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酒は飲んでも飲まれるな。

「どーしよう。」宿を出てきたものの、戻らないわけにもいかず。


おはようございます。水を飲むと酒の味がします。


ついでに頭も重くて、歩いて帰るのが億劫です。タクシーよこせ。何故異世界にタクシー無いのか。むしろ作れ。


城への道のりをよたよた歩いていると、目の前から爽やかな風が吹いてきます。何の効果か、こちらに向かってくる人、人、人…



「確保おおぉ―――――――!!」


え?いや、なんですその血走った目。



坂崎璃桜、異世界で捕縛されました。



とても、爽やかな朝に。





「ぎ、ぎもぢわる………は、吐く…………」


吐ければ楽なのに、さっきから吐く手前の状態で最悪です。


担がれてやって来たのは街の集会場所。どーやらさっきの集団は、刑部の下の警備隊らしい。


髪の毛の生え際を確かめられ、むさくるしい男たちにかこまれ、すえた汗の匂いと、私の酒臭さ。


もう、吐いてもいいかな。



「…リオッ!」


おや、幻聴が。


いや、幻影か。


あー、妖精さんが見えます。


きらきら光って……

「………うぷ」


あ、周りが一斉に退いた。


「ぅ……げぇぇぼぉ…ごふっ……」


以下略。



異世界トリップで、美形にゲロ吐いたヒロインは、私くらいだろう。


お食事中の方、ごめんなさい。





「リオ様…?」あー、アリッサの声だ。


次に目覚めたときは、柔らかいベッドの上だった。


「良かったですぅ…!もう旦那様が抱えてこられたときは、ほんとうにびっくりしたんですからね!」うん。悪かったよ。流石にこっちにビニール袋なる便利なものは無くてね。いつも持ち歩いていたんだけど。よろりとベットから起き上がる。


むくり。


「おかしい。」起き上がれる。しかも気分爽快。何だこれ。頭痛もすっかり無くなっている。


「ああ、それなら…」アリッサの話しによればウリセスが水の精霊術で二日酔いをぶっ飛ばしてくれたらしい。


何てナイスな技!むしろそれで商売ができ……失礼しました。


私が輩出したアレな感じの諸々もすべて綺麗にされていました。はい、社会人としてどうかとは思います。


「それで、リオ様、旅支度はどうされます?」




はい?





何この展開。


ゲームよろしくあれよあれよという間に装備が整いました。別にそんなもの必要ないだろうに、何故だか私はミスリルだか何だかわからない素材の防護服を着ていたりします。あれぇ?


そして隣には何故だかウリセスが。


あれぇ?


ヘルプ!



困った時の、初代。


いない!


そうですね、ああ、私置いてきてしまったんですね。どうしましょう。


「リオ、気分はどうだ。」相変わらず美形ですね。こちとらなんとなく気まずくて顔を合わせられなくてって、意識してたのは私だけですか。そうですか。ああもう、相変わらず無表情。でも多分、心配しているのねその目は。それくらいはわかるようになりましたよ。


ゲロ吐いてもう恥ずかしくて顔を見れない、きゃー、というくらいの年頃でも無いし、さっさと意識を切り替える。


「ありがとうございます。とても良いです。」むしろ爽快。現状が理解できない不可解さを除けば。


アレなものをかけられた男前は、何事もなかったかのように、淡々と準備しています。私はそれをぼーっと見ているだけ。


だから、何なんですこれ。


「説明しよう。」いきなり【魔法使い】が現れた!


気配も無く現れるのは彼が【魔法使い】だから?それにしても、相変わらず不機嫌そうな顔だ。いや、不景気そうといえばいいだろうか。


シュベールの話しによれば、私とウリセスは旅に出るのだという。王宮から解放されたとはいえ、仕事上でウリセスはこの国の中枢に関わってしまっているので、そう簡単にははいそうですか、と手放すことはできないのだそうな。


そこで、『黒の術』に関する仕事に絞って王宮と協力体制を取ることになった、らしい。



この、お人よしの半精霊め!



まぁ、給料諸々その他諸経費は王宮が負担になったそうなので、良いといえば良いか。


相変わらず私の立ち位置が非常に微妙なんだけど。ちなみに、私は基本的には自由の身の上です。ただ、霞を食うわけじゃないので、『黒の術』に関することは否応なくどの国だろうがどの組織だろうが、立ち入ることができるらしい。あんまり嬉しくない。経費云々は、その時の国と国なり、何なりで一定基準を設け、要相談。


今回の報酬も『言質』以外に王様が私用の口座に用意してくれたそうな。知らなかった。むしろその金を持って逃げてもいいですか。だめですか。だめですよね。うん、少しだけ現実逃避をしてみたかったんです。


何だかめんどくさい話し。というのも、初代がやたらめったら器物破損を過去にした所為もあり、被害総額を恐れる各国で協定が結ばれたのだそうな。だから、『黒の術』が原因でも『黒の術師』が出張れば『黒の術師』には一定のお金が支払われる。謎な構造。


原因は私のようなものなのに、お金は払ってくれるのか。後で初代に詳しいことを聞こう。それにしても。


過去に何してるんですか、初代。(何度目?)



