独白。
「仔猫ちゃん、発見。ヒューザード、早く行け。泣いているかもしれないよ?」私はそう言うとその部屋を後にした。
リオは面白い。
強いようで弱く、次から次へと飽くことがない。
円卓の報告でのヒューザードの顔は見物だった。あの堅物でもあんな顔をするのだな。面白い見世物だった。
王の判断を待ち、リオを呼ぶつもりだったが、リオは城から居なくなっていた。
笑った。
報酬は宣言したのだ、彼女が望むよう。叶えられないわけがない。
彼女の望み通りになったというのに、彼女は逃げた。
そうだろう。あの報告書ではあまりに普通すぎる。刑部が上げてきたものとほぼ同様だった。
だからこそ、追及されるのを避けるため彼女は逃げたのだろう。あるいは―
私から逃げたのか。
いずれにせよリオは居なくなり、その捜索に私がかり出されたというわけだ。
【魔法使い】に結界の全体―街の全域を具現化させ、その中から『黒の術』のかかっている場所を特定した。手間のかかる作業だったが、面白い試みだったので手伝った。
案の定、まだ王都にいた。地区の範囲さえできれば刑部にも捜索は容易い。あとはあのウスノロな半精霊が行けば戻るだろう。
『黒の総本』を撫でて開く。
『うちの子、泣かさないでくれます?』この男とは物心ついた頃の付き合いだが、本当に飽きない。今回の『黒の術師』はことさら気に入っているようだ。予定より能力が低かったことも原因だろうか。
「お前も同犯だよ。知っていて黙っているのはね。」術を使ったのは私ではないが、私が関与したことに気づいていたはずだ、この男ならば。
『これも、リオを鍛えるためだ。』
「意外と、強かかもしれない。あの状況で私と取引するくらいだ。」
『詰めが甘い。』
「まぁ、もとは君のせいでもあるんだからリオを責めるのはお門違いだね。」『黒の術』の元凶である男に比べれば、リオは何と可愛らしいことだろうか。
トリスが帰ってきたのはお告げの直前だった。まるで、こちらの思惑など初めから知っていたかのように彼女を生きたまま返してきたのだ、あの男は。
「リオがトリスまで気付くとはね。」
トリスはもともと私がオルパディルに送り込んだ『裏の者』だった。それが、二重の間者であると気付き、オルパディルの情報を得るため泳がせた。
妃候補に『裏の者』を付けたのは彼女らを守るためもあった。ミリィは失敗したようだが。
だが、彼女らには見えていない。
『黒の術』が。
リオがどのような報告を上げようと、握つぶすことは容易い。だから彼女はわざわざ『黒の術』で報告書を書いたのだろう。
暗に私が意図して女たちを動かしたことも読めば判るようになっていた。これが明るみに出たところでどうということもなかったが、『裏の者』を五代候に敏感に反応されるのも面倒だった。各地に派遣している者は一人や二人ではないのだ。
王宮が王宮たるため、監視するのはこれからも必要だ。
面倒な事は少ない方がいい。
私はリオの望みに応えた。
私に関する記述をすべて削除し、曖昧にした上でオルパディルへと皆の意識が向くように。
泣きそうな彼女の顔はそそられた。
人など、すぐに死ぬ。まして『裏の者』ならなおさら、私の為に死ぬ。いや、王家の為に。
それは名誉であるはず。トリスも、他の女と同じように疑いなく私からだというペンダントを受け取った。それが、自らの命を奪うものとは知らずに。
商人も何も知らされていなかった。ただ、オルパディルを匂わすと、目に見えて動いた。あれでは間者は務まるまい。
少し意外だったのは、病床に於いてもセラフィナの意思がしっかりしていたことだ。あの娘は何か勘づいたのかもしれない。
そこで父上からのお呼びがかかる。私はため息をついて本を書棚に戻した。『総本』だけは守らなくては。これは『黒の術』が王家に与えられた代償。
『黒の術』を守るためにこれから幾度もこのような事が起こるのだろう。そしてそれは、必然であり。
「説教されるな。」父も勘づいただろう。私が任された初めの『黒の案件』とはいえ、被害を出しすぎた。
リオは正しく理解した。『黒の術師』が立たされている立場というものを。
それ故、逃げたのだ。
王宮に仕えずとも、お優しいリオのことだ、目の前で人が死ねばこの国を見捨てることはできない。そして気付いたはずだ。自らの居場所はここが最適であると。
「今回は、引分けというところかな?」私はもう一度溜め息をつくと、顔を上げた。
『黒の術』は、中立。何者にも染まらず、何ものにも属さず、なにものにも屈せず。
だからこそ、我等はそれを求めるやもしれぬ。
我等が失った、理想を求めて。




