第7話 植物ダンジョン
朽ち葉の小径は、森の中のようなダンジョンだった。
外は住宅街の神社裏だったのに中は薄暗い林道。
足元には枯れ葉が積もり、木々の間から弱い光が差し込んでいる。
空気は湿っている。
だが、水の洞穴とは違う。
土と葉の匂い。
どこか腐ったような匂いも混じっている。
「植物テーマか」
蒼真はアルカナに触れた。
今は魔法がある。
昨日とは違う。
木製ハンマーも持っているが、主武器は魔法に切り替えてみるつもりだった。
最初に現れたのは、動く蔓だった。
足元の枯れ葉の下から、細い蔓が蛇のように伸びてくる。
《真鑑定》
【ウィップヴァイン】
【ランク F】
【拘束に注意】
「注意ばっかだな、【真鑑定】」
言いつつ、蒼真は手を前に出す。
「《ファイア》」
火球が飛ぶ。
蔓に当たる。
燃えた。
ウィップヴァインがのたうつように動き、地面へ崩れる。
「火、強いな」
植物相手には分かりやすかった。
ただし油断はできない。
二本目の蔓は、横から来た。
足首に巻きつかれる。
「うおっ」
体が引っ張られ、転びかける。
蒼真は風魔法で枯れ葉を吹き飛ばし、蔓の根元を見つける。
火球。
撃破。
「見えないところから来るの、嫌だな」
森のダンジョンは、視界が悪い。
敵が隠れる。
足元も見にくい。
だが、その分、魔法を試すにはちょうどよかった。
火で焼く。
風で葉を払う。
土で足場を固める。
水で火の広がりを抑える。
四つの魔法があることで、対処の幅がかなり広がる。
蒼真は進みながら、その感覚を確かめた。
魔法は便利だ。
だが、万能ではない。
火を使いすぎれば煙が出る。
水を使えば足元がぬかるむ。
風は軽いものを飛ばせるが、重い敵には弱い。
土は便利だが発動が遅い。
使えば使うほど、単純な強さより組み合わせが大事だと分かる。
最奥の広場には、大きな花があった。
人の背丈ほどもある、紫色の花。
《真鑑定》
【ボス ポイズンブルーム】
【ランク F】
【毒粉を散布】
【火属性が有効】
「毒か」
蒼真は一歩下がった。
まだ解毒手段はない。
毒を受けるのはまずい。
ここで帰る選択肢が頭をよぎる。
しかし、目の前にはボスがいる。
倒せば宝箱が出る。
未踏破のダンジョン。
【報酬増加】
【幸運招来】
その全てが、蒼真の背中を押してくる。
「やるか」
蒼真は風魔法を使った。
毒粉が舞う前に、こちらへ流れないよう横へ散らす。
次に火球。
ポイズンブルームの花弁が燃える。
魔物が揺れ、紫の粉を吐き出した。
蒼真は土魔法で小さな壁を作り、その陰に身を隠す。
粉が壁にぶつかり、周囲へ散る。
「使えるな、土」
壁の陰から顔を出し、火球を撃つ。
また隠れる。
風で粉を散らす。
水で周囲の火を抑える。
火球。
土壁。
風。
火球。
単純な繰り返しだが、確実に効いていた。
最後の火球が茎の根元に当たり、ポイズンブルームが大きく傾く。
蒼真はハンマーを握って走った。
焦げた茎へ、全力で叩き込む。
【ボスを討伐しました】
【ダンジョンを踏破しました】
広場の中央に宝箱が現れた。
蒼真は息を吐き、額の汗を拭った。
「魔法、便利すぎる」
宝箱を開ける。
中には、魔石とスキル玉があった。
《真鑑定》
【スキル玉】
【内容 毒耐性・小】
蒼真は数秒、黙ってそれを見た。
「今出るのかよ」
ボス前に欲しかった。
だが、これから先を考えればかなり有用だ。
蒼真は迷わず使用した。
【スキル 毒耐性・小を習得しました】
体の中に、薄い膜のような感覚が生まれる。
