LESSON4 同期
ウリセスの部屋へ行くと、どう話せばいいのかわからなくて、言葉に詰まってしまった。
そもそも。
彼は人が良すぎる。(半分人でないから?)
私のような見ず知らずのものを拾い、『黒の術師』だからといって保護し、その後、王宮へ置いていかれるのかと思ったら、「保護対象」とかで、私の保護者ということになっているらしい。よくわからないけど。
だからアリッサは私の世話をしてくれているし、アリッサが居なければわからないこと―例えば生理のこととか―もあって、助かっているのは本当。
信じてもいいだろうか。
酷い顔をしていたらしい。
ウリセスは椅子を勧めると無理には聞かず、私が落ち着くのを待ってくれた。
お茶を頂いて一息つき、それからぽつりぽつりと話し始める。
もちろん、私が異世界から来たこと、初代の体質は隠し、黒の術で四代目を指導していたことにする。そして、今回の元凶ともなるべくことを話す。ウリセスの生まれたくだりは、さすがに話しにくくて、つっかえながらだったけれど、どうにか全部話すことができた。
プレゼンは得意だったのにな、とか、起承転結つけれてないな、とか、いろんなことを考えたけれどやっぱり纏まらなくて、それは酷い文字の羅列をウリセスは辛抱強く聞いてくれた。
「その…ごめんなさい。」私が謝ることではなかったけれど。
初代がすべて悪いと言い放てるほど子供でもなくて。まだ本当に信じていいのかもわからないのに、信じたいと思ってしまった私の口から、言葉は止まらなくて。
何だろう、このみっともなさ。
ウリセスはそっと私の隣へ腰掛けると、
「話してくれて、ありがとう。」
「…でも…」
「リオ。私は両親に愛されていたとわかっている。だから、私が何のために生まれたのかといえば、愛されるために生まれたのだろう。これは、人では理解できぬだろうが、精霊が生まれ出でるということは、愛されるから生まれるのだ。ほとんどの場合が。それは、例え親が亡きものであろうと、私の中に受け継がれたものが確実にそうであるとわかるのだ。――しかし、私はリオのために在るのだな。」
「ご、ごめんなさ…」いたたまれない。声が静かなだけに、すごくいたたまれない。
「嬉しい、と言ったら?」
え?
そっと抱き寄せられ、包み込まれる。何、何、何この状況!?
「う、う、ウリセス!?」すみません。本気でやめて、免疫無いの。勘違いしてしまう。本当に。いくら、おじーちゃんでも外見男前だから。
「リオ、人と精霊では違いがあるとすれば何だと思う?」ウリセスはそのまま囁く。その声がとても近く聞こえて、私は思わず身体をよじってしまう。
「え…?」違いって、精霊術が使えるかどうかってことではないの?
「『偽る』ことだ。リオは今、私に『偽り』を語ったか?」
「そんなこと…!」こんな荒唐無稽な話しを作ってどうしろというのだ。思わず顔を上げると、
しまった、美形アップが。
「精霊は『偽り』を語ることは出来ぬ。故に、『言質』に左右される。半分だけの私でもそうだ。私はリオの力になりたいと思う。リオは迷惑か?」
そんなわけ、ないでしょう。首を振るとウリセスが頭を撫でる。
「迷惑…かけるよ…」子供扱いされているのか、じゃあ、甘えてもいいのかな。
「かまわぬ。リオの迷惑など迷惑のうちではないな。」何でそんなこと言えるんだ。
「…何で……」どうしたらいいのかわからない。ここは素直にありがとうって言うべきなんだろうか。
「何故だろうな。リオの傍に居れることが心地よい。それでは駄目か?」
「駄目、じゃないけど…」なんか、恥ずかしい。何だろうこれ。とりあえず、顔直視はできないので、うつむいたら、そのまま抱え込まれました。
うわ!うわ!うわ!む、胸板厚いんだけど!!いや、問題はそこじゃない!頬が、胸に当たるっていうか、頬だけじゃなくて、なんか色んなところが。
「……泣くかと思ったが……」みみみみ、耳にエロヴォイスが!!何か、何か違う。いや、好きか嫌いか聞かれれば好きな部類だけども!
