第48話 ルールは守ろう
お待たせしました。
荘厳な雰囲気の書庫。見上げても終わりが見えない本棚。そこに収められた無数の本。
その床で、蒼真は大の字になっていた。
「頭いてぇ…」
数十分前。
無限に思える本の中から一冊の本物を見つけないといけない。まだ実物を見たことはないが、偽物は【魔本のレプリカ】と鑑定される。ほとんど見た目が変わらないのだろう。
「レプリカ、レプリカ、レプリカ、レプリカ」
真鑑定の効果で脳内に表示された情報を次々に処理していく。
棚一つ分の鑑定が終わった頃、脳の奥で小さくズキッという痛みが走った。
これで集中力が切れてしまった。元々やりたくもないことだ。一度手を止めてしまうと意欲は家出した。それでも探さないと終わらない。一冊を手に取って開く。無字。戻して次の一冊。繰り返すうちに、棚に戻そうとした本が床に落ちた。どうせレプリカだ。わざわざ拾う気にはならなかった。
頭に声が響く。
【本は元の位置にお戻し下さい】
小さくため息をついた後、言葉を無視して鑑定作業を再開した。
「あれ?なんだこれ」
本が本棚に固定されている。動かない。仕切りか何かだろうか。
鑑定を続ける。二つ目の棚を終えようとしていた時だった。再び脳の奥にズキッという痛みを感じた。一度目よりも強い痛み。
「【真鑑定】に回数限度があるのか、それとも俺の脳の限界なのか……」
思い切って、棚を丸々一つ鑑定してみた。脳内に大量の情報が流れ込む。
「イダダダダダダダダダ!!」
頭を抑えて床に転がった。しばらく痛みに耐えていると徐々に治っていった。
床で大の字だった蒼真に戻る。
「万策尽きた」
万策ではない。しかし真鑑定に思わぬ弱点があることがわかった。一度に大量の鑑定を行うと、脳に負荷がかかり頭痛を引き起こす。もう手作業で確認するしかなかった。
「レプリカ。これも。これもこれもこれも」
次々に手に取っては開き、違うとわかると床に落とす。
「無属性魔法のため……無属性魔法のため……」
自分に言い聞かせる。床に本の山ができあがっていく。たまに現れる固定された本にイラッとする。
一時間。
二時間。
何かきっかけがあったわけではない。だが、それは唐突にきた。
「もう!無理だ!!」
持っていた本を地面に叩きつけた。静かな室内に音が響く。
また、頭の中で声がした。
【本は大切に扱ってください】
間違っていない。図書館の中では静かに。本は大切に扱う。みんなで守ろう図書館ルールだ。……何が図書館ルールだ。ここはダンジョン。灰色の書庫だ。書庫じゃん。図書館じゃないじゃん。
無意味にしか思えない作業の連続に疲労が募っていた。今、その疲労が怒りに変わった。
アイテムボックスから剣を装備し、空になった本棚に切り掛かる。
バキバキッ。
本棚が大きく割ける。
【備品を傷つける行為はおやめください】
また注意だ。この性格の悪いダンジョンの言うことを聞く気はない。こちらを困らせるというならば、こちらも自由にしてやる。いっそ邪魔なレプリカを燃やしてしまおうか。
「よし。《火弾》」
手のひらに火の玉が生成された。
【室内は火気厳禁です。ご使用はおやめください】
全力で無視した。火の玉が本の山に当たりレプリカは次々と燃えていった。
突如、アラームが鳴り響く。
【重大なルール違反を確認。その他、複数の違反を確認】
【知識への冒涜を確認しました】
【排除モードへ移行します】
きっと正しいルートではない。しかし現状は進展した。排除モードがどうなるかわからないが、終わりの見えない量の本を、一冊づつ確認していく作業に比べたらマシだ。
火が本の山に吸い込まれるように消えた。焦げた本が淡く光ると、逆再生のように修復されていく。元の状態に戻った端から、これも逆再生のように自ら本棚に収まっていった。
ゴゴゴゴ……