毒を完全に防ぐわけではないだろう。
それでも、持っているだけで安心感が違う。
ダンジョンを出ると、夕方になっていた。
神社裏に戻った蒼真は、その場にしゃがみ込んだ。
疲れた。
さすがに疲れた。
昨日から数えて、いくつ潜った。
始まりの小迷宮。
水音の洞穴。
燻る小穴。
風鳴りの通路。
土塊の穴蔵。
朽ち葉の小径。
六つ。
二日で六つ。
普通かどうかは分からない。
だが、まともじゃないことは分かった。
蒼真は空を見上げた。
夕方の空は、いつもと同じだった。
世界はまだ、昨日までの顔をしている。
だが、自分だけが先に別の世界へ入ってしまったような感覚があった。
スマホが震えた。
会社の上司からだった。
月曜の朝、少し早めに来られるかというメッセージ。
資料の確認だろう。
蒼真は画面を見つめた。
昨日までなら、面倒だと思いながらも了承していた。
今は違う。
会社に行くこと自体が、遠い。
蒼真は少し考えてから返信した。
「月曜、こちらからもお話があります。少し時間をください」
送信。
それだけで、何かが決まった気がした。
家に戻ると、蒼真はまず風呂に入った。
泥と葉と汗を洗い流す。
腕には細かい傷。
足首には蔓に締めつけられた跡。
肩には昨日の火傷。
それでも、鏡に映る自分の顔は楽しそうだった。
風呂から上がり、部屋で戦利品を整理する。
魔石。
素材。
魔環アルカナ。
そして、ステータス。
レベルはまた上がっていた。
【初級水魔法】
【初級火魔法】
【初級風魔法】
【初級土魔法】
【酸耐性・小】
【毒耐性・小】
【観察】
【危機察知】
一気に増えた。
蒼真は画面を見ながら、しばらく黙った。
「これ、もう戻れないな」
戻る気がないのだから、当然だった。
明日、会社に退職の話をする。
貯金は多くない。
ダンジョンで手に入れた魔石や素材が売れるかもまだ分からない。
そもそも、国や社会がダンジョンをどう扱うのかも分からない。
分からないことだらけだった。
けれど、不安より期待が大きい。
蒼真はプライベートダンジョンの入口を見た。
魔力無限の訓練場。
あそこがあれば、魔法はいくらでも練習できる。
外へ出れば、ダンジョンがある。
踏破すれば、報酬がある。
強くなれる。
知らないものを知れる。
会社で資料を作るより、ずっと面白い。
スマホがまた震えた。
陽翠からだった。
「兄さん、何か隠してるでしょ」
蒼真は少し笑って、返信を打つ。
「そのうち話す」
すぐに返ってくる。
「絶対面倒なやつじゃん」
「たぶん」
「たぶんなの最悪」
蒼真は声を出して笑った。
家族に話すタイミングも、いずれ来る。
国に知られる日も、いずれ来る。
他の探索者と出会うこともあるだろう。
危険な相手もいるかもしれない。
それでも、今はまだ始まったばかりだった。
蒼真はベッドに横になり、腕のアルカナを掲げる。
黒銀の輪が、部屋の明かりを受けてわずかに光った。
ただの便利装備。
今はまだ、それだけだ。
けれど【真鑑定】に映った詳細不明の空き領域が、蒼真の好奇心をくすぐっていた。
「お前も、まだ何かあるんだろ」
返事はない。
それでも、蒼真は満足そうに目を閉じた。
明日は月曜。
会社へ行く。
そして、辞める話をする。
普通の会社員としての生活は、たぶんそこで終わる。
代わりに何が始まるのかは、まだ分からない。
ただ一つだけ分かっていることがある。
見つけたら、入る。
その先に何があるのか知りたいから。
蒼真はそう決めたまま、眠りに落ちた。




