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第49話 本の王

蒼真が啖呵を切るが、巨大な本からも、その周囲を回る本からも、返答はない。


技能収奪によって変化した、カラフルな魔書がピタリと動きを止める。全ての魔書が開かれた。


火の球、水の球、風の球、土の球、紙剣、紙弓、紙槌、火種が並ぶ。


「スキルを奪われることよりも、どんなスキル攻撃も八発耐えるっていう防御性能の方が厄介だったんだよ」


蒼真の右手にパリッと電気が走る。左手からは白い冷気が上がる。


「スキルは、覚えるだけじゃダメだってこと、教えてやるよ」


一直線に走り出すと、火、水、風、土の魔書の全てが蒼真に狙いを定めて魔法を放つ。


「《氷壁》」


左手に溜めた冷気を解放すると、氷の壁が出来上がる。いや、壁よりも斜め上に向かって伸びる道のようだ。四つの属性球が氷壁に当たるが、効果は薄い。その氷の道を駆け上がる。


「チャージ完了!広がれ《雷網》!」


雷で作られた網が広がる。紙剣が光を帯びて雷網を斬り裂く。だが、紙剣が通った後は、何事もなかったかのように修復された。雷の網が全てを包む。


バヂヂヂチッ


雷網が消える。何冊かの魔書から白い煙が上がっている。魔書が盾になった。ブッキングは無傷だった。蒼真の視界の端で何かが動いた。


「《氷壁》」


左腕を中心に氷の壁が作られる。一本の矢が刺さる。続けて二本目、三本目。しかし氷の壁に阻まれる。


「強いというより面倒だな」


どうにかして魔書を分断させる。一冊ずつなら勝機はある。蒼真は雷撃をブッキングに向けて放った。紙槌が打ち返す。しかし雷撃は弾き返されず、あたりへ散った。

一筋の雷撃が本棚へと向かう。一冊の魔書が飛びだし、その雷撃を体で受けた。


本を守った。


ブッキングが王。最重要の護衛対象。それなら本は平民か。試す価値はある。

蒼真は右手を横に伸ばした。その先は本棚。ニヤッと笑った。


「《雷撃》」


溜めの少ない弱い雷撃。しかしそれでも魔法は魔法。雷撃が壁の本棚へと向かう。

魔書が飛び出る。その後ろを紙剣が追う。間に合わない。

魔書が本体で雷撃を受けた。


蒼真は再びニヤッと笑った。


「さーて、倒すぞ」


魔書に感情はないはず。だが怒っているように感じる。全ての魔書が開閉を繰り返す。蒼真を連続攻撃が襲う。


危険察知。気配察知。身体強化。歩法。間合い把握。体幹制御。反応強化。


使えるスキルを全てを使う。避けることが最優先。だが、その間に右腕に魔力も集める。パリパリっと流れる電気の音がバチッと強い音に変化する。あとはタイミングを見計らう。攻撃と攻撃の僅かな隙間。


「今だ!《雷撃八連》」


右腕から放たれた八つの雷撃。それぞれ別の方向へ飛んでいく。しかし狙いは一つ。

本棚の本だ。魔書が暴れる。雷撃を追う。全ての魔書がブッキングから離れた。

これで王は無防備だ。


「王より民を守るって。人選、いや、本選しなおしたら?」


もう左手の魔力は溜まっていた。魔力操作。二種の魔力を同時に操作するのは難しかった。訓練では何度も失敗した。服を焦がして髪が切れて全身濡れて吹っ飛んだ。

報われた。いつか使う日のための訓練。そのいつかが、今だ。


「《氷牙弾》」


氷の魔力で作られた大きな塊が、一本の牙になる。


「オラアアアア!!」


無防備な王に向かって、その牙は放たれた。


ズダンッ


巨大な本に突き刺さる。


【対象の抵抗を確認】


【損害大】


【排除モードⅡを申請】


【許可確認】


王に刺さった氷が霧散する。穴が残る。本への雷撃を防ぐために散った魔書が、光を帯びて飛来する。王の周囲を縦横無尽に飛び回る。蒼真は一度距離をとった。排除モードⅡってことはつまり。本当の姿はこれではない。なんてボスあるある。


