国境の女騎士
ラブなロマンスをご期待の皆様すみません。
ヒロインは、猛特訓で息も絶え絶えになってます。
五日目、ようやく砦に着きました。石造りです。
「よく来たな、『黒の術師』。」オージェ候第二息女のテレサ、あなた何故ここに!?
「先日配置替えでな。ここ二日ほど雨の所為でライル河の水位が上がっている。二日ほどこちらへ滞在していただくことになるが、よろしいか。」
はぁ、そうなんですか。
テレサは城にいた時とは変わり、騎士の白い制服を纏っている。
宝塚だ。凄くかっこいい。それが、彼女の努力によるものなのだということが、違和感なくたたずむ姿からも見て取れる。
既に歩けない私は―初代の所為です―例のごとくウリセスに抱えられ移動中です。初代の馬鹿、アホ。取得は色々できましたが、もうこのまま眠りたい。
うつらうつらしていると、
「リオ、眠るか?」ウリセスが聞く。強制的に眠らされるのはもう勘弁。私は首を振る。馬車の乗り心地などは今回は堪能できませんでした。
というより、夢の中でも特訓だったので、全く寝た気はしないんだけど。
これがいわゆる、睡眠学習?
顔面蒼白だったので砦の人たちには、何かやんごとなき姫がどこぞの貴族と駆け落ちしてきたというまことしやかな噂が流れ、後日訂正に大変苦労した。
蒼白なのは、初代の所為だから。
この砦はあくまで中継地点のため、あまり部屋数が無い。もともとが宿泊する目的で造られていないので、ウリセスとは同室になった。
おそらく、簡易的に設置されただろう寝具と、小さな椅子と机が配置されている。その上には貴重な果物や水が置かれていた。テレサの心遣いだろう。
「髪…黒くなったな…」ヘッドセットを外し―例のごとくアリッサにつけられました―鏡をのぞくと、薬の所為か伸びが異様に早い私の髪は、そろそろヘッドセットでは隠せないくらいに黒髪が見えていた。
次からは帽子になるんだろうか。なるな、きっと。アリッサが喜々として作る姿が目に浮かぶ。未来予想図はなぜかはっきりと浮かぶ。
「リオ…疲れているだろうが、少し良いだろうか。」ウリセスがベットに腰掛けたままの私に向かいそっと膝をついた。
「何?」
「何故、あのようなことを?」ああ、動けない自分が恨めしい。
「迷惑だった?」あのようなこと、というのはもちろん私が頼んだ報酬だろう。この道すがらそんな話しを落ち着いてすることもなかったので、油断していた。
できることなら、避けたい話題だったのだけど。
「いや。ありがとう。私自身まだ、実感できていないが身軽にはなった。だが、リオには他に叶えたいことは無かったのか?」
「うん。それは初代が叶えてくれるから。」どうしよう、やっぱりあまり嬉しくなさそうだ。私は余計なことをしたのかもしれない。彼と王宮の間には、もしかすると私の知らない絆があったのかもしれない。もしそうなら、私のしたことは完全に私の自己満足で。
それでもいいと思ったのだけど。
「そうか…リオが良いというのならば、かまわない。随分、無理をしたのではないか?」そっと手を握られ、どうにも気恥ずかしい。
「あ、あの、別に、そんなに無理はしてないです…」そっと手を抜いて、少し休むことを告げるとウリセスは部屋を出て行ってくれた。
何だ、この動揺。
だって。握られた手が、とても暖かくて、優しかったから。
それだけで動揺するなんてどうかしてる。
心配されて、嬉しいだなんて、どうかしてる。
まるで彼を物で釣ったみたいではないか。
当たり前のように差し出された感謝の気持ちが、どうにも素直に受け取れない。
「別に、感謝して欲しかったわけじゃなくて…」
ただ、自由に、なって欲しかった。
あの優しい半精霊が、世界を巡れるように。
「ヒューザード殿、何か。」テレサは書類から顔を上げるとウリセスに向き合う。
ここは彼女の執務室であった。現場の指揮を取る立場にある彼女は砦でも入り口付近の部屋にいる。本来はここは貯蔵庫の一つだったが、彼女がここが良いと変えた。
「ライル河の水位は急変したのではないか?」
「…さすがは、というべきだろうか。」テレサは苦笑すると資料をウリセスに渡す。
ウリセスはそれを一瞥して、
「やはりな。精霊たちが騒いでいる。何があった?」
「私にもよくはわからん。が、着たらこの様だ。商人共からも苦情が来ていてな。早いうちに手を打たねば一部の流通に差し障る。」
ウリセスは一度ライル河を見ることにした。
「ここ数日で、特に大雨などは降っていない。」テレサが隣で説明する。
ウリセスは岸に立ち、一度手をかざす。
「……河川の管理施設は特に問題は――何だ?」水を通して上流にある河の管理施設を覗き見していたところ、何らかの力に跳ね返された。
「どうかしたか。」
「……計画高水位まではあとどのくらいだ?」
「2日でこの量だ。もっても1日か2日というところだろう。」テレサはその時のために土嚢を積ませているが、いざという時には砦を堤防代わりにしなくてはならなくなるだろう。何しろ、水位が上がるのが早すぎる。近隣の住民の避難は完了させたが、それだけでは未だ不十分だった。
「何者かが管理施設を乗っ取った可能性がある。私が行こう。」
「では私も…と言いたいところだが。」テレサは苦笑した。現場の監督である自分が抜けることはできない。今はライフラインである街道へ水を溢れさせないようにすることが先決だ。そして目の前には丁度水のスペシャリストがいる。
「無理だろう。リオを頼む。」
「わかった。こちらこそ、頼んだ。」あっさり諦めるとウリセスを見送った。
ウリセスは一度河からの水に呑み込まれたかと思うと、もうその場には居なかった。
「さて…お姫様の機嫌はどうかな。」テレサは一度視線を河向こうへやるとふっと笑い砦へ踵を返していく。
「あっぶねぇ……」茂みの中に男は居た。銀色の髪に緑の瞳を持つ美丈夫だ。
「ちょっと予想外な展開。さすがに『白百合の騎士』だな。バレるところだった。」男の隣にいたもう一人の男が覗いていた双眼鏡を外す。こちらは、灰色の髪に橙色の瞳を持つ大男だ。
「なあ、本気でやるのかよ?」歳若い男は隣の男を見る。
「まあ仕事だしな。それに、興味がある。」大男はにやりと笑って背中に背負った剣を確かめる。若い男もそれに合わせて不思議な文様を地面に描いていく。
「『黒の術師』ってやつに。」二人はそのまま文様の中に入り、姿を消した。




