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第6話 見つけたら、入るよね

日曜の朝、天城蒼真は全身の痛みで目を覚ました。


「……痛っ」


起き上がろうとして、まず肩が文句を言った。


次に背中、腕、太もも。


昨日、何度も転びかけ、壁に打ちつけられ、魔物を殴り続けた結果が、まとめて体に返ってきている。


だが、不思議と気分は悪くなかった。


筋肉痛に近い。


というより、久しぶりに運動した翌日のような痛みだった。


蒼真はベッドの上でしばらく固まり、それからゆっくり体を起こした。


部屋の床には、昨日並べた魔本と魔石と素材がそのまま置かれている。


腕には、黒銀色のアルカナがあった。


夢ではない。


昨日の出来事は、全部現実だった。


「さて」


蒼真は痛む体を伸ばしながら、クローゼットへ目を向ける。


一番気になるものが、まだ残っている。


プライベートダンジョン。


自分専用のダンジョン。


昨日は存在を確認しただけで終わった。さすがに体が限界だったし、深夜にこれ以上何かを試す気力もなかった。


だが、今日は日曜。


会社はない。


時間はある。


「まずは、ここだよな」


蒼真は顔を洗い、軽く朝食を済ませた。食パンを焼き、卵を雑に焼き、コーヒーを飲む。


いつもの休日なら、ここから動画を見て一日が溶ける。


今日は違う。


蒼真は魔本四冊とスマホと水を持ち、クローゼットを開けた。


服の奥に、白い入口がある。


商店街やダンジョンの入口とは違う。


怖さより、馴染む感じが強い。


《真鑑定》


【プライベートダンジョン】


【所有者 天城蒼真】


【許可なき者の侵入不可】


【第一階層 未設定】


【第一階層の設定を選択可能】


「選択可能」


その文字を見た瞬間、蒼真は少しだけ背筋を伸ばした。


ゲームのキャラメイクみたいなものだ。


こういう時に適当に選ぶと、あとで後悔する。


蒼真は慎重に情報を読む。


表示された候補はいくつかあった。


訓練。


鍛冶。


研究。


治療。


収納。


休息。


そして、魔力無限。


「……いや、これ一択じゃないか?」


魔力無限。


名前だけで強い。


《真鑑定》で詳細を読む。


【魔力無限】


【第一階層内において、魔力消費による枯渇が発生しない】


【魔法訓練、魔力操作訓練に適性】


【肉体疲労、精神疲労は発生する】


【階層設定後、変更不可】


蒼真は何度も読んだ。


魔力は減らない。


ただし、体は疲れる。


集中力も削れる。


完全な無限訓練場ではない。


それでも、今の蒼真にとっては十分すぎるほどだった。


昨日手に入れた四冊の魔本。


水、火、風、土。


それを使い込めば、正式に魔法を習得できる。


魔力無限なら、それを短時間で試せるかもしれない。


「決まりだな」


少しだけ迷ったふりをして、蒼真は魔力無限を選んだ。


白い入口の奥が、静かに揺れた。


空間が変わる。


服の奥にあった白い入口が、少しだけ深く、安定したように見えた。


蒼真は息を吸って、入口へ足を踏み入れる。


視界が暗転した。


次に見えたのは、広い白灰色の部屋だった。


体育館ほどではないが、一人で訓練するには十分すぎる。


壁も床も滑らかな石のような材質でできており、天井には光源らしきものがあるのに、眩しすぎない柔らかな明かりが満ちていた。


空気が違う。


街の空気ではない。


ダンジョンの湿った空気でもない。


魔力というものがあるなら、きっとこういう空気なのだろうと思えた。


体の内側が、少しざわついた。


蒼真は手を前に出した。


水の魔本を開く。


「《ウォーター》」


水球が生まれる。


昨日より滑らかだった。


すぐにもう一度。


「《ウォーター》」


また水球。


魔力が抜ける感覚はある。けれど、すぐに満たされる。


桶から水を汲んだ瞬間に、同じだけ水が戻ってくるような感覚だった。


「すご」


蒼真は何度も水球を作った。


最初は拳大だった。


十回ほど繰り返すと、少し大きくなった。


二十回目で、形が崩れにくくなった。


三十回目で、狙った場所に飛ばせるようになってきた。


魔力は減らない。


だが、集中力は減る。


