第41話 わからないから面白い
「今日もダンジョン探索するぞ」
誰に聞かせるでもなく呟きながら、蒼真はスマホで地図を確認した。最近よく回っているダンジョンは三つある。
一つ目は、小鬼の巣穴。
ゴブリン系の魔物が出るダンジョンだ。棍棒や木槌を持ったゴブリンが多く、攻撃は分かりやすい。殴る。叩く。振り回す。かなり単純だ。
二つ目は、転石洞窟。
ストーンラットやストーンバグが出る。噛みつきや爪での攻撃ではなく、転がってぶつかってくるタイプの魔物が多い。避けにくい角度から来ることもあるが、攻撃そのものは体当たりだ。
三つ目は、木偶人形の訓練場。
名前だけ聞くと弱そうだが、木偶人形は全然木偶ではない。木製の人形が、割と速い動きで格闘戦を仕掛けてくる。拳。肘。膝。体当たり。人形のくせに、動きは妙に実戦的だった。
「共通点は打撃」
蒼真は目的地を小鬼の巣穴に決め、歩き出した。
最近、この三つを中心に回っている理由は一つ。打撃耐性のスキルが欲しい。斬撃耐性と刺突耐性は持っている。そこに打撃耐性が加われば、基本的な武器攻撃への耐性が一通り揃う。斬、突、打の三つに耐性があるだけで、生存率はかなり変わるはずだ。
「まあ、狙って簡単に取れるものじゃないんだけどな」
スキル玉が出れば早いが、出ないなら出ないで別の方法もあるかもしれない。
蒼真は、以前の訓練を思い出す。魔力操作は、ひたすら魔力を動かし続けて覚えた。それなら、打撃耐性も同じように、殴打され続ければ習得できる可能性がある。もちろん確証はないが、試す価値はある。
幸い、今の蒼真にとってF級やE級の魔物はそこまで脅威ではなかった。当たれば痛いが、致命傷になるほどではない。魔物が弱いのか。蒼真が強くなりすぎたのか。たぶん、両方だ。
「避ける練習にもなるし、カウンターの練習にもなる。ついでに耐性も狙える。うん。悪くない」
自分で言っていて、ダンジョン攻略というより訓練場に通っている感覚だと思った。実際、その通りなのだろう。低級ダンジョンは、今の蒼真にとって訓練場になりつつあった。そして、何度も同じダンジョンを踏破する理由はもう一つある。
【人類初再踏破者】
自分が一度踏破したダンジョンを、クールタイム後に再踏破したことで得た称号だ。その報酬として得たユニークスキルが【巡りの利】。
再踏破時に報酬カテゴリの偏りを抑え、前回とは違う種類の報酬が出やすくなる。
素材が出た次は、スキル玉。武器が出た次は、魔道具。もちろん、確定ではないが、同じものばかりが続く流れを少し変えてくれる。
【人類初討伐者】で得たユニークスキルの【報酬増加】もある。
ダンジョンや魔物から得られる報酬の量や質を高める。
さらに【幸運招来】。
【人類初会心撃者】の報酬で、本人が望んだ結果へ至る可能性を引き寄せる。
「巡りの利、報酬増加、幸運招来。この三つがあって出ないなら……俺の望む力が足りてないのか」
スキル玉が欲しいことに間違いないが、宝箱から面白い魔道具が出たら、それはそれで喜んでしまう。その気持ちが、幸運招来の邪魔をしている可能性はある。
「いや、さすがにそんな精神論で報酬が決まるわけ……あるかもしれないのがダンジョンなんだよな」
蒼真は苦笑した。分からない。だから面白い。
小鬼の巣穴へ到着した。入口は低い岩穴のようになっている。中へ入ると、湿った土と獣臭い空気が鼻をついた。通路は広くない。壁も天井も荒い。いかにも低級ダンジョンといった雰囲気だった。
「さて、今日はカウンター練習多めでいくか」
少し進むと、早速ゴブリンが現れた。棍棒を持った小柄な魔物。こちらに気付くと、甲高い声を上げて走ってくる。蒼真は剣を抜かず、盾を構えた。
ゴブリンが棍棒を振り下ろす。
盾で受ける。軽いが、衝撃はある。受け止めた直後に、盾を少し押し返す。体勢を崩したゴブリンの顎へ拳を叩き込んだ。
体術【ストライク】。
打撃の威力を上昇させる初級武技。
ゴブリンの体が仰け反る。そこへ剣を抜き、軽く斬る。
霧散。
魔石が転がった。
「うん。今の流れは悪くない」