本棚が動き出す。中央にスペースが作られていく。全ての本棚が壁際まで移動した。
一瞬の静寂。
突如、けたたましいアラームが上空から聞こえてきた。緊急事態のときの音だ。発信源が近づいてくる。それは人の背丈を超える巨大な本だった。
ゆっくりと上から降りてきた巨大な本は、こちらを見下ろすように停止した。
《真鑑定》
【ボス 本の王 ブッキング】
【ランク C】
【スキル ダブル、オーバー】
「ブックのキングでブッキングね。ダジャレかよ」
余裕そうにしているが、Cランクの魔物との戦闘経験はない。どれほど強いのかが読めない。Dランクボスのクリムゾンバイソンから一段上と考えると、命の危機まではない気がしている。
「こういう危ない戦闘のために、パーティを組んだハズなんだけどな。結局一人で挑んじゃってるもんな。よくないよくない」
巨体の本が開かれた。白というよりも淡い黄色に似た紙質のページが、ゆっくりとめくれていく。その周りを八冊の灰色の本が旋回し始めた。
【排除を開始します】
巨体の前に魔力が塊となって現れる。魔力自体は無職透明だが、その輪郭は視認できた。放たれた魔力の塊が衝撃となって一直線に迫る。咄嗟に体をひねり、横を通り抜けるその魔法を《真鑑定》で見た。
【無属性魔法 魔力弾】
【無属性魔法の一つ。純粋な魔力を打ち出し衝撃を与える】
「おお。これが無属性……純粋な魔力の一撃ね」
旋回している本の一冊が開くと、さっきよりも小さい魔力弾が飛んできた。射線から体をずらすと床に当たった。衝撃の跡が残る。魔法を放った本が閉じ、また別の本が開き魔力弾を放ってくる。どうやら魔法を一度放つ毎に、本体を閉じないといけないみたいだ。
後ろに下がって距離を取る。さっきまで立っていたところに魔力弾が命中して焦げ跡のような跡を残す。その隙に旋回している八冊の本を《真鑑定》した。
【無地の魔書】
【本の王に従う書の魔物。王の剣と盾の役割をこなす。】
「厄介な手下だな」
無地の魔書が全て閉じた。ブッキングが再び大きな魔力弾を放ってくる。本当に同じ魔力弾なんだろうか。一直線に向かってくる魔力弾を右に大きく飛んでかわす。見えづらく早い攻撃だが、避けられないことはない。
タイミングを見計らい、急速に接近する。三歩目の踏み込みでアイテムボックスから剣を出し、そのまま切りかかった。ギリギリまで装備をしないことで、身軽なまま接近し一撃を銜える。名付けてアイテムボックス戦法。しかし魔書に阻まれた。
剣を受けた魔書が光る。
距離を取り、そのまま剣を構える。灰色だった魔書が銀色に変化した。その瞬間、剣がずっしりと重く感じた。明らかな違和感。柄を握る手もどこか安定しない。
銀色に変わった魔書から、ページが飛び出す。蒼真は火弾を魔書へ向けて放つ。何をしようとしているのかわからないが、攻撃あるのみだ。別の魔書が前に躍り出る。火弾を吸収した。
「攻撃を……吸収?」
飛び出したページが集まり、一本の剣を形どる。その場で二度振られるが、紙でできているようには見えない。
もう一度、魔書に《真鑑定》を行う。
【スキル 技能収奪】
【攻撃を受けると、対応するスキルを吸収する。吸収された者はスキルが使用不可となり、魔書が使用可能となる】
「は?」
火弾を吸収した魔書が赤色に変わっていた。こちらに向けてページが開かれる。その本の目の前に火の球が現れた。
「技能収奪って」
火魔法を使おうと魔力を込めて見る。しかし反応がない。
「使えない。火が出ない……」
慌ててステータス画面を開く。火魔法と剣術の文字がグレーになっていた。
「嘘だろ……」
紙の剣の刃が光ったように見えた。
「もしかして……」
スラッシュで斬撃の威力を上げた紙剣が切り掛かる。
「奪ったスキルを使ってくんのかよっ」
顔を傾けて剣撃を避ける。そのタイミングで火の球が放たれた。咄嗟に手のひらに水球を作って相殺。水の蒸発する音が聞こえる。