「泣かないよ……」子供じゃないもの。ああでも、彼から見れば私は子供だから、このまま甘えてもいいのかな。
他人の(人ではないが)体温なんて、久しぶりに感じた。彼とはこんなゆったりした時間は持てなかった。頭を撫でる手も、背にある手もずっしりと大きくて、暖かい。
きゅっとシャツを掴むと、ふっと吐息が漏れる音がする。ドレスでない分、じかに体温を感じて、何だか気恥ずかしい。
「ウリセス…お父さんみたい…」ぴくり、と頭の手が一度止まった。
甘えても、いいのかな。
「リオ…」
コンコンコン。
ん?木の音?動こうとするけれどウリセスにしっかり抱えられたまま動けない。何これ。
コンコンコン。
やっぱり、誰か来たんじゃないの?
「リオ…」ウリセスの腕が緩む。
「どうした…!?」揺れてます。私がかけたショルダーバックが。
つまり、『黒の総本』―初代。
ショルダーバックが揺れてテーブルに当たってる音。
慌てて本を取り出し開く。
『リオ、身体、借りるぞ!』文字がものすごい勢いで書かれていく。
「何!?」
ガシャーン!
ウリセスが私を庇って前へ出る。
音がしたのは隣の小部屋からだ。何か落としたのだろうか?
隣の小部屋は、給仕するための準備室になっているはず。私の使用している部屋も同じ作りで、アリッサはそこにいる。
カタカタカタカタ 明らかにおかしな音がします。何だろう、これ。しかもだんだん音が近づいてくる。
何だか、嫌な予感がします。そして、本には。
『初代モード発令
第三まで使用許可
発動準備完了
同期率80%…』
何初代モードって。どんなですか。
「『黒の術師』…!」獣のような格好で突入してきたのは、さっき美味しいお茶を入れてくれた、女の子。
嫌、嫌ですよ、何ですこれ。またですか、どうして。
「エル・ブリット!」鋭い声。ウリセスが手を振るうと彼女の足は床についたまま凍る。
これが…精霊術?
じゃああの時助けてくれたのも、ウリセスだったんだ。
『同期率 100%
初代モード 発動』
「「どけ」!」声が、勝手に出た。違う、私と初代の声が重なったんだ。
「リオ!?」ウリセスが驚く。私は私の意志ではなく勝手に動く。ウリセスをどかして前に出る。
バキン。
嫌な音がする。
彼女は凍った足を折ったのだ自分で。そしてそのまま飛び掛ってくる。助走もなしに。
顔が整っていて無表情なだけにものすごく怖い。
「「『開放!』」」飛びかかる彼女に向けて右手を突き出す。
ぷつり。
命の糸が切れた音がする。
彼女だったものがテーブルに落ちて、一度バウンドしてから床へ落ちる。
「…っ」身体が後ろへ飛ばされて、椅子に打ち付けられそうになるところをウリセスに支えられる。
「リオ!」
「……」大丈夫、とは言えなかった。吐き気、頭痛、眩暈、何だこれ、何この世界。
ぐっと、身体が持ち上げられ、ウリセスに抱きかかえられたのだとわかる。
「誰か!誰かいるか…」ウリセスの焦った声がする。うん、でも大丈夫だから、ちょっとまた、視界が怪しくなってきてるくらいで。
大丈夫だよ。
初代、何やったんですか。人に説明もなく―あの本読めば大体わかりますけどね、でももう少し考えてくれてもいいじゃないですか、何で名前言わなくて術ができるんですか、もうわけがわからない。しかも『開放』って、相手、殺しちゃうんじゃないですか、ああ気持ち悪い。
そして、私の意識はまたブラックアウトした。
※ちなみに王様たちの『言質』は人間にも有効です。しっかり。特殊能力なので。