盾で受けて相手の隙を作り拳で崩し、武器で仕留める。単純だが、実戦でやると意外と難しい。攻撃を受ける恐怖。衝撃で身体が揺れる感覚。反撃のタイミング。どれも、頭で考えるだけでは身につかない。
次に出てきたのは、棍棒ゴブリンが二体。蒼真は一体目の攻撃を盾で受け、二体目の横振りをあえて肩で受けた。
「っ」
痛いが、怪我をするほどではない。防具と身体強化が衝撃をかなり殺している。もし耐性習得に蓄積値のようなものがあるなら、今ので少しは貯まったかもしれない。そんなことを考えながら、一体目を蹴り飛ばした。
体術は少し慣れてきた程度。剣や槍と違って、自分の身体そのものを武器にする。殴る。蹴る。肘を入れる。膝を入れる。距離が近い分、感触が直接伝わってくる。魔物相手とはいえ、最初は少し抵抗があった。
ダンジョンが現れるまで、蒼真はただの一般人だった。学生時代に友人と喧嘩をしたことが一度か二度あるくらいで、人を倒すために殴る技術など持っていなかった。魔物は倒さなければ、こちらが危ないことはわかっている。それでも、殴る蹴るという行為には独特の生々しさがある。
「まあ、嫌ではないんだけどな」
だからといって、暴力が好きなわけでもない。戦闘は戦闘。暴行は暴行。その切り分けができるかどうかは、探索者として大事な気がした。などと難しく考えてみたが、結局のところ、戦うたびに自分の動きが良くなっていくのが楽しい。昨日より反応が早い。前回より踏み込みが安定している。さっきよりカウンターが綺麗に入った。そういう成長が、はっきり分かる。
「成長加速って、経験値が増えるだけじゃないんだよな」
【人類初成長者】で得たユニークスキル。
【成長加速】。
レベル、スキル、武術などの成長速度を高める。
最初は、レベルが上がりやすくなるスキルだと思っていた。もちろん、それもあるのだろうが、もっと嬉しいのは、経験から学ぶ力が上がっていることだった。同じ動きを繰り返した時、修正点が見つかる。試したことが身体に残り、失敗が次に繋がる感覚がある。
「レベルは全然上がってないけどな」
蒼真のレベルは、ここしばらく四十七のままだ。気にはしていない。F級やE級の魔物では、レベル差がありすぎて経験値が入らないのかもしれない。入っていても、かなり少ないのだろう。ゲームならよくある仕様だ。もし蒼真がレベル上げ大好き人間なら、D級ダンジョンへ行って効率よく狩っている。だが、今の蒼真はどちらかと言えば、スキル大好き人間だ。ステータス画面に並ぶ大量のスキルは、数値よりもずっと分かりやすいチートだった。
「そういえば、最近始まったダンジョン系専門オークションで、鑑定済みのスキル玉が一個三億で出てたな」
蒼真はゴブリンの攻撃を盾で受けながら、ふと思い出す。種類にもよるのだろうが、探索者でも簡単に手が出る金額ではない。
「え、覚えてますけど」
もちろん、誰に言っているわけでもない。
「アイテムボックスに同じの三つ入ってますけど」
ちなみに身体強化のスキル玉だ。別に苦戦したのが悔しかったわけではないし、戦うたびに戦闘が楽になったことでボス戦タイムアタックみたいになっていたわけでもない。ないったらない。クリアするのが日課みたいな時期があっただけだ。
「いや、日課でダンジョンクリアって何だよ」
自分で突っ込んだ瞬間だった。視界の端から、太い棍棒が振り抜かれる。考え事に意識を持っていかれすぎた。胸に、いい一撃が入った。
「ぐっ」
衝撃で息が詰まる。数歩下がる。痛い。普通に痛い。
「油断した」
だが、骨が折れた感覚はない。呼吸もできる。防具が衝撃をかなり殺してくれた。
「堅狼シリーズ、揃えておいてよかったな」
今着ている防具は、E級ダンジョン産の防具。斬撃、刺突、打撃に微耐性を持つアイアンハイドウルフ。その魔物が出るダンジョンで手に入れた装備の一部だった。最初に一つ出た時、妙に気に入った。どうせなら揃えてみたい。そう思って周回したが、防具はそう簡単には揃わない。同じ部位が出る。素材が出る。武器が出る。何度も空振りした。その時に使ったのが【替玉休止】だった。
【人類初迷宮十踏破】。