バランスが崩れて避けられない状態を狙ってきた。水球が無ければ直撃だ。紙剣がほどけて魔書へと戻っていく。
「さすが。Cランクは楽じゃないな」
剣術と火魔法が奪われた。火魔法は発動自体ができないが、剣はある。でも今までのように構えられない。なんだか気持ちが悪い。
意識が剣に向いていた。明確な隙。新たに迫る紙剣の斬撃を咄嗟に剣で受けてしまう。
カランッ
弾かれた剣が手を離れ、床を滑った。今までにない感触に驚き、目で追ってしまった。慌てて視線を戻す。しかし遅かった。
横一線。
胸が切り裂かれ鮮血が飛び散る。
「いっ……てぇえええええ!」
あわててアイテムボックスから回復薬を出す。一本を傷口にかける。もう一本を一気に煽った。傷口が白い煙を上げながら塞がっていく。
油断した。スキルも効果もわかっていた。真鑑定で何が見えても、それを活かせないなら意味がない。それにまだ二つだ。おそらく残りの六冊もスキルを奪う。…この先は、奪われないようにする戦い方じゃない。何を奪わせて何で戦うかを選ばなければいけない。
考えろ。考えろ。考えろ。
盾術はいる。守りの要だ。短剣術もいる。近接戦闘じゃコイツが頼りだ。棒術はいらないか。いやダメだ。使われた時の厄介さはコイツが一番だ。だとすると、弓術か槌術か。魔法はどうだ。生活魔法一択だ。本に乾燥でも使え。水と風と土も渡すか。大丈夫だ。対処できる。まとまった。いける。
「今、人生で一番頭使ったぞ。ここから人類初の強さを見せてやるよ。……聞いてる?」
魔書が自らを開く。ページが躍り出ると剣の形を成す。もう一冊は火球を準備している。他の6冊も魔力弾を放とうとしているのがわかる。
「あっ……俺、ハンマーも弓も持ってない。も、もう少し待ってみない?」
火球と魔力弾が飛んでくる。
「さっきまで様子見てたろ!もう少し待ってくれよ!」
走り回りながらアイテムボックス内で使えそうなものを探す。矢はあった。これで弓さえあれば弓術を奪わせられる。矢ッター。
避けきれなかった魔力弾が身体に当たる。
「痛ッ……ツッコミにしては強くないか」
蒼真の動きを理解し始めた魔書。他の攻撃を囮にしたような死角からの一撃だった。
「ゆっくりしてられないな」
当たった部分を摩りながらアイテムボックスからリュックを取り出す。当初は大活躍だったリュック。しかし、現在はアイテムボックスの肥やし状態。思い入れがあって捨てられなかった。
「最後に助けてもらっていいか」
短剣で肩紐を切る。
「《氷造》」
手から氷が伸びる。リュックの肩紐を鉉にした弓が姿を現す。
「ないなら作れば良いのだよ!思い出の氷弓!」
矢と一緒に構える。しっかりと弓術の効果が発揮される。おもちゃの弓の方がまだ飛びそうな鉉の張り具合。だが、弓と認められたようだ。
「まずは弓から」
急拵えの弓もどきでは、矢が一メートル飛ぶかどうかも怪しい。接近して当てる必要がある。魔力弾の中を突き進む。避け切れず肩や腕に当たる。痛い。すごく痛い。衝撃で吹き飛びそうになる身体。それでも無理矢理押し進めて目の前まで迫った。
「当然くるよな」
紙剣が切り掛かる。蒼真が人差し指一本を立てる。
「所詮は紙。火が弱点に決まってる。《着火》」
指先に小さな火が灯る。紙剣に触れると燃え移り灰となって崩れた。
「火魔法奪われたのが悔やまれるなっ」
そのまま剣術の魔書に近づける。すかさず無地の魔書が割り込む。開いたページに指を押し付けると光だす魔書。生活魔法を奪わせることに成功した。
「《シュート》」
最も基本的な弓術の武技。矢の威力を上げる効果。しかし氷魔法と肩紐で作った弓は張りが弱い。威力も速さも、直接矢を持って刺した方がまだ強い。だが、今必要なのは弓術を使った攻撃をすること。
目の前を狙って撃ったはずの矢が、ゆるい放物線を描きながら地面に刺さった。