全ての魔書が光の帯を残すほど速く、王の周囲を飛び回る。王が光に包まれた。光が解ける。穴が消え、魔書が消え、表紙には八つの宝石が飾られていた。


【排除を再開します】


第二ラウンドが始まった。


魔書は消えたが、奪られた魔法は戻っていない。火魔法も水魔法も反応がない。王が吸収したと見るべきだ。巨大な本が開かれた。さっきまでなら魔力弾。すでに左腕には氷の魔力が集まっている。


それは火だった。しかし巨大。王の前で熱気を放つ。


《真鑑定》

【火魔法 火球】

【スキル オーバーにより高威力、巨大化】


「おいおいおい、なんだそれ。というか俺が火魔法使ったら怒ったくせに自分はいいのか!おかしいだろ!」


反論が虚しく響く。


「あのでかいの防ぐか、避けるか」


オーバー火球が放たれた。速度も上がっている。ゴウッと空気を燃やす音と共に真っ直ぐに飛んできた。


「これは避ける一択だっ」


右に飛び込み、転がるように軌道から逸れた。無事避けた。ゴウッ。しかし巨大な火球が目の前に迫っていた。


「《氷壁》《氷壁》《氷壁》《氷壁》!!」


魔法にも相性がある。土は風に弱いし、水は土に弱い。では氷は。火に弱い。氷の壁をみるみる溶かす。魔法補助のスキル。魔力圧縮。属性制御。魔法維持。魔法抵抗。どれも使っているものの、氷魔法は扱いが難しい。熟練度はまだ低い。


融解、蒸発。氷が溶けて水になる。水が滴る前に蒸発していく。蒼真の視界は、白い湯気に包まれた。


「避けたろ。なんだ。追尾した?いや、明らかに本から飛んできた」


ヒュンッ


空気を切り裂く風の音。普段なら見えない風魔法は厄介な存在だ。しかし視界は湯気で満たされている。距離、方向、サイズがわかる。縦長の風の刃が蒼真に迫る。捻った体の横を通過。だが危険察知が収まらない。


「しまっ」


横長の風の刃が蒼真の体を切り裂いた。傷口から血が滲む。魔法抵抗のスキルが刃の威力を抑えていた。切り裂かれた湯気の先。王の姿がはっきり見えた。


「連続、二発目、待てよ。奴のスキルは二つあった。オーバーと……ダブルだ」


忘れていたわけではない。だが、格上との戦闘。豊富なスキルを持つ蒼真は、安全マージンを取りすぎた。必要以上に補助スキルを使っていた。脳の処理が追いついていない。


「スキルは覚えただけじゃ、ダメなんだって。自分で言ってたのにな」


湯気が吸われた。視界が晴れる。王の前には水の球。魔力で水を生み出すよりも、ある水を使った方が効率的で速い。


《オーバー》《ダブル》


巨大な水球が二つ現れた。オーバーで強化し、ダブルで複製。単純だが十分強い。そして速い。転がって避けるが、避けた先に二発目。《氷壁》。巨大な水球を氷の壁で防いでみせた。だがすぐに強い衝撃。氷壁に亀裂が入り砕け散る。砕けた氷の壁の向こう側。王の前には土の球。壁を砕いたのが一発目なら、あれが二発目。


蒼真は走った。強化された魔法を受け切ることは難しい。避けるにも限度がある。唯一の救いは、王一体になったこと。あの能力を魔書が使えたら飽和攻撃大成功だ。走りながらも視線は一ヶ所。本の王。《真鑑定》を使う。名前じゃない。ランクじゃない。スキル。その先。奴の弱点。


【火に弱い】


わかってる。火魔法は奪られてる。もっとないのか。何か。


【八冊の魔書を取り込んでいる。表紙の宝石が致命傷を肩代わりする】


「魔王でも三つだろうが!九回当てないと倒れない?嘘だろ!!」


足元に紙矢が刺さる。走る速さを計算しての弓攻撃。もう、どうやって倒せばいいのか。しかしチャンスはすぐにやってきた。開いた本から紙剣が出てくる。次は剣術。オーバーとダブル。剣は大剣へ、そして二本になった。剣が振られる。しかし遅い。