水球を作るたびに、頭の奥が熱くなる。狙いを定めるたびに、目が疲れる。


それでも、止められなかった。


水球を壁にぶつける。


弾ける。


もう一度。


角度を変える。


速度を変える。


大きさを変える。


ただの水球なのに、やれることが多い。


楽しい。


何度目か分からない水球を撃った時、頭の中に文字が浮かんだ。


【初級水魔法を習得しました】


「来た」


蒼真は思わず声を上げた。


魔本が光に包まれると溶けるように消えた。


【称号 人類初魔法師を獲得しました】


【称号報酬 ユニークスキル 属性適性を獲得しました】


「……また称号?」


蒼真は浮かんだ文字を見つめた。


《真鑑定》


【属性適性】


【全属性魔法への適性を開くユニークスキル】


【本来発生する属性ごとの習得難度、適性差、魔力の馴染みにくさを大きく緩和する】


【魔法そのものの威力を直接上昇させるものではない】


「全属性……?」


蒼真の視線が、床に置いた三冊の魔本へ向いた。


火。


風。


土。


まだ水しか覚えていない。


けれど、もしこの表示が本当なら。


「……あと三つ、いけるってことか」


疲れていたはずなのに、口元が勝手に緩んだ。


手を前に出す。


魔本を持っていない状態で、魔力を動かす感覚を探る。


「《ウォーター》」


小さな水球が生まれた。


魔本なし。


完全に自分のスキルとして使えた。


「いいな、これ」


胸が熱くなる。


魔本は補助輪だった。


それを使い込むことで、自分の中に魔法が残った。


一つ覚えた。


なら、次だ。


蒼真は火の魔本を開いた。


火は水より怖かった。


部屋の中で火球を撃つのは、さすがに少し抵抗がある。


だが、《真鑑定》で壁を見れば、魔法訓練用の耐性があると分かった。


少なくとも初級魔法程度で壊れることはない。


「《ファイア》」


手のひらに火球が浮かぶ。


昨日より小さい。


慎重になったせいかもしれない。


蒼真は壁へ向かって撃った。


火球が飛び、壁に当たって弾ける。


焦げ跡は残らない。


「便利すぎるだろ、この部屋」


蒼真は火球を繰り返した。


火は水より感情に引っ張られやすかった。


少し焦ると形が乱れる。


気を抜くと消える。


逆に勢いだけで撃とうとすると、無駄に大きくなって制御が甘くなる。


火魔法は、思ったより雑に使えない。


何度も失敗した。


何度もやり直した。


そして、何度目かの発動で火球が綺麗な球になり、まっすぐ壁へ飛んだ。


【初級火魔法を習得しました】


「よし」


蒼真はその場に座り込んだ。


まだ午前中のはずだ。


だが、すでにかなり疲れている。


魔力は減っていない。


けれど、集中力が削れていた。


目を閉じると、水球と火球の感覚が頭の中でぐるぐる回る。


「体より頭が疲れるな」


水を飲み、少し休む。


普通ならここで休憩を長めに取る。


だが蒼真は、風の魔本を手に取った。


「あと二つ」


風魔法は、さらに難しかった。


目に見えにくい。


水や火は形がある。失敗しても分かりやすい。


風は違う。


手のひらから何かが出ている感覚はあるのに、見えない。


壁に当たって初めて、空気が動いたと分かる程度だった。


「《ウィンド》」


最初の風は、ただのそよ風だった。


顔にかかる前髪が揺れる。


それだけ。


「……扇風機?」


思わず呟いた。


だが、繰り返すと少しずつ変わった。


風を押し出す。


細くする。


広げる。


一点へ向ける。


風魔法は、攻撃よりも操作が面白かった。


床に落ちた水滴を風で動かす。


空中に撒いた水を散らす。


小さな火球の進路を風でずらす。


水、火、風。


別々の魔法が少しずつ繋がる。


それが分かった瞬間、蒼真の中で何かが噛み合った。


【初級風魔法を習得しました】


「三つ目」


声は少しかすれていた。


疲れている。


それでも、蒼真は笑っていた。


最後は土魔法。


土の魔本を開く。


「《アース》」


床から小さな土の塊が盛り上がる。


ただし、プライベートダンジョンの床は壊れない。


床そのものから土が生まれているというより、魔力が土の形を取っているような感覚だった。


土魔法は重い。


