黒の血脈
どんな状況下に於いても、腹は減るものだ。
目の前には暖かいスープ、柔らかいパン、みずみずしい野菜、パイに包んだ何か、果物。
「さ、どうぞ。」って微笑んだその笑顔が。
「胡散臭い………。」杉崎璃桜、異世界22日目の朝。拉致られた先で、豪華朝食とご対面です。
敵地にいるのにこの待遇。驚いたことに、ここは普通の屋敷のようだった。よう、というのは私が今いる部屋と、もう一つの部屋しか行き来していないからだ。窓は無く、天井は高い。通常の屋敷にしては、少し風変わりだ。天井の高さからいっても、この階が最上階であることはわかる。
「『黒の術師』殿、毒などは入っておりません。」苦労したことがありませんというような平和な顔でそう言うのは、レジールと名乗った男。見た目は、20代後半から30代といったところ。黒髪がウリセスを思い出させるが、この男は長髪で、後ろでひとくくりにしている。そして、何より服装が。
「和テイスト。」スープスプーンを掴むと、食事を始める。『ゴメンネカウンター』は初期モードに設定すると若干カウンター率が低くはなるが、常時使用可能。故に、私は食事を恐れることなく食べられる。
「おいしい…」なんと言う絶妙なバランス。こわばっていた身体が温まって行く。そう、ここはなんとなく寒いのだ。建物が寒いのか、外の気候が寒いのか。きっと両方だろう。
しばらく食事を堪能していると、男が嬉しそうに眺めていた。
「……このような形で、祖先にお会い出来るとは…!感無量…」男がほろりと涙する。すかさず、お付の人が手ぬぐいのようなものを渡す。
「そ?」パンを口に入れたまま、行儀が悪いが零れてしまった。
「挨拶が遅れて申し訳ない。私は、二代目『黒の術師』鈴木桐子の玄孫にあたります。あなた方の世界では。」
また、あの胡散臭い笑顔で言った。
なんですと?
そうか、あれは、日本人特有の、ごまかす時に使う中途半端な笑顔だ。
「高祖母―言い慣れないので、先の母でよろしいでしょうか。我ら一族では桐子様と呼んでおります。」レジールはまた、あの胡散臭い笑顔で笑う。何やら私に会えたのが桐子の存在をさらに確立させたらしく、妙なテンションになっている。祖先て言われても、私の方が後の時代に生まれたのだけど。多分。
「ええと、桐子さんで。」あれから場所を移し、今は別の部屋にいる。やけに和テイスト率が高いと思ったら、そういうことか。
敵地だというのに、何故か落ち着いてしまうのは、寺院のようなこの建築物の所為かもしれない。
「それで、私に一体何の用でしょう?」
「失礼を承知でお連れした事、お詫び申し上げます。実は…『黒の術師』に折り入って頼みがあるのです…」レジールは人を下がらせると、似非笑顔を引っ込めて口を開いた。
「何ですか?」
「【魔法使い】を倒して欲しいのです。」
しばらく見詰め合うと、レジールは照れたように視線をそらす。いや、今の会話のどこに照れる原因が?
「【魔法使い】を?」
「お恥ずかしい話しですが、我らがトラリスでは魔術が軽んじられ、魔法省が取り潰し寸前の状態です。」え?ここってトラリスだったんですか。何気に目的地なんですが。
「そこへ右の宰相が連れてきた【魔法使い】が、魔法使いは自分だけで十分であると特定術師や専属術師たちを国外へ追放し始めたのです。」そこで、レジールさんは入り口を振り返る。
「あっ!」入り口から入ってきたのは、私を攫った二人組みだった。大男と銀髪の…
「【魔法使い】!」私がそう指差すと、彼はびくりとして目を見張る。レジールは私を振り返り、
「やはり!やはり、そうですか!!嗚呼、良かった…これで一族路頭に迷うことは無い…!」と歓喜に打ち震えている。
え?一体どういうこと!?