「げっ」
再びできた大きな隙だった。
やばい。
足元から魔力が這い上がる。蒼真の身体を爽やかな風が吹き抜けた。
「洗浄!?……今それか!《シュート》」
2度目の発射は上手くいった。無地の魔書が光る。さっきまで弓だったものは、スキルの効果により歪な氷塊にしか思えなくなっていた。
後四つ。
このまま奪わせたかったが、魔書の攻撃に一度距離を取った。
一定の距離を開けると攻撃が止まる。弓術を奪って、遠距離攻撃の手段を手に入れたはずなのに一向に攻撃の動きはない。弓か矢が作れないのか。弦が紙じゃ再現できないのか。そもそも、なぜあそこで生活魔法だったのか。明確な隙。反撃のチャンスだった。何かおかしい。
「……手に入れたスキルを使っているだけ?」
【技能収奪】は強い。探索者なんて、ほとんどが攻撃スキルを一つか二つしか持っていない。四人居ても、攻撃スキルは全て奪われる。後は、奪ったスキルを使うだけで簡単に返り討ちにできる。きっとそういう設計の魔物だ。
「持っててよかった。攻撃スキル」
残りの四つも奪わせる。さて、ハンマーも思い出シリーズで行きますか。氷魔法で作ったハンマーで戦った場合、槌術に反応してくれればよし。でも氷魔法まで奪われてしまうのは避けないといけない。つまり接触面を氷以外にすれば誤魔化せるはずだ。
肩紐の無くなった思い出のリュックに、アイテムボックスから取り出した戦棍を突き刺す。
「《氷造》」
リュックの中で氷が膨らんでいく。ハンマーの形になるように氷を操作する。
「無いのなら、作ればよかろう、氷魔法。思い出の氷槌!」
ハンマーもどきが出来上がる。まだ氷魔法は初級。氷の密度も温度も一般的なレベルでしか作れない。しかし自由度が大きい。サイズや形を好みに変えられるのは氷魔法の利点だ。硬度的に一度武技を放ったら割れてしまうだろう。しかしそれでいい。
「一気にいくぞ」
肩に担いだ氷槌。近づくと動き出す魔書。魔力弾が足元を狙い、火弾が真横を通り抜け、崩れた身体に紙剣が切り掛かる。
「《水弾》!《風弾》!《土弾》!」
奪わせる予定の魔法で反撃していく。濡れて吹かれて土で汚れて、形を保てなくなった紙剣が床に落ちる。
「もう動きも読めて来たぞ!」
踏み越えて行った蒼真は知らない。その紙剣で汚れた床に《洗浄》が使われたことを。
ブッキングの目の前。
右手にハンマーもどき。左手には水弾。魔書は技を放ったばかりで、その本体を閉じている。
「スキルを奪うんだろ?くれてやるよ!」
「《水弾》!」
無地の魔書が飛びだし、水弾を吸収すると光る。
「次!《風弾》!」
水弾を吸収した魔書を守るように、無地の魔書が挟まる。風魔法もこれで奪われた。
「まだまだ!《土弾》!」
土の塊が無地の魔書に飛ぶ。とても本好きには見せられない。
「これで最後。行くぞ!《インパクト》!」
怒涛の連撃を防ぐため、次々と【技能収奪】を使う魔書。反撃をする暇を与えなければ奪うしかない。思い出の氷槌の一撃が最後の魔書に当たる。
思い出が砕けた。キラキラと砕けた氷が輝いている。
魔書には氷が当たらないようにした。戦棍も当たらないように止めた。これで大丈夫。戦棍を肩に担ぎ直した。
コンッ
先端が何かに当たった。
「《氷壁》!」
考えるより先に背後に氷の壁を生成した。何かあるのか何かいるのか。振り返ると紙剣が氷壁に斬りかかっていた。偶然担いだ戦棍に助けられた。【幸運招来】の効果ってこんなところにも効くのだろうか。
魔書がそれぞれの変化を終える。スキルを奪い、相手を弱体化させ、王を守る。攻撃スキルを取られて成す術なく負けるしかない。……蒼真以外には。
「さて、ここからが本番だ。斬られた恨み、百倍にして返すからな。」
読んで頂きありがとうございます。
まだまだ直したいところばかりです。。