「……剣術は初級。大剣を扱う技術は入ってない」


チャンスだ。その瞬間に方向転換。王への距離を一気に詰める。


「《氷廊》」


床を凍らせる。目的地までの一本道。蒼真はスライディングで王の真下に辿り着く。


「《ダブルスティング》《ダブルスティング》《ダブルスティング》」


お得意のアイテムボックス戦法からの短剣術。初級の強武技、二連続の刺突が三度。本にしっかり穴を開けた。


パキンッ


一つの宝石が割れた。


大剣になっていた紙剣が霧散する。一冊分倒した。まさか。自身のステータス画面を見る。技能収奪で奪われたスキルの文字はグレー。今は剣術が黒。


「っしゃ!取り返した。おかえり剣術」


まだ一つ。あと八つ。だが光は見えた。


「つまり、あれか。巨大な火球のときに、突っ込んで行って火魔法取り返して、燃やせばいいんだな。これが燃える展開ってやつか。本当に」


巨大な水球が飛んでくる。ふざけていても両腕に魔力は貯めている。


「《氷壁》」


水球を防ぐ氷の壁。急に蒼真の頭上から大きな影が落ちた。見上げた瞬間すぐに転がる。巨大な紙槌が氷壁を粉砕した。


「やばい。二発目が」


避けきれない。横に振られた巨大紙槌。蒼真は叩きつけられた。地面を転がる。苦悶の表情を浮かべながら立ち上がる。


「ツッコミがつえーんだよ!」


怒り心頭。口の端から血が垂れる。さっき切られた傷口からも血が流れていた。


「あんまり怪我するとさ、妹がうるさいんだよ」


一歩。


「最近は、結依にも言われ始めてさ」


もう一歩。


「でも」


右腕に溜めた雷魔法が激しく光り全身を包む。


「ダンジョンってこうだよな」


次の瞬間、蒼真は王の前にいた。その速さは雷速。初級のレベルを大きく超える雷魔法の使い方。体から煙が上がる。雷を纏う技術は蒼真にはない。それは自身に雷撃を与え続けるようなもの。その手で王に触れる。


「《雷撃》」


体に纏う全ての雷が手を伝って王に流れる。


パキンッパキンッパキンッパキンッ


「あと四つ」


王と蒼真の間に土の壁がせり上がる。


「何隠れてんだよ」


素早くステータスを確認する。まだ火魔法、土魔法、槌術は使えない。左手を前に。右手を絞る。


「《ヘヴィストライク》」


初級体術の強武技が、土の壁を吹き飛ばす。そこには火球。熱波が届く。


「《水弾》《水弾》《水弾》《水弾》」


いつもより魔力を込めたサイズの大きな水弾が王の火球にぶつかっていく。すでに小さくなった火球だが、王はダブルで複製した。肌が焼ける距離。しかし蒼真は動かない。


「《風壁》」


噴き上げる風の壁。蒼真へと届く熱波を遮断した。右腕に電気が走る。


「突き抜けろ《雷撃》!」


それは風の壁を突き抜けて王へと直撃した。


パキッ


また一つ。


そして消える火球。ここで蒼真はやっと離れた。アイテムボックスから回復薬を取り出すと頭からかける。一本、二本。全身の火傷。腹部の傷。紙槌の打撃。回復薬をかけても完治にはほど遠い傷だった。


「あと三つ。魔書二つ分と王一つ」


蒼真は大きく息を吐いた。


「弱点の火は取り戻したぞ。あと少し。持ってくれよ」


もう一度大きく呼吸。気合いを入れた。全身に魔力を行き渡らせる。だが残りは少ない。

限界に近い体を無理矢理動かす。


だが、本の王に焦りはない。魔物であると同時に防衛システム。設定されたルールに則り、敵を排除する。土球。オーバー。ダブル。巨大になった土球が蒼真に迫る。


蒼真は考えていた。さっき使った雷魔法。全身を包む雷が驚くべき速さを生んだ。もう一度は無理だ。残りの魔力も少ない。体力も限界に近い。あれはほとんど自傷に近かった。だが、あの速さに近づけたなら。そこに巨大な土球が迫る。今は避ける。そのために走り出す。その瞬間。その一歩。これだ。踏み込む足に雷撃を纏う。制御する。全身は無理でも局所なら。体が置いていかれる感覚。できた。これだ。蒼真は雷魔法《雷足》を作り上げた。