で。


「その、トラリス国で『黒の術』が使われたかもしれない、ってこと?」どうやら、私が吐いた時にそういう話しをウリセスはして、私も意識が混沌とした中で頷いて返事もしていたらしい。もちろん、そんな記憶はまったく無い。


「…国境までは俺が一応付くが、その先は保証しない。まあせいぜい頑張るんだな。」シュベールはそれだけ言うと立ち去って行く。


「リオ様、今回は私もついて行けませんし、心配です。軽装なので出番が無いんです。」ねぇ、アリッサ、今の台詞に色々疑問を感じるのは私だけかしら。


「旦那様も気をつけてくださいね。女性はデリケートなんですし、リオ様と二人っきりになりますから、できることはマメに手伝って差し上げてくださいね。」まるで母のようにウリセスに言うアリッサ。何か立場が違う気はしたが、ウリセスが何も言わないところを見ると、いつもこのようなやり取りをしているのだろう。


私はアリッサの台詞を反芻する。



あれ?


まさかのウリセスさんと二人ですか!?


「リオ、よろしく頼む。」真顔で答えないで欲しい。


若い子ではないので、美形と二人で旅でラッキーなどとは思わない。むしろ、


どうしよう!?だ。


女子には殿方に言えないアレやこれ、アリッサがいたからできたこと、そんなことやあんなこともあるわけで。


それが、どう見ても人に色々やってもらう立場の人と一緒に、旅!?


とても不安です。

そんな私の気持は他所に、荷造りが終わり、追いたてられるように馬車に乗せられた。そして、


「忘れ物。」



キラキラが久しぶりに目の前にいます。


エセルバードが私の頭に載せたショルダーバック。


何が入っているか、触らずともわかるそれ。


「…ありがとうございます、色々。」まだ、彼の顔を見るのは少し辛い。けれど、彼の立場も私にはよくわかるつもりで。そして、彼は少なくとも敵ではないわけで。


だから、複雑な顔をしてしまった。


「帰る頃には、もう少し住み易くしておく。」エセルバードは苦笑すると私の頭をくしゃりと撫でた。


「……行ってきます。」するりと言葉が出た。エセルバードは一瞬目を見張ると、今度は掛け値ない笑顔を浮かべた。


いざとなれば『黒の総本』持って、家出すればいいことだ。と、結論つけた私は、この際利用できるものは何でも利用してやろうと腹をくくった。


もしかすると私自身が未だエセルバードを信じたかったのかもしれない。次に会う時までには私の中でも彼の中でも何かがまた変わっているだろう。今は前を向いて進むしかない。

私は無理やり不敵な笑みを貼り付けて彼を見た。エセルバードはそれにいつものようなにやりとした笑みを返した。


今は、それでいい。


わだかまりも、すぐに解決するわけじゃないけれど、花の一面だけを知ってその花が美しいと言うのは簡単なんだ。そして一面だけ見て、その花が汚いと言うことも。


だから私は、前に進むしかない。





進むしかない、んですが。







どうしましょう。


そうして、旅に出ました、なら良かったんですが。

「リオ?」


「…初代が拗ねてる。」置いて行ったのが気に入らなかったんだろうか。表紙を開いた『黒の総本』に


『の』の字がずらりと並んでいた。まだ増えている。


シュベールも面白そうにこちらを見ている。


「初代、いい加減、機嫌直してくれませんか。これからは、あなたが頼りなのに。」置いて行ったのは悪かったんだけどね。


『…黒の術師への試練~国境までに取得すべき事柄~』



はい?



何だか恐ろしい文字が見えたんですが。


『なお、国境までに取得できない場合、【魔法使い】に半殺しにされる恐れ有り。』


「な、何でですかっ!?」


「そりゃー、俺が国境までは守るが、半精霊一人じゃちと荷が重いだろう。半人前以下の『黒の術師』殿ではな。」シュベールめ。言いたいことを言う。


『本来なら、昨晩から始める予定だったが、どこかの半人前は一人だけ楽しんできたようだからな。それほど余裕があるのなら、タイトなカリキュラムでも問題ないだろう。まぁ、せいぜい頑張れよ。』


そして私は、国境までに使えるだけの『黒の術』を使いきり、ウリセスに回復系薬剤を飲まされ、睡眠の精霊術で泥のように眠り、また起こされ、という繰り返しをすることになったのだった。


何この熱血系スポ根アニメのようなノリ。


今頃になって昔友人が呟いた、二日酔いになった人間なら誰しもが思い浮かべるあれが頭をよぎった。



酒は飲んでも飲まれるな。



馬車はガラガラと音をたてて走ってゆく。国境まであと五日。

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