落ちる
「リオが命ず、『浮遊』!」
ふわり、と身体が浮かびゆらゆら落ちてゆく。
幸い、あの銀髪な【魔法使い】は攻撃は得意だが私を捕まえるだけの技を持ち合わせていないようだった。
今の私は大気中に舞ってる『ほこり』の状態だ。
初代の説明によれば、この術は『浮遊粒子状物質』というものに身体が変換されているような状態なのだそう。これって、大気汚染の汚染物質のことなんだけど、普通に空を飛ぶ術を考えなかったのが、実に初代らしい。
ま、そういうわけで、私は雲海目指してふわり、ふわりと落ちて行っている最中。この浮遊感は何ともいえない。
飛ぶ術は、まだ私には無理らしい。空を飛ぶって、あこがれるんだけどな。定番だし。
こちらでは、【魔法使い】以外はそうそう空を飛ぶことは無いそう。北にあるソリュート公国では、竜騎士なんてものもいるみたいだけど、見たことが無いからわからない。
ぼんやり雲海の中に入り込み、落ちて行く。
「つめたっ!?」一気に湿度が上がり、服がぐっしょり濡れていく。
ちょ、ちょっと、初代、どういうことですか!?
『そりゃー、おまえ、今、塵だからな。水含むわな。雨と同じだから。』
そして、心なしか、落ちる速度が上がったような。
『黒の総本』は雨をはじく加工になっています。芸が細かい。
いや、そうではなく、
ぶわっ、と気温が上がった気がする。雲海に入ってから視界は白いけど、
地面で『緩和』を使えばいいだろうか。そう考えていたら、ずぼっと片足が雲から抜けた。
「え!?」眼下に広がるのは、真っ青な水。どう見ても、水。湖、沼。とにかく地面ではない。
いやいやいや、『緩和』しても水に落ちる。これは、落ちる。岸を見渡すけど、遠くて見えない。どうしよう。
「い、いやだ―――――――――――――!!」泳げないことはない。でも深さも広さもわからない水面に恐怖を覚えるのは普通だと思う。そして、義務教育含め、私は25メートル以上足をつかないで泳いだことは無い。
『落ち着け。リオ。』落ち着いていられるか。初代は万能でも『黒の術』は万能じゃないことは私が一番よくわかってる。
ああ、涙が出てくる。でも涙も上へ去って行く。何この状態。
ほろり、と飛び出したそれを思わず掴む。首にかけていたペンダントだ。
色は青。
「ウリセス!」がっ、と握り締めたけれど、その使い方は聞いていない。
このペンダントの属性は水、ならこの眼下に広がる湖にも何かできるはず。
『リオに精霊術を教えてないのは問題だったな…』そんな、しみじみつぶややないでください。何とかしてよ初代。
『あー、精霊術ってのは精霊が見えたり感じたりできないと使えないもんだ。お前、見えてねぇだろう。』何でわかる。そうです。期待しているわりに、全くそのようなものは見えません。
『まぁ、このまま落ちても死ぬことは無いから、安心して落ちろ。』
何だそれ。
「初代の馬鹿!」『黒の総本』を抱え込み、落ちる準備をする。あと5秒、
4、3、2……
「リオが命ず『緩和』!」直前に迫った水面に向かって『黒の術』を使う。ぼん、と水面に水しぶきが上がり、一度跳ね上がった私の身体は、そのまま、水の中へ。
どぼん。
「!」ウリセスは一度目を閉じた。
「どうした。ヒューザード殿。」テレサが土嚢を運ぶ手を止めてウリセスを見る。水位は減らず、砦と街の境にある濠を利用し水を逃がす方法を取るため水路を作っていた。砦にいる騎士たちは、皆泥だらけになりながら作業をしている。
「リオの居場所がわかりました。リオは……トラリスにいる。」ウリセスは一度作業を止めると、手を洗った水を土に流した。容器の水に手を触れた瞬間、水の精霊の歓喜の声が聞こえたのだ。
「そうか。では行ってくれ。」
「しかし……」
「いい、先ほど連絡があってな。先陣が本日中には到着するようだ。」
「そうか。では、ここに陣形を張っておく。ある程度は持つだろう。」ウリセスはそう言うと、ライル河に向かって手をかざす。
テレサには見えないが、ウリセスが精霊術で河の精霊たちを抑制しているのがわかる。今の状況は精霊たちも暴れている状態だ。全ての精霊が暴れているわけではなかったが、かなりの量の精霊たちが病んでいる状態だった。
(痛いのだろうな。)ウリセスはふっと自嘲気味に笑うとテレサと別れた。
ウリセスは純粋な精霊でない分、彼らの痛みを分かち合うことは無い。純潔種はその傷みすら共有することがあるのだという。
(それにしても…リオ…何をしている…!?)ウリセスは不可解な水の精霊たちの大量なまでのはしゃぎ様に、リオに何かあったのかと思ったが、あの様子ではリオが何かしたのだろう、今回の件に自分以外の精霊が絡んでいるのであれば、間違いなく筒抜けだ。
「大人しく……しているはずもないな。」幸い、今の衝撃でリオに渡したペンダントが追跡できる。どうやらリオは水に不自由ない場所に居るようだ。
ウリセスは一度苦笑すると駆け足で砦の出口を目指した。