「ラストスパートだ」


出来立ての新魔法《雷足》で距離を詰める。振り下ろされる紙槌も、横薙ぎの一撃も、速さだけですり抜けた。無防備な王。三度必殺アイテムボックス戦法。蒼真はギリギリのタイミングで一つの武器を取り出した。猛牛の戦斧。


「武術持ってなくても振るぐらいはできるんだよっウォオオオオオオオオ」


雷足を解除して魔力を腕に回す。身体強化を腕のみに使う。押し込む武器が槌ならば、押し切る武器が斧である。だが何でもよかった。めった打ち。求めたのは攻撃力小上昇。勢いだけの雑な攻撃。


パキッ


残る宝石はあと一つ。


「まだまだぁ!」


もう限界が近かった。腕が、肩が、悲鳴をあげている。だが、やるしかない。振り下ろす瞬間。下から大きく弾かれた。紙槌だ。蒼真は声を上げながら叩き合う。紙槌の横薙ぎ。迎え撃つ。だが力が足りない。握る力も弱まった。重さを使い、全身で振る。当たる瞬間力を込める。その動き。直前までの脱力。偶然にも、その横薙ぎが戦斧の正しい使い方だった。紙槌が押し切られて崩れていく。そのまま勢いを殺さなかった。重さを使い、体ごと回転。巨大な本に戦斧の刃が突き刺さる。


パキッ


最後の宝石が砕け散る。その瞬間。王の体から魔力の衝撃が放たれる。蒼真は吹き飛ばされた。手から離れた戦斧が地面を滑る。


【被害甚大】


【修復不可能】


【排除モードⅢを申請】


【被害により実行不可能】


【排除を継続します】


蒼真は膝に手をつき立ち上がる。


「次の段階は、もう無理だよ。終わりにしよう」


両手を突き出す。蒼真は魔力を絞り出す。現れたのは小さな火。残る魔力の全て注ぎ込む。王はその体を開く。魔力が集まる。蒼真の火魔法。王の魔力弾。その一撃が放たれる。


火球でもない。火弾でもない。絞り出した小さな火。そこに込めた残りの魔力。一点に集中した魔力。その小ささが、王の魔力弾を貫いた。


そして王まで貫いた。開いた穴から火が起こり、本の王ブッキングは燃えだした。


「倒せたのか」


浮遊していたその巨体が地面へ落ちた。燃えながら霧散していく。


【排除に失敗しました】


【ボス討伐により特殊踏破報酬が与えられます】


「やったあ…」


体力は限界。装備はボロボロ。魔力も空。だが勝てた。


本棚が音を立てて動き始める。最初の書庫の状態に戻った。蒼真はアイテムボックスから戦棍を出した。杖の代わりにして入り口を目指す。入り口の中二階が見えてきた。その中央に光が見える。踏破報酬の宝箱が出ているようだ。報酬。無属性魔法の魔本。新たな属性。宝箱を開けた。


《真鑑定》


【無魔法の魔本】


【収納袋】


「あった!無属性!無魔法!やった!」


魔本と収納袋。二つをアイテムボックスに入れるとダンジョンから出た。入り口が閉じた。入った時は夕焼けだった空。今は月が出ている。結依が入ったダンジョンは消えていた。スマホを取り出す。アイテムボックス内は時間が停止する。スマホは取り出すたびに再起動が必要になる。少し面倒だ。蒼真は結依に電話した。


『もしもし?』

『蒼真!?遅い!』

『終わったの?』

『とっくに!』

『こっちは、やばかった。また会ったら話すよ』

『え?今出たとこだよね?裏のところだよね?』

『うん。今から帰る』

『わかった。気をつけてね。また明日』


帰ろう。あっ、もう電車ないや。タクシーか。

読んで頂きありがとうございます。

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