「馬鹿は私だ………!」壁を殴りつけた手の痛さも、今は感じなかった。









暗い、暗いよ〜。

次にちゃんと甘いシーン来るので!!おまちくださいましっ。

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