一日に十ヶ所のダンジョンをソロ踏破したことで得た称号。
その報酬が【替玉休止】。
自身で踏破済みのダンジョンのクールタイムを、自身で踏破経験のあるクールタイム中の別のダンジョンに肩代わりさせるユニークスキル。
使いどころは難しいが、特定のダンジョンを集中的に回したい時には役に立つ。これを使いながら、ようやく堅狼シリーズを四種揃えた。その時に得た称号が【低級揃装者】。
報酬は【装備大事】。
装備品の性能を引き出し、装備の劣化や損耗を抑え、自動修復を補助する。
小さな傷やほつれなら、気付いた時には目立たなくなっている。今の一撃も、防具の性能と装備大事がなければ、もっときつかったかもしれない。
「痛いのは痛いけどな」
胸を軽く叩き、蒼真は息を整えた。目の前では、棍棒ゴブリンが勝ち誇ったように鳴いている。
「いや、今のは俺が悪い」
蒼真は盾を構え直した。
次の振り下ろしを受けるが、今度は逸らす。相手の腕が流れたところへ踏み込む。
体術【ストライク】。
腹部へ拳を入れる。
続けて剣術【スラッシュ】。
霧散。
「うん。油断は駄目だな」
当たり前のことを確認しながら、蒼真は奥へ進んだ。途中で何度かゴブリンの群れに遭遇した。棍棒や木槌、丸盾での攻撃。単純だが、数が増えると面倒になる。一対一なら練習相手。三体以上なら、普通に危険。その差を判断するのも訓練だ。
蒼真は、あえて一撃だけ受ける時と、絶対に避ける時を分けた。正面から見えている棍棒なら受けるが、横や背後からの攻撃は避ける。頭部への一撃は盾で防ぎ、足を狙われたら距離を取る。訓練とはいえ、怪我をするつもりはない。
「耐性が欲しくて大怪我したら本末転倒だからな」
そう言いながらも、何度か肩や腕に打撃を受ける。痛覚耐性と疲労耐性があるおかげで、動きは鈍りにくい。受け身も役に立った。吹き飛ばされた時に、身体が勝手に負担の少ない転がり方を選んでくれる。
身体強化。反応強化。体幹制御。歩法。間合い把握。戦闘継続。
普段は一つ一つ意識しない武術補助スキルが、こういう訓練ではよく分かった。
「やっぱり、補助スキルって大事だよな」
派手な武技だけでは戦えない。
剣術【スラッシュ】があっても、踏み込みが乱れれば当たらない。
体術【ストライク】があっても、姿勢が崩れていれば威力が出ない。
盾術【プロテクト】があっても、間合いを間違えれば受け損なう。
土台があるから、技が使える。そんな当たり前のことを、今さら実感していた。やがて、ボス部屋にたどり着いた。扉の前で、蒼真は軽く肩を回す。
「さて、ホブゴブリンか」
このダンジョンのボスは、成人男性と同じくらいの体格をしたホブゴブリンだ。低級ダンジョンのボスにしては力が強いが、動きは分かりやすい。今の蒼真にとっては、体術とカウンターの訓練にちょうどいい相手だった。
扉を開く。
広い部屋の奥で、ホブゴブリンが棍棒を肩に担いでいた。こちらを見るなり、低い唸り声を上げる。
「今日もよろしく」
返事の代わりに、ホブゴブリンが突っ込んできた。
速い。通常のゴブリンとは重さが違う。蒼真が盾を構えたところに棍棒が振り下ろされる。
盾術【プロテクト】。
重い衝撃が腕に響いた。
「っ」
だが、止められる。受け止めた反動を使い、半歩横へずれるとホブゴブリンの体勢がわずかに流れた。そこへ拳を入れる。
体術【ストライク】。
脇腹へ命中したが硬い。苦痛の表情を見る限り、有効打ではある。ホブゴブリンが吠え、左腕を振るうのを蒼真は身を沈めて避けた。次は蹴り。膝。肘。普段あまり使わない体術を、意識して混ぜる。剣や槍ならすぐ終わるし、魔法を使えばもっと早いが、魔法は使わない。
「打撃耐性狙いだからな」
ホブゴブリンの棍棒が横薙ぎに迫るのを盾で受けた。
衝撃。
踏ん張る。体幹制御がなければ足が流れていたかもしれない。すぐに反撃。拳、蹴り、盾で押し込み、また拳。地味だ。派手な魔法もないし、強力な武器の一撃もないが、こういう積み重ねが必要なのだと思う。
何度目かの打ち合いで、蒼真はホブゴブリンの攻撃を肩で受けた。受ける場所を選び、力を逃がす。それでも痛い。