水の流れとも、火の勢いとも、風の軽さとも違う。


動かすというより、形にする。


固める。


支える。


置く。


小さな壁を作る。


段差を作る。


弾を作って飛ばす。


攻撃としては遅いが、防御や足場作りには使えそうだった。


蒼真は何度も土塊を作った。


潰した。


壁にした。


崩した。


また作った。


土魔法は地味だ。


けれど、使い道は多い。


戦闘中に相手の足元を盛り上げる。


壁を作って攻撃を防ぐ。


水と合わせて泥を作る。


火と合わせて熱した土を飛ばす。


風で砂を飛ばす。


考えれば考えるほど、面白くなっていく。


【初級土魔法を習得しました】


その表示を見た瞬間、蒼真は大の字に倒れた。


「終わった……」


水。


火。


風。


土。


四つの初級魔法を、自分のスキルとして習得した。


称号は出なかった。


昨日のような派手なユニークスキル追加もない。


けれど、十分だった。


蒼真は腕を持ち上げ、アルカナを見る。


四つの魔法を使う中で、アルカナの補助は確かにあった。


効果は小さい。


だが、毎回少しだけ助かる。


発動が滑らかになる。


魔力の形が崩れにくくなる。


消費もわずかに軽い。


普通の杖が一点特化だとしたら、魔環アルカナは全部を少しずつ支えてくれる装備だ。


しかも、手が塞がらない。


「便利装備としては最高だな」


蒼真はしばらく寝転がっていた。


プライベートダンジョン内は静かだった。


外の車の音も、隣室の生活音も聞こえない。


完全に切り離された空間。


自分だけの訓練場。


自分だけの隠し部屋。


こんなものを手に入れて、普通の生活に戻れるわけがない。


しばらく休んでから、蒼真はプライベートダンジョンを出た。


部屋に戻ると、昼を少し過ぎていた。


体感ではもっと長くいた気がする。


時間の流れは同じらしい。


蒼真はカップ麺を作り、立ったまま食べた。


座ると、そのまま動けなくなりそうだった。


スマホには、また陽翠からメッセージが来ていた。


「昨日の面白いものって何」


「今度話す」


そう返すと、すぐに返事が来る。


「絶対あやしい」


蒼真は笑った。


妹は鋭い。


だが、今はまだ話せない。


話したところで、信じるかどうかも分からない。


いや、陽翠なら信じるかもしれない。


信じた上で、ものすごく面倒な顔をする気がする。


カップ麺を食べ終えた蒼真は、床に座って今日の予定を考えた。


魔法四種は習得した。


プライベートダンジョンも設定した。


本来なら、今日はもう休むべきだ。


昨日だけで四つのダンジョンを踏破した。


今朝は魔法訓練をやりすぎた。


疲労はある。


筋肉痛もある。


頭も重い。


だが、窓の外はまだ明るかった。


日曜は、まだ半分以上残っている。


「……ちょっとだけ、外見るか」


ちょっとだけ。


またその言葉を使った。


蒼真は準備を整え、外へ出た。


昨日までの自分なら、休日の午後にわざわざ歩き回ることなどほとんどなかった。


今日は違う。


街そのものが、別のものに見える。


閉じた店の奥、立体駐車場の隅、古いビルの地下、公園のトイレ裏。


ダンジョンが隠れているかもしれない。


そう思うだけで、普段なら何も感じなかった街角が宝探しの場所に変わる。


怪しい場所がないか周りを見ながら歩く。


疲れたら休む。


水を飲む。


そして、見つけた。


住宅街の端にある古い神社の裏手。


倉庫の影に、小さな黒い入口があった。


《真鑑定》


【ダンジョン名 朽ち葉の小径】


【ランク F】


【階層 一階層】


【テーマ 植物】


【状態 未踏破】


蒼真は入口を見た。


体は疲れている。


魔法は覚えたばかり。


初めての植物テーマ。


休むべきだ。


明日は仕事もある。


普通なら、引き返す。


蒼真は一度、深く息を吐いた。


「見つけたら、入るよね」


自分で言って、自分で少し笑った。


分かっていた。


探しに来た時点で、入らないわけがなかった。


編集していたら、永遠に終わりそうに無かったので荒いところが多いですが、どんどん話をのせていきます。

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