第42話 全部って言ったじゃん
金曜日の夜。スマートフォンが震えた。
『明日、一緒にダンジョン行かない?』
送り主は結依だった。すぐに返信する。
『いいよ』
『ありがとう!』
翌日、国管理のE級ダンジョンに着くと、結依はすでにそこにいた。
白に近いアウトドアジャケットの前を少し開け、その下には飾り気のない金属製の胸当てを着けている。ベージュの短いスカートに黒いレギンス。足元は少し泥の残ったトレッキングシューズで、腰にはスマホポーチと小さな救急ポーチが下がっていた。手にしているのは、身長ほどもある細い木製の杖。
派手さはないが、きちんと準備してきた探索者の格好だった。
蒼真に気づいた結依は、まとめた髪を少し揺らしながら、いつもの柔らかい笑みを浮かべた。
「よろしくね」
「よろしく」
「改めて言っておくけど、私、攻撃は杖で叩くくらいしかできないからね」
「知ってる」
結依は回復魔法と結界魔法は使えたが、攻撃魔法は覚えていない。だから誰かと一緒でなければ探索は難しい。
受付を済ませ、二人はダンジョンへ入った。
……
……
……
「踏破っと」
ボスが霧散し、魔石を残した。踏破報酬の宝箱を開くと、中から一つのスキル玉を取り出す。
「これ、結依に合うな」
【スキル玉】
【内容 回復量増加】
スキル玉をアイテムボックスへしまい、二人はダンジョンを後にした。
外へ出ると、結依が立ち止まる。
「待って?」
「ん?」
「私、何もしてない」
「歩いてただろ」
結依は両手を広げた。
「違うそうじゃない」
「歩いてたら踏破した」
「E級なんてそんなもんだろ」
「違うからね? 一般開放されたばっかりのE級だよ? ボス一撃って何?」
「安全性を考慮した結果だな」
「その説明便利すぎない?」
蒼真はアイテムボックスからスキル玉を取り出した。
「そうそう。これ、結依に合うスキルだから」
「え?」
「はい」
「……スキル玉だよ?」
「そうだよ」
「…………待って」
結依の表情が変わる。
「中身、分かるの?」
蒼真は固まった。
「あっ……うん。分かる」
結依は小さく息を吐いた。
「ちょっと待ってて」
そのまま受付へ向かうと、ダンジョンを踏破したことを伝えた。
「ダンジョン内の報告について彼と確認をしたいので、奥の個室を借りてもいいですか?」
案内された部屋へ入る。扉が閉まる。結依は椅子へ座ると、向かいの席を指差した。
「はい」
蒼真も座る。
「全部話して」
「全部って」
「全部は全部」
蒼真は少し考えたが、誤魔化しても多分結依には通じない。
「……分かった」
人類初踏破、称号、ユニークスキル、真鑑定、アイテムボックス、プライベートダンジョン。
思い出せる限りのことを全て話した。話し終わる頃には、結依は何度もため息をついていた。
「言っていいことと悪いことがあるでしょう……」
「全部って言われたから」
「そういう意味じゃないの」
「難しいな」
結依は額に手を当てる。
「どうして全部言っちゃうかなぁ」
「結依が全部言えって言ったんだろ」
「危機感持って」
「持ってるよ」
「持ってないよ」
しばらく説教が続いた。ようやく落ち着いた頃、蒼真がぽつりと言う。
「結依のことは昔から知ってるし、信頼してるから話したんだよ」
結依の動きが止まった。言葉も止まる。少しだけ俯いて、小さく咳払いをした。
「……じゃ、じゃあ、ほ、報告の担当の人呼んでくるね」
結局、蒼真の秘密については伏せたまま、ダンジョンの内容だけを報告した。全てが終わり外へ出ると、夕日が街を赤く染め始めていた。歩きながら蒼真が口を開く。
「この後、部屋来ないか」
「……え?」
結依の思考が、一瞬止まる。部屋。男の部屋。なんで。
「プライベートダンジョン、見るだろ?」
「あぁ……」
頭に浮かんだ余計な考えを慌てて追い払う。少し照れ隠しをするように笑った。
「……そうやって女性を部屋に誘うんだ」
「違うから!」
二人は蒼真の家へ着いた。
「へー。結構綺麗にしてるんだね」
「あぁ靴のまま上がって」
靴を見みると、土や泥で汚れている。そのまま部屋に上がるのは気が引けたのか、結依は戸惑っていた。
「あぁそっか。《洗浄》」
結依の足元から爽やかな風が吹き、靴の土汚れが消え、服は洗濯したてのような着心地になった。
「え?今のが生活魔法?」
「そう。便利だろ?」
蒼真は自分にも洗浄を使うと、そのまま振り返ることなく部屋の奥に入って行った。靴が綺麗になったとはいえ、結依はそのまま部屋に上がることに戸惑う。結局、奥から声をかけられ、小さくお邪魔しますと言いながら入っていった。
「ここ」
奥にある入口を見た結依は、思わず呟いた。
「……本当だ」
部屋の中に、ダンジョンの入口があった。中へ入ると広い空間。訓練用の設備。聞いていた通りの景色だった。
「……本当だ」
「魔法、使ってみ」
結依は回復魔法を発動した。魔力を確認する。減っていない。
「……本当だ」
「さっきから本当だしか言ってないぞ」
「今、状況を飲み込むのに必死だから許して」
それから結依は何度も魔法を試した。普段なら魔力切れを気にして止める練習も、今日は止める必要がない。時間を忘れ、夢中になって魔法を使い続けた。帰る頃には、外は夕暮れになっていた。
「普段は土日のどっちかだけダンジョンにして、もう片方は休みにしてるんだけど」
「うん」
「明日も訓練しに来ていい?」
蒼真は少しだけ笑った。
「そうやって男の部屋に乗り込むんだ」
結依は真顔で言った。
「怒るよ?」
蒼真は納得がいかなかった。
世の中、理不尽だ。