「打撃耐性、出ないかな」
もちろん、その場で都合よくスキルが生えるわけではないが、少し期待してしまう。ホブゴブリンが大きく棍棒を振り上げた。その隙を見逃さなかった。一気に踏み込み、懐へ入る。
体術【ヘヴィストライク】。
全身の力を一点へ集め、拳を叩き込む。腹部に入った一撃で、ホブゴブリンの巨体がわずかに浮いた。
「よし」
すぐに剣へ持ち替える。
剣術【スラッシュ】。
ホブゴブリンの首筋を切り裂く。体が崩れ、床へ倒れた。しばらくして霧散し、魔石だけが残る。
「ふう」
蒼真は息を吐いた。ボス相手に体術中心で戦うのは、思ったより疲れるが、感触は悪くなかった。
「これなら、木偶の方でもいい訓練になりそうだな」
木偶人形の訓練場なら、格闘戦の比率がさらに高い。小鬼の巣穴は棍棒。転石洞窟は体当たり。木偶人形の訓練場は格闘。同じ打撃でも、受け方も避け方も違う。しばらくは、この三つを回る価値がありそうだった。
蒼真は魔石を拾い、部屋の奥へ向かった。踏破報酬の宝箱が現れている。
「さて、今日は何かな」
中に入っていたのは、魔石と素材とE級の短剣だった。
「短剣か」
悪くはないが、今日欲しかったのは打撃耐性のスキル玉だ。
「また外れ」
とはいえ、これで外れ扱いするのも贅沢な話だ。三崎さんとの会話で、蒼真の踏破報酬が異常だということは分かっている。普通は、踏破報酬が魔石だけで終わることもあるらしい。武器や防具は滅多に出ない。スキル玉や魔道具となれば、さらに貴重だ。それなのに、蒼真は魔石と素材を当然のように受け取り、その上で武器が出ても目的外なら外れだと思っている。
「感覚が麻痺してるな」
魔石と素材と短剣をアイテムボックスへしまう。
最近は、売却時の取引も個室で行われることが増えた。持ち込む物の量と質が、少しずつ目立つようになってきたからだ。目立ちたくない蒼真としては、その方がありがたい。
「今日は考え事が多すぎたな」
ゴブリンの棍棒を胸に受けた感覚が、まだ少し残っている。痛いが、怪我はない。訓練としては悪くなかった。ただ、立ち回りに集中していたかと言われると、怪しい。
「次はもう少し真面目にやるか」
ダンジョンの外に出ると、まだ日は高かった。今日の予定は終わっていない。次は転石洞窟へ向かうつもりだ。転がる魔物の体当たりなら、また違った打撃の訓練になる。スマホで次の目的地を確認しながら、蒼真はふと思い出した。
武器訓練ダンジョンの内容は五つだった。
剣、盾、短剣、槍、弓。
だが、今の蒼真はそれ以外にも体術、棒術、槌術を習得しているということは、どこかに訓練ダンジョンその二のような場所があるのかもしれない。現状、特別困っているわけではないので本気で探してはいないが、もし見つけたら間違いなく入る。
「そういうのも、番外巡縁で繋がったりするのかね」
【迷宮番外縁者】
短期間に複数の特殊ダンジョンを踏破したことで得た称号。
その報酬が【番外巡縁】。
特殊ダンジョンや、それにまつわる場所、物、存在との縁を繋ぐユニークスキル。
効果はかなりふわっとしている。今のところ、何がどう変わっているのかは分からないが、特殊ダンジョンに関しては明らかに遭遇率が高い。偶然なのか称号の影響なのか。それとも、もっと別の何かなのか。答えはない。
「まあ、分からないから面白いんだけどな」
蒼真は次のダンジョンへ向かって歩き出した。打撃耐性はまだ出ていない。スキル玉も出ていない。自力習得の手応えも、正直よく分からない。それでも、今日の探索には意味がある。
受け方を覚えた。殴り方を覚えた。油断すると痛い目を見ることも、改めて思い知った。
そして、次に回る場所も決まっている。小鬼。転石。木偶。この三つを回っていれば、そのうち何か掴める気がした。
「次こそ、お目当てのスキル玉は出るかなぁ」
軽く笑いながら、蒼真は足を進める。
ダンジョンは、今日も分からないことだらけだった。
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