↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/49

第35話 フードの男

二階層は、一階層より暗かった。砦の内部らしく、狭い通路と小部屋が多く、石壁に囲まれて視界が悪い。足音が反響する。少し進んだところで、蒼真は足を止めた。何か人の声が聞こえた。荒い息。金属音。


そして、悲鳴。


蒼真は剣の柄を握り直した。進むべきか、引くべきか。管理外D級で未踏破のダンジョン。

探索者同士のトラブル。三崎の言葉が頭をよぎる。「人を相手にする可能性も、考えてください」


蒼真は壁際に身を寄せ、通路の先を覗いた。そこは、崩れた砦の広間のような場所だった。石壁はひび割れ、床には瓦礫が散っている。天井の一部は崩れ、どこから差しているのか分からない薄暗い光が、部屋の中央だけをぼんやり照らしていた。そこに、人がいた。


四人組の探索者パーティ。いや、正確には、もう四人ではなかった。二人が床に倒れている。動かない。床に広がった血が、乾き始めていた。


皆、高校生ぐらいの見た目だ。まだ若い。残った二人は、兄妹に見えた。兄らしき青年が、妹を背に庇うようにして立っている。片腕から血を流し、剣を構えてはいるが、肩で息をしている。限界が近いのは、遠目にも分かった。妹は杖を握っていた。けれど、震える手ではまともに魔法を撃てそうにない。


その二人の前に、黒いマントを被った男が立っていた。顔は見えない。フードの影が深く、目元さえはっきりしない。ただ、手には刀があった。蒼真はその刀を見た瞬間、喉の奥が少し乾くのを感じた。普通の武器ではない。理屈ではなく、雰囲気で分かる。


持っているだけで、周囲の空気が少し歪んで見えるような、嫌な圧があった。青年が叫ぶ。


「妹には手を出すな!」


黒いマントの男は答えなかった。ただ、ゆっくりと刀を構える。蒼真は動けなかった。手を貸すか、逃げるか。頭の中で、その二つがぶつかった。


ここは管理外で未踏破のD級ダンジョンだ。それに二階層。敵の強さも、地形も、出口までの距離も、完全には把握できていない。……相手は人間だ。魔物とは違う。


考える。


狙う。


こちらの守りたいものを、わざと突いてくる。三崎の言葉が脳裏をよぎった。


「人を相手にする可能性も、考えてください」


考えていた。考えていたつもりだった。けれど、誰かを背に庇って戦う訓練はしていない。守る対象がいる戦いを、蒼真はまだ知らなかった。逃げるなら今だ。警備課に連絡する。それが一番正しいのかもしれない。そう思った時、妹の小さな声が聞こえた。


「お兄ちゃん……」


青年は、震える足で一歩前へ出た。


「大丈夫だ。俺が守る」


その背中を見た瞬間、蒼真の中で何かが決まった。立派な理由ではなかった。正義感でも、使命感でもない。ただ、妹を守る兄の背中を見捨てて逃げたら、自分はきっと後悔する。それだけだった。


「くそ」


蒼真は低く吐き捨て、広間へ踏み込んだ。


「そこまでだ」


青年と妹が同時にこちらを見る。黒いマントの男も、ゆっくりと振り返った。顔はやはり見えない。フードの奥に、影だけがある。けれど、その影の奥から、確かに視線を向けられていると分かった。


「誰だ、お前……」


黒いマントの男ががかすれた声で言う。


蒼真は答えず、アイテムボックスからCランク盾を取り出し、左腕に固定した。右手にはDランク剣。体を守るのは茶色のEランク皮鎧セット。装備は悪くない。自分でも、かなり良い装備だと思う。だが、黒いマントの男を前にすると、それでも足りない気がした。


「その二人から離れろ」


蒼真が言うと、男は何も答えなかった。だが次の瞬間、視界から消えた。いや、消えたように見えただけだ。蒼真は反射的に盾を上げる。金属音が広間に響いた。


重い。


盾越しに腕が痺れる。


「っ……!」


速い。それに、軽くない。刀の一撃とは思えない重さがあった。男はすぐに刀を引き、角度を変えて斬り込んでくる。


一撃。


二撃。


三撃。


蒼真は盾で受け、剣で逸らし、どうにか距離を保つ。だが、受けるたびに体勢が削られる。相手の動きが滑らかすぎた。こちらの呼吸の隙間に、刀が入ってくる。蒼真は風魔法を撃った。圧縮した風を横からぶつける。男は、流れるように避けた。風を読んだのか。それとも、避ける先を最初から決めていたのか分からない。ただ、当たらない。


「やりにくいな……!」


蒼真が踏み込もうとした瞬間、男の視線が妹へ向いた。それだけで、蒼真の足が止まる。


まずい。


男が横へ抜ける。妹へ向かう軌道。蒼真は無理やり間に入り、盾で刀を受ける。


衝撃。


肩が跳ね上がる。その瞬間、男の足が蒼真の膝を狙った。


「危なっ!」


蒼真は跳躍で後ろへ逃げ、兄妹の前へ戻る。嫌な汗が出た。強い。それだけじゃない。この男は、こちらが何を守っているかを見ている。攻めれば、兄妹を狙う。守れば、蒼真を削る。今までの対人訓練とは違う。武練の間では、人型の訓練影とも戦った。複数を相手にする訓練もした。武器を替え、魔法を絡め、地形を使う練習もした。けれど、誰かを背に庇って戦ったことはない。


自分が避ければ、後ろが斬られる。自分が踏み込めば、背後が空く。自分が大きな魔法を撃てば、守るべき相手まで巻き込むかもしれない。それは訓練ではなく、今この瞬間、初めて突きつけられた現実だった。


目の前の男は蒼真の迷いを見ている。蒼真の視線を見ている。そして、蒼真が一番嫌な場所を斬ろうとしてくる。


「後ろに下がるな。俺の背中から出るな」


蒼真が言うと、青年が息を呑んだ。


「でも」


「出るな!」


蒼真の声に、妹がびくりと肩を震わせる。悪い、と思う余裕はなかった。黒いマントの男が再び踏み込む。蒼真は盾を構えた。刀が盾を叩く。次の瞬間、男の手首がわずかに返った。軌道が変わる。盾の縁を滑るように、刀が蒼真の肩口を斬った。


浅い。


そう思った。皮鎧が受けている。刃は深く入っていない。だが、一拍遅れて。肩の傷口が、内側から裂けた。


「がっ……!?」


鋭い痛みが走る。


さっき斬られた場所に、もう一度、見えない刃が走ったような感覚。


血が跳ねる。


蒼真は思わず片膝をつきかけ、歯を食いしばって踏み止まった。何だ、今の。一回しか斬られていない。なのに、二回斬られた。


《真鑑定》が、断片的に情報を拾う。


【狂牡丹】


【命中部位に追加斬撃】


見えた文字の意味を、蒼真は一瞬で理解しきれなかった。だが、分かることはある。あの刀は普通じゃない。斬られたら終わりではない。斬られた後に、もう一度来る。


「ふざけんな……!」


蒼真は肩を押さえていた手を離し、盾を構え直した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。