第38話 盾は持って寝る
翌朝。蒼真は目を覚ますと、右手がまだ盾の取っ手を握っていることに気づいた。苦笑いしながら指をほどく。そのまま肩の状態を確認した。痛みは残っている。だが、動く。
起き上がり、クローゼットの前に立つ。昨日は入れなかった。今日は違う。蒼真は扉を開ける。向かうのは、第一階層ではない。第二階層。武練の間。
今までは、敵を倒すための訓練をしていた。今日からは違う。誰かを守るために何が必要なのか。それを考えるところから始める。まだ、どう訓練すればいいのかも分からない。でも、分からないままではいられなかった。
蒼真は武練の間の中央に立ち、剣を抜く。灰色の空間に、人型の訓練影が現れる。蒼真はそれを見据えた。
「昨日の俺じゃ、足りなかった」
静かに構える。肩が少し痛む。だが、その痛みも覚えておくべきものだった。
「次は、もっと上手くやる」
訓練影が動き出す。蒼真も、一歩前へ出た。
それから三日。肩の傷は完治した。できるだけ盾を手放さなかったおかげで、微回復もよく働いたのだろう。ただ、普通の斬り傷とは違う治り方をしたことは覚えていた。
「変な刀だったな」
独り言を漏らしながら、蒼真はEランク皮鎧の肩を撫でる。ユニークスキル【装備大事】のおかげで、裂けた部分もほぼ元通りになっていた。
「助かった」
あの装備がなければ、もっと深く斬られていた。そんな気がしてならない。その日も蒼真は朝からダンジョンへ向かった。向かう先はF級。続いてE級。昼には別のE級。魔石を集め、宝箱があれば空け、踏破して次へ。以前と変わらない。変わらないはずだった。
「……」
以前なら、もっと迷わず前へ進んでいた。今は違う。通路の角。死角。後ろ。人が隠れられる場所。無意識に確認している自分がいた。
「癖になったか」
苦笑する。あの日以来、人間を警戒するようになっていた。魔物よりも、人間の方が嫌な動きをする。その印象は簡単には消えそうになかった。
午後。最後のE級ダンジョンを出る。受付で魔石を換金しようとしたところで、聞き慣れた声がした。
「天城さん」
振り向くと、三崎さんが歩いてきていた。
「こんにちは」
「こんにちは。傷はどうですか」
「問題ありません」
「そうですか」
三崎は安心したように小さく頷いた。
「例の件ですが」
蒼真も表情を引き締める。
「あれから何か」
「犯人は見つかっていません」
「……そうですか」
「入口の警備は続けましたが、それらしい人物は確認できませんでした」
蒼真は少し考える。
「脱出石ですか」
「可能性はあります。ただ、断定はできません」
三崎も難しい顔をした。
「ダンジョン内部の痕跡も可能な限り調べましたが、相手はかなり慣れています」
「そう見えました」
「目撃情報も少なく、顔も分からない」
黒いマント。それだけ。蒼真は思い返しても、顔だけは思い出せなかった。
「ただ、一つだけ」
三崎が資料を一枚差し出した。
「他県で似たような事件が、数件」
蒼真は目を通す。
ダンジョン内。
探索者襲撃。
死亡。
犯人不明。
共通点は、それくらいだった。
「同一人物かは分かりません」
「でも、可能性はある」
「はい」
資料を返す。嫌な予感しかしなかった。
「あの人……」
蒼真は言いかけて止まる。
「何か気になることが?」
「いや」
あの男は。人を切ることを、ためらっていなかった。そのことだけは忘れられない。
「また会う気がします」
三崎は少しだけ黙った。
「私も、そう思っています」
短い沈黙。やがて三崎は話題を変えた。
「ところで、最近またF級やE級ダンジョンばかりですね」
「欲しいスキルがまだありますから」
「十分強いと思いますけど」
「まだ足りません」
即答だった。三崎は少しだけ笑う。
「天城さんらしいですね」
「守れませんでしたから」
その言葉に、三崎の笑みが消えた。蒼真は続ける。
「二人は助けられた。でも二人は助けられなかった」
「……」
「もっと強ければ違ったかもしれない」
三崎は静かに首を横へ振る。
「結果論です。それに着いたときにはもう」
「そうかもしれません」
「ですが、その考え方は嫌いじゃありません」
蒼真は少し意外そうな顔をした。
「もっと強くなろうとする理由になりますから」
「ただし」
三崎は少しだけ真剣な目になる。
「全部を自分の責任にしないでください」
蒼真は返事をしなかった。その代わり、小さく頭を下げる。
「ありがとうございます」
「こちらこそ」
三崎は資料を抱え直した。
「ところで、天城さん。まだお時間、大丈夫ですか」
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