「ニセモノ!?」二人の男に警戒はしたが、今の私は『ゴメンネカウンター』発動状態。ひとまず状況を整理するために、レジールから引き続き話しを聞く必要があった。
トラリス国には魔法省がある。二代目『黒の術師』と対のように存在した、烈火の【魔法使い】が晩年過ごした国だからだ。だが、その後の【魔法使い】の出生率は低く、『黒の術師』の末裔である彼ら一族を迎え入れても、【宮廷術師】と呼べるような存在は得られなかった。
というのが、近年までの常識だ。
ところが、半年ほど前に右の宰相が連れてきた【魔法使い】がトラリス国の専属となることになった。それなら、魔法省は本来なら強化されるように思われるが、衰退の一途を辿っているのである。
異変を感じたレジールが調べてみると、歴代にも偽の【魔法使い】は存在した。右の宰相が連れてきた【魔法使い】は、王の前で一度魔法を使ったきり、何もしていない。それどころか、財政を圧迫するような予算を奪い取り、その一部が右の宰相へと流れてるというもっぱらの噂だ。
そんな中、傭兵の中に現れた二人組みに初めて会った瞬間、雷に打たれたかのような衝撃が走ったのだという。
「これも血なのでしょうか、彼が【魔法使い】だと私の中の何かが告げるのです。」レジールは熱く語る。
そんなアホな。胡乱げに見ると銀髪と大男も慣れているかのようにうんざりした顔をしている。
「つまり、私に偽の【魔法使い】と戦って、排除しろと?」
「いえ、あの【魔法使い】が偽りだとわかれば良いのです。『黒の術』で何とかなりませんか…!よろしければ、うちの図書をお貸しします…、桐子様の書もございますし。」
なぬ。
「それは是非見たいです。」レジールに頼むと、図書室への移動が許された。ただし、大男が私につくことになった。銀髪の彼でないのかと聞くと、
「いえ、もし争いになったりしたら止められる者がおりませんで…」そんなことを言われる。
一体、『黒の術師』を何だと思ってるのかしら。
図書館は、どこでも広い。
あえて言うなら、もう、おんぼろで、今にも崩れそうな、と付け足すけれど。
塔の中がすべて図書だった。
石造りの階段は、らせん状になっていて、何度も躓き、落ちそうになるところを大男に助けられる。
「あ、ありがとうございます。」礼を言えば男は目を見張る。灰色の髪に橙色の瞳ということは、火か何かの属性なんだろうか。灰色って何だろう。
うつらうつらとそんなことを考えていたら目的の書にたどり着いた。
らせん状の階段は塔の壁にそって連なっていて、中心は空洞。その空洞の中に本棚が浮いている。どんな魔法か精霊術かは知らないが、この塔自体が随分古い物のよう。
目的の本は、目先の空間3メートルほど先に存在する本棚にあるらしい。
どうやって取るかといえば、普通は専属司書がいて、本だけを移動させる陣が床に設置してある。1階部分にあったのがそうなんだろう。
でも私は、『黒の総本』を取り出した。大男が息を呑んだ。
「リオが命ず、『解除』『複製』」そういえば、あまりの静けさに忘れていたけれど、『黒の総本』を封印していたのだった。
私が意識を失うとき、悪用されないよう『黒の総本』を封印したのだ。よほどのことがない限り―黒の使い手でない限りは、普通の人間にはこれで十分通用する。私以外本を開けることも見ることもできなくなる。
『桐子の気配だな。』すぐさま書かれた文字。
目の前の本棚から一冊の本が飛び出してくる。
まるで、私が来るのを待ち構えていたかのように。それとも、初代を?
そして、その本も『黒』。
開かれた瞬間、真っ白い文字の洪水が、『黒の総本』へ向かって迸る…!
『ごちそー、さま。』それは一瞬の事だった。
「黒の……術師…」大男が掠れた声で呟いたのが耳に入る。気になって一度そちらを見た。
見なきゃ良かった。
ギラギラした、好戦的な目とかち合った。
まずい、と思った時には床を蹴っていた。
目の前に閃光がひらめき、うす茶色のホコリが―私の前髪が切られたものが舞う。
そのまま重力に任せてこの空間を落ちて行く。
おそらく無意識だろう私に向けて剣を放った大男の唖然とした姿を一瞥し、
「リオが命ず、『緩和』」床に激突する寸前に、『黒の術』を使う。
私の身体は一度ふわりと浮いて、その瞬間、床に足をつく。
よし、10.00点!
『ゴメンネカウンター』は弱く設定してあるので『緩和』を使わないと怪我をしてしまう。助かるとわかっていても、どっと冷や汗が出る。あんな高いところから飛び降りるなんて、生まれて初めてのことだ。けれど呆然としている暇はなかった。
そのまま、駆け出す。司書に通りすがりに礼をし、入り口を突破する。何しろレジールは私に大男しか付けていない。つまり、彼を撒けば私は自由。
「初代、アレ、何!?」ばさばさと『黒の総本』を捲る。
『狂戦士みたいなやつだな。ありゃ、何かの血が混じってら。…気のいぃおっちゃんだと思ったが……お前の術に当てられたか。』
「何それ、【魔法使い】だけじゃなかったの敵って!?」走りながら次の手を考える。廊下を抜けると塔と塔を結ぶ石造りの回廊があった。外が見える!
「げっ。」前方にレジールさんと銀髪【魔法使い】レジールが私の様子に慌ててる。後ろを見れば、大男がものすごい勢いで走ってくる。
回廊の長さは100メートルほど。そのほぼ中心に居る私。回廊の外は深い谷。落ちたらもちろん助からない。普通に落ちれば。
ここしかないにしても、いくら『黒の術』が使えたとしても。
こんな高いところから落ちるだけの勇気はさっき使い切った。もう無い。
「待ってください…!」レジールの声がする。待てといわれて待つ奴は居ない。
「いい景色。」ここは深い山に囲まれた谷間に作られた回廊だった。ちらりと下は見たが、雲海が少し見えた。つまり、それだけの高さってこと。
銀髪が動くのを目のはしに入れた瞬間、身体が動いた。手すりに足をかけると、その勢いで身体を持ち上げる。
パンツスタイルでよかったー!こんな時にそんな安心。ああでも確実にこの服は駄目になるだろうな。アリッサに手紙を出さないと。そうやって気を紛らわせないとこの雄大な景色が私を硬直させる。
だって、私は、一般人で、ハリウッド映画の主役ではないんだから。
「『黒の術師』…!」
私は回廊から飛び降りた。
※4/23お食べくださいを削除。イメージはこれなんですけど、ちょっとひっかかりそうなので。




