↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
33/49

第33話 新たな不安

帰り道は、不思議なくらい静かだった。行きはあれほど襲ってきた魔物が、ほとんど姿を見せない。グリーンハウンドも、蔦蛇も、毒花も、遠くに気配があるだけで近づいてこない。精霊の湖に近づいたからなのか。それとも、たまたまなのか。


蒼真には分からなかった。ただ、歩きながらずっと考えていた。このダンジョンの自分の進み方は、どこか間違っている気がする。


戦えば勝てるし、時間をかければ進める。おそらく踏破もできるが、納得がいかない。


この例えが合っているかは分からないけれど、九九で9掛ける9が81だと分かっているなら、一瞬で答えにたどり着ける。今の自分は、9足す9足す9足す9と、何度も足していって、どうにか81に近づいているようなものだ。


答えには届く。でも、やり方が悪い。そんな感覚があった。


「……もどかしいな」


蒼真は呟いた。強さが足りないわけではないし、装備も足りている。魔法もある。スキルもある。それでも、この森を進むには何かが足りない。


役割か、視点か、知識か。それとも、このダンジョンの正しい歩き方か。考えながら歩いているうちに、入口が見えてきた。黒い出口を抜ける。外は夕方だった。


ダンジョン管理施設の照明が、少しずつ明るくなり始めている。蒼真は受付へ報告に向かおうとして、足を止めた。カウンターの前に、人だかりができていた。


職員が数人と探索者が何人か。その中心に、見覚えのある姿があった。白瀬結依だった。蒼真は人だかりの端から覗き込む。


「何かあったのか?」


結依がこちらに気づいた。


「蒼真。戻ってきてたんだ」


「今出たところ。何があった?」


結依の表情は硬かった。


「ダンジョン内で、他の探索者に襲われかけた人がいたんだって」


蒼真の目が細くなる。


「探索者に?」


「うん。私たちのパーティがたまたま通りかかったら、相手は武器をしまって逃げていったの」


結依の声には、怒りと戸惑いが混じっていた。魔物に襲われるたり、罠にかかったり、ダンジョンで怪我をする。それなら分かる。だが、探索者が探索者を襲う。それは別の話だった。


蒼真はカウンターの奥を見た。職員たちが慌ただしく動いている。被害者らしき探索者は、椅子に座らされていた。顔色が悪い。怪我は深くなさそうだが、震えが残っている。


「管理ダンジョンでそれか」


蒼真は低く呟くと、結依が頷く。


「ダンジョンの中って、外から見えないから」


その一言で、蒼真は理解した。国が管理しているダンジョンでも、内部のすべてを監視できるわけではない。規定日数を大幅に超えて帰還しなければ、捜索隊が組まれるらしい。それでも見つからなければ事故死として処理される。


魔物にやられたのか、崖から落ちたのか、罠にかかったのか、誰かに殺されたのか。外からは分からない。


証拠が残らなければ、全部まとめて事故死になる。


ダンジョンは、そういう場所でもある。蒼真は胸の奥に、冷たいものが落ちるのを感じた。


今まで、敵は魔物だった。ダンジョンそのものだった。罠や環境だった。だが、違う。探索者が増えれば、人も敵になる。金になる魔石。高値で売れる装備。貴重なアイテム。そして、死んでも事故として処理されかねない閉鎖空間。

悪意を持つ人間にとって、ダンジョンは都合がよすぎる。


「嫌な話だな」


蒼真が言うと、結依は小さく頷いた。


「うん」


二人の間に、少し重い沈黙が落ちた。ダンジョンの外は夕方で、施設の中には人の声がある。

受付の端末音がする。職員の説明に探索者たちがざわめく。それでも、蒼真にはさっき見た湖の静けさが頭から離れなかった。


精霊の湖。水面の人影。広がる波紋。そして今、目の前にあるのは、人間同士の悪意。同じダンジョンの中に、神秘と危険と欲が同居している。蒼真はそれを、妙に重く感じた。


「結依は大丈夫だったのか?」


「私たちは大丈夫。通りかかっただけだから」


「ならよかった」


結依は少しだけ目を伏せた。


「でも、もし少し遅かったらって考えると、怖いね」


蒼真は答えなかった。その代わり、もう一度カウンターの方を見る。襲われかけた探索者に事情を聞く職員。不安そうに周囲を見る他の探索者たち。これから、こういうことは増えるのかもしれない。


ダンジョンが広がると探索者が増える。


探索者が増えると金が動く。


金が動くと人が集まる。


そうなれば、善意だけでは回らない。蒼真は、腰の剣に軽く触れた。今日、自分は森の中で思った。手が足りない。一人では遅い。一人では見落とす。そして今、別の意味でも思った。一人で潜ることは、危険だ。魔物だけではない。

人間に対しても。結依が静かに言った。


「蒼真、今日はもう帰るの?」


「ああ。戻る」


「そっか」


「結依は?」


「事情説明が終わったら帰ると思う。パーティも今日は解散」


「なら、家まで送るよ」


少し驚いた顔をした結依を見て、蒼真は肩をすくめる。


「さっきの話聞いた後だしな」


結依は一瞬だけ黙って、それから小さく笑った。


「ありがとう」


蒼真は何でもないように頷いた。だが、頭の中ではまだ森のことを考えていた。深緑の獣道。二階層への階段。隠し宝箱。行き先不明の転移魔法陣。精霊の湖。水面の人影。そして、探索者同士の襲撃。


今日一日で、分かったことがある。このダンジョンは、ただ力で押せばいい場所ではない。そして、探索者という世界も、ただ魔物を倒せばいい世界ではない。蒼真は施設の出口へ向かいながら、静かに息を吐いた。


「……やっぱ、考えること増えたな」


その声は小さく、夕方のざわめきに紛れて消えた。

読んでいただきありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。