第40話 出るまでやれば100%
兄妹事件から一週間。
蒼真の生活は、ほとんど元に戻っていた。朝、ダンジョンへ向かう。F級を三つ。E級を二つ。魔石を売る。午後は武練の間。夜は魔法の調整。そんな毎日だった。
変わったことがあるとすれば、一つだけ。以前より慎重になった。ダンジョンへ入る前に周囲を見渡す。入口付近に人がいないか。帰還してきた探索者の様子はどうか。無意識に確認するようになっていた。それだけだった。
「なんだろ?」
その日、蒼真は見覚えのある建物の前で足を止めた。第一支部だった。
入口には数人の探索者。何かを眺めている。近づいてみると、掲示板だった。
新たなダンジョン発見情報。踏破報告。討伐依頼。行方不明者。いくつもの紙が貼られている。その中の一枚に目が止まった。
【探索者募集】
D級ダンジョン調査
経験者優遇
パーティ行動必須
「D級か」
募集には興味がなかった。そう思って通り過ぎた。
その頃、第一支部の地下、ダンジョン研究室。壁一面のモニターに全国で確認されたダンジョンの情報が映し出されていた。
「現在確認されている最高ランクはD級」
研究員が資料をめくる。
「F級、E級、D級。この三種類のみです」
部屋の中央では、一人の女性が資料を見つめていた。
久遠環。
第一支部へ派遣されているダンジョン研究員である。
「やっぱり全部一緒だね」
机に並べられた鑑定結果。どのダンジョンにも共通して表示されている文字がある。
【分類 低級ダンジョン】
「F級も」
「E級も」
「D級も」
全部、低級ダンジョン。環は腕を組んだ。
「ってことは、その上があるよね」
隣の研究員も頷く。
「恐らく中級ダンジョン、高級ダンジョン……そういった分類になるかと」
「だよねぇ」
だが、現時点でC級以上は世界中のどこにも確認されていない。見つかっていないのか。それとも、まだ存在していないのか。誰にも分からない。
「ダンジョンって、段階的に増えてるように見えますね」
若い研究員が資料を見ながら呟いた。
「F級しかなかったのに、気付けばE級」
「そして今はD級」
「このままだと、C級はすぐかな」
環も同じことは感じていた。だが法則は見えない。一定期間ごとに現れるのか。世界中のダンジョン数と関係があるのか。探索者の人数なのか。
「情報が足りないね」
環はそう言って資料を閉じた。
誰も知らない。
新しいランクのダンジョンが解放される条件を。世界中で、現在解放されている最高ランクのダンジョン。その踏破数が一定数へ達した時。初めて次のランクのダンジョンが世界へ姿を現す。その法則を知る者は、一人もいない。
そして、その踏破数へ最も大きく貢献している人物も。世界中の誰も知らなかった。
場所は戻って、掲示板前。
急に声をかけられる。
「天城さん」
聞き慣れた声。三崎さんだった。
「こんにちは」
「こんにちは。また潜るんですか?」
「はい」
「本当に毎日ですね」
「日課なので」
三崎は苦笑する。
「体は大丈夫ですか?」
「もう問題ありません」
「そうですか」
少しだけ安心したようだった。
「ところで」
三崎は掲示板を指差す。
「最近、同じようなダンジョンを何ヶ所も回っていますよね」
「そうですね」
「何か目的があるんですか?」
蒼真は少し考えた。
嘘をつく必要はない。
「スキルです」
「スキル?」
「F級でも、有用なスキル玉が出ることがありますから」
三崎は納得したように頷いた。
「確かにありますね。でも、かなり確率は低いですよ」
「数です」
「数?」
「出るまで回ればいいだけなので」
三崎は一瞬だけ黙った。
「……そういう考え方ですか」
「はい」
普通の探索者なら非効率だ。ダンジョンの再挑戦には休止期間がある。同じ場所ばかり潜れない。だから一つのダンジョンを繰り返すより、ランクを上げる方が早い。けれど蒼真は違う。
低級ダンジョンを十ヶ所以上回れる。魔石も入る。経験値も入る。スキル玉も狙える。
「理にはかなってますね」
三崎は少し感心したように言った。
「ただ」
「?」
「普通の探索者は、その発想になりません」
蒼真は苦笑した。
「俺も普通じゃないみたいです」
「そこは否定できません」
二人とも少し笑う。
そこへ、一人の男性探索者が近づいてきた。
三十代くらい。
蒼真を見て少し驚いた顔をする。
「あれ?君、この前の」
「え?」
「ほら、魔石を山ほど持ってきてた」
「ああ」
覚えられていたらしい。
男性は笑う。
「若いのに頑張るねぇ」
「ありがとうございます」
「今日はどこ?」
「E級です」
「また!?」
男は目を丸くした。
「飽きない?」
「飽きないですね」
「変わってるなぁ」
そう笑いながら去っていく。
三崎も小さく笑った。
「だいぶ有名になってきましたね」
「困ります」
「目立つことをしてますから」
それは否定できなかった。蒼真は頭を掻く。
「ほどほどにします」
「それができるなら苦労しません」
三崎は即答した。蒼真は何も言い返せない。
「じゃあ、行ってきます」
「はい。お気をつけて」
蒼真はダンジョン課を後にした。向かう先は、今日初めて入るE級ダンジョン。
新しいスキルがあるかもしれない。そんな期待を胸に、いつものように歩き始めた。地道に。少しずつ。
今の自分にできることを積み重ねながら。
読んで頂きありがとうございました。




